ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

ヘミングウェイ@横浜・みなとみらい

2018年10月24日 | 町で見つけた食メモ
先日のみなとみらいさんぽのあと、会食で訪れたのが「ヘミングウェイ」。日本丸メモリアルパークに係留された水上店舗で、今年の5月末オープンとまだ新しく、知られざるポートビューレストランである。

外観はまるで氏の小説に出てくるような、港の中に浮かぶ小屋。みなとみらいのビル群からコスモワールドのカラフルなネオン、花火のごときイルミネーションの観覧車、さらに新港埠頭のモール群まで、ハマの夜景のおいしいとこどりのロケーションは、他に比類ない。

店舗はテラスと小屋内それぞれこじんまりしており、店名がモチーフ(氏が好んだとか)のモヒートほか各種カクテルが豊富。酒のアテにもなるスープカレー、肉厚のランプステーキが自慢の品で、カフェやランチタイムも営業しているため、ひとりでぶらりと利用するのにも向いている。

造船所の名残を巡った締めに、船をイメージさせるレストラン。そんなストーリーをたどるハマさんぽに、ぜひ。

串屋横丁@門前仲町

2018年10月23日 | 町で見つけた食メモ
先日の門仲てくてくさんぽ、15時半スタートの飲みは「串屋横丁」にて。まだ炉に火が入ってなくスタートは生野菜をアテにだったが、エンジンがかかると大ぶりのモツ焼き、いい色に煮込まれたモツ煮と、役者が順次揃い出す。肉屋直営の鮮度のいいモツ、はフランチャイズの枕詞だろうが、簡素でローカルなたたずまいはしっかりこの街に溶け込んでいる。

日本酒どころ・新潟からの学生時代の友人につられ、九十九里の「梅一輪」吟醸辛口が升受けで進むこと。酔うに連れの昔話、ちと危ういネタに流れがちだったような?

佃島〜門仲てくてくさんぽ6

2018年10月22日 | てくてくさんぽ・取材紀行
佃島〜門仲てくさんぽ、いろいろ話題となったあの八幡様、境内の「力士碑」が見応えあった。どっしり構えた石部には、引退で話題のあの親方など聞き慣れた力士名が数々刻まれている。手形に自身の手を当てれば、なんだかパワーを享受している気分に。

ちょうど2時間半歩いたので、おさんぽは終了。早めの一献で旧交を温めましょうか。

みなとみらいてくてくさんぽ

2018年10月21日 | てくてくさんぽ・取材紀行
横浜のおさんぽガイドで、みなとみらい地区を案内して歩いた。テーマは「造船所」。かつてこの地には三菱重工横浜造船所があり、みなとみらい地区はその跡地に加え、周辺の海を埋め立てた土地に作られた。そこで造船所の名残や敷地だったところをめぐり、当時を思い起こしてみるのが狙いである。

往時の姿をそのままとどめているのが、2つのドック(船渠)だ。一号船渠は今は帆船日本丸が係留されているメモリアルパーク、二号船渠はランドマークタワーに併設のイベントスペース・ドックヤードガーデン。ランドマークタワーはかつて機械工場があった場所で、3階のロビーから両ドックを見下ろせば、事業所から工程を確認しているような気分に。周辺には動力源だったコンプレッサー、船の係留ロープの巻上げ機などがモニュメントとして点在し、この地が造船所だったことをより色濃くしている。

当時、造船所の敷地はランドマークプラザあたりまでで、その先のクイーンズスクエアやパシフィコ横浜は海だった。なので両船渠を見た後は造船所の「陸部の外れ」をたどりながら、その範囲を追ってみた。横浜美術館とマークイズ付近は、船体を造る「船台」が5つ並んでいた、造船作業の中枢。中でも4号船台は氷川丸が建造されたところで、「氷川丸建造の地」の案内板も立つ。三菱重工横浜ビルはかつての事業所街の中ほどに位置し、造船所跡の碑があるのはさすが、関連会社。

みなとみらいはショッピングモールやレジャースポットが集まるエリアだが、産業観光として歩けば横浜を創成期から支えた造船業への理解が深まるはずだ。

佃島〜門仲てくてくさんぽ5

2018年10月21日 | てくてくさんぽ・取材紀行
佃島〜門仲てくてくさんぽ、門仲・深川不動は、成田山新勝寺の東京別院。成田山信仰のお不動様で、創建は明治14年と割と新しく、かつては隣接して池や庭園が整備されるなど、門仲界隈に広大な寺域を誇っていた。

正面に堂々と鎮座する旧本堂ほか、隣接する新本堂が梵字に埋め尽くされ異彩を放つ。参道の商店街では名物のきんつばを購入、辰巳小路の飲み屋街で早めの一献といきたかったが、日曜休で残念。もう少し、界隈を参拝してみましょうか。