トシの読書日記

読書備忘録

昭和の畳の香り

2011-04-28 13:40:32 | は行の作家
ポプラ社百年文庫「畳」読了



本屋へ行っては少しづつ買っている百年文庫です。この「畳」と題された作品集は、林芙美子、獅子文六、山川方夫の三氏の短篇から成っております。



どの作家も有名なのに、実は自分は読むのは初めてなのであります。今まで、いかに現代文学ばかり読みあさってきたかということの証左に他なりません。お恥ずかしい限りです。



さて、この3人の作品を読んでみたんですが、林芙美子の「馬乃文章」、獅子文六の「ある結婚式」、この二つは、ちょっとぴんときませんでしたねぇ。やっぱりこの二人は、もっと有名な長編を読むべきだと、逆に教えられた気がします。(それもあって、林芙美子の「放浪記」を買ったわけですが)


そして山川方夫の「軍国歌謡集」。これは短篇といってもちょっと長めの作品になっていますが、これがなかなか面白かった。


ふとしたことで知り合った男と意気投合し、彼の下宿に居候することになった「私」。その下宿の前の通りから毎晩のように若い女が、軍歌を歌いながら通り過ぎていく。その女をめぐって「私」と友人との思いが、いろいろに交錯するわけです。後半部分など、少しドラマティックに作りすぎた感は否めないものの、「私」の「愛」に対する絶望と羨望が見事に描かれています。佳作でした。




ポプラ社の百年文庫、なかなか捨てたもんじゃないですねぇ。また書店へ行ったら見てみようと思います.

小説家の矜持

2011-04-28 13:18:41 | や行の作家
山口瞳「暗がりの煙草」読了



おなじみ、男性自身シリーズのひとつです。もちろん、以前にも読んだことがあったと思うのですが、なぜか書棚に見当たりません。昭和57年の発刊ですから自分は27才のときの本です。


山口瞳が師と仰ぐ山本周五郎の話が、このエッセイのキモです。その中で、山口瞳の「小説」というものに対する考え方、覚悟のような思いが記された一節があります。引用します。



<私は、小説を書いて暮らしをたてるということに根本的な疑いをいだいている。(中略)本当に、これはこれでいいのだろうか。(中略)かりに、書きものをして暮らしをたてることを認めるとしても、それによって得た名声で銭を貰うことは、この世でいちばん見苦しいことなんだぞと言いきかせていた。>


また、こうも綴っています。



<白状すると、私はサラリーマン生活を続けて、(当時、山口瞳はサントリーの宣伝部に勤めていた)のんびりと一年に短篇小説を一作書くという生活をのぞんでいたし、それに憧れてもいた。小説というものは、自分で書きたいものを書き、しかるべき編集者に見てもらって、折りあいがつけば掲載していただくという性質のものだと思っていた。(中略)それと矛盾するようだが、私は作家というものは、もっと激しく生きるべきものだという考えがあった。>



こんなにも小説に対して純粋な気持ちを抱き続けてきた山口瞳、敬服します。テーマなどというものに深くこだわらず、軽くちゃっちゃっと書いて、はい出来上がりと右から左へ渡し、金をもらう。山口はそんな作家を心底軽蔑していたのだろうと思います。そして今現在、そんな作家のなんと多いことか!



山口瞳のエッセイ、読むたびに自分のいろんな琴線に触れ、いろいろ考えさせられます。本当にいい作家だったと改めて思います。

むせかえるような青春の「想い」

2011-04-25 17:14:15 | あ行の作家
ジョン・アーヴィング著 村上春樹訳「熊を放つ」(上)(下)読了



村上春樹の翻訳した作家で、レイモンド・カーヴァーと共に気になっていたのが、このジョン・アーヴィングであります。同作家の処女長編ということで、上・下と2冊に分かれ、合計で727頁という、かなりの長編になっています。


いやー面白かったです。「訳者あとがき」で村上春樹が述べているように、春樹自身の小説の創作に多大な影響を与えているようです。実際読んでみて、これは村上春樹の世界じゃんと思わせるものが多々あったんですが、実は逆だったんですね。


僕こと、グラフ、その友人、ジギーが大学をドロップアウトして、バイクで気ままな旅に出るわけですが、その途中で出会ったガレンという女の子がからんでくるあたりから物語が急展開し始めます。舞台はオーストリア。その首都、ウィーンにある動物園に忍び込んで、動物たちの檻を開けて、解放しようという計画をジギーが持ち出します。しかし、ジギーは事故で死んでしまう。そのジギーの意志を継ぐべくグラフは立ち上がるわけです。


ラストの、動物園で動物たちが解き放たれるシーンは、それはもうすごい迫力です。また、そこに至るまでの話がまたいいんですね。そしてグラフとガレンの若い二人のおずおずとした恋もまたほほえましくて、好感がもてました。


