トシの読書日記

読書備忘録

8月のまとめ

2010-08-31 18:10:14 | Weblog
今月読んだ本は、以下の通り



スティーヴン・ミルハウザー著 柴田元幸訳「エドウィン・マルハウス」
安部公房「友達/棒になった男」
諏訪哲史「りすん」
小林信彦「名人――志ん生、そして志ん朝」
バリー・ユアグロー著 柴田元幸訳「一人の男が飛行機から飛び降りる」
山口瞳「庭の砂場」



たったの6冊でしたか。最近は、仕事のことでいろいろ考えることがあって、気持ちが読書になかなか向かないというのもあるんですが…。


「エドウィン・マルハウス」を除いては、なかなか充実した読書でした。「エドウィン…」も、もちろん決して悪くはないんですがね。


さて、読書の秋です。が、まぁぼちぼちいきますか(笑)

戦中派の諧謔

2010-08-31 18:00:18 | や行の作家
山口瞳「庭の砂場」読了



山口瞳の自伝的(というか、完全に自伝です)中編が三編収められている作品集です。

著者の、いわゆる「負の部分」に焦点を当て、それを洗いざらい書きつらねた感じです。しかし、そういった作品にありがちな、負の部分を告白することで、逆にこれ見よがしな文章になっていないところが、さすが山口瞳と言えます。


弟の死にまつわる話、また、盟友、黒尾重明(元プロ野球投手)の死に際して語る山口瞳の黒尾に対する熱い思い等、読む者の胸に切々と響いてきます。


久々にじんわりとくる小説を読んだ気がします。

リアルで楽しい悪夢

2010-08-31 17:42:49 | や行の作家
バリー・ユアグロー著 柴田元幸訳 「一人の男が飛行機から飛び降りる」読了



これはすごい本です。もう、めまいがしました(笑)ありえないような話が、文庫で395頁の中に149編も詰まっています。どれもこれも1ページにも満たないような(長いので4ページくらい)、まぁ短編というより小品とでも呼んだほうがいいようなものばかりなんですが、とにかくすごい!


こんなとんでもない設定をどんな風に考えるとひねり出せるのやら。ちなみに手ごろなのを一編丸々書き写してみましょう。

例えば「骨」と題された作品


「眠れない。枕の感触が変だ。開けてみると、なかに骨がいっぱい入っている。白い骨で、何かの小動物のものと見える。
 私はいつの間にか夜道を、骨を入れた白い袋を抱えて歩いている。月が垣根の手前に、水たまりのような暗い影をいくつも投げる。そのひとつの影のかたわらに、女の子が一人座っている。白いガウンを着て、黒い瞳は華奢な顔に似合わずひどく大きい。彼女の人生のなかには、何かとり返しのつかない悲しみがひそんでいるように思えてならない。私は彼女と並んで芝生に腰をおろし、静かな思いやりをこめて神妙に目を伏せる。彼女は私に片手を見せる。指が二本なくなっている。私は自分と彼女のあいだに袋を置く。ゆっくりと、力なく、私たちはその華奢な、ちりんと音を立てる獲物をすくい上げる。」




こんなものばっかり100以上も読まされると頭がくらくらしてきます(笑)。でも面白い。


またひとつ、小説の新しい形を見せてもらいました。小説って、ほんと、おもしろいです。

語り継がれる古典の味

2010-08-20 16:23:58 | か行の作家
ここのところ、ちょっと仕事も忙しくて、読書があんまりできないっすねぇ。しかも、このブログに載せるほどでもないような本なんか読んでしまってるので、(さぬきうどんのことを書いた、脱力系のふざけた本です)なかなか更新ができません。

ま、それはさておき…


小林信彦「名人――志ん生、そして志ん朝」読了



小林信彦による、古今亭志ん生と志ん朝の評伝です。主に志ん朝の方に重点を置いて書かれています。


落語は、好きなんですが、あまり聞く機会がないというか、積極的に聞こうとしてなかったですね。何年か前、立川志の輔の高座を生で聞く機会があったのですが、それが生落語、初体験でした。めちゃくちゃ面白かったです。

著者の小林氏は、志ん朝を相当ひいきにしていたようで、(志ん朝は9年前に63歳で亡くなっています)父である志ん生の芸を見事に継承して、さらに磨きがかかっていると、もう手放しのほめようです。たまにはこんな本を読むのもいいもんです。


最後の章で、夏目漱石の「我輩は猫である」を取り上げ、この小説がいかに落語的ユーモアとウィットに富んでいるかということを見事に解説していて、これも非常に興味深く読めました。


自分の中で、落語熱が高まったところで、早速レンタル屋へ落語のDVDを借りに走ったんですが、1軒は立川談志のが5本くらいあるだけ。もう1軒は全くなしという有様で、落胆して帰ってきたという次第。


ちなみに、毎週日曜日の深夜にNHKハイビジョンで「週刊ブックレビュー」の再放送が終わったあと、「ちりとてちん」の再放送をやっていて、これが今一番のテレビの楽しみになっています。




DVDレンタルが徒労に終わり、書店に寄って以下の本を購入


夏目漱石「吾輩は猫である」






アサッテの実践!

