ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん29…大阪 『黒門市場』の、フグやハモや鯛など大阪名物の鮮魚あれこれ

2006年07月07日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 7月に入ってから、書き込みのペースを今までどおりの週2~3回に戻す、と宣言したものの、「ローカルごはん」の本のもろもろの作業が終わりきらず、相変わらず書き込み頻度が落ち気味。本日、ホントのホントに「ローカルごはん」の締め切り作業が完了したので、今度こそ書き込みのペースを戻していきたいと思います…。ということで、話は5月の大阪・名古屋・豊橋周遊編へ。すでにアップしたネタ以外を時系列で書き込んでいきますので、よろしくお願いします。

 週末を利用して大阪の難波や新世界界隈と、名古屋とを駆け足で巡ることになった。土曜のお昼過ぎの新幹線で出発して、新大阪から地下鉄で難波へ直行。洋食の「自由軒」で遅い昼食を済ませて、アーケードの難波本通周辺を歩いていると、ミナミの繁華街の中心だけあり道行く人はかなりの数である。さらに千日前中央通を抜けると、堺筋を渡ったところでアーケードの商店街に出くわした。飲食店やショッピングセンターが軒を連ねる難波界隈の賑わいとは一変、青果や鮮魚、生活雑貨にスーパーなど、生活感あふれる商店がずらりと軒を連ねている。この後は新世界界隈の飲み屋に繰り出す予定だがまだ少々日が高く、腹ごなしにこの大阪市民の台所『黒門市場』を、ぶらぶらと散歩してみることにした。

 黒門市場は千日前通りと堺筋に囲まれた600メートルほどの商店街で、170店あまりの店舗が軒を連ねている。堺筋に面してあった寺の名から圓名寺市場、さらに寺の黒い山門にちなみ、いつしか黒門市場と呼ばれるようになったという。庶民的な商店が並ぶことから分かるように、客は地元の買出し客、周辺のミナミの飲食店などの買出しが中心で、その数1日2万人。文字通り食い処・大阪の胃袋だ。

 もとは江戸期の文政年間に、魚を売る行商人がこの地に集まって商売をしたことが起こりとされるだけに、歩いていると確かに鮮魚店があちこちで目に付く。主に瀬戸内や紀州沖、さらに山陰、九州など西日本沿岸で水揚げされる魚介が集まっているようで、鯛やハモ、フグ、太刀魚、アマダイといった西日本ならではの高級魚から、イサキやオコゼ、さらに豆アジやイカナゴといった小魚まで、扱う品は様々だ。多くの店が小ぢんまりした町の魚屋のような雰囲気で、店頭にはびっしりと氷が敷かれ、皿に盛った魚や1匹丸のままの魚がずらり。「そろそろ店を閉めるから、安くするよ」と声をかけられ見てみると、鯛やヒラメ、カツオの刺身を格安で投げ売りしている。ほかにも三河産などのウナギ丸1本の蒲焼きを並べていたり、マグロの頭をかぶった兄さんが本マグロのさくを威勢よく売っていたりと、夕方の買い物時だから客の呼び声にも熱が入っている様子だ。

 大阪の食文化に欠かせない魚といって、まず挙げられるのはフグだろう。一般的に、水揚げ量などフグの流通拠点は下関、消費は大阪が日本一といわれ、黒門市場のフグは古くから、天然物も養殖物も質がいいことで評判が高い。今の時期、フグはやや季節はずれだが、ここでは専門店を中心に、通年扱っているのはさすがだ。産地は主に下関や九州で、店によりまちまち。鮮魚店の店頭では、水槽でゴロンと泳ぐ丸々太った活けのトラフグほか、有毒部位を取り除いた「身欠き」で並んでいるのが面白い。「自分でてっさ(フグ刺し)もてっちり(鍋)もできるよ」と、お勧めの品のようである。商店街はフグ料亭も数軒あり、浜藤や太政では店頭で持ち帰り用のてっさ皿盛や皮の湯びき、てっちり用のセットが。料理屋で食べるよりも値段が安く、ちょっとしたお得商品のようだ。

 そしてもうひとつ、市場を歩いていて目に付くのが、銀色に輝く細長~い魚。鮮魚で丸1本売りや開きのほか、活魚用の水槽で悠々と泳いでいるのもおり、優雅に見えてなかなか獰猛そうな顔をしている。大阪の冬の魚がフグならば、夏の魚といえばこのハモである。黒門市場のハモは主に瀬戸内や五島列島、対馬でとれたものが中心で、特に淡路島近海の沼島周辺でとれたものが質が良く、激しい海流にもまれ身が締まり味がいいという。鮮魚店で見かけるほか、惣菜の店ではタレにつけて焼いた「つけ焼き」にして売っており、一見、ウナギの白焼きや蒲焼きに似ているがハモは脂ののりがあっさり、かなり薄味。東京など東日本では、あまりなじみのない魚だから、見かけから脂がジュッと染み出るほどのった蒲焼をイメージしてかじってみたら、少々物足りないかもしれない。
 
