トシの読書日記

読書備忘録

10月のまとめ

2011-10-31 17:00:04 | Weblog
今月読んだ本は以下の通り




谷崎潤一郎「少将滋幹の母」
谷崎潤一郎「夢の浮橋」
谷崎潤一郎「鍵・瘋癲老人日記」
レイモンド・カーヴァー著 村上春樹訳「頼むから静かにしてくれⅠ」
レイモンド・カーヴァー著 村上春樹訳「頼むから静かにしてくれⅡ」
薄井ゆうじ「くじらの降る森」
西村賢太「苦役列車」
カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳「夜想曲集」
幸田文「流れる」




以上の9冊でありました。今月はめずらしくたくさん読めました。谷崎潤一郎をめぐる旅も終わり、ちょっと気が抜けた感じもありますが、しかしカーヴァーの素晴らしい短編にも触れ、カズオ・イシグロの真髄もちょっとわかった感じもし、またさらに幸田文というすごい小説家にも出会え、実り多い月でありました。


所用で出たついでに書店に寄り、以下の本を購入

大崎善生「ロックン ロール」
山崎ナオコーラ「手」
瀬古浩爾「まれに見るバカ」(ダブリでした)
森田邦久「量子力学の哲学」


考えてみたら本を買うのは久しぶりでした。今、本の整理をしておりまして、1200冊あった本を800冊にしたところです。めちゃすっきりしました。




究極の理詰め文学

2011-10-31 15:58:35 | か行の作家
幸田文「流れる」読了



以前、車谷長吉のエッセイ「文士の魂・文士の生魑魅(いきすだま)」の中で、車谷が本作品を「生涯読んだ本の中で、最も素晴らしい小説のひとつ」と絶賛しており、「ブ」で100円で出ていたので買って読んでみたのでした。


一読、うなりました。まず文章がすごい。変な言い方ですが、文章にエッジが立っている感じ。言葉のひとつひとつがきりっと冴えわたっていて、その分言に一言も口をはさむ余地がないといった雰囲気です。


40過ぎの未亡人が、没落しかかった芸者の置屋の女中にいくところから物語は始まります。その置屋の女主人、そこからお座敷へ出る芸妓達、主人の姪、主人の姉等、登場人物は多岐にわたるんですが、その一人一人の言動をつぶさに観察しながら物の道理を思考する主人公の梨花。

例えばこんな文章。


<怒りの顔が美しいのは美人ばかりとは限らない。不器量も溢れるほどの哀しさを湛えているとき不器量ではない。勝手な狭い理窟もいちずに訴えつづけているのを聴けば無下に捨てきれない。愚痴も感傷もも一夜漬けでなければ浅くない味がある。勝代の云うことはぎすぎすしているが哀しさを吹きつけてくるものがあって、梨花はいたずらに給仕盆のへりを指の腹で撫でる。>


勝代という主人の娘が、女中の梨花を相手に自分の不器量さを嘆き、そのためにお座敷にも出してもらえないことへの恨み、つらみ、また、あきらめを吐露する場面です。いいですねぇ、このきびきびとした文章。ほれぼれします。


物語は、最後、梨花がこの置屋から他の家に引き抜かれて出ていくところで終わるんですが、それが妙に淋しい感じがなく、むしろ明るいものが見える終わり方で、それがまたこの小説の味を一段と深めているように感じました。



幸田文、またすごい作家を発見してしまいまいた。あちらからこちらへ、こちらからまた向こうへと、文学の旅は果てしなく続くのであります。

人生の夕暮れ

2011-10-25 17:05:34 | あ行の作家
カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳「夜想曲集」読了


同作家の作品は、今まで「日の名残り」「私を離さないで」と読んできたんですが、今ひとつピンと来ず、なんだかなぁと思っていたのでした。しかし、カズオ・イシグロを絶賛する人こそあれ、けなす人は今まで聞いたことがなく、自分がおかしいのかと、悩んでもいたんです。

しかししかし、これはよかった。5編の作品が収められた短編集なんですが、「音楽」を共通のテーマにして、男女のほろ苦い出会いと別れといった話が中心になっています。少々トーンが軽いきらいはあるんですが、適度なユーモアと、そして切ない別れの描写、これがやっぱりカズオにかかると、うまいですね。


世間のレベルに追いついた感じで、ちょっとホッと致しました。

負け犬の私小説家

2011-10-25 16:45:22 | な行の作家
西村賢太「苦役列車」読了



この作家は、もう何冊か読んで「もういいや」ってな気になっていたんですが、姉がこれまたこの作家にはまっておりまして、「ブックオフで700円で出てたから買ったよ~」と持ってきたので、まぁ読んでみたのでした。


