トシの読書日記

読書備忘録

幻のエルドラド

2014-10-31 16:19:46 | た行の作家
辻原登「村の名前」読了



さて、辻原登祭り、第2弾のスタートです。表題作は1990年の芥川賞受賞作です。この本にはもう一編「犬かけて」という作品が収められていて、これが辻原登のデビュー作とのことです。


どちらも大変面白く読ませてもらいました。「村の名前」は、畳に使ういぐさの買い付けに中国に乗り込んだ主人公の橘とその取引先の商社勤務の加藤。現地の人の案内で、そのいぐさの工場に向かうのですが、そこが桃源県桃源村という、いわゆる桃源郷伝説の名前そのままなのです。しかし、その村へ着くと、いろんな奇怪なことが次々に起こります。主人公の橘の思い込みの強さもあいまって、物語は思わぬ方へどんどん流れていきます。


このストーリーのドライブ感が面白いですね。そして、歓迎パーティーの給仕の女性に一目ぼれし、その女性が自分はこの村に監禁されていて香港に逃げたいと言い、そのためには3千元必要だと言う。橘は、翌日の夜、同じ場所でその金を渡す約束をするのだが…。という、自分の仕事はどうなってんだ?という問いも出てきますが、まぁとにかく、ハラハラドキドキの小説でありました。


もう一編の「犬かけて」。これも面白かった。ストーリーというのがあるようでないようで、かなりきちんと読まないとなかなか理解しづらいです。でもその分、じっくり味わうこともできるわけで。


ミシンのセールスマンの「五円玉」というニックネームを持つ男が主人公なんですが、自分の妻、春子との関係に不安をかかえている。春子は以前、埼玉県の狭山で売春組織に入っていたという話をひょんなことから耳にし、ミシンのセールスをしがてら、その話の真偽を確かめるため、狭山あたりを調べるわけです。結局、彼はその話は根も葉もないデマであると、自分の中で解決するわけですが、そこに至るまでの心の動き、その描写がすごいですね。とてもデビュー作とは思えない老練の技ともいうべきものがありました。


この本も解説がよかった。千石英世という、全く知らない人なんですが、辻原登の文庫本の解説陣は、みんな、なかなかいいですねぇ。辻原氏が指名しているのかも知れません。





あと、2冊ほどレビューを書いて、今月のまとめもしないといけないんですが、ちょっと出かけなくてはならないので、今日はこのへんで。乞うご期待!



スイフトの怒り、浪之丞の寛容

2014-10-31 15:55:19 | た行の作家
富岡多恵子「ひるべにあ島紀行」読了



辻原登の未読の本はないかと書棚を物色しておりましたら、なんと、こんなものを見つけました。富岡多恵子の未読本があるなんて!自分を叱りたいです。


平成9年、野間文芸賞受賞作品であります。しかし、本書はかなり手強かったです。難解でした。


「ガリバー旅行記」で知られるスイフトの評伝と、「わたし」と「ケイ」とのファンタジックな物語、さらにナパイア国という架空の国での幼女買春の物語と、アイルランドの「アラン・セーター」のような複雑な編み模様さながらの重層的な作品でありました。


この作品はレビューを書くのがかなり難しいですね。まぁ、富岡多恵子の世界に酔いしれた、と言っておきましょう。川村二郎氏が巻末で素晴らしい解説を書いています。これで本作品の良さがさらに際立ちました。

連鎖する穢れ

2014-10-31 15:21:13 | あ行の作家
小野不由美「残穢(ざんえ)」読了



姉が「微妙」と言って貸してくれたものです。ホラー小説です。ホラー映画とか全く見ないんですが(嫌いというよりなんだかバカらしいので)、こういった類の小説も初体験でした。


ずっと昔(明治時代くらい)、未婚の女性が子供を孕み、産むこともできず、当時は堕胎手術もない時代で、階段からわざと転げ落ちて、流産した。そのうらみが末代までたたると、簡単に言うとそんなお話です。


そこに新しく家を建てて住んだ人が、夜中に赤ん坊の声がしたり、畳に着物を引きずるような音がするとかで、気味が悪くなってその家を出て、別のところに住んでもその穢(けが)れは、その人について行くそうなんですね。しかも元の場所にもとどまると。要するにこれは伝染病みたいなもので、そうやって考えると、その穢れは日本中、もっと言うと世界中に広まることになるわけです。そう考えると、これは恐ろしいことです。全く信じませんが。


小説の中身としては、今起きている現象から過去をさかのぼり、いろいろな人に聞いて調べていく過程が延々と続き、そこがかったるくて疲れました。恐いシーンもあんまり出てこないしで、ちょっと食い足りない感じです。


週刊文春の書評に<「残穢」はあなたの日常に必ず影響を及ぼす。そして読んだら最後、あなたはもう二度とかつての日常を取り戻すことができなくなる。>とかなり煽情的なことが書いてあるんですが、読後、自分の日常に何ら変わったことはないことをここに報告しておきます。

哀号!

