トシの読書日記

読書備忘録

歪んだリアリズム

2020-11-12 14:45:25 | や行の作家


山本昌代「緑色の濁ったお茶あるいは幸福の散歩道」読了 


本書は1996年に河出文庫より発刊されたものです。本を処分するためダンボール箱に文庫本を詰め込みながらもう一度読みたい本をチェックしていて、本書を見つけて再読してみたのでした。文庫で160項ほどの短編なんですが、これはいいです。


面白いのは、解説の久間十義氏も指摘しているように、文体の視点変わりようなんですね。主人公の鱈子さん、姉の可李子、母 弥生さん、父 明さんの4人家族の話なんですが、会話の書き方の視点の中心をいかようにも変えて読むことができるんですね。ちょっと例があげづらいんで引用はしませんが、こういった書き方は他の小説では、自分の記憶する限り、読んだことはありません。


こういった会話の間の悪さ(?)に最初は戸惑いというか、違和感を若干抱いたのですが、読み進むうちにこれがなんともいえない不思議なリズムを作って、得も言われぬ面白さとなっていくんですからわからないもんですねぇ。このあたりが山本昌代の魅力というか、こういった書き方ができるという彼女の武器なんでしょうね。これは新たな発見でした。


内容はというと、この4人家族の日常が淡々と綴られていくんですが、特に大きな事件があるわけでもなく(父 明氏の直腸がんの手術が大事件といえばそうなんですが)、妹の鱈子さんを中心とした平穏な毎日が続いていきます。しかし、先に述べたようにこの会話の不思議なリズムが本書の大きな特長となっていて読む者を飽きさせないんですね。


再読してよかったです。本当に面白い作品でした。ちなみに本書は新しい文学の方向を切り拓こうとしている作品に贈られる三島由紀夫賞を受賞しています。


本の処分の方は少しずつ進んでおりまして、「買取王子」というところに頼んだんですが、段ボール2箱、文庫本約200冊で、なんと8300円になりました。ここは段ボール2箱づつしか送ることができないので、とりあえず文庫をあと600冊、順番に送るつもりです。捕らぬ狸のなんとかではないんですが、単純に計算するとあと文庫600冊で24000円、文庫だけで合計32000円になりそうです。ラッキー!そのあと単行本が300冊ほど控えております。


おととい、がんセンターへ行って、消化器内科の診察と今回から始める抗がん剤の一回目をやってきました。4~5日前から背中、肩、胸がずっと痛くて、ほんと、耐えられないくらいの痛みをずっと我慢して、おとといの診察のときにそれを言ったら、そういう時は診察の予約がなくても電話してくれればすぐに診るし、それに合った薬も処方しますと言われ、言われてみればそりゃそうだと思ったんですが、まぁ後の祭りということで。


今までのロキソニンでは効かないのでモルぺスというのを処方してもらいました。これにはなんと、麻薬が入っているそうです。私もついに麻薬常習者の仲間入りです。これを12時間おきに服用して、それでも痛くなったら間にオキノームというのを服用するということです。そのオキノームの服用の頻度によって次からモルぺスに入れる麻薬含有量を加減するとのこと。とにかく、昨日今日と痛みから解放されて気分もいいし、ほんと、よかったです。今日も昼から車で銀行の用事をこなして、さっき、ずっと休んでいたウォーキングも1時間ほど行ってきました。 


痛みがないと、こうも違うものかと自分でも驚いているくらいです。来週はまた水曜日に2回目のパクリタキセル(抗がん剤)、翌日、胃カメラとCTです。早く口から物が食べられるよう、がん治療、頑張ります!