第144回芥川賞受賞作であります。しかしこの作家に芥川賞をやってはいかんでしょうと思うのは私だけではないはずです。お決まりの話題作りですかね。


相変わらずの姑息で、自分勝手で、押しの弱い、北町貫太が主人公のお話です。もちろん、著者である西村賢太、自身のことを書いているのでしょう。まぁこれは何も言うことないです。


しかし、併載されている「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」という作品、これはなかなかでした。この作家は、いつも自分の若い頃の話ばかり書くんですが、この小説は、ごく最近の自身の話で、非常に興味深く読めました。なんとしても小説を書きたい、書き続けたいという、西村の祈りにも似た想いが、切々と伝わってくる作品で、あやうく感動してしまうところでした(笑)

本質的なコミュニケーションの拒否

2011-10-25 16:32:59 | あ行の作家
薄井ゆうじ「くじらの降る森」読了



今、1200冊ある本を800冊程度にしようと、本を整理しているところでありまして、そんな中から見つけた1冊であります。


谷崎、カーヴァーを読んだあとでは、やっぱりこの類の小説はたるいなぁ。周りを見て、それに合わせて生きるなんてことをするな、自分が思ったやりたいことをやってこその人生じゃないか!テーマはそんなとこですかね。


以上です。

夢の中で夢を見る

2011-10-25 16:21:27 | か行の作家
レイモンド・カーヴァー著 村上春樹訳「頼むから静かにしてくれⅡ」読了



カーヴァーの初期短編集の第2弾であります。ここに収められた作品も「Ⅰ」と同様、最初からすでに「カーヴァーの世界」が、かっきりと確立されているのが見て取れます。


失業して酒ばかり飲んでいる亭主。それに対して文句を言い続ける女房。カーヴァーの小説にはこんなシチュエーションが度々登場します。そこには、なんの救いもなく、なんのカタルシスもありません。また、奇妙にかみ合わないストーリーの展開があるんですが、それも不条理とはまた少し違うんですね。その救いのない荒涼とした風景に、読み手はただ呆然と立ちすくむのみです。しかしまた、そこにはそこはかとないユーモアも漂っていて、そこにちょっと救われる感じがします。


カーヴァーの作品を発表順の逆にたどってしまう形になったんですが、でもカーヴァーはすごい!すごい作家です。

鋭く、重く広がる不安

2011-10-25 16:12:31 | か行の作家
レイモンド・カーヴァー著 村上春樹訳「頼むから静かにしてくれⅠ」読了




同作家のデビュー短編集であります。姉がちょっと前からこのカーヴァーにはまっておりまして、いろいろと買い漁ってはこちらに回してくれるという、非常にいい循環になっております。


相変わらずのカーヴァー独特の世界が広がってます。初期の頃の作品を読むのは初めてなんですが、この作家はデビューからずっと同じ世界観を貫いている感じがします。


全部で13編の短編が収められています。どの作品も素晴らしいんですが、中でも秀逸なのは「人の考えつくこと」「あなたお医者さま?」「サマー・スティール・ヘッド」あたりでしょうか。


とにかくこの作家は、読んでいると言い知れぬ不安にかられて、わけもなくどきどきしてしまうんですね。とにかく不思議な世界です。同じタイトルの「Ⅱ」も借りてあるので、次、それいってみます。

性的欲望へのアイロニー

2011-10-25 15:36:43 | た行の作家
谷崎潤一郎「鍵・瘋癲老人日記」読了



この2作品を「下世話」と前に書きましたが、撤回致します。まぁテーマは「性の欲望」ということで、下世話ではあるんですが、内容はどうかというと、まったくとんでもない話で、深くかんがえさせられることが多かったです。


まず「鍵」。56才の大学教授の夫と45才の妻。二人共それぞれ日記をつけているんですが、夫も妻も、自分の日記を相手に読ませたいと思っているわけです。でも、おおっぴらに読まれたんじゃぁ面白くない。隠し場所をしょっちゅう変えて、読ませたくないふりをしつつ読ませる。読んだ方も読んだことをそぶりにも見せない態度をとる。まぁややこしいことこの上ないです。


夫は血圧が高く、また肉体的にも衰えがきて、妻を充分に満足させられることができないでいるんですが、観念的な部分だけは異常に性的欲求が強く、妻に対していろんなことをするわけです。妻も実は淫蕩の血が流れていて、最初はそんな夫を嫌悪するんですが、徐々に淫らな女になっていくんですね。そこに木村という大学の助手が加わって、その二人のゲームは、さらに加速していきます。そしてものすごい結末が待っているという、この作家にしては。「痴人の愛」を思い出させるような、かなり劇的な話の運びです。

