トシの読書日記

読書備忘録

周到にして不穏な罠

2008-10-31 17:57:59 | あ行の作家
井上荒野「グラジオラスの耳」読了

町田康の顰に倣って今一度読んでみようと手に取ってみた次第。
井上荒野、初の作品集で五つの短編が収められています。

改めて読み返してみて思うのは、最初からとんでもなくすごい小説を書いたんだなという驚きです。

彼女のプロフィールを見てみると、この短編集を1冊出したきりで長いブランクに入ってしまうんです。次の「もう切るわ」を執筆するまで、実に12年もの期間を要しています。

私が思うのは、「グラジオラス――」という作品集は、あまりにも父・井上光晴を意識しすぎて、文体、作品に漂う空気というものがひとつの完成をみてしまったのでは、という気がします。
私個人としては、井上光晴の持つあのいわく言いがたいテイストが好きなので、それを娘の荒野が見事に受け継いだと思い、諸手を挙げて歓迎したい気持ちだったんです。
しかし、彼女はそれをよしとしなかったんでしょうね。「グラジオラス――」を書いたあと、井上荒野自身の世界を確立すべく、もがいて苦しんで12年かかってやっと「もう切るわ」でひとつの形をみたのではないでしょうか。しかし、「もう切るわ」も、いくぶん光晴のイメージは残ってますが。

そして彼女は、試行錯誤を繰り返しながら作品を生み続け、そしてついに先の直木賞受賞作である「切羽へ」で彼女の小説世界を完成させたのではないかと思います。

参考までに井上荒野の作品を発表順に並べてみます。


1989 わたしのヌレエフ(グラジオラスの耳)
2001 もう切るわ
2002 ヌルイコイ
2003 潤一
2004 森のなかのママ
2004 だりや荘
2005 しかたのない水
2005 誰よりも美しい妻
2006 不恰好な朝の馬
2007 学園のパーシモン
2007 ズームーデイズ
2007 ベーコン
2008 夜を着る
2008 切羽へ


こうしてみるとよくわかるのですが、最初の「グラジオラス――」(「わたしのヌレエフ」)でいきなり密度の濃い、ある意味パーフェクトな作品を書いてしまって壁にぶち当たり、12年間悩み、悶えて「もう切るわ」を書き、それ以降はコンスタントに作品を発表し続けている、という流れです。

荒野作品をほとんど読んでいる私としては、こんな分析もあながち見当はずれではないのでは、と思っております。

しかし心配なのは、「切羽へ」で井上荒野の世界を完成させてしまった後、また行き詰ることがあるのではないかということです。井上荒野に魅せられた熱心な読者としては、それが杞憂に終わることを願うばかりです。

行き場を失くした愛おしい愚か者たち

2008-10-31 17:30:31 | あ行の作家
絲山秋子「ばかもの」読了

同作家の過去の著書は「沖で待つ」「逃亡くそたわけ」に見られるような、男女の関係が、どこか友情に近いような、さらりとしたものを見受けることが多いのだが、本書はまさに「男と女の愛の物語」であります。

主人公である「ヒデ」の凋落ぶりを見ていると、いたたまれない気持ちになるのだが、ラストで救われました。

冒頭で、ヒデの恋人である額子がヒデに「ばかもの」と言う。そしてラストでヒデが額子に「ばかもの」と言う。そのたった一言に込められたそれぞれの思いを考えると、少し陳腐な言い回しだが、愛とはなんと残酷で、そしてなんと美しいのだろうと思わずにはいられない。

「海の仙人」にも深く感動させられたが、これは、それを凌ぐ絲山作品の最高峰といっても過言ではないと思われます。

運命の人

2008-10-31 17:20:21 | や行の作家
吉本ばなな「ハチ公の最後の恋人」読了

いつも見るブログのO氏が絶賛していたので、これは読まずばなるまいと手に取った次第。

うーん・・・びみょーでした(笑)

先に読んだ「キッチン」は、ほんとよくできた小説だったんですが、なんというか、全体にお上品な感じでちょっとなじめませんでした。お上品なのに「セックス」という言葉を多用してみたり、「フェラチオ」なんてあえてそんな言葉を使ってみたり、無理にお上品さを消そうとして、それがかえって失敗しているような印象を受けました。

話としてはすごくいいです。文章の表現の美しさも素晴らしいし、吉本ばななでしか書けないようなところもたくさんあって、それなりに感動したんですがね・・・。

自分は、やっぱり卑しい人間なんで(笑)絲山秋子のような下品(?)な恋愛小説が向いているのかも(苦笑)

次、絲山秋子いってみます。

酒はいいねぇ

2008-10-31 17:04:19 | な行の作家
なぎら健壱「酒(しゅ)にまじわれば」読了


前回とはうって変わってお気楽なエッセイです。
いやーほんと、面白かった。思わず笑ってしまうエピソードばかりで「ほんとかよ!」と思わず突っ込みたくなる場面がしばしばでした。

でも、中には子供のころの思い出として、居酒屋で毎晩のように飲んでいる父を、母にしつこく言われていやいや迎えに行く話など、ちょっとほろりとさせられる話もあり、なぎら健壱、うまいなぁとの感慨を深くした次第です。

