トシの読書日記

読書備忘録

関西の「女の声」

2011-07-29 16:23:05 | た行の作家
谷崎潤一郎「卍(まんじ)」読了



関東大震災の後、関西に移り住んだ谷崎の、移住後の第一作であります。


大阪の良家の奥様が、自分の異常な体験を先生(谷崎自身か)に告白するという形式の小説です。


全編、主人公である柿内園子の関西弁で綴られるこの作品は、物語の内容もさることながら、谷崎が、大阪へ来て味わった「関西弁」、特に「良家の奥様」がしゃべる「関西弁」に大きな興味を抱き、それでこういった形の小説に仕立てたのでしょう。それが、後の「細雪」の世界につながっていくのであろうと思われます。


それにしても、この小説の主人公、柿内園子と、その同性愛の相手、徳光光子の異常な世界は、どうとらえ、どう表現したらいいのでしょうか。


嘘と、策略とにまみれ、どこまでが本当の話なのか、どこからが虚偽なのか、そこへ園子の主人、それに光子の恋人、綿貫まで加わって、それぞれの深謀遠慮、詮索、邪推、疑心暗鬼が、もう大変な勢いでうずまき、読み終わったあと、くたくたに疲れてしまいました。


作り話と、それの辻褄合わせがひんぱんに出てくるので、かなり真剣に読まないと途中で訳がわからなくなります。


良くも悪くも疲れる小説でありました。まぁ面白かったといえばそうなんですが、ちょっと後味の悪い小説でありました。




ネットで、またまた以下の本を注文


谷崎潤一郎「吉野葛・盲目物語」
谷崎潤一郎「春琴抄」
谷崎潤一郎「猫と庄造と二人のをんな」
谷崎潤一郎「少将滋幹の母」

からだに山が、満ちるまで

2011-07-25 16:58:16 | か行の作家
小池昌代「怪訝(けげん)山」読了



自分の大好きな作家の一人、小池昌代であります。以前この作家を姉に教えたら、姉もとりこになったようで、本書は、その姉が貸してくれたものでした。


2004年~2008年に文芸誌「群像」に掲載された三つの短編(中編)が収められています。相変わらずの小池昌代の世界、堪能致しました。表題作の「怪訝山」、面白いですねぇ。不思議な世界でした。


しか出色なのは、最後に収録された「木を取る人」であります。義父の突然の失踪にとまどう主人公。そして夫との関係もぎくしゃくしつつ、あやういバランスで過ぎてゆく毎日。どんな結末になるのか、どきどきしながら読み進めていったのですが、なるほど、そうきましたか、というラストでありました。


一度、小池昌代の長編を読んでみたいもんです。たしか、まだ一編も書いてないと思うのですが。





ネットで以下の本を注文する



ジョン・アーヴィング著 筒井正明訳「ガープの世界」(上)(下)
武田泰淳「目まいのする散歩」

マゾヒズムとフェティズムと

2011-07-25 16:50:58 | た行の作家
谷崎潤一郎「痴人の愛」読了



いわゆる妖婦の代名詞ともなった、この小説の主人公、ナオミの物語であります。あまりにも有名なこの作品を、恥ずかしながら今、初めて読んだのでした。


正直に言います。あんまり面白くなかったです。河合譲治が、ナオミの肉体に翻弄されて、どんどん堕落していく様が、あまりに図式的なんですね。先の展開が見えてしまうんです。


もちろん、作中のナオミの体の各部分の細やかな描写だとか、それを思う河合の心の葛藤等の文章は、さすがと思わせるものはあります。まぁ読むところはそこらあたりですかねぇ。


ちょっと残念でした。谷崎ばかり読んでいると、頭がおかしくなりそうなので、次は別のを読んでみようと思います。

美しいもの、即ち強きもの

2011-07-25 16:32:09 | た行の作家
谷崎潤一郎「刺青(しせい)・秘密」読了



同作家のデビュー作「刺青」を収めた初期の短編集であります。


「細雪」をいきなり読んだので、これが同じ作家の小説かと、一瞬目を疑いました。でもしかし、文章の緻密さ、表現の細やかさなどは、すでにこの頃からほぼ完成されていたといっていいくらいの作品群でありました。


「刺青」「秘密」「少年」「幇間」「異端者の悲しみ」「二人の稚児」「母を恋うる記」の7編が収められています。


「秘密」は、ポプラ社百年文庫で、以前読んでいました。これもいい作品でした。しかし、一番目をひいたのは「少年」ですね。


他人から受けるあざけり、嘲笑、侮蔑が極度に進んできたとき、それを甘受する者は、かえって、えもいわれぬ快感を覚えるという、その倒錯した心理描写が、緻密に、かつ美しく描かれています。これが、後の谷崎の小説のテーマのベースになっているのでは、と察せられます。


