髙村薫「土の記」(上)読了
本書は去年、新潮社より発刊されたものです。
仕事の帰りに車の中でNHKの「ラジオ深夜便」という番組をちょいちょい聞くんですが(そういえば朝、仕事に行くときは同局の「すっぴん!」と、最近はNHKラジオばっかりです)、その中で月に一回くらい書評のコーナーがあって、名前は忘れましたが、それに出ている書評家が本作を紹介していたのでした。
髙村薫といえば思い浮かぶのは「マークスの山」とかいうミステリーで、自分の守備範囲外の小説であり、なのでこの作家の本は読むことはあるまいと思っていたのですが、ラジオの書評氏の言うには本作品ははミステリーではなく、70過ぎの男が山中の村で黙々と農作業に励む話であるとのことで、それだけなら食指が動くはずもないのですが、その様子の描写がとにかく素晴らしいと書評氏がかなり推すので、それならと試しに買って読んでみたわけです。
これは買ってよかったですね。いや、文章がうまいわこの人。
奈良の山中の村に入婿として移り住んできた上谷伊佐夫。年は70を少し過ぎたところ。シャープに勤め、退職後は家の農作業を黙々とこなす。その妻である昭代は16年前に交通事故にあい、植物状態になったあげく、その冬に亡くなる。一人になった伊佐夫は農業にいそしむかたわら、亡くなった妻のことを事あるごとに思い出し、その時その時の出来事を反芻する。
そういった描写が延々と続くわけですが、この作家、うまいですねぇ。主人公の心情の描写、山中の土の匂い、木の葉のさざめきが伝わってくるような風景描写。これでもかというくらい精緻です。
そして伊佐夫は妻の昭代の交通事故に対してある疑念を抱きます。あれは本当に事故だったのかと。この謎が下巻で解き明かされるのでしょうか。
それはともかく、この山中の村での生活、周りの家との付き合い等、なんでもない毎日の生活ぶりが淡々と描かれ、それが何故かすごく面白いんですね。
下巻では何か進展があるのか、はたまたこんな毎日の生活の繰り返しがずっと続くのか、いずれにせよ、楽しみです。