いや、堪能致しました。



そして「瘋癲老人日記」。これも日記の形式をとってはいるんですが、「鍵」と違い、日記そのものはさして重要なモチーフではありません。


この小説の主人公は77才。もちろん性的には機能致しません。また、神経痛による手足のしびれ、それに脳梗塞の発作もたびたびあり、看護婦付きの生活を送っているという、よぼよぼの老人なんですが、性への欲求に対しては、凄まじいものがあり、息子の嫁を溺愛し、嫁の足にものすごい執着をみせるわけです。しまいに、自分が死んだら、嫁の足を型にとって、それを石に彫って墓石とし、自分の骨ををその下に埋めてくれという、もう、足フェチの変態、ここに極まれりといった態であります。それで、土の中で嫁の足に踏みつけられて、痛い思いをし、それが快感になると妄想するわけです。


どちらの作品も、飽くなき性へのエネルギーに、もう脱帽です。



こうして、谷崎潤一郎の小説をずっと読んで来たわけですが、一応、今回の作品で自分なりのコンプリート、打ち止めということにしておきます。


いじめられ、痛めつけられることに歓びをおぼえるという、被虐趣味の「秘密」、「痴人の愛」から母への思慕へとテーマが移り、最後にまたマゾヒズムというか、歪んだ性への欲望に回帰した感じがします。生きていく上で「性」は切り離して考えることができないのはもちろんですが、これを谷崎は、あえてまともに向き合うことをせず、歪んだ形にして料理することで谷崎らしさを表現したのだと思います。


他にもまだ読んでない作品はいくつもあるんですが、またいずれ機会をみて、ということにします。でもまぁ12冊も読んだからいいかな。

非現実的な想念

2011-10-25 15:09:03 | た行の作家
久々の更新になってしまいました。6冊ほど一気に更新します。




谷崎潤一郎「夢の浮橋」読了


前回の記事で、下世話なやつと言ったんですが、次に読むのを「鍵」と思い込んでいたためで、年譜を見るとこちらの方が先に発表されていたので、本作品を先に読んだのでした。まったく下世話な話ではありません。


しかしこれもすごい作品ですねぇ。谷崎文学の重要なモチーフとなっている「母への思慕」が、この小説の核となっております。


主人公の母親が、23才の若さでこの世を去り、後添いとして来た継母が、死んだ実の母親によく似ていることから、段々二人の母親の存在を意識の中で混同させていくという、かなり手の込んだ構成になっています。


実の母への強い思慕が、継母への想いと次第に混濁し、継母と実の母とが意識の中で重なっていく。そしてこの主人公は、19才になろうというのに、継母の乳を吸うのです。もう、ここまでいくと、ちょっと異常な世界なんですが、最初からずっと読んでいくと、存外違和感もなく読めてしまうのは、不思議というほかはありません。


著者、74才の時の作品なんですが、「母を恋うる記」あたりと比べると、同じテーマでも、もっと奥深い小説になっているのが、やはりこの作家のすごいところです。



この文庫本は、他にエッセイが4編収められているんですが、同作家のエッセイを読むのは初めてで、谷崎の昔の思い出話、文壇のいろいろな作家とのエピソード、また、高血圧で苦しんだ晩年の様子等、生の谷崎を見る思いで大変興味深く読むことができました。



小説「夢の浮橋」に戻りますが、この作品を読んで、谷崎潤一郎という作家は、底知れぬ奥深さと、巧みな筆さばきで読者を魅了する、とんでもなくすごい作家であることを痛感させられました。




屈折する母への思慕

2011-10-07 16:56:09 | た行の作家
谷崎潤一郎「少将滋幹(しげもと)の母」読了



平安期の古典に材を求め、子が母を想うやるせない気持ちを表した、谷崎文学の主要なテーマである「母への愛」を見事なまでに結実させた作品であります。


見事なんですが、これもちょっとつらかった。戦国時代でさえ、結構あっぷあっぷなのに、平安時代ですから。これもちょっとした苦行でした。


しかし、平安時代の「今昔物語」や「宇治拾遺物語」等の古典を取材し、その内容に沿って話を進めながら、自らが創作した「滋幹の日記」というのを紛れ込ませ、あたかもそれがれっきとした書物であるかのようにして作品をフィクションに仕立て上げる技は、感嘆するほかありません。


また、事の経緯は省きますが、少将滋幹が京都の山中で母と40年ぶりに再会するシーンも、さすが谷崎とうならされました。


ちょっと高尚なのを読んで少し肩がこったので、次は同じ谷崎でもちょっと下世話なのにいってみます。