「死」とは「生」とは

2008-10-31 16:57:56 | さ行の作家
白石一文「僕のなかの壊れていない部分」読了

これは小説というより小説の名を借りた著者の考え、評論といっていいと思います。

一読して、非常に考えさせられました。もう一度内容を吟味したくて2度読みました。
共感できる部分もあり、そうでない部分もありながら、全体としてはなかなか面白かったです。中島義道がこれを読んだらどんな感想を持つでしょうか。興味があります。

以下、印象に残ったところを引用しながら感想を述べます。

「死とは本当は取るに足りない、なんでもない現象に違いない。死に際しての苦痛は生と死の転換点を苦闘物語として演出するし、過去の累積された記憶は本人やその身近に佇む人間たちを、深い未練の沼に誘い込む。しかし、それは死という現象のいわば周辺機器であって決して本体ではない。
死の本体とは、誰にでも必ず起こる事実――つまりは誕生と並ぶ人間にとっての唯一無二の絶対現象というだけで、それ以上のことは実のところ誰にも分かってはいないのだ。死を正確に形容するとすれば、それはやはり『取るに足りない』、『ありふれた』、『平凡な』出来事と言う以外にあるまい。それでも、と僕はかねてから思っているのだった。僕たちは、その死の先にあるものを、たとえ不可能であっても必死に思考せねばならない。」

中島義道は「死の先にはなにもない」と言っています。私も同感です。「死の先にあるものを」「思考」する意味は私にはないと思うんですが。

「私はほんとうに死にたいのだろうか?私はほんとうに死にたくないのだろうか?もし死にたくないのなら、その理由はなんなのか?」

この答は本書にはありません。こんな風に問題を投げかけてそのまんまという箇所がところどころにあり、それがちょっと消化不良になっている印象を受けました。

「人間は生まれたその日からもう何も変わりはしないのに、まるで何かを学び、何かを失い、何か再生されるものがあるかのように信じることの愚かさが許せない。」
「人こそが時間なのだ。時間のない空間は、人間にとっては無意味に等しいものかもしれない。場所も人も時間も、すべてはたった一つのものの別々の姿にすぎないのだろう。」

これの意味がまったくわかりません。書いた本人もわかってないんじゃないでしょうか(笑)

「人の感情は花火のように瞬間の明滅で、その行為のひとつひとつにはもともと何の統一もありはしない。であるならば、そんな他人の行為を一体誰が、どんな理由で咎めたりできるというのだろう。」

これは、いわんとすることはよくわかります。「人の行為を咎めない」姿勢は貫きつつ、やはり人間は自分の信ずるところの主義に従って統一した行動をとろうと努力する生き物であるからして、そこのところも充分踏まえたうえでこのことは考えなければいけないのでは、と思います。

「どうして人間は新しい生命を生み出そうとするのか?他人の生を生み出すということは、そのまま他人の死を生み出すことと等しい。人を生むことは、その人を殺すことでもある。子供を産むということが、その子をやがては死に至らしめる行為なのだと彼女たちは考えもしない。自分たちこそが正真正銘の殺人者であることに、おそらく一瞬たりとも気づいたことがない。」

これには異論があります。生まれた人は、やがては死にますが、その死に至る前の「人生」というものがあります。そして、その中で自分の価値観を作り、「自分を生きる」ことができるわけです。生きていく中で自分なりの「真理」を見出した人は、今際の際で決して自分が殺されたとは思わないでしょう。



最後に、エーリッヒ・フロム、古山高麗雄、三島由紀夫、トルストイ、常岡一朗等の文章を随所に引用しながら、それを示すだけでそれに対する主人公の考えが述べられていないのは片手落ちではないのか、と思いました。

蛇足ながら、特に重要な意味もないのに、作中で壁に飾ってある絵の作者の名前を紹介してみたりして、自慢げな著者の顔が目にうかぶようで、底が知れる感じでした。
とりもなおさず、これが全体に流れる空気なんですね。「俺はこんな高尚な事を考えているんだぞ」と。そこまで考えていくと、自分がこの本を読んで、こうやって真剣に考えることがちょっと馬鹿らしくなってきます。でもまぁ、それは考えないようにしましょう(笑)この本を書いた人を見るのではなく、書いてある事柄そのものを見る姿勢でいきたいと思います。

さらに蛇足をつけ加えると、重里徹也という毎日新聞の編集委員の解説が、どうにも及び腰で、本書のテーマに深く入り込んでいなくて失望しました。



引用が多くて長い記事になってしまいましたが、本書が自分に与えた影響は大きいです。近いうちに再々読してみようと思います。

「性」に関する哲学的考察

2008-10-21 19:14:42 | か行の作家
川上未映子「乳と卵」読了

「え?今頃?」って言わないで下さい(笑)とっくに旬を過ぎてることは重々承知なんですが、つい読みそびれてしまったんです。

今さら説明の必要もないですが、第138回芥川賞受賞作であります。デビュー2作目にして受賞となっています。

句点のない、言ってみればだらだらとした冗長な文体で、最初はちょっと面食らいましたが、段々慣れるにしたがって、それが大阪弁と相まって、かえって心地よいリズムに感じてくるのが自分ながら不思議でした。