また、最後にあった「母を恋うる記」は、これはもう内田百間の世界ですね。夢かうつつかまぼろしかという、大正のファンタジーであります。素晴らしい。



いよいよ谷崎潤一郎をめぐる旅のスタートです。次、「痴人の愛」いきます。楽しみです。

「路地」からの脱却

2011-07-08 17:23:28 | な行の作家
中上健次「日論の翼」読了



ふと、書棚の未読本コーナーを見ていたら、目に止まったので読んでみたのでした。「19才の地図」で鮮烈なデビューを飾った同作家の、中期の長編です。



熊野のあるに住む主人公のツヨシ、それに田中さん、マサオ、テツヤ、そして7人の老婆が、土地の再開発のために立ち退きを余儀なくさせられ、改造した冷凍トレーラーとワゴン車で旅に出る。熊野から伊勢、諏訪、近江と回り、日本海側へ出て出羽、恐山、そして最後、東京へと向かう。一種、ロードムービー的な仕立になっております。


行く先々で、いろんな事件が起き、道づれができたり、失踪する老婆、また、亡くなる老婆もいたりと、話は、なかなか波乱万丈であります。しかし、読んでいて常に頭の中につきまとっていた思いは、「それでこの小説は、一体何が言いたいのか?」ということです。


伊勢、諏訪の神社で神様に手を合わせ、最後、皇居の二重橋では素足になって正座し、皇居に向かって手を合わせる老婆ら。そして若い男共は、行くところ、行くところで女をナンパしたり、風俗へ繰り出したりする。この「聖」と「俗」の対比を描こうとしたのでしょうか。

どうもそれだけではなさそうです。この文庫は、珍しく解説がないので、そのあたりの手がかりがつかめないのです。



中上健次、なかなかむずかしい作家であります。もっと他の作品を読んでみないと、そこらあたりが見えてこないということでしょう。いずれ折を見て挑戦致します。

6月のまとめ

2011-07-04 14:34:48 | Weblog
6月に読んだ本は以下の通り



レイ・ブラッドベリ著 小笠原樹訳「とうに夜半を過ぎて」
ポプラ社百年文庫「妖」
谷崎潤一郎「細雪」
山田太一「冬の蜃気楼」
レイモンド・カーヴァー著 村上春樹訳 「必要になったら電話をかけて」
辻原登「家族写真」
丸谷才一「樹影譚(じゅえいたん)」



以上7冊でありました。6月は、なんといっても「細雪」ですね。大長編だったんですが、堪能致しました。あと、カーヴァーの「必要になったら…」も秀逸だったし、山田太一、丸谷才一もよかった。そういえば、谷崎、山田、丸谷と3人とも「一」がつきますねぇ。どうでもいいことに気がつきました(笑)

解釈と解釈のせめぎ合い

2011-07-04 14:20:28 | ま行の作家
丸谷才一「樹影譚(じゅえいたん)」読了



ずっと以前(30年位前か?)読んだものの再読です。名古屋・栄の「ブックオフ」で見つけて買ったんですが、姉もこれを最近買ったようで、その偶然にちょっとびっくりしました。


表題作を含む3編が収められた短編集です。丸谷才一、やっぱりうまいですね。前回読んだ辻原登も「うまいなぁ」とうなったんですが、ちょっとうまさの種類が違うというか、丸谷才一の方がうまくて深いとでも形容しましょうか、ちょっと違うんですね。


表題作の「樹影譚」。これはすごい作品です。小説の中に小説論が飛び出し、小説の中に小説があり、はたまたエッセイありと、二重、三重の構造になっていて、読む者を飽きさせません。


「輝く日の宮」以来、書き下ろしの長編が出てないのが淋しいです。丸谷才一の長編が読みたい!

物語を紡ぎ続けるという不確かさ

2011-07-04 14:01:10 | た行の作家
辻原登「家族写真」読了



本書も、姉が貸してくれた本であります。以前、川上弘美の「私の好きな本」という書評本で、この作家の名前があり、「約束よ」という短編集を読んだ覚えがあります。


その時は、時代物を書いてみたり、サスペンスタッチの小説を書いてみたりと、なかなか多彩な、器用な作家であるなぁという程度の印象でしかなかったんですが、この「家族写真」という短編集を読んで、目の覚める思いをしました。もちろん「うまい」というのはあるんですが、それだけではなく、解説の湯川豊氏も述べているように、「小説の工夫に、つねに初々しい緊張がつきまとっている。その緊張感が1編1編からここちよく伝わってくる」んですねぇ。なかなかどうして、すごい作家です。


中でも自分が気に入ったのは、「谷間」という短編で、創作の技工というか、仕かけがなかなか精緻です。


一見、私小説風な書き出しで、そのつもりで読んでいると、これが見せかけで、もっと手の込んだものであることが明らかになっていくわけです。


17年前に起きた和歌山県での奇怪な事件、作家である「私」が、密かにつき合っている愛人との仲が、妻に感づかれそうになり、それを取り繕うようす、そして家の近くにある川の源流を妻と散歩がてらたどっていった先で妻が見た信じられない光景。これら、何の関連もないようなエピソードが、物語の終盤で一気に収束されていく様は、見事というほかはありません。



辻原登、またまた目が離せない作家の出現であります。