なんのとりえもない犬

2020-06-20 15:10:35 | や行の作家


吉田知子「そら―吉田知子選集Ⅲ」


がん治療で入院するということで、本を5~6冊持って行ったんですが、抗がん剤と放射線治療の副作用で読書どころではない状態が続き、少し苦しみました。ただ、入院直後と退院間際は、それほど体調も悪くもなく、そんな中で2冊ほど読んだので、レビューします。


本書は2014年に景文館書店より発刊されたものです。吉田知子選集全3巻のうちの「Ⅲ」です。「Ⅰ」の「脳天壊了(のうてんふぁいら)」、これにもすごい作品が目白押しなんですが、こっちの「そら」もすごい。もちろんどちらも再読です。そういえば、入院する前に「Ⅰ」も読了してたんですが、レビューを書くのを忘れてました。なので、それも合わせて書いてしまいましょう。

「Ⅰ」の「お供え」。もう何度読んだかわからないくらいなんですが、やっぱり名作ですねぇ。今まで自分が読んだすべての短編の中で、間違いなくベスト5に入ります。ほかにもいろいろあるんですが、すみません、ちょっと面倒になりました。


そして「Ⅲ」の「そら」。この作品集も名作ぞろいです。出色はやはり「ユエビ川」です。これも何度読んでもぞくりとします。一昼夜荒野を走り続けたトラックから放り投げるように荷物と共に降ろされた男、「A」が少し歩いた先にある建物に入っていく。何人かの男たちが寝泊まりしているようなのだが、そこがホテルなのか、なにかの施設なのか、明らかにされないまま物語は不穏な空気と共に進んでいきます。最後、「A」と男たちは殺し合い、「A」は生き残るのだが、迎えに来たと思い込んでいた飛行機から機銃掃射を浴び、あっけなく死んでしまうという、「え!?」という話なんですが、これが吉田知子の世界なんですね。誰にも真似できません。


自分はあと何年生きられるかわからないんですが、今は新しい小説に取り組むより、過去に読んだ自分の中の名作をもう一度味わい直すということをやっていこうかなと思っております。


前のブログではっきり書いてなかったんですが、お店は癌治療に専念するため、今月いっぱいで閉めることにしました。今、自分は店に出ていないんですが、まかせられる優秀な子がいるので、彼女にまかせているところです。こんな形で店を閉めるのは痛恨の極みではありますが、癌の治療ということであれば致し方ないです。


綺想の形而上学

2019-10-01 14:14:20 | や行の作家



山尾悠子「歪み真珠」読了



本書は平成31年にちくま文庫より発刊されたものです。


本作家は以前、「ラピスラズリ」という作品を読み、その独特の世界観に瞠目したものですが、本書もそれと似たような流れになっています。


全部で15の掌編から成る作品集なんですが、時代も場所も特定できないような(中世のヨーロッパ?)シチュエーションで、繰り広げられる奇想天外な物語の数々。それはそれでめちゃくちゃ面白いんですが、自分はむしろ「水源地まで」のような我々の日常にやや近いような設定の上に山尾悠子の持ち味を活かしたような作品に惹かれました。


いずれにしろ、山尾悠子、ただ者ではありません。解説の諏訪哲史氏、彼はこういう世界がほんと、好きなんですね。嬉々として解説しています。文字通り、しっかり解説しています。この諏訪哲史の文章の素晴らしさ、これも申し添えておきます。

昭和を生きた作家

2019-07-30 11:00:15 | や行の作家



最近、なんやかやとありまして更新が滞りがちになっております。画面の左にPVとかIPとかあるのが何を意味しているのかよくわからないんですが、もしこれがこのブログを見にきている人の数だとしたら、何人かの方が見ているわけで、まぁこんなブログを楽しみにしている物好きな方はいないと思いますが、とにかく申し訳なく思っております。


それはともかく…


小玉武編「山口瞳ベスト・エッセイ」読了



本書は平成31年にちくま文庫より発刊されたものです。


ちくま文庫からいろいろな作家の「ベスト・エッセイシリーズ」として出版されたものの一環のようです。


山口瞳、時々無性に読みたくなるのですが、本書は様々な出版物から(主に「男性自身」)選りすぐりのエッセイを集めた、文字通りのベスト版と言えると思います。


裏表紙の文言にもありますが、清水幾太郎の論説「核の選択」に対する山口の反論がすごかった。これほど婉曲な表現を使いながら、清水氏の論を真っ向からから否定するという、まさに文筆家の面目躍如たる文章でありました。


絶筆となった最後の「男性自身」に掲載された「仔象を連れて」、これもよかった。山口氏が師とあおぐ高橋義孝氏のエピソードを披露しているんですが、本当にしみじみとした味わいがあります。