テーマは、かなりわかりやすいものではありますが、かなり深いものでもあります。「乳と卵」は、「母と子」にも置き換えられると思います。母と子に対する、母の妹であり、子の叔母でもある「わたし」。その3人の女性の「性」に関する、作者なりの考えを小説にしてみたんだろうと思います。ややもすれば男性の従属に流されがちな女性を、そうではなく、一人の自立した人間として生きていかなければ、という思いを小説に込めたと解釈していいと思います。まぁ、そんな簡単なものでもないとは思いますがね(笑)

併載の「あなたたちの恋愛は瀕死」これも、なかなかに過激でおもしろかったです。

飛び回る言葉たち

2008-10-18 09:33:52 | ま行の作家
町田康「破滅の石だたみ」読了

小説と思って、よく確かめもせずに買ってみたらエッセイでした。町田康のエッセイは、もう、ちょっと食傷気味で、「やれやれ」と思いながら開いたんですが、やっぱりするすると読んでしまうんですね(笑)

なんてことない、いつもの町田康です。ただ、本書の中で町田康おすすめの10冊というのがあって、これはちょっと参考になりました。いい小説は繰り返し読め!と力説しておられます。言わんとすることはよくわかります。自分も1冊読んだら「はい、次」って感じでいってしまうので、この言説、もって肝に銘じます。

近いのに遠い関係

2008-10-18 09:25:23 | さ行の作家
ジュンパ・ラヒリ著 小川高義訳 「停電の夜に」読了

9編から成るデビュー短編集。ピュリツァー賞受賞作で、短編集でしかも新人が同賞を受賞するのはきわめて異例のことなんだそうです。

インド系の女性作家で、どの小説もインド人が主人公になっています。

日々の生活の中で、なかなか気持ちを通い合わせることができない夫婦、家族の切ない思い、諦観が淡々とした筆致で見事に描かれています。

表題作の「停電の夜に」が、やはり良かった。また「病気の通訳」のタクシー運転手のほろ苦い結末も「男なら、こういうこと、絶対あるよなぁ」と妙に共感してしまいました。

デビュー後2作目の「その名にちなんで」という長編も買ってあるので、また読むのが楽しみです。

言葉の魔法 ―― かつてない物語

2008-10-14 12:18:10 | あ行の作家
エイミー・ベンダー著 菅啓次郎訳 「燃えるスカートの少女」読了

姉が「これ、ちょっといいよ」と言って貸してくれた本です。作家の名前を聞いたことがあるくらいで、何の予備知識もなく読み始めたんですが、ぶっ飛びました(笑)

すごい小説です。

全部で16編が収められた短編集なんですが、話のどれもこれもが奇想天外、奇妙奇天烈なんですが、それでいて妙にリアルなんですね。音楽でいうと、椎名林檎とか、ガンズ&ローゼスみたいな。(適当です。あくまでイメージです 笑)

人間から「逆進化」していって、最後には「サンショウウオに似たもの」になる恋人、地下鉄で適当な男を見つけ、家までついていってドレスを鋏で切り刻まれたりベルトで縛られたりしても帰ろうとしない大金持ちの娘、父が死んだ日に何人もの男とセックスする図書館員の女、火の手を持つ少女と氷の手を持つ少女が互いに癒そうとして、とんでもない破局を迎えてしまう・・・・。

これらの短編に通低しているのは「生きる哀しさ」です。しかしそれは同時に明るさでもあるという、二律背反の要素が含まれてもいます。

「人間だった最後の日、彼は世界はさびしいと思っていた」(「思い出す人」) 

解説の堀江敏幸が言うように、さびしいと思っていた世界に抱きしめられることが、エイミー・ベンダーを味わう喜びなんだと思います。

喪失と再生

2008-10-11 14:31:13 | や行の作家
吉本ばなな「キッチン」読了

今まで、なぜか吉本ばななを読んだことがなかったんです。食わず嫌いという訳でもないんですが。

で、読んでみて、もっと早く読めばよかったと後悔しております(笑)これは、非常によくできた小説です。主人公のみかげの両親が早い時期に亡くなり、祖母にひきとられ、その祖母も亡くなってしまって、その祖母がひいきにしていた花屋のアルバイトの男のマンションにころがり込むところから話が始まる。そして、その男と最後は「いい感じ」になるわけですが、このあたりのみかげの心理描写が非常に巧みでいいんですねぇ。変にべたべたしてなくて、わりとさらりと書いてあるところがすごく好感がもてました。

最後のあたり、電車の中で読んでたんですが、涙が止まらなくなってめちゃくちゃ困りました(苦笑)

この単行本には「キッチン」のほかに「満月」(「キッチン」の続編)「ムーン・ライト・シャドウ」の2編が収められています。どれもほんとうに良かった。

O氏のブログで同作家の「ハチ公の最後の恋人」を絶賛していたので、読んでみようと思ってます。