トシの読書日記

読書備忘録

破滅へと突き進む愛

2009-05-29 17:27:37 | あ行の作家
井上荒野「雉猫心中」読了



久々の井上荒野です。「切羽へ」以来かな?


どこにでもあるような住宅地に住む夫婦の家に来た一匹の雉猫。物語は、最初からなにやら不穏な空気が漂っています。井上荒野、得意の世界です。まぁ、簡単に言ってしまうと、中学の数学の教師を夫にもつ女と、会計事務所を経営する妻をもち、自身は古書の売り買いを商う男との不倫のお話です。


この男と女もそうなんですが、それを取り囲む町の人々、小副川家の老人、その孫達… 全体を覆う薄気味悪さのようなものが読み手に変な緊張感を強いてくる感じで、あぁ井上荒野だなと変に安心したりして(笑)


この作品、「切羽へ」に匹敵するできだと思います。ぞくぞくしながら読み終えました。井上荒野、相変わらず好調です。

捨て身とひらき直りの日々

2009-05-29 17:15:54 | な行の作家
西村賢太「どうで死ぬ身の一踊り」読了


以前読んだ「小銭をかぞえる」が本書の続編ということで、その時は確か、車谷長吉になりそこねたつまらない作品とかなんとか書いたと思うんですが、何故か気になってまた買ってしまった次第。


大正時代の無頼派作家藤沢清造に心酔し、その全集を自費で刊行しようとする男の話なんですが、これだけなら別にどうということもないんですが、その男(筆者自身です)の性格というのが、超のつく短気で、一緒に暮らしている女にちょっとでも不満があると暴力を振るうんですね。で、それが度重なって、さすがにその女も嫌気がさして実家に逃げ帰るんですが、そうすると男は、もう、一人でいることが淋しくてたまらず、女のところに何度も電話をかけ、平身低頭謝り、女もそれを見て情にほだされ、またよりを戻すんですが、また暴力を振るわれ、その繰り返しという、なんともやり切れない話です。


「私小説」というとちょっときこえはいいんですが、ちょっとねぇ…(笑)



西村賢太、もう多分読むことはないでしょう。

茫然と立ちつくす親たち

2009-05-27 17:31:54 | や行の作家
山田太一「沿線地図」読了




久しぶりに山田太一を読んでみました。相変わらずです。いいですねぇ。この小説は「岸辺のアルバム」とちょっと似た感じのシチュエーションというか、テーマというか、そんな気がしました。


自分は「君を見上げて」とか「飛ぶ夢をしばらく見ない」のような、そんなタッチの小説がどちらかといえば好みなんですが、でもやっぱり山田太一はいいです。


銀行の支店長であるエリートサラリーマン夫婦の一人息子と、電器店の夫婦の一人娘が知り合い、家出をして同棲するところから話は始まり、「引きずってでも連れて帰る」のが本当の親としての態度だと重いつつ、手をつけかねてそのままずるずると認めたような形になってしまう…。

子供達も結構青臭いことを言ってるんですが、それを理論立ててそうではないと、説得できない親達。ちょっと時代を感じさせる空気だなぁと思って奥付を見ると、昭和50年発行とあるので、今から26年前ということですねぇ。


この小説は、「岸辺のアルバム」同様、テーマは「家族」です。きちんと高校を出て、大学に入り、きちんと卒業してまともな会社に就職する。これが幸せな人生なのかと銀行支店長の一人息子は疑問を抱くわけです。そして説得に来た父親にそれをそのままぶつけるんですが、父親の考えは子供に理解させられるはずもなく、物別れに終わってしまうんです。


まぁ、テーマが今から考えるとありきたりといえばありきたりなんですが、山田太一の絶妙な文章力で、古さを感じさせずに読ませます。いつもこの作家の小説はそうなんですが、会話のシーンがすごくいい。説明的な言葉をぎりぎりまで省いて、普通にしゃべるようなセリフ回しにしてあるところが非常にリアリティがあっていいです。



