トシの読書日記

読書備忘録

氷った焔(ほのお)

2017-03-28 17:22:34 | は行の作家



エイミー・ベンダー著 菅啓次郎訳「燃えるスカートの少女」読了



本書は平成19年に角川文庫より発刊されたものです。
何年か前に本書を読んでものすごい衝撃を受け、ふと思い立って再読してみたのでした。


やっぱりこの作家はいいですね。「私自身の見えない徴」という長編があり、これもなかなかいいんですが、やはりエイミー・ベンダーは短編がいいです。スパッと鋭利な刃物で切ったような潔さがあります。


そして着想が面白い。恋人が人間から猿になり、そして海亀からサンショウウオに似た生き物に「逆進化」していくという「思い出す人」、父が死んだ日に図書館で何人もの男とセックスする図書館員の「どうかおしずかに」、火の手を持った女の子と氷の手を持つ女の子が登場する「癒す人」、等々。


おかしな表現ですが、全体に暗い明るさが漂っています。前に読んだブライアン・エヴンソンにも似た世界を感じますが、作風は全く違います。


解説の堀江敏幸、自分の好きな作家なんですが、ひいき目でなく、いいポイントを突いた解説になっています。さすがです。

異様な現実に放り込まれる快感

2017-03-21 15:32:48 | あ行の作家



ブライアン・エヴンソン著 柴田元幸訳「ウインドアイ」読了



「遁走状態」で度肝を抜かれ、以来注目の作家であります。岸本佐知子編「居心地の悪い部屋」に収録されていた「ヘベはジャリを殺す」も異様な面白さがあったんですが、本書はそれがさらにパワーアップした感があります。


全部で25の短編が収められているんですが、どれもこれもすごい!内容の半分くらいは理解不能なんですが、それでも面白い!



一番頭に収められている表題作の「ウインドアイ」、これが一番印象に残りましたね。窓の裏側からのぞき込む兄と反対側にいる妹。そして兄が妹の方へ回り込んでみると妹が消えている。これだけなら単なる不思議な話で終わってしまうんですが、エヴンソンのすごいところは、そこから兄の思考が始まるんですね。そして、そもそも自分には妹などいなかったのではないかと考えるわけです。現実が虚無へとずり落ちていく瞬間です。


他にも、様々なシチュエーションで現実が異様にゆがめられていく話が次から次へとあふれ出て、ページをめくる手が止まりません。まだ、1年の3分の1しか経過しておりませんが、本書は間違いなく本年のベスト3に入るでしょう。


柴田元幸の訳もいいです。エヴンソンの魅力をたっぷり引き出してくれています。

遅れの承認と受容

2017-03-14 16:31:18 | あ行の作家



奥泉光「石の来歴/浪漫的な行軍の記録」読了



本書は平成21年に講談社文芸文庫より発刊されたものです。


以前に姉から借りた「虫樹音楽集」を読んで、この作家はただ者ではないと思っていたところ、姉もそう感じているらしく、本書は姉から借りたものです。2編の中編が収められているんですが、2作品が微妙にリンクしていて、どちらも面白いです。


主人公の真名瀬が戦争末期にレイテ島で聞いた上等兵の石に対する深い思い。河原の石ひとつにも宇宙の全過程が刻印されているという講釈に誘発され、真名瀬は本土に帰ると石の収集を始める。その先にものすごいドラマが展開されるんですが、この小説、まず文章がいいですね。ずっと文語調で続いてたかと思うと、急にくだけた文体になったりと、自在に文章を操っている感じが小気味いいです。


印象に残る節はいろいろあるんですが、ひとつだけ引用します。


<歩くこと。歩き続けること。たとえばそいつは地獄が用意した業罰のメニュウなんだろう。その程度の理解があれば十分さ。いずれにせよ、ひとつはっきりしているのは、いまの私が死なずに生きているということだ。そうだ、いまだ。この、いまだ。この、いまを、私は生きている!だから「希望」を抱きうるのだ。本当のところをいえば、私には過去も未来もない。あるのはいまだけ。永遠に繰り返され、順繰りに立ち現れては交替して行くいまがあるだけなのだ。その際限のなさから較べたら、50億年の地球の時間なんてほんの一瞬にすぎないだろう。>(「浪漫的な行軍の記録」より)



奥泉光、ちょっと調べてほかの著作も読んでみようと思います。



というわけで以下の本をネットで注文する。


奥泉光「その言葉を/暴力の舟/三ツ目の鯰」講談社文芸文庫
奥泉光「バナールな現象」集英社文庫




何も望まなければ何にも負けない

2017-03-07 16:38:51 | ら行の作家



イーユン・リー著 篠森ゆりこ訳「黄金の少年、エメラルドの少女」読了



先日、姉とイーユン・リーとイーヴリン・ウォーを間違えたという笑い話をしていて、そういえばイーユン・リーは「千年の祈り」を読んだきりだったなと思い出し、ネットで調べて買ったのでした。


やっぱりいいですね、イーユン・リー。九編の短編が収められた作品集なんですが、どの作品も「孤独」というものが通奏低音のように流れています。このあたりの筆致がイーユン・リー、うまいんですねぇ。


出色なのは冒頭に収められた「優しさ」という中編。41才の一人暮らしの女性が北京のはずれのアパートに住んでいる。この女性が過去を追想するんですが、その述懐がなんともやりきれない思いにさせます。軍隊に強制的に入隊させられ、そこでの魏(ウェイ)中尉との出会い。また入隊前後に杉(シャン)教授の家で過ごした読書体験。その一つ一つのエピソードが、結局自分は一人なんだという思いに行き着くわけです。


杉教授が言います。「愛は人に借りを負わせるの。最初からそんなものは負わないのがいちばんよ、わかった?」と。教授は未言(モーイェン、主人公)を人として愛するからこんな言葉をかけるという、このパラドックス。面白いですねぇ。そして未言はその愛を「借り」としてそれを返すために生きていこうとするんです。


作中で未言が「(自分の人生は)ほとんど人生ではない」と言い放つ、その言葉が胸に迫ります。


イーユン・リー、いいですねぇ。長編も買ってあるので近々読むつもりです。




ネットで以下の本を注文する


ブライアン・エヴンソン著 柴田元幸訳「ウィンドアイ」 新潮クレストブック