トシの読書日記

読書備忘録

濃密な土の匂い

2017-05-30 17:32:14 | た行の作家



髙村薫「土の記」(上)読了



本書は去年、新潮社より発刊されたものです。


仕事の帰りに車の中でNHKの「ラジオ深夜便」という番組をちょいちょい聞くんですが(そういえば朝、仕事に行くときは同局の「すっぴん!」と、最近はNHKラジオばっかりです)、その中で月に一回くらい書評のコーナーがあって、名前は忘れましたが、それに出ている書評家が本作を紹介していたのでした。


髙村薫といえば思い浮かぶのは「マークスの山」とかいうミステリーで、自分の守備範囲外の小説であり、なのでこの作家の本は読むことはあるまいと思っていたのですが、ラジオの書評氏の言うには本作品ははミステリーではなく、70過ぎの男が山中の村で黙々と農作業に励む話であるとのことで、それだけなら食指が動くはずもないのですが、その様子の描写がとにかく素晴らしいと書評氏がかなり推すので、それならと試しに買って読んでみたわけです。


これは買ってよかったですね。いや、文章がうまいわこの人。


奈良の山中の村に入婿として移り住んできた上谷伊佐夫。年は70を少し過ぎたところ。シャープに勤め、退職後は家の農作業を黙々とこなす。その妻である昭代は16年前に交通事故にあい、植物状態になったあげく、その冬に亡くなる。一人になった伊佐夫は農業にいそしむかたわら、亡くなった妻のことを事あるごとに思い出し、その時その時の出来事を反芻する。


そういった描写が延々と続くわけですが、この作家、うまいですねぇ。主人公の心情の描写、山中の土の匂い、木の葉のさざめきが伝わってくるような風景描写。これでもかというくらい精緻です。


そして伊佐夫は妻の昭代の交通事故に対してある疑念を抱きます。あれは本当に事故だったのかと。この謎が下巻で解き明かされるのでしょうか。


それはともかく、この山中の村での生活、周りの家との付き合い等、なんでもない毎日の生活ぶりが淡々と描かれ、それが何故かすごく面白いんですね。


下巻では何か進展があるのか、はたまたこんな毎日の生活の繰り返しがずっと続くのか、いずれにせよ、楽しみです。

あらないメタフィクション

2017-05-30 17:22:30 | あ行の作家


大森望 豊崎由美「村上春樹『騎士団長殺し』メッタ斬り!」読了



本書は河出書房新社より今年4月に発刊されたものです。こういった本が出るとすぐ読みたがる下世話な私です。


「騎士団長殺し」は自分はかなりがっかりさせられたわけですが、この両氏も基本的にはこの小説に対してはおおむね批判的です。かなりけなしたり、激しい突っ込みを入れたりしています。


でもまぁ一人がけなすと一人が擁護したりと、いいコンビです。


本書は他にも「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」、それに「1Q84」の両作品もメッタ斬りしておりまして、まぁ楽しく読ませてもらいました。

傷つけ、傷つけられる市井の人々

2017-05-23 14:03:07 | ら行の作家



イーユン・リー著 篠森ゆりこ訳「さすらう者たち」読了



本書は去年、河出書房新社より発刊されたものです。


前回読んだ「黄金の少年・エメラルドの少女」もよかったですが、本作もかなりうならされました。本作家の初の長編ということで、かなり力の入った執筆となったのではと推測されます。


文化大革命後の中国。反革命分子として逮捕、処刑された一人の女性の事件から端を発し、その両親、そして同じ集落で暮らす人々が否応なくその事件に巻き込まれていく。自分が生きていくためには裏切りも密告も辞さない、その中国人の気質に圧倒されます。


印象に残った部分、引用します。

政治犯として処刑された顧・珊(グー・シャン)の父、顧(グー)師のせりふです。


<この新中国に起こった最悪のことは――私は新中国に逆らう気はまったくないんだよ。しかし男の同意なしに好きなことをやり出した、こういう女たちときたら。(中略)それからうちの娘もそうだ(中略)彼女たちは自分を革命的だとか進歩的だとか思っているし、自分の人生を自由にできるようになって、おおいに世の中の役に立っていると思っている。でも革命なんぞ、ある人種が別の人種を生きたまま食らう計画的手段でしかないじゃないか。(中略)(歴史は)革命の力ではなく、人々の欲望に動かされてきたんだ。他人を犠牲にして自分の利益のために好き放題やってやろうという欲望だよ。>