またまたすごい作家を見つけてしまいました。この作家の「ガープの世界」。これは大ベストセラーになった本なんですが、近いうちに是非読まねばと思っております。





地元に新しく「ブ」がオープンしたので、御祝儀に以下の本を購入



三島由紀夫「金閣寺」
林芙美子「放浪記」
尾崎紅葉「金色夜叉」
山口瞳「暗がりの煙草」

戦後60年の醜態

2011-04-15 18:45:17 | か行の作家
小林信彦「昭和のまぼろし――本音を申せば②」読了



以前読んだ「昭和が遠くなって」と同じシリーズで、「週刊文春」に連載されていたエッセイをまとめたものです。


なかなかおもしろいですね。前書きに「『もっと小泉内閣を批判して下さい』という意見をもらうが、その方面の記事は、他の紙面にあふれているので、自分はなるべく映画、芸能関係の<趣味>の方向に進路をとる。」とあるのですが、このエッセイの後半になると、さすがに辛抱たまらなくなったのか、小泉批判のオンパレードになってきます(笑)ここらへんが小林信彦の面白いところですね。


昭和20~30年代あたりの日本映画のことが、かなり詳しく書かれており、大変興味深く読みました。また折をみて同じシリーズ、買い求めてみようと思います。

市井の人々

2011-04-15 18:37:08 | や行の作家
山口瞳「考える人たち」読了



これもパルコ、リブロの古書コーナーで見つけてきたものです。昭和54年発刊といいますから今から32年前、自分が23才のときの本です。


一応短編集のような体裁はとってはいるものの、小説の形を借りた身辺雑記とでもいいましょうか、そうやって、ちょっとひねった作りになっています。


「偏軒(山口瞳自身でしょう)」という主人公と、それをとりまく人達。その市井の人々の少しほろ苦い人生が綴られています。


彼らの悲しいような、おかしいような生き方に、つい笑ってしまいそうになるんですが、そしてすぐに「うーん」と考えさせられます。


山口瞳の佳作ですね、これは。いい本です。

奇想を緻密に描く

2011-04-15 18:11:38 | あ行の作家
カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳「わたしを離さないで」読了



以前、同作家の「日の名残り」を読み、あまりぴんとこなかったものの、世界的にこれほど評価されている作家の作品が気に入らないということは、自分のどこかがおかしいのではないかという懸念がしこりのようにずっとあったのでした。


そんな折、姉が「これはなかなかいいよ」と持ってきてくれたのが本書です。



なかなか良くできた話です。ネタをバラしてしまうと、クローン人間として造られ、将来、人間に臓器を提供する役割を負った者たちが、6才くらいからある施設で育てられ、そこで成長していく中での友情、愛が描かれています。そしてそこを16才で「卒業」して、その後の人生を歩んでいく上でのクローンとしての悲哀、どうにもならない理不尽さなどがカズオ・イシグロならではの精緻な筆致で綿々と綴られていきます。


読む者をぐいぐいと引き込み、文庫で439頁という長編をほとんど一気に読んでしまったのですが、どうも読後感がすっきりしません。


主人公のキャシー・H、そしてその親友であるルース、キャシーの親友でルースの恋人でもあるトミー。この3人を中心に物語は展開していくわけですが、彼、彼女らの心理描写が、さすがカズオ・イシグロと思わせる細やかな表現で、そこには感心するんですが、なんというか、ゆさぶられるものがないんですね。


あの村上春樹も「カズオ・イシグロの小説を読むのは至福のひととき」とどこかに書いていました。自分には、残念ながらちょっとあてはまりません。まぁ、好みの問題というか、合う、合わないというのがありますからね。


ちょっと残念でした。

夢と現実のあわい

2011-04-15 17:42:10 | か行の作家
小池昌代「ことば汁」読了



毎年恒例のブックマークナゴヤのイヴェントのひとつ、名古屋パルコのリブロで古書市をやっていて、(とはいってもほんの小さなスペースですが)そこで本書を見つけ、買ってきたのでした。


しかし、このタイトルはどうなんでしょう。小池昌代が好き、という人でなければ、まず食指が動かないのではないかと思いますがね。まぁそれはさておき。


本書は読売新聞のウェブサイト「yorimo」というのに連載していたのをまとめたもののようです。全部で6編の作品が収められた短編集です。


あいかわらずの小池昌代です。いいですねぇ。一番最初に小池昌代を読んだのは「タタド」という短編集で、それでとりこになってしまい、「感光生活」でますますのめり込み、しかし「裁縫師」で、これはちょっとどうなんだろうと、少々落胆もしたのですが、この「ことば汁」、いいですねぇ。本来の小池昌代が戻ってきた感があります。


どの短編もいいのですが、「花火」が秀逸でした。見合いで警察官の男と結婚するも、うまくいかず、離婚した女が実家に戻ってくる。家は両親が文房具屋を営んでいるものの、客はほとんど来ず、開店休業の状態。娘は、両親を隅田川の花火に誘う。世田谷の家から電車を乗り継いで花火を見に行くのだが、ものすごい人手で、ほとんど花火が見えない場所に追いやられ、憤懣やるかたないところへかつて自分の夫であった男が交通整理をしているところに出くわし、何年ぶりかの再会を果たす。そこからなんとも不思議な世界が開けてくるわけです。まさに「小池ワールド」ですね。


また、他の短編「つの」「野うさぎ」「りぼん」等、どれをとっても小池昌代独特の世界で存分に楽しませてくれました。やっぱりこの作家はいいです!

