トシの読書日記

読書備忘録

乱反射する情念

2009-06-12 12:48:39 | か行の作家
車谷長吉「金輪際」読了


「鹽壺の匙」の前にこれを読んでみました。

7編が収められている短篇集。どれもこれもなかなかいいんですが、とりわけ「ある平凡」「児玉まで」がよかった。同作家の小説は、エッセイかと思うような、もうほとんど事実をありのままに書いたものが多いんですが、先にあげた2編は、かなりフィクションに近いような、いわゆる「普通の小説」になってます。まぁ半分くらいは実体験なんでしょうが。これくらいの匙加減がいいですね。

「変」という短篇に至っては、自分の小説が芥川賞を落選したことを根に持ち、紙を切り抜いて銓衡委員9人の人形を作り、五寸釘を持って近くの神社の木にそれを打ちつけるという、これ、ほんとの話だったら相当恐いですよ。

まぁ、この短篇は別格(?)として、どれもよくできた小説でした。見たくないものを無理矢理見せつけられるような、でも、ちょっと見てみたいような、なんともいえない味わいです。恐るべし車谷。

ルールとモラルと世間様

2009-06-12 11:52:06 | あ行の作家
岡本薫「世間様が許さない!」読了


こういった、いわゆる「日本人論」のような本は、あまり読まないんですが、姉が「なかなかおもしろいよ」と言って貸してくれたので読んでみました。

「さおだけ屋はなぜ潰れないか」とか「食い逃げされてもバイトは雇うな」とか、この手の新書は、まずタイトルで「お?」と思わせて買わせようという姑息な魂胆がみえみえなので全然か買う気がしないんですが、まぁ貸してくれたんでそれはいいです。

まず、何が気に入らないかというと、著者が言わんとすることは簡単に言ってしまえば、世の中のルール(規則、法律)に従って行動するのなら、その中で金儲けをしようが、会社で出世しようが、なんら非難される筋合いはないのに、世間は「それは人としてどうか」とか「「ルールさえ守ればなにをしても許されるってもんじゃない」とかいろいろ言うけど、それはおかしいと。だから日本人は西欧諸国からバカにされるんだと。じゃぁ、いっそのことルールよりモラルを優先させて「世間様制」にしたらどうなんですか、ということに要約されるんですが、まぁこれが、手を変え品を変えおんなじことをいろんな例を引き合いに出しながらだらだら語ること!これ、ぎゅっと要約したら3分の1くらいのページ数ですみます。でもそれじゃぁ本にならないんで、水増しするんですね(笑)


言ってることは、まぁ理解できるんですが、それだけでは世の中は潤滑的にいかないんじゃないかと思いますがね。


なんだか、タイトルと内容のだらだらさ加減で、すでにバイアスがかかってしまってまともに反論する気になれません。以上です(苦笑)

壊せ、殺せ、全てを破壊せよ!

2009-06-12 11:40:13 | ま行の作家
村上龍「コインロッカー・ベイビーズ」(上)(下)読了


言わずと知れた「限りなく透明に近いブルー」に並ぶ同作家の代表作であります。

約20年ぶりに読み返してみて思ったのは、今の時代にあって、全く色あせてないということ。古臭いなぁと思うところがほとんどないと言っていいです。

コインロッカーに遺棄された乳児が奇跡的に救われる。キクとハシ。物語は、キクとハシの交互の視点からの章建てとなって進んでいきます。


この小説のテーマは「破壊」であるとか、破壊とは逆説的には生命の象徴であるとか、いろいろ読み解くことはできると思うんですが、その前に自分としては物語を楽しみたいですね。


ほんと、おもしろいです。ぐいぐいと引き込まれて、結構な長編なんですが、息をもつかせずという表現がぴったりなくらい、一気呵成に読んでしまいました。


しかし、最後のシーンのあと、どうなるんでしょうか。キクとハシは出会うことができるのか?続編が作れそうです(笑)



久々に重厚な「物語」を堪能しました。

この自由な国におけるどうしようもない閉塞感

2009-06-08 17:19:17 | あ行の作家
伊藤たかみ「八月の路上に捨てる」読了


西村賢太とか車谷長吉とかそんなのばっかり読んでると、もう陰々滅々としてくるんで(笑)ちょっと気晴らしに読んでみました。

2~3年前くらいの芥川賞受賞作です。読み出してすぐ「うまいなぁ」と思いました。書き出しがいいですね。そして登場人物の境遇、人間関係を会話の中から読者に説明していくんですが、できる限り自然な形になるように、言葉の選び方、会話の進め方が絶妙ですね。うまいです。


でも、印象に残ったのはそれだけかな(笑)作風はソフトな絲山秋子って感じですかね。でも、いい気分転換になりました。

愚者の文学

2009-06-08 16:31:39 | か行の作家
車谷長吉「漂流物」読了


またまた車谷長吉であります。7編の短篇が収められたものです。「私小説家」というだけあって、これ全部事実なんでしょうねぇ。ある程度の脚色は加えてるとは思いますが、しかしすごいです。

車谷長吉(くるまたにちょうきつ)。播州飾磨の田舎町に生まれ、高校3年の時に哲学と文学に目覚め、慶応大学に入学。卒業後、広告代理店に勤務する傍ら、小説を発表するも行き詰まり、会社も辞めて一旦は実家に戻るが、その後9年間下足番、和食店の下働き等関西を中心に転々とし、東京の出版社の編集者に請われ、再び上京、また執筆活動を始めるという経歴の持ち主です。