この顧(グー)師は元教師で、かなり学のある人なんですが、それが故、娘のとった行動にいたたまれない思いでいるわけです。この顧師の苦悩を思うと、胸がふさがれる思いです。


また、市井の人々の心情をよく表しているところ、引用します。

童(トン)という子共のお母さんが言ってさとします。


<考えても仕方がないことをあんまり考えるんじゃないよ。人と同じ列におとなしく並んでいれば、面倒に巻きこまれることはないし、面倒をおこさなければ何も恐れることはないの。夜中にお化けが来てドアをノックしてもね>


こうして当たり障りのないように世間を渡っていく術を人々は身に付けていくわけです。反革命分子の集会の誘いに情にほだされて応じた人々。そして嘆願書に署名した人たちを検察がしょっ引いていきます。そこには、自分が逃れたいがために裏切り、密告が横行し、集落の人々は皆疑心暗鬼になり戦々恐々としていくわけですが、その様子がイーユン・リー独特の筆致で丹念に描かれていきます。


子共の素直な疑問に親が諭して聞かせるところなど、少し童話の教訓めいた臭いもして、そこはちょっと興ざめでしたが、全体にスケールの大きい、深い感動を呼ぶ名著と言っていいと思います。



ネットで以下の本を注文


髙村薫「土の記」(上)(下) 新潮社

佐藤正午「月の満ち欠け」 岩波書店

大森望 豊崎由美「村上春樹『騎士団長殺し』メッタ斬り!」河出書房新社

個人主義とダンディズム

2017-05-18 00:48:02 | あ行の作家



伊丹十三「女たちよ!」読了




本書は平成17年に新潮文庫より発刊されたものです。


ちょっと重い小説を読む気になれず、軽いものをと思って手に取ってみました。


今まで3回位は読んでいるんですが、読むたび目から鱗が剥がれ落ちる思いで、ほんと、いいですねぇ伊丹十三。


何か、特別ことではなく、日常の生活にこそその人となりは現れるわけで、伊丹十三はそこにこだわるんですね。


スパゲティの本当においいしい作り方、セーターのおしゃれな着こなし方、車の正しい運転の仕方等々…。


毎度同じようなことを言いますが、洒脱でおしゃれで、いい意味での徹底した個人主義の伊丹十三。ほんと、かっこいいです。返す返すも惜しい人を亡くしたものです。



空を埋め尽くす鴉

2017-05-10 01:18:08 | あ行の作家



奥泉光「バナールな現象」読了



本書は平成14年に集英社文庫より発刊されたものです。


読了間際に母が亡くなり、何日かブランクがあって最後のところを読んだのですが、そのあたりが本書の一番難解かつ重要なくだりで、そこをこそ腰を据えて読まねばならなかったわけでしたが、前後のつながりがうまく飲み込めないままの読了となり、ちょっと消化不良の読書となりました。


ならばきちんと理解できていた中盤あたりからもう一度読み返すこともできたわけですが、なんだかそんな気にもなれず、ということはそんなに面白くなかったのかと問われればそんなこともなく、どういうんでしょうね。自分でもよくわかりません。


ネットでちょっと調べてみると本作家の特徴として、物語の中で次第に位相をずらしていき、虚実のあわいに読者を落とし込むといった手法を得意としている、とあったんですが、本書はまさにその典型的な例であると言えると思います。


なんやかやとありまして、いまひとつのめり込むことができなかったんですが、いろんな意味で非常に上手い書き手であることは異論のないところだと思います。

4月のまとめ

2017-05-09 17:38:17 | Weblog



4月27日に母が亡くなり、通夜、葬儀、そのあとの香典返しの手配等、仕事をやりながらで、ずっとバタバタしておりまして、まだまだやることはあるんですが、ちょっとひまができたので久しぶりに更新してみました。


4月に読んだ本は以下の通り


村上春樹「騎士団長殺し――第2部 遷ろうメタファー編」
奥泉光「その言葉を/暴力の舟/三つ目の鰻」
多和田葉子「犬婿入り」


以上の3冊でした。とにかく村上春樹にはがっかりさせられました。もう枯渇してるんですかねぇ。とにかく残念至極です。奥泉光は自分の中では最近注目の作家です。もう少し追っかけてみようと思います。


母の49日の準備とか(まだ少し先ですが)、いといろ雑事に取り紛れて思うように更新できないかもしれません。ご容赦ください(って見てる人がいればの話ですが)。



4月 買った本0冊
   借りた本0冊