昭和の作家、山口瞳。僻論家としても知られた人ではありましたが、どこかのエッセイで自身のことを「無頼にして市民」と表現しているのを読んで、得たりや応と膝を打ったものです。本当に素晴らしい作家、随筆家でありました。



またまた姉から以下の本を借りる

コリン・ウィルソン著 中村保男訳「宇宙ヴァンパイア―」新潮文庫
ジェイ・ルービン編「ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29」新潮社



今日はこれからちょっと雑用を片付けたあと、豊田市美術館へ「クリムト展」を見に行ってきます。クリムト、遂に来名!です。

非日常へ逃れる

2018-06-19 17:49:12 | や行の作家



吉田知子「日本難民」読了



本書は平成15年に新潮社より発刊されたものです。先日、名古屋、栄のジュンク堂、丸善と本を買いに行ったんですが、本書は見当たらなかったので、ネットで買いました。


戦争が始まり、「連合軍」が日本に攻めてきて、東京はもう危ないということで、人々は山へ海へ逃げていきます。50代半ばとおぼしき主婦の視点で描かれたこの小説は、やはり吉田知子のテイストはあるものの、ちょっと物足りない作品というのが自分の感想です。


深い山の中の閉鎖した温泉宿に自分と夫と隣りに住む男と3人で逃げ込んできた彼らは、何人かの人達と非日常の中で日常的な日々を過ごします。しかし、そこも危ないということで、またそこから逃げ出すわけですが、そのあたりの様子がいかにも吉田知子的なシニカルな描き方で、そこは面白かったです。


アマゾンの本書のレビューで、なぜ戦争になったのか、何の説明もないし、結末もただなんとなくという感じで終わってて、つまらなかったというのがありましたが、この方は吉田知子は読まなくてもいいですね。この恐ろしいものに追いかけられて、右往左往、逃げまどうこのシチュエーションを楽しめばいいのであって、戦争が起こった理由なんかどうでもいいんです。


吉田知子の面白さを理解できない、残念な人でありました。


もう一冊、吉田知子の本をネットで注文してあるので、こちらを楽しみにして待つことにします。


混沌の曼荼羅

2018-04-24 16:40:21 | や行の作家



吉田知子「千年往来」読了



本書は平成8年に新潮社より発刊されたものです。初出は平成7年の「新潮」10月号とのこと。


いやすごいです。さすが吉田知子です。以前読んだ「無明長夜」に通ずるような吉田ワールドを見せてくれました。現在の話の章があるかと思うと、戦時中の話になったり、鎌倉時代(?)あたりの話が出て来たり、果ては人間ではなく、虫の話になったりと、まさに千年往来、読む方はついていくのにもう大変でした。


著者独特の血縁の濃い家族、親戚関係の描き方も相変わらずで、ここも吉田知子の真骨頂とも言えると思います。


ネットで本書のことを調べてみたら、ある人のブログにこんな感想がありました。曰く、

<(本書を理解するには)まずは「お供え」「箱の夫」を読んで基礎的なことをひと通り学んで(可能なら「吉田知子選集」全三巻も読んで)ことに挑まれたい。>

このブログ氏と是非語らいたいと思いましたね。


吉田知子の描くこの曼荼羅絵図にただ呆然とするしかない自分です。

下町生まれの矜持と含羞

2018-03-20 17:42:41 | や行の作家



吉村昭「味を追う旅」読了



本書は平成25年に河出文庫より発刊されたものです。


北は北海道から南は九州・沖縄まで、著者が取材や資料集めに訪れた地の食のエッセイであります。姉が貸してくれたものですが、姉はこの手のものが好きですねぇ。まぁ人の事は言えませんが。


読んで楽しいエッセイですが、どうというところもなく、特に感想もありません。ただ、ひとつ気になるのは、著者は自分が「食通ではない」と本書のあちこちで言っているんですが、なかなかどうして、結構うるさい感じです。食通が「自分は食通ではないから」と言うのはお約束と思うのは、自分のひねくれた見方なんでしょうかね。



