トシの読書日記

読書備忘録

クールなのに熱い

2009-07-31 17:23:27 | ら行の作家
リディア・デイヴィス著 岸本佐知子訳「ほとんど記憶のない女」読了


さっきの筒井康隆ではないけれど、これもすごい小説です。普通の厚さの単行本なんですが、その中になんと51もの短篇が収められています。最長で30項くらい、短いのはほんの数行という、それは小説とよんでいいのかと思えるものまで、実にさまざまな物語が詰め込まれてます。


この作家は、言葉をもて遊ぶのがお好きらしく、例えばこんな文章。


「…読みかえすメモは、ほとんどが未知のものだったが、ときおり読んだ瞬間に、これは見覚えがあると感じ、たしかにかつて自分が書き、考えたものだとわかることがあった。そういうときは、たとえそのことを考えたのが何年も前のことだったとしても、まるで同じその日に考えたことのように完璧になじみのあるものとして感じられたが、実際にはそれについて読みかえすことはそれについてもう一度考えることと同じではなかったし、ましてその時はじめて考えつくこととも同じではなかった。…(ほとんど記憶のない女 より)」


よーく読まないと何を言ってるのかさっぱりわかりません(笑)もうひとつ。



「もし私が私でなく下の階の住人で、私と彼が話している声を下から聞いたなら、きっとこう思うだろう。ああ私が彼女でなくてよかった。彼女みたいな話し方で、彼女みたいな声で、彼女みたいな意見を言うなんて。だが私は私の話しているところを下の階の住人になって下から聞くことはできないから、私がどんなにひどい話し方なのか聞くことはできないし、彼女でなくてよかったと喜ぶこともできない。そのかわり私がその彼女なのだから、彼女の声を下から聞くことができず、彼女でなくてよかったと喜ぶことのできないこの上の部屋にいることを、私は悲しんでいない。(下の階から)」


そりゃそうだねと言うしかないっすね(笑)ちなみに「下の階から」という短篇は、上に書いてあるものが全てです。抜粋ではありません。念のため(笑)




あー世界は広い!おもしろい作家がたくさんいます!

ロマンよりロマンス

2009-07-31 17:10:12 | あ行の作家
阿刀田高「詭弁の話術」読了


詭弁と聞くとほっておけない性格で(笑)つい手に取ってしまいました。しかし本書は、自分の期待、想像していたものとはやや趣きを異にしておりました。例のゼノンのパラドックス(アキレスと亀の話とか飛ぶ矢は止まっているという話)あたりも、阿刀田高なりの解釈で突っ込んだものを期待していたんですが、ただ紹介するだけにとどまった感じで、いささか拍子抜けの感を拭えませんでした。


男性が女性を口説き落とすテクニックとしての詭弁に結構ページを割いていて、でもこんなのは今の時代ではちょっとムリかと(笑)


まぁ、楽しい軽い読み物でありました。

小説という虚構

2009-07-31 16:40:37 | た行の作家
筒井康隆「虚人たち」読了


今さら言うまでもないことですが、筒井康隆は天才であります。本作品を読んでいただければそれが充分に納得できると確信しております。

小説を創作する上での暗黙の約束事を全て取っ払うとこんな感じになりますという小説です。おもしろいとかつまらないとか言う前に、その果敢な精神が素晴らしいと自分は評価したいですね。どんな小説かというと、例えばこんな親子の会話。


「それだと何をしてもいけなくはないし言い換えれば何をしてもいいということになりませんか」
「なります。しかしならないのです。何をしてもいいことが即ち何をしてもいいことにならない。それは君にもわかるんじゃないかな」
「お父さん。なぜここであなたがチキンを。いや。食事をしなければならないのか説明することはできるのですね」
「できるよ」彼はチキンを頬張ったまま軽くそう言ってから息子がでは説明しないでくれと言うより早く説明をした。「腹が減ったからだ」



もう全編こんな文章が延々と続いていきます。小説の主人公が考えていること、目に入るもの、それらを最大漏らさず全て拾い上げて書き進めており、また主人公の思考では過去のことも思い出したりするので、時間軸も相当ゆがめられてもう何が何やらです(笑)


筒井康隆、さいこー!