2010-08-09 17:48:04 | さ行の作家
諏訪哲史「りすん」読了



「ロンバルディア遠景」、「アサッテの人」ときて、同作家の本を読むのはこれが3冊目となりました。いやぁめっぽう面白いです。この人、いいなぁ。

骨髄癌で長期の闘病生活を送っている朝子と、付添として毎日病院通いをする兄の隆志(実は血はつながっていない)。全編、ほとんどこの二人の会話で進められていく小説です。地の文は一切なし。

この二人の会話が、カーテン一枚で仕切られた隣のベッドの人にテープに録音され、それを小説にしようとしていることを知る二人。ここから話が少しややこしくなります(笑)この小説で登場する朝子と隆志は、もちろん小説の上の話なんですが、その小説の中で別の登場人物が、その二人のことを小説に仕立て上げようとしている。その草稿を盗み見た二人は、その小説の中で書かれた結末(朝子が死んで隆志は悲嘆にくれる)を裏切ろうと頑張るわけです。でも、それは諏訪哲史が書いた小説にほかならないわけですね。


そして隆志の独白…「俺たち、作者に聴かれて、書かれることで、まるで紙の中で他人に生かされてるみたく思ってたけど、そうじゃなくて…実は、作者は俺たちの中にいた。…俺たちが自分で、誰かに書かれているって思いこんでたんだ。『俺たちを書いている作者』のことを、心の中で、俺たちが、自分で書いてた…」

もう、こうなってくると、なにがなんだか(笑)


この諏訪哲史という人は、中日新聞に隔週で文学に関するエッセイを連載しているんですが、いつも非常に興味深い内容のことを書いています。この人の頭は、なみじゃないですね。紹介する作家が、ボルヘスとか、内田百とか、ひとくせもふたくせもある作家ばかりなんですね。自分もその新聞記事に触発されてボルヘス、買いました。


小説というカテゴリーの中で、いろんなことを試行しようとしている作家だと思います。その点では、先に読んだ安部公房と通じるものがあるのかも知れません。ただ、諏訪が、やろうとしているのは「小説」そのものへの挑戦であるのに対し、安部は「小説」という武器を使って人間の奥底に眠っているものを暴いていくという、方向そのものにかなり違いがあるように思います。


とまれ、諏訪哲史、大注目の作家であります。



久々に書店へ行って以下の本を購入


川端康成「眠れる美女」
堀江敏幸「一階でも二階でもない夜~回送電車Ⅱ」
久世光彦「百先生 月を踏む」

現代という特殊な時代の人間の関係を照射する

2010-08-09 17:27:09 | あ行の作家
安部公房「友達/棒になった男」読了



1970年代に刊行された、これは戯曲です。「友達」「棒になった男」「榎本武揚」の3作が収められています。自分は、戯曲はほとんど読まないんですが(読むより実際に芝居を見た方が面白いと思うので)、安部公房を研究するには、これは避けては通れないと思ったので読んでみました。

最初の「友達」という作品。この脚本は、いかにも安部公房らしいもので、人間と人間の関係を皮肉たっぷりに描いてみせています。

一人の男のアパートに、いきなり身も知らぬ9人の家族が入り込み、それが話が進んでいくにつれ、その家族のとる行動が、むしろ自然に思えてくるという、アイロニーとブラックユーモアをふんだんに盛り込んだものになっています。


今まで安部公房を何冊か読んできて、全体に感じることは「自分と他者との関係」というところに焦点を当て、一度その当たり前と思われている関係をバラバラにして再構築するとどうなるか、という実験を繰り返してきたのではないか、ということです。「箱男」しかり、「砂の女」しかり、そしてまた本作品の「友達」しかり。

人が生きていく上で、切り離して考えることのできない他者との関係。それをその常識を打破することで新しい地平が見えてくる、と安部は言いたいのかも知れません。



とりあえず、このあたりで安部公房をめぐる旅は一旦終了にしたいと思います。読んでいてこれほど興奮させられる作家は、そうざらにはいません。すごい作家です。

伝記作家の矜持

2010-08-09 17:00:43 | ま行の作家
スティーヴン・ミルハウザー著 岸本佐知子訳「エドウィン・マルハウス」読了



この本を読み終えるのに、えらく時間がかかりました。2週間くらいかかったでしょうか。単行本で401項と、そこそこの長編ではありますが、普段の自分ならそれでも4~5日くらいで読了すると思うんですが、まぁいろいろとありまして。


前回、「三つの小さな王国」でミルハウザー熱がますます高まり、一度長編をと手に取ってはみたんですが、本作品に関しては今ひとつの感を否めません。

もちろん、ミルハウザー流の精緻な描写も随所に見られ、というか、もう精緻な描写だらけで、そこは唸るところなんですが、ちょっと冗長の印象を免れません。


まぁでもこの設定のユニークさ!11歳の若さで死んだ(なんと自殺です!)子供の伝記を、同じ11歳の親友が書くという、ちょっと普通の人では考えもつかないような小説です。


そして死んでしまったエドウィン・マルハウスが残した「まんが」という小説が世に出てこれが大評判になるという(ここの部分はほとんど描かれてませんが)、えらく風変わりな内容であります。ミルハウザーの真骨頂といえばそうなんですがね。


長い日数をかけて読んだせいか、全体がなんだかぼやけた感じで、自分の中では本書はそれほど良い出来とは思えませんでした。ちょっとだけ残念です。

7月のまとめ

2010-08-09 16:53:40 | Weblog
7月に読んだ本は以下の通り


野坂昭如「エロ事師たち」
河野多恵子「不意の声」
安部公房「飢餓同盟」
マーク・ストランド著 村上春樹訳「犬の人生」
安部公房「無関係な死/時の崖」
町田康「屈辱ポンチ」
町田康「権現の踊り子」


以上7冊でした。久しぶりに読めない月でしたね。7月に読んだ本は、どの本もそれなりに面白くて、ハズレはありませんでした。安部公房の、なんというか不条理な魅力にとりつかれています。8月も、あまり読めそうにないんですが、中身の濃い読書にしたいもんです。