トシの読書日記

読書備忘録

肉しだ桜のあばばの踊り

2010-07-31 16:16:29 | ま行の作家
町田康「権現の踊り子」読了



一人の作家の作品を初期の頃からずっと読んできて、その後、初期の作品を再読すると感動が今ひとつ薄いという自分なりの法則(?)を立ててみたのですが、本作品に関してはそれが当てはまりませんでした。


表題作を含む6編が収められた短編集なんですが、どれも文句なくおもろい!(笑)なんなんですかねぇ。


ここでやはり町田康の主な作品を刊行順に並べて整理してみましょう。


「くっすん大黒」
「夫婦茶碗」
「屈辱ポンチ」
「俺、南進して。」
「きれぎれ」
「権現の踊り子
「パンク侍、斬られて候」
「告白」
「浄土」
「宿屋めぐり」



これでわかりました。「権現の踊り子」は初期の作品ではなかったんですね。ってことは自分の打ち立てた仮説「初期の作品の再読、今ひとつの法則」は、ここでは可も否も判定のしようがないってことになりました。


しかしこの短編集は良いです。「権現の踊り子」の独特の世界観。「ふくみ笑い」の主人公の行状。どれをとっても「あ、やっぱり町田康だわ」と思わせる独自のものを持っています。町田康の面白さを再認識させられた短編集でした。

リアルなリズム

2010-07-31 15:58:10 | ま行の作家
町田康「屈辱ポンチ」読了



何故か急に町田康が読みたくなって本棚を探したんですが、この本が見つからず、止むなくネットで買ったのです。


2~3年前に読んだものの再読です。読んで思ったのは、初読の時に感じた高揚感というか、「なんじゃこれ」的な面白さがそれほどなかったということです。なんでしょうね。それで気づいたんですが、村上春樹の初期の長編、「風の歌を聴け」とか「1973年のピンボール」を再読したときも初読の時と同じような感動が得られませんでした。


これはどういうことかというと、町田康、村上春樹、いずれも初期の作品ということで、それぞれ彼らは進化しているというか、作品の質がどんどん高くなっていってると思うわけです。で、自分はそれをずっと読んできているわけで、それらを知ったうえで初期の作品を再読してみるとちょっと物足りないというか、ワクワク感が薄れるのではないかということです。

最初から完璧なスタイルを確立させている作家というのは、まずいないということですかね。

本書は、表題作ともう一編「けものがれ、俺らの猿と」という中編が収められていてどちらも、もちろんそれなりに面白かったんですが、前述したような訳でちょっとなんだかなぁと思ってしまった次第です。


こういった読書の発見もあるのですね。他の作家の場合でも同じような感想を自分は持つのかどうか、いづれ試してみたいと思います。

追う者が自分に追いつめられる

2010-07-31 15:22:29 | あ行の作家
安部公房「無関係な死/時の崖」読了



久々の更新です。仕事が忙しくなってきたのと、人手不足のダブルパンチでずっと休みが取れませんでした。8月も、なかなか休めそうにありません。本もなかなか読めず、ちょっと今は我慢のときですかねぇ… それはともかく。


安部公房の中期の短編集です。10作品が収められています。


読み終わってまず感じたのは、やっぱりこの作家は長編でこそ持ち味を発揮するのではないか、ということ。これらの短編は、着想(アイデア)に簡単に肉付けしただけという印象を免れません。


ただ、秀逸なものもいくつかありました。「使者」という作品。宇宙の方面の専門家が、講演会の控室で出番を待っていると、ある一人の男が訪ねてくる。男いわく、「先生には信じにくいことかも知れませんが、実は私、火星人なのです。」と。ここで思い出すのはずっと以前に読んだ「人間そっくり」です。「人間そっくり」は、この「使者」を別の角度から捉え、ふくらませたものではないかと思います。

それから「無関係な死」。ある日男が仕事を終えて自分のアパートに帰ってくると、自分の部屋に死体があったと。すぐ警察に届ければいいものを、ここから安部公房の物語が紡ぎ出されるわけです。自分が疑いをかけられるのがいやで、その死体をアパートの別の部屋へ移動させてやろうと思いつくのですが、あれやこれやしているうちに段々自分が追いつめられていくという理不尽な結末。