明確な意思に基づく「連続性」

2011-04-15 17:26:54 | さ行の作家
坂口安吾「肝臓先生」読了



同作家の最晩年の短編集です。以前読んだ「堕落論」とか「風博士」のような、ほとばしるような熱気のようなものは、かなり薄まってきてはいるものの、年を経ることによって安吾の精神は、ますます熟成されてきている感があります。


この「肝臓先生」あたりが安吾の真骨頂ではないかと思われます。収録されている作品は「私は海をだきしめていたい」「ジロリの女」「肝臓先生」等、安吾ファンなら知らない作品はないというラインナップです。


中でも「ジロリの女」、これはすごい作品ですねぇ。一応小説の形をとってはいるものの、実話ではないかと思わせるものがあり、そしてこれがもし実話であったのなら、こんなすごいことがあるのかと、矛盾しているようですがそんな気にさせられます。


「私は海をだきしめていたい」から印象に残った一節を引用します。



「私は昔から、幸福を疑い、その小ささを悲しみながら、あこがれる心をどうすることもできなかった。(中略)私は始めから不幸や苦しみを探すのだ。もう幸福などは希わない。幸福などというものは、人の心を真実なぐさめてくれるものではないからである。かりそめにも幸福になろうなどとは思ってはいけないのであって、人の魂は永遠に孤独なのだから。」



どうですか、このニヒリズム。とても真似のできるものではないんですが、その心理がわかる気がするところが自分ながら怖いですね。



これぞ坂口安吾という短編集。充分満足致しました。




愛知県美術館で「カンディンスキー展」を見、名古屋市美術館で「ゴッホ展」を見たあと、パルコのリブロへ行き、以下の本を購入



小池昌代「ことば汁」
山口瞳「考える人たち」
ポプラ社百年文庫「妖」(坂口安吾/檀一雄/谷崎潤一郎)
ポプラ社百年文庫「畳」(林芙美子/視詩文六/山川方夫)
ジョン・アーヴィング著 村上春樹訳「熊を放つ」(上)(下)

言語に関する、ふざけた、かつ真摯な考察

2011-04-06 13:58:51 | か行の作家
レイモン・クノー著 生田耕作訳「地下鉄のザジ」読了



これも未読本から発掘してきました。クノーといえば、以前、Tさんのブログで「文体練習」というのを取り上げていて、面白そうだったので書店で探したんですが、なかなかなくて代わりに「あなたまかせのお話」を見つけて読んでみたんですが、もう、とんでもない前衛的な文学で、ぶっ飛んだ覚えがあります。


なので、本書もそんな類の小説なのではと、恐る恐る読み始めたのですが…。


いやー別の意味でぶっ飛びました。めちゃんこ面白いです、これ。もうほとんど漫画ですね。映画化もされたそうなんですが、もう、ひとつひとつのシーンが映像として目にうかびます。


しかしレイモン・クノー、おそるべしです。この作家のあくなき探究心に敬服つかまつります。


ストーリーはといえば、田舎の少女ザジが、叔父さんのところで二日間あずけられることになり、パリで過ごすわけですが、ザジの興味は生れて初めて地下鉄に乗ること。ところが地下鉄はストで動かない。退屈のあまり、町にさまよい出たザジに、おかしな連中が次々につきまとい、すったもんだを繰り返すという、抱腹絶倒の物語であります。


筋もさることながら、その中で繰り広げられるユーモアとウィット、そして皮肉たっぷりの会話が、それはもう面白いんですね。全編ほとんど会話です。


レイモン・クノーの「文体練習」、やっぱり探して読んでみようと思います。

3月のまとめ

2011-04-01 18:59:09 | Weblog
3月に読んだ本は以下の通り



富岡多恵子「九つの小さな物語」
レイモンド・カーヴァー著 村上春樹訳「ビギナーズ」
堀江敏幸「 ゼラニウム」
ポプラ社百年文庫「灯」
内田百「ノラや」
呉智英「サルの正義」
伊藤比呂美「日本ノ霊異(フシギ)ナ話」
倉橋由美子「パルタイ」
伊藤比呂美「良いおっぱい悪いおっぱい」


以上9冊でした。なんといっても堀江敏幸のうまさに唸らされました。それとカーヴァー。この人もほんとにいい小説を書きますねぇ。「日本ノ霊異(フシギ)ナ話」も、「良いおっぱい悪いおっぱい」で少々色あせた感がありますが、やっぱり読んだときはちょっと衝撃でした。全体に小説あり、エッセイあり、評論ありと、3月は、かなり多彩でした。