トシの読書日記

読書備忘録

時は逝く

2009-06-19 16:38:06 | あ行の作家
稲葉真弓「海松(みる)」読了


以前、中日新聞の書評で絶賛していたので手に取ってみました。

一読して、「うーん…そんなに?」っていうのが素直な感想です。ちょっと井上荒野に雰囲気が似てなくもないんですが、荒野をもうちょっとインテリっぽくして、融通きかなくした感じかな?(わかりずらいっすね 笑)


でも、文章の表現力は卓抜したものがあります。例えばこんな文章。



「遠いところで銅鑼が鳴らされる音がして、森のざわめきが風に乗って運ばれてくる。きっとなにかが罠にかかったのだと女は思う。思いながら、突っ立ったまま自分を見下ろしている男の腕を、きつく自分の体に引き寄せた。ざらついた音を立てて網籠が崩れ、女は板の隙間から上がってくる濃い潮のにおいを嗅ぐ。男の手が女の素足をつかむ。無言の均衡が破れ、やがて女は声を上げる。自分も罠の底に横たわる動物のように思う。もがきつつ男にしがみつく。動物の視線で見上げる夜の空は深く、同時に、沈んでいく体は明るいのだった。」


なんか、ぞくぞくします(笑)まぁ、この文章のうまさで川端康成文学賞を受賞したんでしょうが、僕にはちょっと合わなかったかなぁ…うまいんですがね。

ささやかな日常の中の明日への希望

2009-06-19 16:15:01 | あ行の作家
上原隆「にじんだ星をかぞえて」読了


先日読んだ「胸の中にて鳴る音あり」と同じシリーズです。朝日新聞の夕刊に連載してたものをまとめたとのこと。


7年に及ぶアルツハイマーの母の介護を終えた娘、定年退職を迎えた中卒サラリーマン、神経性の摂食障害になったあげく、飛び降り自殺した小学生の母親、「ビッグイシュー」を売って生計を立てるホームレス…いろんな人が登場します。弱い人もいれば強い人もいる。

「胸の中--」と同様、読んでいて、温かい気持ちがこみあげてきます。泣ける話が多いんで、とても、お昼休みにいつものそば屋では読めません(笑)


「記憶だけで生きてる」という話の中で、もりまりこという短歌を作る人なんですが、なかなかいい歌なんで、ちょっと書きとめておきます。



 溜め息とぎりぎり似てるその「ッ」が聞きたくてTの肩をゆるく噛む


 ふいに涙はやってくるゆきずりのウォークマンからもれるメロディに



なかなかいい感じです。


ちなみにこの本のタイトルは、あの坂本九の「上をむいて歩こう」の歌詞からとったそうです。

反時代的毒虫

2009-06-19 16:02:13 | か行の作家
車谷長吉「鹽壺の匙(しおつぼのさじ)」読了


またまた車谷です。三島由紀夫賞受賞作です。長編と思いきや、6編が収められた短編集です。やはり、表題作の「鹽壺の匙」がすごいです。あと、「吃りの父が歌った軍歌」。自分の親兄弟、近親の恥部を暴露し、徹底的に描くことで自身の「私小説」の形を確立しようとする姿勢に凄まじい情念というか、怨念というか、そんなどろどろしたものを感じます。

すごいとしか言いようがないんですが、さすがにこれだけ読んでくると、お腹いっぱいになってきました(笑)まだ、もう1冊あります。頑張ります。