本書の中に、「抜髪」という作品があるんですが、これがすごいです。全編これ作者の母親(と思われる人)のモノローグで延々と自分の息子に説教するんですね。息子のことをぼろくそに言うんですが、ただ貶すだけでは終わらないんです。さんざんこきおろしておきながら、「…その罪深いことを、人にさせよっての人もあるが。おだてたり、せっついたり、おねだりしたり、けしかけたりして。気楽なもんや。うちはいまではあないなもんは没なったほうがよかった思うゥ。朝日新聞の人に感謝しとん。おすみはんはだまって死んだったが。お母ちゃんが、あんたの代わりに地獄へ行って上げる。これは没になったときから、心に決めて来たことや。冥土で、小次郎と梅子とおすみはんの前に両手を突いて、あんたに代わってお詫びして上げる。」

この母親のものすごい覚悟に裏打ちされた愛にたじろがざるを得ません。


そしてまた表題作である「漂流物」に登場する青川さんの話。金沢の海岸で子供を殺した話。戦慄します。


解説を読んで知ったんですが、「鹽壺の匙(しおつぼのさじ)」という小説が三島由紀夫賞を受賞しているようで、これがこの作家の出世作とのことです。買って読まねば!

はなしを騙る

2009-06-08 13:42:32 | か行の作家
車谷長吉「業柱抱き」読了


西村賢太を読むのなら、その師匠格である(?)この人もということで読んでみました。この作家は、僕が西村賢太を知る以前から気になっていた人で、「忌中」、「赤目四十八滝心中未遂」等を今までに読んでいます。


本作品は、これまでに新聞、雑誌等に書いたエッセイ、評論、詩、短歌をまとめたものです。小説だと思い込んで読み始めたんですが、当てが外れました(笑)

いろんなところに書いたものを集めたので、重複するものも多かったんですが、車谷長吉の小説に懸ける思い、生きることに対する考え方、まぁ人生観ですね。それが、読む者をしてぐいぐいと鼻ずらを引き回される感じで、読了後、茫然とすることしばしでした。


「私小説は自己の存在の根源を問うものである。己の心に立ち迷う生への恐れを問うものである。(中略)併しそのように私小説はある畏敬の念によって書かれるものであるにしても、私小説を書くことは悪であり、書くことは己を崖から突き落とすことであった。」


そうであっても私小説を書かざるを得ないこの作家の「哀しみ」を思わずにはいられません。

身も世もなく悶える文学者

2009-06-08 13:22:40 | な行の作家
西村賢太「暗渠の宿」読了



なんだかなぁと思いつつ、また西村賢太に手を出してしまいました(笑)

表題作と共にデビュー作である「けがれなき酒のへど」併録。「けがれなき--」は心底恋人が欲しいと切望する主人公が、ソープに入れあげ、そこに働く女に惚れてつきあい始めるのだが、結局100万近い金を騙し取られるという、情けない話です。

「暗渠の宿」は、主人公がアパートの近くの中華レストランで働く女を見初め、ついには相思相愛になり、同棲を始めるまでの顛末を描いたものです。


どちらも、男のエゴ、姑息さ、気の弱さが剥き出しに赤裸々に書かれています。ちょっと同情するところもないではないんですが、「ったくなにやってんだか」という感じですねぇ。

ただ、先回も書いたように、大正時代の作家、藤沢清造に対する思い入れの深さ、毎月の月命日に石川県の七尾市まで出かけ、読経をしてもらうという真摯な態度。このギャップがこの小説の大きな魅力なのかもしれません。


しかし、いくら私小説とはいえ、ここまで書いていいのかと思うところが一再ならずともあり、これを同棲相手の女性が読んだらどうなるんだろうと、他人事ながら心配したりもします(笑)

5月のまとめ

2009-06-01 17:35:41 | Weblog
5月に読んだ本は以下の通り



辻原登「約束よ」
金井美恵子「目白雑録(ひびのあれこれ)」
大江健三郎「さようなら、私の本よ!」
藤枝静男「田紳有楽/空気頭」
白石一文「この世の全部を敵に回して」
筒井康隆「恐怖」
中島義道「悪について」
庄野潤三「せきれい」
山田太一「沿線地図」
西村賢太「どうで死ぬ身の一踊り」
井上荒野「雉猫心中」
グレイス・ペイリー著 村上春樹訳「最後の瞬間のものすごく大きな変化」



12冊でした。ゴールデンウィークやらなんやらで前半は全然読めず、月の後半だけで8冊くらい読みました(笑)


5月は、これといった突出したものがなかったですねぇ…井上荒野「雉猫心中」、庄野潤三「せきれい」、筒井康隆「恐怖」、藤枝静男「田紳有楽/空気頭」、大江健三郎「さようなら、私の本よ!」あたりですかね。


本屋で「1Q84」がなかったので、くやしまぎれに西村賢太の最新刊を買ってきました(笑)もう読むことはないとか言ったんですが、この心境の変化、自分でも説明がつきません。子供がなにか汚いものをさわっていて、親が「そんなものさわるんじゃないの!」って言われてもまださわっているような…そんな感じかな(笑)

人生は猛スピードで過ぎてゆく

2009-06-01 17:18:28 | か行の作家
グレイス・ペイリー著 村上春樹訳「最後の瞬間のものすごく大きな変化」読了



世界のハルキファンが待ちに待った長編書き下ろしが発刊され、私も書店に走ったんですが、すでに売り切れ… 仕方がないので、春樹訳の本を手にとってみました。

全部で17の短篇が収められたものです。


残りのページ数が少なくなるにつれ、この感想をどうやってブログにアップしようか、悩みながら読み終えました。なんといったらいいんでしょうか… まぁ、いかにも村上春樹が好みそうな小説ではあります。僕にはちょっとしっくりきませんでした。普通の小説のつもりで読むとえらいことになります(笑)


話がどこへ着地するのかまったく見当がつかない上、時系列もシチュエーションもまったくセオリー無視でほんと、くたびれました。以上です(笑)