トシの読書日記

読書備忘録

言葉を恃んで歩き続ける

2011-01-28 13:37:48 | は行の作家
堀江敏幸「回送電車Ⅱ 一階でも二階でもない夜」読了



久しぶりの堀江敏幸です。これは、一般的にはエッセイと呼ばれるものですが、この作家は「散文集」と言っています。まずここからこだわるわけですね。


いろいろな雑誌、文芸誌等に掲載された54編がおさめられています。堀江敏幸、やっぱりいいですねぇ。この作家は、自分の中ではベスト3に入る人です。


まず、この文体がいいですね。一番最初の「静かの海」と題された「散文」の書き出しを引用します。


「営業まわりをしているのでもないかぎり正常な勤め人ならまず出没しないような時間帯に繁華街からはずれた通りを歩いていていちばん気になるのは、というより足を休めるために気にせざるをえないのは、ビルとビルのはざまや私鉄のガード下や私道の一部にしか見えない場所にとつぜん魔界の口をあけている小公園で、学齢まえの幼児を遊ばせているお母さんたちの姿が消え、放課後は友だちの家でしか群れなくなっている小学生のうちわずかな例外ともいえる連中の声が短時間響くまでの、たぶん午後三時半から四時半近くにかけてのひと気のない空間に私は足を踏み入れ、なるべく乾いたベンチを選んで腰を下ろす。」



どうですか、この延々と句点なく続いていく文章。最初は、何を言いたいのかさっぱりわからず、読んでいくうちに、それもだいぶ後の方でやっと見えてくるという、この堀江氏の遠回しというか、修飾過多というか、でもやっぱりこれが堀江敏幸の魅力なんですね。あ、いかん、堀江氏の文体がうつってしまった。


何でもない事がら、風景からいろいろなことを思い起こしたり、感じとったり、それが同作家の繊細な神経によって紡ぎ出されるそれらの文章は、読んでいて本当に心地いいです。


最近は、小説(長編)がなかなか出ないので、ちょっと淋しいですねぇ。刮目して待っております。

循環する命の産声

2011-01-23 16:22:46 | あ行の作家
いしいしんじ「みずうみ」読了



この作家は、以前「麦ふみクーツェ」「ぶらんこ乗り」「トリツカレ男」等を読んできて、このファンタジックな世界に酔ったものでしたが、久しぶりにこの感覚を味わいたいと思い、買ってみたのでした。



全体に三つの章から成る長編で、第一章は、やはり「しんじワールド」とでもいうべき神話的な世界で、やっぱりなぁと思ったものです。

がしかし、第二章からは、がらりと様子が一変し、これがいしいしんじの小説かと疑ってしまうようなシチュエーション、ストーリー展開で、ちょっと面食らいました。そんな不安定な気持ちのまま最後まで読み通したわけですが、この小説、すごいです。


第一章の「みずうみ」の畔に住む、水汲み係の少年、第二章の身体が膨張し、大量の水を体内から放出するタクシー運転手、そして第三章の慎二と園子、ポニーとダニエル。この三つの物語に直接のつながりはないように見られるものの、よくよく考えると「水」というキーワードでなにかしら関連性が見受けられるわけです。そして大昔に起こった出来事と、現在の時間で起こったこととの異様な符合。まるで村上春樹の「世界の終わりとハード・ボイルド・ワンダー・ランド」を彷彿とさせるような内容で、どきどきしながら読んでしまいました。


これは、いしいしんじの新境地といってもいいのではないかと思います。今後、こんな感じの作品を書いていくつもりであるとするなら、ものすごい作家になっていくのでは、と思いを馳せてしまいます。

