トシの読書日記

読書備忘録

穏やかで過剰でない世界

2019-11-26 16:32:00 | は行の作家



リチャード・ブローディガン著 藤本和子訳「西瓜糖の日々」読了



本書は2003年に河出文庫より発刊されたものです。


一読、なんなんだ?と思いましたね。ブローディガンというと、なんだかとっつきにくくて小難しいことを書く作家という勝手なイメージをしていたんですが、あに計らんや、とんでもない思い違いでした。この独特の世界観。他のどの作家からも一線を画した文章は、読む者をして摩訶不思議な世界に誘い込みます。


「アイデス」という平穏で過剰でない世界が登場し、著者であるブローディガンがそれを肯定しているのかどうかさえ定かでない書き方に少し戸惑いを覚えるのですが、それはそれで快い頼りなさとでも表現したくなるような思いを感じつつ読み進めていけるわけです。


その「アイデス」の対極に「忘れられた世界」というものがあるんですが、まぁこっちはすごいです。インボイルとその仲間たちがアイデスに住む主人公に向って「お前たちは本当のアイデスがどんなものなのか、からっきしわかっちゃいねえんだ、俺たちがそれを教えてやる」と言ってすごいことになるんですが、もうほんと、びっくりです。


そしてこの主人公の男、これがまた妙なやつなんです。

<わたしはきまった名前を持たない人間のひとりだ。あなたが私の名前をきめる。あなたの心に浮かぶこと、それがわたしの名前なのだ。>

これをどう考えたらいいんでしょうか。この小説は「不思議系」というジャンルがもしあるとするなら、その最右翼に位置すると思われます。もちろん、こういうの、決してきらいではありませんが。


ともかく、不思議な体験をさせてもらいました。本書は、たしか自分が買ったのにほかの本にかまけてなかなか読めず、そのまま姉に貸したら、姉がハマってしまって、ブローディガンの作品を何冊も買ったようです。ちょっと一冊はさんでまたブローディガン、いってみようと思います。



ネイティブと移民

2019-11-12 17:09:23 | た行の作家



多和田葉子「地球にちりばめられて」読了



本書は平成30年に講談社より発刊されたものです。


多和田葉子、好調ですねぇ。いや面白かった。主要となる登場人物が6人位いて、そういった関係性を把握するのがちょっと苦手な自分としては、その点は読み進めるのに若干苦労しましたが、それでもやっぱり面白かったです。


Hirukoという(多分)日本人、デンマークのコペンハーゲン大学の院生、クヌート、グリーンランド出身の鮨職人のテンゾことナヌーク、ナヌークと一時一緒に暮らしていたノラ、インド出身で性別は男だがサリーをまとって女装しているアカッシュ、そしてHirukoと同じ国の出身と思われる、やはり鮨職人のSusanoo。この6人が織りなす群像劇です。


メインテーマは「言葉」です。本当の言葉を探しに彼らはヨーロッパ大陸を北から南へ転々と旅をします。


最後の方に出てくるSusanooが自分の半生を振り返るところがあるんですが、これがなかなか波乱万丈の人生で、興味深かったですね。


印象に残ったところ、引用します。

<「何語を勉強する」と決めてから教科書を使って勉強するのではなく、まわりの人間たちの声に耳をすまして音を拾い、音を反復し、規則性をリズムとして体感しながら声を発しているうちに、それが一つの新しい言語になっていくのだ。>

<終止符の後にはこれまで見たこともないような文章が続くはずで、それは文章とは呼べない何かかもしれない。なぜなら、どこまで歩いても終止符が来ないのだから。終止符の存在しない言語だってあるに違いない。終わりのない旅。主語のない旅。誰が始め、誰が続けるのか分からないような旅。遠い国。形容詞に過去形があって、前置詞が後置されるような遠い国へでかけてみたい。>


以前読んだ同作家の「献灯使」にも見られたんですが、言葉の語呂合わせのような、地口のような言葉遊びがちょっと鼻に付くところがいやなんですが、しかし、ネイティブがどうのとか、規則性を重要視しなければとか、そんなことではなくて言葉はもっと自由でいいんだという多和田の叫びが聞こえてくる、そんな小説でした。ストーリーだけ追っていっても十分楽しめる作品でもありました。




魂を揺さぶるむき出しの言葉

2019-11-05 16:37:20 | は行の作家



ルシア・ベルリン著 岸本佐知子訳「掃除婦のための手引書」読了



本書は今年7月に講談社より発刊されたものです。


10月27日の日曜日、いつものように仕事場に向かう車の中でFM愛知「メロディアスライブラリー」を聴いておりましたらなんと!同書が取り上げられているではありませんか。びっくりしました。こんな偶然、あるんですねぇ。非常にうれしかったです。パーソナリティの小川洋子氏、最近の作品はなんだかなぁというものが多いんですが、小説の読み方はやはり鋭いものがあります。本書に関する話をラジオで聞きながら何度も大きくうなづいた次第です。

それはともかく…


全部で24の短編が収められた作品集です。いやーびっくりしました。これはすごい作家ですね。1936年に生まれ、2004年に68才の生涯を閉じた女性の作家なんですが、この人の遍歴がまずすごい。高校教師、掃除婦、電話交換手、ERの看護師などの職を経ながら作家活動を続け、その経験を小説に生かすという、まぁネタには困らなかったと思うんですが、そんなことより作品の中での言葉の選び方、直喩、暗喩等を駆使した言い回しのうまさ、こういったもろもろが読む者の心をがっしりとつかんで放さないんですね。


解説で本書を訳した岸本佐知子氏も述べておられますが、<彼女の言葉は読む者の五感をぐいとつかみ、有無を言わさず小説世界に引きずり込む。その握力の強さ>と絶賛しています。


また、巻末にはアメリカの女性作家、リディア・ディヴィス(この作家は、以前「ほとんど記憶のない女」を読んで、すごい!とうなった覚えがあります。)が18頁にも渡る解説を記していて、これはディヴィスがいかにベルリンをリスペクトしているかということの証左にほかならないということでしょう。


そしてまた岸本氏は言います。<ルシア・ベルリンの小説は、読むことの快楽そのものだ。このむきだしの言葉、魂からつかみとってきたような言葉を、とにかく読んで、揺さぶられてください。けっきょく私に言えるのはそれだけなのかもしれない。>


自分は表題作の「掃除婦のための手引書」に一番心揺さぶられました。とにかく最後の一行、ワンセンテンスに絶句、感動しました。


たまたまネットでみつけた本なんですが、素晴らしい本に出会えてラッキーでした。早速姉にも教えねば!



姉と定例会を行い、以下の本を借りる


岸本佐知子編「変愛小説集――日本作家編」講談社文庫
リチャード・ブローディガン著 藤本和子訳「ビッグ・サーの南軍将軍」河出文庫
ジョン・バース著 志村正雄訳「旅路の果て」白水Uブックス
アリステア・マクラウド著 中野恵津子訳「冬の犬」新潮クレストブック