山田太一、久しぶりに堪能させて頂きました。

この揺るぎない日常

2009-05-27 17:24:43 | さ行の作家
庄野潤三「せきれい」読了



以前、同作家の「夕べの雲」を読み、その淡々とした筆致にいたく感動し、これも読んでみました。


毎日の暮らしのことが、まさに「淡々」と書かれていて、その日々の繰り返し、これこそが「日々是無事」という幸せなのだと、本書を読んで痛感させられます。


しかしこの小説は好みが分かれるでしょうね。だってこれ、読みようによってはただの日記なんです(笑)それをそうじゃなく、本書から「生きる歓び」を感じとれるかどうかということなんですね。

感じとれない方は、それでもちろん結構ですからどうぞ、あっちの方で遊んでて下さい(笑)

道徳的法則に対する尊敬に基づく動機

2009-05-27 17:09:28 | な行の作家
中島義道「悪について」読了



時々飲みに行くバーの飲み友達で本の好きな人がいて、彼も中島義道を何冊か読んでいるそうで、その中から僕の未読の1冊を貸してもらったのです。


岩波新書から出ているだけあって、他の中島本とは違い、かなり難しかったです。カントの「人倫の形而上学の基礎づけ」と「実践理性批判」を読み解きながら、人間の心の奥に潜む「根本悪」について解説したものです。


例えば「約束を守る」という行為、「人に親切にする」という行為は、一見、道徳的に考えて善であると思われるのですが、そういったことをする人の心の裏側には、「約束を破ると信用がなくなるから」とか「親切にすると他の人から賞賛を受けるから」といったような「自己愛」が潜んでいるというわけです。


では、人間はそういった「自分を大事にしたい」という利己的な気持ちを一切断ち切って道徳的な行為ができるかというと、それは人間である限り無理だと思うんです。じゃぁどうすりゃいいのって話なんですが、本書でも中島氏が言っていますが、その答えは「ない」んですね。どうすればいいのか、悩んで悩んで悩み抜くのが(あえて言うなら)正解であると。


まぁ、こういった哲学的な問題には「これだっ!」というような答はないのが常なんですが、それでも、読み終えてすっきりしない気分です。


中島義道の本は、当分読むの、よそうと思ってたんですが、友達が貸してくれたんで読まないわけにもいかず、そしてまたちょっともやもやした気持ちにさせてくれました(笑)

犯人は誰だ!?

2009-05-27 16:52:14 | た行の作家
筒井康隆「恐怖」読了


書棚を見ていて、これ、どんな話だっけ?と取り出して再読してみました。


恐怖という感情を、推理小説仕立ての形で筒井康隆流の突き詰め方をした、興味深い1冊でした。でも、あの名著「ダンシング・ヴァニティ」には及ぶべくもありませんでした。



「恐怖」とは、筒井に言わせると…(本文より、主人公の独白)「恐怖という本能があるからこそ、地球上の動物乃至人類はここまで生き延びてきたのであって、もしなければ恐怖の所以である天災や外敵によってたやすく死滅していたであろう。豪胆な者や無謀な者ほど死に至る確率が高いことから考えるならばこれを自然淘汰と見ることができ、恐怖することのできる者、言い換えれば臆病者と言われる者こそが今後も生き延びていくに相応しい知的な人間であり、そうした遺伝子をより高い水準で保持しているに違いないのである。」


もう笑っちゃいました(笑)自分が臆病者であるということを、ここまで屁理屈をこねて正当化しようというこのいさぎの悪さ!(笑)ほんと、筒井康隆はおもしろい!また新刊を出してほしいもんです。

自らを哀れむ心

2009-05-22 13:49:16 | さ行の作家
白石一文「この世の全部を敵に回して」読了


今まで同作家の小説を何冊か読んできて思ったのは、小説ではなく、哲学書というか、評論を書いたらいいのに…ということだったんですが、それがありました。本書です。

白石一文、この1冊で言いたいことは全て著してしまったのではないのでしょうか。もう何も書かなくていいと思います(笑)


自分が日頃考えていることとかなりシンクロする部分があり、興味深く読むことができました。まぁ同調するところもあったり、「?」と思うところもあったんですが、テーマは、ずばり「死」です。


一般に「死」というものについて考える場合、死んでしまえば何も残らない、「無」であるという考え方と、肉体は滅びるが意識(魂)は永遠に残るという人もいます。これはどうなんでしょう。私は前者の考え方に与するものでありますが、白石氏は「永遠の魂論」を理解できると言っています。でも、これは確かめようがない、難しい問題だと思います。