シンクロニシティという概念

2009-07-22 17:56:03 | な行の作家
中島らも「君はフィクション」読了


本屋で何となく手に取ってみました。中島らもを読むのは初めてなんですが、なかなかおもしろかったっすね。12編が収められた短編集です。最初の3作、「山紫館の怪」「君はフィクション」「コルトナの亡霊」、このあたりは、あんまりおもしろくなくて、「中島らもってこんなもんか…」とあきらめかけていたら、次の「DECO-CHIN」あたりからにわかにおもしろくなり、「結婚しようよ」とか「ねたのよい --山口富士夫さまへ--」あたり、ちょっと今まで読んだことのない小説という感じで、かなり没頭して読んでしまいました。


中島らも、恐るべしですな。ってもう亡くなって5年経つんですね。御冥福をお祈り致します。

シニカルなロマンチスト

2009-07-22 17:11:29 | た行の作家
太宰治「おしゃれ童子/走れメロス」読了


以前、「走れメロス」だけ読みたくて買ったこの短編集だったんですが、太宰治マイブームのこの時とばかりに全部読んでみました。


収録作は「燈籠」「満願」「富嶽百景」「葉桜と魔笛」「新樹の言葉」「おしゃれ童子」「駆込み訴え」「走れメロス」「清貧譚」「待つ」「貧の意地」「カチカチ山」の12編です。


どれもなかなかにおもしろかったです。特によかったのは「葉桜と魔笛」「おしゃれ童子」「駆込み訴え」「走れメロス」「待つ」「カチカチ山」あたりですね。

「葉桜と魔笛」の病気の妹に対する姉の愛、そして父。美しいです。「駆込み訴え」のキリストに対するイスカリオテのユダの嫉妬。これも読んでいてさもありなんという感じで、人を充分に納得させるものがあります。そして「走れメロス」。これは説明の必要がないでしょう。最後のところ、メロスがセリヌンティウスに「私を殴ってくれ」と言って殴らせ、またセリヌンティウスもメロスに殴らせるシーンは何度読んでもじーんときます。


この短編集は、本作家の中期の作品ということで、前に読んだ「斜陽」とか「人間失格」あたりとは、かなり趣を異にしています。それほど退廃的な感じもなく、むしろ生き生きとしたイメージの作品すらあります。


太宰の作品をなんだか逆にたどって進んでしまっている感じですが、最後は初期の作品である「晩年」あたりを読んで、マイ太宰ブームを終結させようと思っております。

享楽と退廃の日々

2009-07-22 16:43:16 | ま行の作家
村上龍「限りなく透明に近いブルー」読了



「コインロッカー・ベイビーズ」を読んだのなら、これも読まねば片手落ちとばかりに買ってみました。

言わずと知れた村上龍のデビュー作であり、芥川賞受賞作でもあります。


この間の太宰ではないんですが、これも「うーーーん」とちょっと唸ってしまいました(笑)この作品のテーマというか、意図が見えてこないんですねぇ。内容は、相当どぎついです。もしかしたら、こういった今までにはあり得なかったような小説を書いて、読者と当時の文壇の度肝を抜いてやろうと企んだという実験作なのかも知れません。それならそれで本書を読んだ自分も「あーびっくりしたぁ」と言っていればいいわけで、あと感想もなにもないと言ってしまえばいいんですが、やっぱり、どうもそれだけではないと思うんです。というか、芥川賞を獲るくらいの作品なんですから、まさかそんな訳ないですよね(笑)


