トシの読書日記

読書備忘録

人生の光と影

2009-06-16 16:25:41 | あ行の作家
上原隆「胸の中にて鳴る音あり」読了


書評家で古本ライターの岡崎武志氏のブログで、上原隆の「にじんだ星をかぞえて」という本のことが書いてあって、「あー上原隆のこと、忘れてた」と思い、あわてて「にじんだ--」をアマゾンに注文したんですが、この本も未読だったんで、まとめて注文したという次第。


この人の書くものは「コラム・ノンフィクション」というらしんですが、いわゆる市井の人々にスポットを当て、インタビューの中でその人の「人間」というものに迫っていこうという内容です。

全部で21編の話が納められているんですが、「藁をもつかむ」という話に出てくる女性が、ものすごく印象に残りました。吉野みどり 32歳 独身 家賃4万8千円のアパートに一人暮らし。子ども英会話と放送局の電話応対のアルバイトの掛け持ち。月収16万。東京のような大都会なら、こんな人は、はいて捨てるほどいると思います。みんなそれぞれいろんな事情を抱えて生きていると思うんですが、この吉野さんの場合は、明確な目的意識がなく、自分はこれからどうしよう、どうしたいと思っているのかという、漠然とした不安を抱えて日々生きてるんですね。
「このままの生活が一生続いたらどうだろう?」という質問に対して「そんなの絶対いやです!」と即答するんですが、じゃぁどうすんの?という問いには答えられない…


なんだか、読んでてやりきれないような、いらだたしいような、なんともいえない感情におそわれました。この本の別のところで出てくる言葉ですが「どんな困難な時でも、自分を楽しませる術を持っていること」これですね。なかなかできないですがね(笑)

でも、そんな吉野みどりさんですが、なんだか応援したいです。江原啓之の「幸運を引きよせるスピリチュアル・ブック」なんか読んでないで、村上春樹、おもしろいよとか。よけいなお世話ですね(笑)


インタビューのやり取りを再現しつつ、著者自身の思い、感想などを極力排除した文章は、今までの「雨にぬれても」「喜びは悲しみのあとに」「雨の日と月曜日は」等と同様のスタイルです。それでいて上原隆のヒューマニックなまなざしが行間から立ち昇り、なんともいえない温かい味を醸し出しています。


いろいろな話の中で、筆者自身のことが書いてあるものもあり、なかなか興味深かったです。


月並みなセリフですが、仕事とか人間関係とかに疲れて、気持ちがささくれ立っているようなときに上原隆の本を読むと、「人生、捨てたもんじゃないな」って気にさせてくれます。そんな人に是非おすすめの1冊です。(って誰に言ってんだ?)

葛藤と宿痾

2009-06-16 15:05:31 | か行の作家
車谷長吉「贋世捨人」読了


今まで読んできた同作家の本は、短篇が多かったんですが、これは長編です。

この小説は、書き出しで全てを表しています。

「…二十五歳の時、私は(中略)「西行法師全歌集」を読んで発心し、自分も世捨人として生きたい、と思うた。併し五十四歳の今日まで、ついに出家遁世を果たし得ず、贋世捨人として生きてきた。つまり、私は愚図であったのだ。世捨人として生きたいと願いながら、も一つ決心が付かないとは何事であろうか。」


世捨人として生きていきたいと思いながらふんぎりがつかない自分に呆れ、情けなさを感じ、しかししょせん俺はこんなものと、開き直ってみたり、中途半端に生きることこそが真の世捨人であると、理屈をこじつけてみたり、まぁそんなこんなの葛藤の物語であります。


作中、印象に残った一休の歌。


 有漏路(うろじ)より無漏路(むろじ)へかへる一やすみあめふらばふれ 
 風ふかばふけ


「有漏の漏とは、人の軀から出るものはみな汚れたもの、という意。それが転じて、煩悩、迷いのことを言う。生きることは迷うこと、苦しむことである。それを有漏路と表現した。その苦しい人生から、煩悩や迷いのない無漏路、すなわち「死」に帰るまでの一休みが、この人生であるというのである。されば『あめふらばふれ風ふかばふけ』」



しかし、世捨人として名高い西行でさえも、なにもかも捨てたようなことを言いながら、紀州に広大な荘園を持ち、そこからの年貢で決して貧しくない暮らしを営んでいたということを知るに至って、「私」は世捨人になることの決心が揺らぐ。


結局「私」は東京での荒廃した生活に見切りをつけ、無一文になって播州の実家へ帰り、下足番、割烹料理屋の追い回しを九年続けることになる。二度と小説は書くまいと思うのだが、心は千々に乱れ、また書いた小説が芥川賞の候補作品となり(落選するのだが)、東京の編集者の誘いもあって、再び上京するところで物語は終わる。


世間から隔絶された生き方をしたい、世を捨てたいと切望する「私」ではありますが、あまりにも煩悩が多すぎますねこの人(笑)特に、女性に対する執念たるや、西村賢太もかくやと思わせるような一種異常なエネルギーを持っています。


でも、共感できるところもかなりありました。ちょっと書きづらいので割愛しますが(笑)そうだよねぇ、人間だものと、おもわず相田みつをみたいな合いの手を入れてしまっている自分がいましたとさ。