山口先生、気焔を吐く

2011-01-23 16:16:32 | や行の作家
山口瞳「男性自身 これで最後の巻」読了



同作家の週刊新潮に連載したエッセイ「男性自身」の未収録を含む38編が収められています。本のタイトルにもあるように、山口瞳が亡くなる直前までのものが入っています。

しかし、この方、気骨があるというか、病気で体の具合が良くないのに反骨精神だけは健在ですね。すごいです。

改めて山口瞳の素晴らしさを知ったものでした。

東京下町の風情

2011-01-15 19:12:58 | な行の作家
永井荷風「濹東綺譚(ぼくとうきたん)」読了



最近は、以前読んだ「百年の誤読」に触発されて、昔(明治の後期から昭和の始めにかけて)の著名な作家をきちんと読んでおきたいという気持ちが強く、これまでも、夏目漱石、内田百、志賀直哉、川端康成等を読んできたわけですが、この作家もはずしてはなるまいという思いで、読んでみたのでした。


いやぁいいですねぇ、このなんともいえない世界。詩情あふれる小説です。


時は昭和12年。東京の下町、玉の井という私娼窟を舞台に、主人公の「わたし」と娼婦であるところの「お雪」との淡い交流。「わたし」がお雪のところへ何度か通ううちに(といっても、行って他愛のない話をして帰ってくるだけなんですが)お互いに情が移ってくるんですが、それを汐時に別れることを考える「わたし」。この間合いがなんとも絶妙ですね。

また、当時の銀座の街並やら風俗やらの細かい描写も興をそそります。純粋な小説というより随筆風小説とでもいったらいいのでしょうか。独特の型です。


唯一、難点を挙げるとするなら、内容のことではないんですが、この本、ページ数にしてたったの105頁と、薄い文庫本なんですが、字が細かいんです。これがちょっと昔の自分だったら、ぎっしり詰まっている感じがして、得した気分になったものですが、50を過ぎて老眼の度がますます強くなった今では、この細かい字、読むのに苦労しました。普通の文庫本の文字の三分の二くらいの大きさです。



とまれ、永井荷風、堪能しました。いずれ他の作品も読んでみようと思います。





ちなみに、永井荷風の作品を年代順に並べて、今後の参考にしようと思います。



明治35年(23才)  「野心」「地獄の花」「新任知事」
明治36年(24才)  「夢の女」
明治41年(29才)  「あめりか物語」
明治42年(30才)  「ふらんす物語」(発禁)「冷笑」「すみだ川」
大正元年 (33才)  「新橋夜話」
大正3年 (35才)  「日和下駄」
大正4年 (36才)  「夏すがた」
大正5年 (37才)  「腕くらべ」
大正7年 (39才)  「花月」「おかめ笹」
大正11年(43才)  「雪解」
昭和6年 (52才)  「紫陽花」「榎物語」「つゆのあとさき」
昭和9年 (55才)  「ひかげの花」
昭和12年(58才)  「濹東綺譚」
昭和21年(67才)  「踊子」「浮沈」「為水春水」「問はずがたり」「来訪者」
             「草紅葉」
昭和25年(71才)  「葛飾土産」

捨て身の文学者

2011-01-11 18:12:25 | か行の作家
車谷長吉「飆風(ひょうふう)」読了



久しぶりにこの泥臭い私小説家、車谷長吉を読みたくなって買ってきました。短編が3編と、平成15年の上智大学の学祭での講演が収められています。


「密告(たれこみ)」という短編。これはすごいですねぇ。まるで平成版「こころ」です。そう思いながら読んでいたら、なんと主人公の友人が首を吊って自殺してしまうところまで「こころ」と同じでありました。


車谷長吉の小説を書くということへの姿勢は、最後の講演の中で繰り返し述べられています。 一部引用します。

「私は自分の骨身に沁みたことを、自分の骨身に沁みた言葉だけで、書いて来ました。いつ命を失ってもよい、そういう精神で小説を書いて来ました。生きるか死ぬか、自分の命と小説を引き換えにする覚悟で書いて来ました。人間としてこの世に生れて来ることは罪であり、従って罰としてしなければならないことがたくさんあります。小説を書くことも、結婚をすることもその罰の一つです。」



どうですか、この覚悟。思わず読み手側も姿勢を正して読まないといけない気持ちになってきます。車谷のすごいところは、これを口先だけの言葉でなく、それを実際の生活の上で実践しているんですね。見たわけではないですが、間違いないと思います。



