トシの読書日記

読書備忘録

世界の終わり

2015-09-25 00:40:26 | な行の作家


中村文則「世界の果て」読了


文芸誌「文學界」に掲載された五編の作品をまとめた短編集です。2009年に単行本、2013年に文庫が発刊されました。



中村文則の小説なので、こんなこと言うのは当たり前なんですが、もうどん底に暗いですね。今まで本作家の作品はいくつも読んできてるんですが、どれにも通じる「暗さ」があります。


一番最初にある「月の下の子供」が印象に残りました。これは芥川賞を受賞した「土の中の子供」とタイトルが呼応してるようですが、内容は特には関係がないように思われました。


不動産会社に勤める主人公が、ある物件の家で幽霊を見る。その家を自分が気に入ってしまい、そこを借りようとするお客様には、なんだかんだと理由をつけて他の物件を勧め、自分は仕事が終わるとその家へ行って幽霊と話をする。そして彼はその幽霊に誘導されるように入水自殺をしようとするが、死にきれず、「色々考えてみるし。」と幽霊につぶやいてこの小説は終わっています。

このわけのわからなさ感がなんともいいですね。ま、とにかく中村文則の世界です。楽しませてもらいました。


所詮俗物

2015-09-15 17:10:32 | か行の作家
車谷長吉「阿呆者」読了



2009年に新書館(初めて聞きました)から発刊されたものです。平成17~20年くらいの間に様々な文芸誌、雑誌に掲載されたものをまとめたエッセイ集です。今年5月、69才で亡くなった本作家の弔意を表す意味で、書棚にずっと前からあったものを手に取ったのでした。


車谷長吉の作品は、今まで10冊くらいは読んでいるんですが、小説がほとんどで、これだけの量(単行本で221項)のエッセイを読むのは初めてでした。


いろいろな雑誌に載ったものの寄せ集めなので、同じ話が何度も出てくるのには少々うんざりしますが、本書を読んでまず思ったのは、車谷もやはり人間であると。これは以前読んだ「世界一周恐怖航海記」のときも同じことを思いました。


自分は世捨て人だとか、作家は常に死を意識していなければならない。とかいろいろ言うてますが、車谷も所詮は俗物だということです。

死者に鞭打つようなことは言いたくないのですが、読めば読むほどその思いが強くなってしまうのをとどめることができません。


しかし、そこで「それが何か?」的な開き直りの姿勢も見られることにかえってほっとしたりします。こんな人が「赤目四十八滝心中未遂」なんて傑作を書くんですからわからないもんです。


車谷は、高橋順子という詩人と48才のとき、結婚(相手は49才)したんですが、本書の後半はその奥さんの話ばかりで、これもやっぱり人間なんだなという感じで、ほほえましくすらありました。



食事中に誤嚥による窒息のため死去とのこと、ご冥福をお祈りします。

笑いのカタルシス

2015-09-08 19:03:53 | Weblog


又吉直樹「火花」読了



いつも行くバーのマスターと、先日の芥川賞の話になり、話の流れでマスターが本書を買い、読んだら回してくれるということになり、借りたのでした。


しかし、今まで芥川賞でここまで話題になった人はいないかも知れませんね。遠くは村上龍の「限りなく透明に近いブルー」とか少し前は綿矢りさと金原ひとみの10代ダブル受賞とか、話題には事欠きませんが、今回のピースの又吉ほどではありませんでした。


と、そんな超話題作なんですが、どうせ大したことないんじゃないの?という先入観で読み始めたんですが、なかなかどうして、意外と読ませる内容で少し驚きました。


これはあれですね、小説の形をとっているものの、ピースの又吉直樹の笑いに対する哲学を綿々と綴っているということなんだと思います。


スパークスという漫才コンビのボケ役、徳永という男が主人公です。この徳永があほんだらという漫才コンビのボケ役、神谷という男と巡業で出会うところから話が始まります。


徳永は、仕事がはねて、神谷と居酒屋で酒を飲むうち、この人こそ自分の師匠なのだと直感するわけです。神谷は徳永に様々な「笑い論」を展開します。その神谷語録を以下に引用します。


<漫才師である以上、面白い漫才をすることが絶対的な使命であることは当然であって、あらゆる日常の行動は全て漫才のためにあんねん。だから、お前の行動の全ては既に漫才の一部やねん。漫才は面白いことを想像できる人のものではなく、偽りのない純正の人間の姿を晒すもんやねん。つまりは賢い、には出来ひんくて、本物の阿呆と自分は真っ当であると信じている阿呆によってのみ、実現できるもんやねん>


<つまりな、欲望に対してまっすぐに全力で生きなあかんねん。漫才師とはこうあるべきやと語る者は永遠に漫才師にはなられへん。長い時間をかけて漫才師に近づいて行く作業をしているだけであって、本物の漫才師にはなられへん。憧れてるだけやな。本当の漫才師というのは、極端な話、野菜を売ってても漫才師やねん。>


<準備したものを定刻に来て発表する人間も偉いけど、自分が漫才師であることに気づかずに生まれてきて大人しく良質な野菜を売っている人間がいて、これがまず本物のボケやねん。ほんで、それに全部気づいてる人間が一人で舞台に上がって、僕の相方ね自分が漫才師やいうこと忘れて生まれて来ましてね、阿呆やからいまだに気づかんと野菜売ってまんねん。なに野菜売っとんねん。っていうのが本物のツッコミやねん。>