2014-10-15 16:12:06 | ま行の作家
村田喜代子「龍秘御天歌(りゅうひぎょてんか)」読了


少し前、同作家の「八つの小鍋」を読んでから、村田喜代子のことが頭の片隅のどこかにあり、姉から借りた本の中から本書を見つけ、読んでみたのでした。


豊臣秀吉の朝鮮出兵の折、北九州に強制連行された当時の朝鮮人達。彼らには窯焼きの技術があり、皿山という地で藩からその設備と道具をあてがわれ、陶工としてかなりの規模で運営していた。


物語は、その頭領である辛島十兵衛が亡くなったところから始まります。故十兵衛の妻、百婆(ひゃくば)、70歳。この婆さんが死んだ亭主の葬式をクニの朝鮮のやり方で行うと言い出し、事態はてんやわんやになります。ここがほんと、面白い。日本と朝鮮とでは葬式のやり方がことごとく違うんですね。しかし、ここは日本でありますから朝鮮式にやるなんてことは代官所が許さない。それをああでもない、こうでもないと言いくるめ、ごまかし、あげくの果てに遺体を土葬にしたいために棺桶をすり替えようとする。しかし、これはさすがに十兵衛の息子、十蔵がすり替えた棺桶を母親の目を盗んでまた元に戻して、百婆の目論見は失敗に終わるんです。


文庫で250項とそこそこの中編なんですが、物語は十兵衛の通夜から葬式の場面のみに終始します。死者の弔いをクニのやり方で押し通そうとする百婆。しかし、それはお上にたてつくことにもなるわけです。ということはそれをしてしまったら自分たち一族のはその地で生きていけなくなることを意味します.そのことを重々承知している息子の十蔵は、それをなんとか阻止しようとするんですが、母親の気持ちも痛いほどよくわかるしで、完全な板ばさみ状態なわけです。この十蔵の苦しみが人ごとながら笑えます。



しかしまた面白い題材に目を付けたもんです。そしてこの村田喜代子の筆力。脱帽です。

サウダーデ――えもいわれぬ虚の感情

2014-10-10 18:00:42 | た行の作家
辻原登「闇の奥」読了



書棚を物色して辻原登と見れば手当たり次第に読んでおります。本書は、今まで読んだ作品とはまた違った辻原登の魅力が存分に発揮されています。


太平洋戦争の終わりごろ、三上隆という和歌山出身の民俗学者が、国の命令でボルネオへ行くのだが、ネグリト(小人族)に異様な興味を持ち、軍の命令を無視して一人で北へ北へと進み、消息を絶った。10年後、捜索隊が出動するが、成果を上げることはできなかった。そしてその27年後、再度捜索に行くが、発見できず。さらにその26年後(2008年)第5次捜索隊として、この物語の作者(三上の親友の息子)と以前のメンバーの一人とで行くんですが、これが旅行社の松茸狩りツアーに紛れ込むという着想が面白いですね。また、そのツアーに日本人といつわったチベットの女性を配するというのもいい。


とにかく話が重層的で時系列も整然と並んでいるわけではないので、前後の話を把握するのに少し苦労しました。解説の鴻巣友季子氏がそこらへんをうまく整理してくれていたのでそれで助かりました。話の面白さはもちろんなんですが、このプロットというか、構成がとにかくすごいですね。こんな小説、読んだことないです。


今回も辻原登、堪能させてもらいました。



言葉の奇跡

2014-10-10 17:26:47 | か行の作家
小池昌代「感光生活」読了



辻原登ばかり読んできたので、ここいらでちょっとブレイクというつもりで選んでみました。これも再読です。過去のブログを見ると、6年前に読んだものでした。近くの焼き鳥屋でビールを飲みつつ本書を開いたのですが、最初の「隣人鍋」という短編を読んで受けた衝撃は今でも忘れません。同作家の「タタド」の時も大きなショックでしたが、またちょっと違うそれでした。


今回、再読して気づいたのは、並べられている15の短編(ほんとに短編と呼ぶにふさわしい、12~13ページくらいの作品群です)のすべてが、ひとつのモチーフでつながっている点です。それぞれにちょっと普通ではない人が出てきて、主人公(大抵はコイケさん)とその人との関わりというシチュエーションになっています。「隣人鍋」のハヤシバさん然り、「ゴッド・オブ・チャンス」の双葉さん然り、「風のリボン」の七夕家(たなばたけ)さん然り。



その、ちょっと変わった人の挙動が主人公はにさまざまな思いを巡らさせるわけですが、そこは詩人の小池昌代。見事な言葉を駆使して素晴らしい短編に仕上げています。


文庫の見開きの著者紹介の短い記事に著作が書き並べられていて、その中の「ルーガ」という作品、まだ読んでないですねぇ。早速ネットで調べてみます。

「物語」の意味、「物語る」意味

2014-10-10 17:01:57 | た行の作家
辻原登「家族写真」読了



これも以前に読んだものの再読です。辻原作品をいくつか読んで、本書を読むと、また理解が一層深まります。また、心にもより深く響きます。これが再読のいいところですね。


全部で七編の短編が収められた作品集です。表題作は平成2年、「村の名前」で芥川賞を受賞した後、受賞第1作として発表されたものとのこと。



どれもこれもいいですね。秀逸です。辻原登という作家は「物語」という言葉に非常にこだわっていると見受けます。「物語」を語るために技巧をこらし、時にはファンタジックに、卓抜なプロットで読むものをうならせます。もう天才といっていいですね。