主人公であるリュウ(僕)、その恋人のリリー、友人のヨシヤマ、カズオ、オキナワ、レイ子、モコ、ケイといった面々が繰り広げる饗宴。酒とドラッグとセックス。こういった描写が延々と、というかだらだらと続いていきます。昼間も、前の晩の酒とクスリが抜けきらず、朦朧としていて、それを治すためにまたニブロールとか、そういったクスリをがりがりと噛み砕き、そうして夜になるとまた酒、ドラッグ・・・・。ちょっと読んでいてうんざりしました。


そんな中で、主人公であるリュウの時折見せる感覚の鋭さ、見る物、考えることに対するはっとさせる描写がかろうじて本書の魅力ではないかと思います。

この小説の一番最後の部分、そこにその鋭さが集約されている気がします。少し長いですが引用します。


「影のように映っている町はその稜線で微妙な起伏を作っている。その起伏は雨の飛行場でリリーを殺しそうになった時、雷と共に一瞬目に焼きついたあの白っぽい起伏と同じものだ。(中略)これまでずっと、いつだって僕はこの白っぽい起伏に包まれていたのだ。
血を縁に残したガラスの破片は夜明けの空気に染まりながら透明に近い。
限りなく透明に近いブルーだ。僕は立ち上がり、自分のアパートに向かって歩きながら、このガラスみたいになりたいと思った。そして自分でこのなだらかな白い起伏を映してみたいと思った。」



何をしていいかわからない。何をやりたいのかわからない。この閉塞的な状況の毎日の中で、リュウは限りなく透明に近いブルーのガラスのようになりたいと思うわけで、このへんの比喩は具体的には何を指すのかよくはわかりませんが、何らかの希望がきらめいていることは確かだと思います。



蛇足ですが、解説に綿矢りさの名前を見つけ、ちょっと「あの人は今」的な気分を味わってしまいました(笑)

真の革命のための美しい滅亡

2009-07-15 19:06:24 | た行の作家
太宰治「斜陽」読了


「人間失格」と同じ著者で同じような雰囲気の小説ではありますが、中味は全く別物でありました。


時代はちょうど日本が戦争に敗けた昭和20年頃の話です。「最後の貴婦人」であるお母さま、その娘、かず子、その弟、直治の家族の物語です。それにかず子が流行作家である上原にからんで…ということなんですが、四人四様の人生、社会に対する価値というものを提示し、そこにどんな意味づけを行うのか、というのが本書のテーマであると思われます。


まぁおもしろいといえばおもしろいんですが、そんなに深く心には刺さってこなかったですねぇ。直治が苦しんで苦しんで苦しみ抜いて生きてきたことはわかるんですが、それが自殺にまで追いやったということが今ひとつ納得できないし、かず子が上原に惚れるのはいいんですが、子を宿して、そして子を宿すことこそが最終的な目的であるというのもピンときません。彼女の言う「道徳革命」を遂行するのなら、上原をその妻から奪い取って子供と一緒に暮らすのが本当なのではと思います。まして生まれてくる子を上原の妻に抱かせたいと言い、それが死んだ直治のためだと言うに至ってはもう支離滅裂の感を拭えません。


なんだかとっちらかっちゃった感満載で、これが太宰の最高傑作であるという人が少なくないというのがなんだかなぁですね。


太宰治を立て続けに2冊読んだんですが、なんだか納得できないんで、また本屋に走ってもっと太宰、読みます!