<美しい世界を、鮮やかな世界をいかに台なしにするかが肝心なんや。>


<一つだけの基準を持って何かを測ろうとすると眼がくらんでまうねん。たとえば、共感至上主義の奴達って気持ち悪いやん?共感って確かに心地いいねんけど、共感の部分が最も目立つもので、飛び抜けて面白いものって皆無やもんな。阿呆でもわかるから、依存しやすい強い感覚ではあるんやけど、創作に携わる人間はどこかで卒業せなあかんやろ。他のもの一切見えへんようになるからな。これは自分に対する戒めやねんけどな>



つまり、又吉は自分の笑いの哲学を、この神谷に語らせているわけですね。お笑いを目指している人達には、本書はこの上ないテキストになるのではないかと思うのですが、いかんせん、門外漢の自分には、ただちょっと面白い小説としか読めませんでした。


全体的に文章が説明的になっているところが鼻につきますが、新人としてはなかなかの作品であると思います。



次作の構想がすでにあるようで、出たらまたマスターに買わせて読もうと思っております。

自分だけのささやかな物語

2015-09-08 18:11:15 | あ行の作家


小川洋子「人質の朗読会」読了




2011年に中央公論新社より単行本として、2014年に中公文庫から文庫として発刊されたものです。書き下ろしのようです。


小川洋子の小説のタイトルは、例えば「寡黙な死骸 みだらな弔い」とか「完璧な病室」等、ややもすると奇をてらったようなものが目につくんですが、これもそんな中の一つかと思いきや、この作品は本当に人質の朗読会だったんですね。


地球の裏側にある国(南米あたりか?)に日本の旅行社が企画したツアーに参加した7人の日本人と添乗員の計8人を乗せたマイクロバスが、反政府ゲリラの襲撃を受け、ゲリラのアジトの小屋に拉致される。3ヶ月以上もこう着状態が続く中、彼らは未来への希望を捨て、自分達の過去を語り始める。


そしてこの8人の一人一人が自分が今まで生きてきた中で一番思いでに残ったことを紙に書き留め、順番に朗読していく、といった内容になっています。


中でも一番著者らしいと思ったのは、42才の男性作家が語る「B談話室」という題の話です。当時、大学の出版局で校閲の仕事をしていた彼は、仕事帰りの途中、外国人男性に町の公民館の場所を尋ねられ、そこに案内することになるのだが、そこで受付の女性に「どうぞ遠慮なさらずに」と言われるがままに「B談話室」に入っていくわけです。


そこではその日は「危機言語を救う友の会」という催しが開催されていて、8人程のメンバーが順番に母国語の中で消えてなくなってしまいそうな言語について語るという、一風変わった集まりであるわけです。


彼は翌月も「B談話室」へ行きます。今度は「運針倶楽部定例会」です。全員が無心に運針をするんですね。そして「蜘蛛の巣愛好会」やら「溶鉱炉を愛でる会」やら、いろいろな集会に顔を出すようになると。


この「B談話室」はこの小説の「人質の朗読会」の中のまたひとつの「朗読会」のような、まさに入れ子のような構造になっています。そこのところ、なかなか面白い仕掛と思いました。



小川洋子の小説を久しぶりに読みましたが、初期の頃の衝撃的な作品もいいんですが、やはり本作のような円熟味が増したというか、最近のものも捨てたものではありません。



楽しく読ませてもらいました。

8月のまとめ

2015-09-01 16:20:25 | Weblog

8月に読んだ本は以下の通り


絲山秋子「不愉快な本の続編」
谷崎潤一郎「谷崎潤一郎―マゾヒズム小説集」
内田百「内田百集成2―立腹帖」
絲山秋子「妻の超然」
村田喜代子「光線」

となんと、5冊も読んでしまいました。8月はお盆もあって忙しい月だったんですがね。やっぱり読書というのは、時間ではなくて「その気」なんだなとつくづく思います。


8月はなんといっても絲山秋子「妻の超然」ですね。久々にずっしりと手応えのある作品を読みました。そして谷崎潤一郎の妖しい世界も堪能することができました。

今、小川洋子の小説を久しぶりに読んでいます。もうすぐ読み終わるんですが、今日の更新には間に合いませんでした。また来週にでもレビューを書こうと思います。




姉に以下の本を借りる

小川洋子「人質の朗読会」
中村文則「世界の果て」
小佐田定雄「米朝らくごの舞台裏」
武田泰淳「わが子キリスト」
バルザック著 平岡篤頼訳「ゴリオ爺さん」



8月 買った本0冊
   借りた本5冊

もうひとつの3.11

2015-09-01 15:49:18 | ま行の作家


村田喜代子「光線」読了



2012年に文藝春秋から単行本として出版され、今年1月に文庫化した同作家の短編集です。主に「文學界」に掲載された8編の作品が収められています。


以前読んだ「蕨野行」や「龍秘御天歌」のような深い味わいはないものの、村田喜代子らしくまとめられた佳作集であると言えます。


最後に収められた「楽園」という短編。これが怖かった。山口県にある地下800mの地底湖を洞窟潜水で進み、調査をするケイバーと呼ばれる人の話です。真っ暗闇の中をヘルメットに付けたライトを頼りに手さぐりで潜水し、帰る道を間違えて迷った末に運よく生還するわけですが、その恐怖は、ちょっと想像がつきません。実際、そのケイバーはその日、床についたあと夜中に目が覚めて半狂乱になり、叫んで暴れたとあります。その後、廃人同様になってしまったとも。


村田喜代子、いろんな引き出しのある作家です。自分が認める「作家」の一人です(ちょっと偉そうですが)。