特に光ったのが「谷間」という作品。前に読んだ「マノンの肉体」と同じモチーフを使っているんですが、語りなおすとこうも違った色を見せるのかと驚きます。


辻原登、自分の好きな作家、ベスト5にランクインしました。

虚々実々の物語

2014-10-10 16:24:11 | た行の作家
辻原登「マノンの肉体」読了



未読の棚からこれを見つけてきました。


表題作を含め、三編の短(中)編が収められているわけですが、どれもこれもすごい!まず表題作の「マノンの肉体」。フランス古典文学、プレヴォーの「マノン・レスコー」に材をとり、主人公が膠原病で入院し、見舞いに通う娘にそれを読んでもらい、それが主人公の実家(和歌山)の男同士の心中事件へと繋がっていく不思議。

そして「片瀬江ノ島」という短編。かつてラフカディオ・ハーンの「江の島行脚」という紀行文から、当時は江の島から富士山が見えたはずなのに、ハーンはそのことに全くふれていないというその謎に主人公は考えをめぐらす。それが、ある事件をきっかけに知り合った夫人の昔話から小津安二郎の映画につながり、またぐるっと一周回ってラフカディオ・ハーンの江の島の富士へ戻ってくる不思議。


最後に収録されている「戸外の紫」という短編は前の二編とは全く違う様相で、「きっこ」という女性がやくざの金に手を付けて逃げなければならない幸地という男とバスを改造したラーメン屋の車で逃避行するという話なんですが、これもまたこれでなんともいえない不思議な空気と、息をもつかせぬ展開で、「えっ!」という思いのままずっと読んでしまいました。


辻原登祭り、まだまだ続きます。

めくるめく官能の香り

2014-10-10 15:43:31 | た行の作家
辻原登「約束よ」読了



ずっと以前に読んだものの再読です。七編の短編が収められた短編集であります。再読とはいうものの、ほとんど内容を忘れており、存分に楽しめました。


表題作の「約束よ」がよかった。夫は雅美という名前で、妻はまさる。この男女が逆になったようなネーミングがまず面白いですね。雅美の仕事の関係で少しだけ世話になった人が亡くなり、義理半分で葬儀に出かけるのだが、その未亡人のうなじの辺りから漂うえもいわれぬ香りに雅美は陶然となる。そして初七日、14日、21日とその未亡人の香りに魅せられて毎週のように線香をあげに行くのだが、その未亡人の姉から「もう来ないでほしい」と言われてしまう。


一方、妻のまさるはアロマセラピーに通っているのだが、そこの三枝(女性)というセラピストのやはりうなじがら漂う香りに魅せられる。この夫と妻がそれぞれの相手の香りに翻弄されていくんですが、なんと、びっくりするような結末が用意されていました。ほんと、うまいですねぇ。


ほかにも、テーマ、シチュエーションなど、多彩な作品が並んでいて、読む者を飽きさせません。遊動亭円木という目の不自由な落語家が出てくる短編が二編あるんですが、この間、姉がその落語家の名前がタイトルになっている本を読んだそうです。図書館から借りたとのことなので、是非とも買って読みたいものです。


辻原登は以前にも何冊か読んでいたんですが、まったく何を読んでいたんでしょうかね。こんなすごい作家だったなんてもっと早く気づけよって話です。




向後のために、辻原登の著作リストを記しておきます。



平成2年 「村の名前」
     「百合の心」
平成6年 「森林書」
     「マノンの肉体」●」
平成7年 「家族写真」●
     「だれのものでもない悲しみ」
平成8年 「黒髪」
平成10年「翔べ麒麟」
平成11年「遊動亭円木」
平成12年「熱い読書冷たい読書」
平成13年「発熱」
平成14年「約束よ」●
平成16年「ジャスミン」
平成17年「枯葉の中の青い炎」
平成18年「花はさくら木」
     「夢からの手紙」(「恋情からくり長屋」)
平成19年「円朝芝居噺 夫婦幽霊」
平成21年「許されざる者」●
     「抱擁」●
平成22年「闇の奥」●
平成23年「韃靼の馬」
     「熊野でプルーストを読む」
平成24年「父、断章」
平成25年「冬の旅」
平成26年「寂しい丘で狩りをする」

(●は既読)




そしてネットで以下の本を注文する。本を買うのは久しぶりです。

辻原登「村の名前」
辻原登「翔べ麒麟」
辻原登「遊動亭円木
辻原登「ジャスミン」
辻原登「枯葉の中の青い炎」
辻原登「寂しい丘で狩りをする」