これまで何冊か安部公房の作品を読んできたわけですが、ここで一度、主な安部作品を刊行順に並べて整理してみようと思います。



 ○「壁」
 ○「飢餓同盟」
  「けものたちは故郷をめざす」
  「第四間氷期」
 ○「砂の女」
 ○「他人の顔」
  「水中都市」
 ○「無関係な死」
  「燃えつきた地図」
 ○「人間そっくり」
  「友達」
  「棒になった男」
 ○「箱男」
  「笑う月」
 ○「密会」
 ○「方舟さくら丸」(○印は既読)


これを見て思うのは、「砂の女」と「密会」はよく似たテイストであるのにもかかわらず、初期と後期という大きな年月の隔たりがあるのに驚いたことです。自分がこの2作品を、たまたま連続して読んだというのもあるのかも知れませんが。


安部公房、もう少しだけ読んでみようと思います。

詩――散文のダイナミズム

2010-07-13 18:41:56 | さ行の作家
マーク・ストランド著 村上春樹訳「犬の人生」読了



本棚を眺めていたら「あれ?こんな本、あったっけ?」ということで読んでみました。
著者は、元々詩人ということで、本書が初の短編集なんだそうです。


非常に不思議な小説です。不思議というより「けったいな」小説と言った方がぴったりくるかも知れません。けったいでおもしろい。さすが、村上春樹、目のつけどころが違います。


この短編集は、ストーリーで読むのではなく、ここに書き記された言葉たちをじっくり味わうことがいいのかも知れません。


やっぱり詩人の書いた小説は、自分の感性にすごくマッチします。富岡多恵子しかり、小池昌代しかり、蜂飼耳もまたしかり。



こういう小説が好きだ、という人とじっくり語り合ってみたいもんです。




ネットで以下の本を購入


バリー・ユアグロー著 柴田元幸訳「一人の男が飛行機から飛び降りる」
町田康 「屈辱ポンチ」
町田康「権現の踊り子」
スティーブンミルハウザー著 岸本佐知子訳「エドウィン・マルハウス」
ホルへ・ルイス・ボルヘス著 篠田一士訳「砂の本」
諏訪哲史「りすん」

2010年上半期総括

2010-07-13 18:00:00 | Weblog
うっかりしてました。もう今年も半分過ぎたんですね。今年の1月~6月に読んだ本の中からベスト34を選んでみました。



【1】  堀江敏幸「郊外へ」
【2】  夏目漱石「行人」
【3】  スティーヴン・ミルハウザー著 柴田元幸訳「三つの小さな王国」
【4】  安部公房「密会」
【5】  村上春樹「めくらやなぎと眠る女」
【6】  山本昌代「善知鳥(うとう)」
【7】  安部公房「砂の女」
【8】  山口瞳「どこ吹く風」
【9】  多和田葉子「犬婿入り」
【10】 諏訪哲史「ロンバルディア遠景」
【11】 パトリック・ジュースキント著 池内紀訳「ゾマーさんのこと」
【12】 藤枝静男「空気頭/田神有楽」
【13】 諏訪哲史「アサッテの人」
【14】 山口瞳「冬の公園」
【15】 ポール・オースター著 柴田元幸訳「最後の物たちの国で」
【16】 夏目漱石「明暗」
【17】 伊丹十三「女たちよ!」
【18】 開高健「珠玉」
【19】 ジュンパ・ラヒリ著 小川高義訳「見知らぬ場所」
【20】 水村美苗「続 明暗」
【21】 大江健三郎「水死」
【22】 夏目漱石「門」
【23】 開高健「日本三文オペラ」
【24】 瀬古浩爾「思想なんかいらない生活」
【25】 藤枝静男「悲しいだけ/欣求浄土」
【26】 志賀直哉「城の崎にて/小僧の神様」
【27】 夏目漱石「彼岸過迄」
【28】 川上未映子「ヘヴン」
【29】 村田喜代子「雲南の妻」
【30】 佐伯一麦「鉄塔家族」
【31】 吉田知子「箱の夫」
【32】 高野悦子「二十歳の原点」
【33】 内田百「阿房列車」
【34】 村上春樹「1Q84 Book3」




しかしこれはランクをつけるのは手間かかりますねぇ。1時間かかってやっとこさ出来ました。やっぱり堀江敏幸はいいですねぇ。この間も、NHKの「週刊ブックレビュー」でゲスト出演していて、野呂邦暢の本を紹介してたんですが、堀江さんが薦めるんなら無条件で買いたくなってしまいます。