神の如き無智にひれ伏す

2009-07-15 18:24:03 | た行の作家
太宰治「人間失格」読了


今年は太宰治生誕百年なんだそうで、あちこちの書店でフェアをやっており、ちょっと久々に読み返してみるかと、まんまと書店の陰謀にはまって本書と「斜陽」を買って来ました。


太宰治というと、イメージとしてはずっと昔の作家みたいに感じていたんですが、今、生きていれば100歳ということで、少なからず同じ時代を生きた可能性もあったわけで、それを考えると不思議な気持ちになります。


本書は、中学生の頃に読んだような記憶があったんですが、どちらにしろ、もう内容はすっかり忘れていて、まぁ初読といっていいと思います。


読後、解説を読んで思ったんですが、太宰を何冊か読むなら、本書は最後にすべきだったんですね。順番としては「晩年」→「女生徒」→「富岳百景」→「走れメロス」→「駆込み訴え」→「新ハムレット」→「右大臣実朝」→「津軽」→「お伽草紙」→「トカトントン」→「ヴィヨンの妻」→「斜陽」→「人間失格」→「グッドバイ」とこんな感じになると思います。また、これだけ読めば充分「太宰通」を気取ってもよいのでは、とも思います(笑)


で、「人間失格」の感想ですが、とにかくすごい本です。読み終わってから「うーーーーーん」と30秒くらい唸ってました(笑)でも、すごいんですが、素晴らしいかと問われると、またまた「うーーん」と唸らざるを得ません。もしかしたらとんでもない駄作か?とも思ったりもします。

主人公が社会の既成の倫理や価値観と全く相容れないところから、それらに対して反逆し、自分の見る真実に従って生きようとするわけですが、それは自分が野放図に生きたいための体のいい方便ではないのかという思いがどうしても拭いきれないんですね。要するに、世間に対して逆らうという大義名分を振りかざして、女と遊び、酒を浴び、果ては麻薬(モルヒネ)を常用するという、全く真摯な気持ちが見えてこないんです。

逆にこの主人公、葉蔵に問いたい。人間や社会に絶望して酒やクスリに走るより、もっと建設的な道があるんじゃないかと。


こんな青臭い正論、鼻で笑われるかもしれませんが(笑)でも、自分はこの男に到底賛同する気にはなれません。


次、「斜陽」いってみます。

「もの」の物語り

2009-07-15 18:02:16 | は行の作家
堀江敏幸「もののはずみ」読了


著者がパリの裏路地の古道具屋で出会った様々な雑貨に寄せる思いを綴ったエッセイ。まぁ軽い読み物でした。

木製トランク、パタパタ時計、ベークライトの鉛筆削り、ヨーヨー、こういったいわゆる「がらくた」に著者は、ことのほか愛着があるようで、その「がらくた」に出会ったいきさつ、なぜそれを求めたかという著者の心情、そしてそれを譲り受けた売り手のその「がらくた」に対する思い入れの度合いといった話が綿々と書き連ねられていて、まぁさすがに文章の達者な方だけあって、楽しく読ませていただきました。


ちょっとした息抜きでした。

韻を踏んでみました

2009-07-11 11:18:26 | か行の作家
桐野夏生「IN」読了


こういう作家は、自分はまず読まないんですが、「山口瞳の会」会長の中野さんが桐野夏生が好きなんだそうで、「IN」を買って読むのを楽しみにしているとブログに書いてあったので、ついつられて買ってしまいました(笑)


読後、まず思ったのは、「まぁ買って読まなくてもよかったかな」と(笑)少なくとも新刊で1600円出してまで読む必要はありませんでした。まぁおもしろいんですよ。おもしろいんですが、なんというか、浅いというか…


主人公である女性作家と編集者のW不倫の愛憎劇がこの小説の一つの軸になってるわけですが、これがなんともはや、どろどろという感じでちょっと辟易させられました。それともう一つの軸である緑川未来男の著作「無垢人」に出てくる○子を主人公にした小説を執筆するための取材から次々に明かされる意外な事実というものがあるんですが、これもねぇ…ちょっといかにもテレビドラマ的というか…。おまけにその「無垢人」の一部を掲載してあるんですが(もちろん桐生夏生の創作)、島尾敏雄の「死の棘」を下敷きにしてあることは明白で、もちろんそのことをあげつらうつもりは全然ないんですが、その内容がまた陳腐!


久しぶりにはずしました(苦笑)