トシの読書日記

読書備忘録

市井の老人

2015-02-24 11:43:41 | な行の作家



中村南「サイドショー」読了


ずっと前に買ってあったものです。ふと思い立って手に取ってみました。


著者は北海道の出身ということで、本作品の出版社も柏櫓舎という北海道の出版社のようです。「ゆるくない」「昼の月」「サイドショー」という中編が三編収録されています。「ゆるくない」というのは北海道の方言で、簡単でない、大変だというような意味だそうです。


三作品に共通しているのは、登場人物が皆老人ということ。市井の老人が、教養がないばかりに珍妙なやり取りを繰り広げます。



特にどうということもない小説ばかりなんですが、何か心に引っかかるものがあります。それが何であるか考えて見ると、気がつきました。この作品たちは、どこかレイモンド・カーヴァーの世界に通ずるものがあるんですね。世間から虐げられて生きている人達の救いのない人生。しかし彼らはそれをひょうひょうと受け流す技術をいつしか身につけているわけです。


しかしそれは読む側にとっては非常につらいことでもあります。なんとも複雑な思いにさせられます。


この中村南という作家、何の予備知識もなく読んだんですが、ひとくせもふたくせもありそうな人です。

生きているかしら

2015-02-24 11:27:03 | さ行の作家



柴田元幸「死んでいるかしら」読了



たまには軽いものをと思い、手に取ってみました。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの翻訳者、柴田元幸のエッセイ集です。いろいろな雑誌に掲載されたものをまとめたもののようです。


なかなかぬるい感じで肩も凝らず楽しく読めました。けっこうとほほなエピソードが多く目につくんですが、たまにきらりと光るエッセイもあり、一流翻訳者の片鱗を見る思いで、さすがと思わせます。


例えば、レイモンド・カーヴァーの「引越し」という短編を取り上げて、母親と同居している息子が引越しをすることになり、母親は息子の荷物をいくつかのダンボール箱に詰めるのだが、なかなか引越し先が決まらず、大量のダンボール箱がいつまでもあちこちの部屋に置きっぱなしになっている状況を、柴田元幸はこれを現実のうっとおしさの表象と表現し、カーヴァーはその図式を少しも発展させずにただとにかくうっとおしいモノとして作品の中に文字通り放り出している、そこがカーヴァーの面白さであり、素晴らしさであると指摘するわけです。「そうそう、そこそこ」と思わずひざを打ちたくなりますね。


やはり、読む力がかなり鋭い人であることがよくわかります。息抜きに選んだ本としては、なかなか内容も濃く、楽しく読めたエッセイ集でありました。

記憶の齟齬

2015-02-10 15:30:30 | あ行の作家



カズオ・イシグロ著 飛田茂雄訳「浮世の画家」読了



この作家は、いろいろな人が、かなり高い評価をしているんですが、どうも自分にはフィットしない感じでもやもやしていたんです。しかし、先日読んだ丸谷才一のエッセイ集「星のあひびき」の中で、丸谷氏も「カズオ・イシグロを読むときは至福のひと時」と絶賛しているんですね。敬愛する丸谷先生がそこまでおっしゃるならと、未読本の中から本書を探し出して読んでみたのでした。


カズオ・イシグロの魅力が、やっと少しわかったような気がします。この作家はかなりの手練れですねぇ。



戦前から戦中にかけて日本人を高揚させるような画風で一世を風靡した画家の小野という人物が主人公です。物語は、この小野の回想の形をとって進行していきます。記述が、現在のことだったかと思うと、突然30年も前の話になったり、はたまた1、2ヶ月前のことが話に割り込んできたりと、読み手を混乱させようとします。これもテクニックかなと思いますが。


小野は自分の絵が、当時はもてはやされていたものの、戦争が終わった途端、一顧だにされなくなり、それに対しては忸怩たる思いがあるものの、自分の画業は決して間違ってはいなかったという確固たる信念があるわけです。しかし、それは小野自身が自分に対して思うことであり、第三者から見た時、果たしてどうなのか、という思いもつきまといます。


物語は、小野のいわゆる自己弁護と読み手のそれに対する公平な判断を強いる場面にしょっちゅう出くわします。ここがこの作品の醍醐味なんでしょうね。小野の述懐だけを聞いていると、素晴らしい人物に見えますが、実はとんでもない姑息なやつかも知れないわけです。読み手は、常にそれを考えながら読み進めなければならないんですね。


いやぁ、この作品は、なかなか読ませました。丸谷氏の感覚にちょっとだけ近づいたような気がしてうれしいです。

聞かなかった問いの答え

2015-02-10 15:10:11 | は行の作家


中島京子「小さいおうち」読了



ずっと前に姉が貸してくれて、なんとなく今読んでみたくなって手に取ってみました。


昭和10年頃から戦時中の19年、タキの回想録の形をとった長編です。ちなみに中島京子は本作品で直木賞を受賞しています。


最初は、なんだかなぁと思いながら読み始めたんですが、だんだんのめり込んでしまい、ずっと面白く読みました。そして最後のしかけがまた面白い。小説の構造が二重にも三重にもなっていて、なかなか凝った造りになっています。


平井家の奥様とその夫の部下との不倫(当然当時のことなので全く淡いものではありますが)とか、奥様とタキとのなんだか普通ではないような関係とか…。なかなか興味をひくエピソードが散りばめられています。


この人の小説は「うまい」という表現がぴったりだと思います。


当時の戦争前の世の中の様子やら戦争に入ってからの人々の生活の変化等、資料研究も怠りなく、なかなかに読ませる佳作であると思いました。

1月のまとめ

2015-02-03 16:13:29 | Weblog



1月に読んだ本は以下の通り



今村夏子「こちらあみ子」
吉田知子「吉田知子選集Ⅲ――そら」
町田康「パンク侍、斬られて候」
野坂昭如「文壇」
丸谷才一「星のあひびき」



1月は、ちょっと少なめの5冊でした。今村夏子の「こちらあみ子」が強く印象に残りました。

しかし1月はなんといっても吉田知子です。間違いなく今年のベスト3以内に入ると思われます。



1月 買った本0冊
   借りた本0冊

慧眼の語り手

2015-02-03 15:58:48 | ま行の作家



丸谷才一「星のあひびき」読了



2007年から2010年くらいにかけて朝日新聞、毎日新聞等に連載していたエッセイをまとめたものです。同作家のこの手のエッセイはシリーズみたいになっていて、過去にも何冊か出版されています。


しかしすごいですね。この教養の深さ、文章のうまさ、舌を巻きます。中には話題が高尚すぎて全くついていけないものも少なからずありました。自分の浅学を恥じ入るばかりです。


解説の堀江敏幸も指摘していますが、井上ひさしの追悼文など、しんみりした感情を極力排した文章が、かえって心を打ちます。


もう丸谷才一が亡くなって2年半。こういう素晴らしい作家がどんどんいなくなってしまうこと、心寂しい限りです。