車谷長吉、やっぱり目が離せない作家です。

あきれるやら感心するやら

2011-01-07 18:34:28 | あ行の作家
岡崎武志「古本病のかかり方」読了


フリーライターである岡崎武志氏のエッセイです。この方はいわゆる古本フリークといいますか、本のタイトルにある通り、もう病気ですね、これは。岡崎氏の古本に対する熱い思い入れが綿々と綴られています。


自分も古本屋へ出入りするのは好きなんですが、もうこの人は常道を逸していますね。ここまでやるかってなもんです。この本を読んで、もっと古本の楽しみ方を教えてもらおうと思ったんですが、読んでて思うのは、自分は、こういった趣味にはちょっとのめり込めないなということでした。ただ自分は読書が、小説が好きなだけなので、古本そのものにそこまで入り込めないんですね。

まぁでも、読み物としては面白かったです。楽しませてもらいました。

2010年を総括

2011-01-07 18:34:16 | Weblog
クリスマスから年末年始と、ずっと仕事をしておりまして、(途中、1日だけ休みましたが)やっと、今年初めてのブログ投稿です。


さて、年も明けたことですから恒例の1年間の総括をしてみようかと思います。今回はちょっと趣向を変えてみます。



まずは2010年の私が選んだベスト10です。


<1> レイモンド・カーヴァー著 村上春樹訳「大聖堂」
<2> 内田百「サラサーテの盤」
<3> 岡崎武志編「夕暮の緑の光―野呂邦暢随筆選」
<4> 夏目漱石「行人」
<5> スティーヴン・ミルハウザー著 柴田元幸訳「三つの小さな国」
<6> 諏訪哲史「ロンバルディア遠景」
<7> 堀江敏幸「郊外へ」
<8> 山本昌代「善知鳥(うとう)」
<9> 多和田葉子「犬婿入り」
<10>志賀直哉「暗夜行路」


そして以下は、まったくの順不同で、2010年に私が感銘を受けた本です。(読んだ順になってます。)



開高健「日本三文オペラ」
スティーヴン・ミルハウザー著 柴田元幸訳「イン・ザ・ペニー・アーケード」
ジュンパ・ラヒリ著 小川高義訳「見知らぬ場所」
佐伯一麦「鉄塔家族」
川上未映子「ヘヴン」
阿部公房「密会」
藤枝静男「悲しいだけ/欣求浄土」
伊丹十三「女たちよ!」
山口瞳「どこ吹く風」
ポール・オースター著 柴田元幸訳「最後の物たちの国で」
野坂昭如「エロ事師たち」
河野多恵子「不意の声」
マーク・ストランド著 村上春樹訳「犬の人生」
諏訪哲史「りすん」
バリー・ユアグロー著 柴田元幸訳「一人の男が飛行機から飛び降りる」
山口瞳「庭の砂場」
久世光彦「百先生 月を踏む」
ガブリエル・ガルシア・マルケス著 鼓直/木村栄一訳「エレンディラ」
夏目漱石「吾輩は猫である」
アラン・シリトー著 丸谷才一/河野一郎訳「長距離走者の孤独」
レイモンド・カーヴァー著 村上春樹訳「愛について語るときに我々の語ること」
川端康成「眠れる美女」




というわけで、これに全部ランクをつけるとなると大変な作業でして、どれも甲乙つけがたいんですね。と手抜きの言い訳でした(笑)


2010年の1年間で読んだ本は108冊でした。そして買った本は68冊。なんと未読本が40冊も減った勘定になります。とここまで書いて思い出したんですが、姉貴からけっこう借りてるんですね。この姉から借りた本を読んだ本から差し引かないと正確な未読本の減った数がわかりません。もし、姉から40冊以上借りてたとしたら未読本は減ってないことになります。その可能性大ですが(笑)

まぁ、そんなことはいいとして、2010年も素晴らしい本にたくさん出会うことが出来ました。レイモンド・カーヴァー、内田百、諏訪哲史等々…


音楽も絵も映画も大好きですが、やっぱり本です!今年も素晴らしい本に出会いえますように!