後半では、殺人という罪について著者の見解が述べられています。殺人を犯した人が、精神的に疾患があると鑑定された場合、その犯人は無罪になるということの理不尽さ、その加害者に殺された被害者の遺族が報復のために殺傷した場合、普通に処罰されることの矛盾…  このあたりは同感できる部分はありました。


また著者は、最後に「愛」についていろいろ述べています。愛とは特別なものではない、愛に種類も区別もないと。憐憫と哀れみの感情、それが愛であり、それが「この世界に仕込まれた憎むべきプログラム─―貧困、暴力、戦争、迫害、差別、狂信などを無力化できる。」と言っています。


どうなんでしょう。なかなか難しい問題です。

結論めいたことを書いたんですが、うーん…と考え直して一旦削除しました(笑)


ちょっとゆっくり考えてみます。出かける時間なので(苦笑)

諸仏諸菩薩

2009-05-22 13:30:54 | は行の作家
藤枝静男「田紳有楽/空気頭」読了


以前、「ブックマーク・ナゴヤ」で翻訳家の岸本佐知子が勧めていたもの。

これまた不思議な小説です。主人の家の庭に池があり、その池の底にころがるグイ呑み、丼鉢、そして金魚C子。これらの生物、無生物が織り成す荒唐無稽な話なんですが、文章が文語体風であるためか、単なる笑い話では終わらず、なにか、しん とした空気が流れてるんです。非常におもしろいです。読んでいくうち、全てが贋物と知れるんですが、それはそれでいっそ小気味いい味わいです。いやほんとおもしろかったです。

併載の「空気頭」これは私小説なんですが、これもなんとも不思議な味わいでした。途中、食事をしながら読むとやばいところもあって、ちょうどその時、そば屋でそばの出てくるのを待ちながら読んでたんですが、あわてて閉じました(笑)


なんだか最近は、いろんな作家にめぐり合えて楽しいです。

四つの四重奏

2009-05-19 13:10:32 | あ行の作家
大江健三郎「さようなら、私の本よ!」読了



久々に大江健三郎を読んでみました。本書は、難解といわれる大江作品の中でも比較的平易な文章と表現でわりと読みやすかったです。以前読んだ「臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ」くらいの快適さで読み進むことができました(笑)

この小説は「取り替え子(チェンジリング)」「憂い顔の童子」に続く3部作の完結編なんだそうですが、読み終わってからそれを知り、ちょっとはぐらかされたような気分です(苦笑)しかし、それはそれとして、これ1冊でも充分に読み応えのある内容でした。


TSエリオットの詩「四つの四重奏」をモチーフに、幼いころからの盟友が画策するテロに巻き込まれていき、とんでもない結末を迎えるという筋立てなんですが、最後には四国の生まれ故郷へ帰り(また四国!)作家であることを半ば捨て、日々の世界の情勢の記録をまとめる仕事に精を出す古義人(コギト=主人公)は、著者である大江自身の近い将来の姿を投影させたものなのかも知れません。

世界各地で行われている反核運動とか何十年も前の「ミシマ問題」とか、考えさせられることの多い小説でした。


余談ですが、万城目学原作の「鴨川ホルモー」の映画で、「ゲロンチョリー!」って言ってるのは、TSエリオットの詩の中に出てくる「小さな老人(ゲロンチョン)」のことなんですね。最初、なにかと思いました(笑)

鋭すぎます!

2009-05-15 19:10:47 | か行の作家
金井美恵子「目白雑録(ひびのあれこれ)」読了


金井美恵子のシリーズになってるエッセイ集です。だれかのブログで取り上げてたんで読んでみたんですが、これはすごいですねぇ。いろんな小説家、編集者、その他、自分をとりまく気に入らない人達をかなり辛辣にやっつけてます。しかも実名で。この方、かなり敵が多いでしょうねぇ(笑)

そうそう、と思うところもあったり、どうなんだろうねぇというところもあったりで、まぁ、この作家と気の合うかたには溜飲の下がる思いをする本ではないでしょうか。自分にはちょっと…でした(笑)