BURRN !1992年3月号
ブラック・ムーン製作中半ばの
キースへのインタビュー その②
昨日の続きになります。
マークとのプロジェクトのデモ音源が多くのレコード会社に受け入れてもらえなかった事は、
当時のキースに、
自らのミュージシャンとしての道程を振り返る事にまでつながったようです。
あくまでもキースの個人的な見解ですので、
EL&Pファンにとって、その見解が的を射たものであるかは、
いろいろな意見が出てくると思います。
キースは何を言っているのかというと、
「EL&P解散後に、ソロ活動を充実したものにせずに、6年間映画音楽に取り組んだのが、今日(こんにち)ソロが受け入れてもらえない事の一因をつくった。」
と述べているわけです。
画像 ネットから拝借した枚数限定オフィシャルCDのジャケット
キースは、
ポリスのスティングやジェネシスのフィル・コリンズを引き合いに出しながら、
バンド解散後、(ジェネシスはこの当時、まだ解散はしていないのですけどね。)
すぐにソロ活動に転向すれば自分にもブレイクの目があったのではないかと考えたようです。
スティングの場合、ソロに転向して目が出るまでは、2年かかったとキースは捉えていますね。
しかし、
ポリスにしたところで、
人気が凋落したから解散したわけでもないでしょうし、
フィル・コリンズにしても、スティングにしても歌物のヴォーカリストであるわけです。
EL&Pの辿った経過からキースが映画音楽をやらずにソロ活動を開始して、
2年間辛抱したところで、果たして目が出ていたかというと、
何ともいえないものがありますよね。
今であれば、キースも自分のキャリアの過程をそのように思ってはいないとは思いますが、
これは、80年代後期に、
レコード会社へのキースのPR活動が如何に実を結ばなかったかが、
あらわれているインタビュー内容だと思いますね。
物事が順風満帆でない時は、どうしても人というのは、内省的になります。
しかし、ネガティブな心境の中での内省から導かれる答えが、
必ずしも当たっているとはいえないと思いますね。
80年代後半のマークとの音源が、
2008年リリースの音源の一部になっているのかどうかは定かではありませんが、
マークとの音楽が日の目をみる事になりました。
その時のインタビューを読むと、
何人かのミュージシャンの意見を取り入れつつ、
ネオプログレと呼ばれる範疇の音楽も研究しながら、バランスのよいアルバム作りをしたようなので、
80年代末期のキースのやりたい音楽路線とは、
やや違うものが出来上がったのでしょうね。
いずれにしましても、
どう考えても、寄せ集めの内容である、
それまでのキースのソロアルバムから、
(オフ・ザ・シェリフ、チェンジングステイツ、エマーソン・プレイズ・エマーソン等)
ようやく抜け出す事ができた2008年のアルバムであった事は確かです。
充実したソロプロジェクトと並行しながら、EL&Pの生演奏も期待したいところです。
以上。
本ブログはエマーソン、レイク&パーマーにまつわる品物のあれこれを思い出、感想、気ままな意見と共に綴っております。
世代を超えた寛容なEL&Pファンのちょっとした楽しみになれば幸いです。
クイック応援よろしくお願いしす。
2012年9月25日 yaplog!
にほんブログ村
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キースへのインタビュー その②
昨日の続きになります。
マークとのプロジェクトのデモ音源が多くのレコード会社に受け入れてもらえなかった事は、
当時のキースに、
自らのミュージシャンとしての道程を振り返る事にまでつながったようです。
あくまでもキースの個人的な見解ですので、
EL&Pファンにとって、その見解が的を射たものであるかは、
いろいろな意見が出てくると思います。
キースは何を言っているのかというと、
「EL&P解散後に、ソロ活動を充実したものにせずに、6年間映画音楽に取り組んだのが、今日(こんにち)ソロが受け入れてもらえない事の一因をつくった。」
と述べているわけです。
画像 ネットから拝借した枚数限定オフィシャルCDのジャケット
キースは、
ポリスのスティングやジェネシスのフィル・コリンズを引き合いに出しながら、
バンド解散後、(ジェネシスはこの当時、まだ解散はしていないのですけどね。)
すぐにソロ活動に転向すれば自分にもブレイクの目があったのではないかと考えたようです。
スティングの場合、ソロに転向して目が出るまでは、2年かかったとキースは捉えていますね。
しかし、
ポリスにしたところで、
人気が凋落したから解散したわけでもないでしょうし、
フィル・コリンズにしても、スティングにしても歌物のヴォーカリストであるわけです。
EL&Pの辿った経過からキースが映画音楽をやらずにソロ活動を開始して、
2年間辛抱したところで、果たして目が出ていたかというと、
何ともいえないものがありますよね。
今であれば、キースも自分のキャリアの過程をそのように思ってはいないとは思いますが、
これは、80年代後期に、
レコード会社へのキースのPR活動が如何に実を結ばなかったかが、
あらわれているインタビュー内容だと思いますね。
物事が順風満帆でない時は、どうしても人というのは、内省的になります。
しかし、ネガティブな心境の中での内省から導かれる答えが、
必ずしも当たっているとはいえないと思いますね。
80年代後半のマークとの音源が、
2008年リリースの音源の一部になっているのかどうかは定かではありませんが、
マークとの音楽が日の目をみる事になりました。
その時のインタビューを読むと、
何人かのミュージシャンの意見を取り入れつつ、
ネオプログレと呼ばれる範疇の音楽も研究しながら、バランスのよいアルバム作りをしたようなので、
80年代末期のキースのやりたい音楽路線とは、
やや違うものが出来上がったのでしょうね。
いずれにしましても、
どう考えても、寄せ集めの内容である、
それまでのキースのソロアルバムから、
(オフ・ザ・シェリフ、チェンジングステイツ、エマーソン・プレイズ・エマーソン等)
ようやく抜け出す事ができた2008年のアルバムであった事は確かです。
充実したソロプロジェクトと並行しながら、EL&Pの生演奏も期待したいところです。
以上。
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