とまれ、なかなか味のあるエッセイではありました。

途方もない話

2017-12-26 20:25:13 | や行の作家



山田太一「彌太郎さんの話」読了



本書は平成17年に新潮文庫より発刊されたものです。


先日、ブックオフへ行った際、山田太一の未読の本書を見つけ、即買いしました。


いや面白い。山田太一という人はプロットで読ませる作家だと思っているんですが、本書はちょっと毛色が違う感じで、彌太郎さんが主人公に語って聞かせる話が時と所を変えて延々と続くわけです。戦後、GHQに出入りしていた彌太郎さんが、米兵が4人の日本人を射殺するところをたまたま目撃し、米軍は口封じのために彌太郎さんを南方の独房に30年の間監禁したと言うのです。


その独房生活(というか、人生)の中で起こったあれやこれやを主人公に語るんですが、この話がまたにわかに信じがたい内容で、実際、彌太郎さんは、この間の話は全部ウソ、などとあっさり言って、主人公を驚かせます。


しかし、独房に30年間(実際は28年らしい)閉じ込められるというのは、どんなものなんでしょうか。およそ想像もつきません。


また、美保という女性も登場させて山田太一、小説にふくらみをもたせるのにぬかりはありません。


いや面白い話を聞かせてもらいました。彌太郎さん(山田太一)に感謝です。



ネットで以下の本を購入

松浦理英子「奇貨」新潮文庫
松浦理英子「最愛の子供」文藝春秋
坂口恭平「けものになること」河出書房新社




さて、今年も一年、拙い日記を読んでいただき、ありがとうございました。今年の総括は来年1月9日にやるつもりです(2日はお店は営業するので)。来年もどうかひとつ、よろしくお願いします。

奇想の物語

2017-10-10 18:41:31 | や行の作家



夢野久作「ドグラ・マグラ」(上)読了



本書は昭和51年に角川文庫より発刊されたものです。例によって諏訪哲史の「偏愛蔵書室」に紹介されていたものを選んでみました。


著者とタイトルだけは知っておりましたが、読むのは初めてでした。そしてまた、表紙の絵がすごいですねぇ。米倉斉加年画伯による、なんともエロチックでいてしかも荒廃感満載の絵で、ちょっとそのままでは持ち歩きできないですね。


どんなおどろおどろしい世界が待っているのかと、怖さ半分、期待半分で読み始めたんですが、前半はちょっと拍子抜けでしたね。


九州帝国大学法医学部の若林という教授が、精神病患者が、その病に至る経緯、その原因 、また、一般人と精神病の人間との間には大した差はない、五十歩百歩であるとの見解を延々と述べるくだりがあり、そのしつこさにちょっとうんざりしました。




また、なかなかストーリーが展開していかないところも読みずらい一因でした。しかし、(上)の最後のあたりからがぜん面白くなってきました。がんばって読み進めたかいがあったというものです。(下)に期待です!

他者とのかかわり方 自己とのかかわり方

2017-01-31 15:28:18 | や行の作家



山下澄人「壁抜けの谷」読了



本書は平成28年に中央公論新社より発刊されたものです。


中日新聞夕刊の「大波小波」で本作家のことが書いてあり、興味がわいてネットの書評で調べて、一番山下澄人らしいものをと思い、本書を選んでみました。


一読、これはどうなんでしょうねぇ。評価は分かれると思います。自分は面白かったですがね。「しんせかい」という作品で第156回芥川賞を受賞しているんですが、これは山下らしくないとのこと。


全てがあいまい、あやふやで、現実のことなのか、夢の話なのか、過去のことを思い出しているのか、今現在の話なのか、もうとにかくわけがわかりません。主人公も最初は「ぼく」だったのが知らないうちに「わたし」になってるし、しかも「わたし」が女性になったり男性になったりと、本当の主人公は誰やねん!と突っ込みを入れたくなります。


人とのかかわり方、距離のとり方ということを考えさせられました。そうやって考えていくと、この小説はなかなかむつかしいです。今までの自分の読書の中では、こんな小説は初めてでした。


いい体験をさせてもらいました。いや面白かった。