この半年で新しく出会った作家で印象に残ったのは、諏訪哲史、多和田葉子あたりですね。あと、再読も含めて安部公房の魅力にも気づかされました。「1Q84Book3」、どうしようか迷ったんですが、まぁ、村上さんには今までさんざんお世話になっているので、一応最下位に入れときました(笑)



この半年で読んだ本…69冊
この半年で買った本…31冊  ということで、未読本が38冊も減りました!このペースでいけば、あと3年くらいで未読本がなくなります(笑)

八方ふさがりの「現実」という壁

2010-07-06 16:55:33 | あ行の作家
安部公房「飢餓同盟」読了



今まで同作家の小説を何冊か読んできましたが、この作品はちょっと毛色が違います。わりと現実的というか、ありそうな話なんですね。


大地震を境に温泉が止まってしまい、さびれる一方になってしまった北国の田舎町。その町を牛耳る権力者達の町政の転覆を図ろうと組織された「飢餓同盟」。掲げた理想は高いのだが、手段と目的が段々曖昧になっていき、結局、彼等が興そうとしていた計画は、町の権力者達に横取りされてしまう。


簡単に言うとこんなストーリーなんですが、やっぱりここにも安部公房独自の視点があります。ほろ苦いアイロニーとブラックなユーモアを随所に感じました。佳作です。

燃え盛る情念の焔(ほむら)

2010-07-04 15:26:22 | か行の作家
河野多恵子「不意の声」読了



昨年3月の「ブックマーク名古屋」のイベントで、翻訳家の岸本佐知子氏が絶賛していたのをふと思い出し、買ってみたのでした。


しかしすごい小説です。父の死後結婚した女は、夫と諍いが絶えず、そんな日々、亡き父の亡霊に会うのです。その父に導かれるようにして殺人を繰り返すという、ストーリーだけ追えばサスペンスというか、そんな印象なんですが、やっぱりそこは河野多恵子です。抑制の効いた筆致で、女の情念を見事に描ききっています。まず、母を殺すというのがすごい!


3人の殺人を犯すのですが、それが現実なのか、女の夢想なのか、だんだん曖昧になっていくんですが、それはもう、事実かどうかということはあまり意味がないように思えてきます。


久しぶりに重厚な小説を読むことができました。

滑稽で、それでいて悲しくてそして切なくて

2010-07-04 15:15:30 | な行の作家
野坂昭如「エロ事師たち」読了



昭和45年刊行といいますから今から40年も前の作品ということです。これが野坂昭如のデビュー作ということも読んでから初めて知りました。


スブやんこと自称「エロ事師」。世の男共の性に対する切ない思いをとげさせる手伝いをする。「これはな、ヒューマニズムやねん」と言ってはばからないスブやん。


小説全体から性に対する猥雑さ、いかがわしさがぷんぷん臭ってくるんですが、何故か下品な感じはしないんですね。そしてなんというか、ものすごいエネルギーを感じます。以前読んだ開高健の「日本三文オペラ」をちょっと思い出したんですが、舞台が関西ということ、なので会話はすべて関西弁で、またこの「日本三文オペラ」もどんな境遇にあってもしたたかに生き抜く男達のエネルギーを感じたのです。小説の内容は、もちろんかなり違いますが。


野坂昭如の思想の出発点を見たような思いです。傑作です。

6月のまとめ

2010-07-04 15:03:33 | Weblog
6月に読んだ本は以下の通り



山口瞳「どこ吹く風」
中村文則「悪意の手記」
井上荒野「学園のパーシモン」
山口瞳「忘れえぬ人」
多和田葉子「ボルドーの義兄」
伊丹十三「再び女たちよ!」
水村美苗「続 明暗」
安部公房「砂の女」
パトリック・ジュースキント著 池内紀訳「ゾマーさんのこと」
スティーヴン・ミルハウザー著 柴田元幸訳「三つの小さな王国」
ポール・オースター著 柴田元幸訳「最後の物たちの国で」
楡周平「陪審法廷」


以上12冊でした。仕事がぼちぼち忙しくなってきたんですが、相変わらずのペースでした。

やっぱり山口瞳はいいです。2冊読みました。あと安部公房「砂の女」。いいですねぇ。それに海外からミルハウザー、ジュースキント、オースターもそれぞれの持ち味が発揮されていてなかなかよかったです。

これから7、8月と忙しくなる(予定)なのであまり読めないかもしれませんが、その分、じっくりといい読書がしたいもんです。