ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん54…高知・土佐久礼 『市場のめし屋浜ちゃん』の、かつおどんぶり

2007年01月23日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 瀬戸内海を経て四国へ渡り、宇和海・太平洋の沿岸の漁港の町を巡る旅も、四国の西南端に位置する中村を過ぎて後半戦に突入である。お昼前に中村駅を出発した特急列車の車窓からは、蒼く広がる土佐湾が眺められ、いよいよ「鰹の国」にやってきたんだな、との期待感が高まってくる。そして空には、ギラギラと照りつける真夏の太陽。8月に入って間もないこの日も、30度は軽く越えそうな夏日で、漁港散歩にはなかなか厳しい1日になりそうだ。列車は土佐佐賀駅から内陸へ入り、しばらく里らしい風景の中を走った後、土佐久礼駅へと到着した。特急が停まる駅なのに、ひっそりとした無人駅で、1本だけのホームに下車した客は自分だけ。とたんに、ぶわっと蒸し上げられるような酷暑が、全身に襲ってきた。以前に同じ高知の須崎を訪れた際に経験した、強い日差しに高い湿度を思い出し、外洋に面した南国土佐特有のきつい夏日に、改めて圧倒されてしまう。

 土佐久礼、という地名を聞いて、「土佐の一本釣り」というマンガが思い浮かぶ方は、ちょっと年配の方だろうか。高知市から50キロほど西に位置し、眼前に黒潮を望む漁業の町で、カツオの一本釣り漁法による水揚げは日本でも有数の、まさにカツオの町である。前述のマンガはこの町を舞台に、16歳の駆け出しカツオ漁師の純平が一人前の漁師になっていく様と、年上の恋人・八千代との恋模様を綴った、地元高知出身の青柳裕介氏の代表作。映画化もされ、八千代役を田中好子が演じていた、と書くと、またピンときた年配の方もいるだろうか? 作品では土佐のカツオ漁師の生活風景がリアルに描かれていて、豪気で傲慢な一方で情にもろく御人好しな「いごっそう」の男衆に、一途で包容力があるが肝心なところではピシャリ、と強い「はちきん」の女衆の繰り広げるドラマが、笑いと涙を誘ってくれる。海岸には青柳氏の石像が建立され、市街にはマンガの原画を展示する商店があるなど、ゆかりの見どころも。駅前の消防署で無料の自転車を借りて、八幡町商店街から漁港へと流してみると、確かにマンガの舞台となった当時のままのようなレトロな風景が、ところどころに残っているのに驚いてしまう。

 市街を抜け、久礼川の河口にある漁港まで行ってみたところ、漁船がずらりと停泊していて水揚げ場に人気もない。すでにお昼を過ぎているので、もう帰港して水揚げ作業が終わったのだろうか。港のすぐ沖合いは外洋で、津波の危険にさらされているためか、漁港は強固な防波堤に守られている。防波堤には繰り返し、強い波が打ち付けられていて、そういえば土佐湾のはるか沖合を、台風が通過中なのを思い出す。漁港を後に、久礼川の河口から市街へと向けて川沿いに遡ると、沿道に続く民家の前には植木鉢が並んでいたり、洗濯物が干されていたりと、生活感あふれる漁師町の風景が展開。純平と八千代も、こんなところで暮らしていたな、などと思いつつ、人の気配のない町の中を大汗を流しながら、ペダルをこいでいく。

 川沿いの通りから古い民家の間の路地を抜けたところで、アーケードの商店街に出くわした。自転車を入口に停めて中を歩いてみると、入口のところに大きな鮮魚店、そのほかは野菜や果物、手作りの寿司など惣菜の店などの店が並び、小ぢんまりしているが町の市場のような雰囲気だ。ぶらぶらと歩くとすぐに反対側の出口となり、出たところにはカツオのオブジェを掲げた立派なゲートが。どうやらこちらが正面入口らしく、看板を見ると何と、土佐久礼散策でお目当てにしていた「久礼大正町市場」ではないか。その日に久礼漁港で水揚げされた鮮魚を中心に扱う名物市場で、店舗のほか鮮魚や農産品を扱う露店も並び、昼過ぎから夕方にかけて地元の買い物客を中心に、大変な賑わいを見せるという。自分もここで、カツオにまつわるおみやげを買うつもりでいて、沿道の店頭に並ぶ丸一本のカツオやさくどりされた刺身、さらに生節に角煮といった品々に、思わずそそられてしまう。

 とはいえ自転車で走り回った後で厳しい暑さもあり、買い物の前にまずは体力回復の腹ごしらえだ。アーケードの中ほどで見かけた食堂『市場のめし屋浜ちゃん』へと足を向けると、昼時のせいもあり店頭のオープン席まで客で埋まっている様子。久礼漁港で水揚げされたばかりのカツオが味わえるとあり、高知市街などから足を運んでくるドライブ客も多いようで、姉さん3人がてんてこまいで接客しており忙しそうである。何とかひとり分の席が空き、店内のテーブルの片隅へ。品書きによると、カツオを使った料理はかつおどんぶりと、刺身定食とたたき定食の3種。いずれも500円ちょっと、1000円もしない安さが、さすが本場ならではか。中でもカツオどんぶりは人気の品らしく、ほとんどのお客が頼んでいる様子だ。さっといただけそうなので自分もこれに決めて、壁に飾られた一本釣り漁の写真など、カツオにまつわる絵や写真、記事を眺めながら待つ。面白いのが、テーブルに置かれたようじが「かつ尾よーじ」、つまりカツオの尾を材料にしたもので、何度も使えます、と店で売っている案内もされている。

 しばらくして奥のカウンターから、自分のテーブルにかつおどんぶりの丼が4つ運ばれてきた。相席の客もみんなかつおどんぶりを注文したらしく、やはり人気の品のようだ。見た感じはべっこう色の薄めの身がご飯の上にのり、その上にとろろをかけてあり、まるでまぐろの山かけ丼風でもある。少々待ったため空腹がピークとなっており、出されるや否や、タレをかけまわしていただきます。土佐久礼のカツオ漁は、夜中の1時ごろ出航してお昼前後に帰港、水揚げして、それをこの市場に直送して扱っている。この店のカツオも、刺身でそのまま頂けるほど鮮度の良いものを、たたきや丼に調理しているという。カツオのたたきといえば、厚い身でもちもちした食感のイメージだが、これは鮮度がいいから身は薄めでもしゃっきりと、丼で頂くならこのほうが合うかも知れない。タレは程よく酸味が効いていて、これも暑いときには食が進んでありがたい限り。さらにとろろのおかげで、この暑さにはパワーがつくのもうれしい。

 まだ店頭に行列している客がいるせいもあり、さっと平らげたら早々に店を後にする。この日泊まる高知へ向かう列車が出るまでは、まだ2時間ほどあるよう。外はちょうど一番暑い時間帯だし、屋根つきアーケードの下で、時間を掛けていいカツオを物色するとしようか。再びアーケードの下を歩き出すと、さっきは気づかなかったが中ほどの天井から、彩り鮮やかな大漁旗が数枚ぶら下がっているのを発見。そのひとつをよく見ると、漁船をバックに大振りのカツオを手に提げて微笑み合う、純平と八千代の姿が描かれていた。(2006年8月6日食記)