 つけ焼きのほか、総菜屋や鮮魚店の店頭で見られるのが、湯引きにしたパック。こちらでは「ハモのおとし」と呼ばれ、まるで小柄なボタンの花のように見た目が華やかだ。梅肉のタレにつけて頂くと、夏にピッタリのさっぱりした味。京都では祇園祭を眺めて、ハモの落としを頂いて、というのが、夏の風物詩のひとつに数えられているほどである。店の人に「きれいに花が咲いて見えますね」と話しかけてみたところ、「うちじゃちゃんと『骨切り』して下ごしらえして売っている。素人じゃ出来ないからな」。ハモは小骨がかなり多い魚のため、そのままでは非常に食べづらい。そこで調理前に、数センチの幅に数十回も包丁を入れて、小骨が口に触らないようにする「骨切り」という処理が欠かせない。小骨は刻まれているのに身は荒れず、皮は切らずに仕上げるという、包丁仕事の中でも高度な技術が求められるという。おかげで熱湯に入れると、このようにパッときれいな花が咲く、という寸法。見栄えの面でも、食べやすさの面でも、なかなかよく考えられている。

 市場の中央通りを2往復ほどしたところで、およそ雰囲気が分かってきた。そろそろおみやげに何か買っていくか、それともテイクアウトしてホテルでビールを飲むときの肴を仕入れるか。というわけで買い物編は、次の回で…。(2006年5月20日食記)

町で見つけたオモシロごはん49…横浜・みなとみらい 『To The Herbs』の、父の日セット

2006年07月05日 | ◆町で見つけたオモシロごはん
 6月は、我が家は何かとお祝い事が集中する月だ。すでに何度か書き込んだ結婚記念日に加え、私の誕生日、そして父の日。自分が関わるイベントが多いのはありがたいことで、この日は誕生日のお祝いに父の日も兼ねて家内と娘とともにやってきたのは、横浜みなとみらい地区のショッピングモール、横浜ワールドポーターズである。ここは誕生日の人に割引やノベリティーのプレゼントなど、様々な特典がつくキャンペーン「ハッピーエブリバースデー」をやっており、祝ってくれるのはうれしいが自分名義の特典にかこつけて、一緒にお得にお買い物も楽しみたい、というのもお目当てのよう。到着したらすぐさま、カバンや生活雑貨、インテリアなど、ショッピングからスタート。ひとしきり館内を巡ったところで、ちょうどランチタイムである。

 ワールドポーターズには各国料理やダイニングバー、カフェなど17軒あまりの飲食店があり、ハッピーエブリバースデーの特典付きの店もいくつかある。以前訪れたアメリカ南部料理の店では花火つきのケーキがサービスされ、加えて店員が集まって手拍子とともに「ハッピバースデートゥーユー!」とやられたのにはビックリした。今日はもう少し落ち着いたところにしよう、とパンフレットで特典の内容をチェックして、1階にあるイタリアンレストランの『トゥ・ザ・ハーブス』を訪れることに。本店は青山にあり、ハーブを多用したピザやパスタの評判が高いレストランである。店頭のメニューによると、サッカーのワールドカップの開催が近いせいか、ドイツキャンペーンをやっている様子。瓶内発酵が特徴のドイツビールや本場の様々なソーセージなどが、おすすめメニューとして紹介されている。

 ソーセージを頂きながらドイツビールも悪くないな、と思いつつ、表通りの緑が見渡せるテーブル席に落ち着いてメニューを眺めていると、さらに「父の日セット」というのもある。パスタに本日のスープ、サラダ、ソフトドリンクつきで、パスタの大盛りかデザートかのどちらかが選べるシステム。値段はそれぞれ単品で頼むよりも、かなり割安だ。みんなが食べたいものも考慮して、セットのパスタはとりわけることにして大盛りに、ソフトドリンクとスープはピザを単品で頼んだ娘に譲り、自分はドイツビール…  ではなく、普段から好みのバドワイザーもメニューにあったのでこちらに。代わり、といっては何だが、ドイツ風ソーセージとポテトの盛り合わせを注文。するとあれよあれよという間に、卓上は大皿で隙間もないぐらいにうまってしまった。

 店名のとおり、ハーブや野菜をふんだんに使ったヘルシーな料理が看板であるこの店、特に30種ほどあるというパスタメニューには特にこだわりを見せている。おめでとう、の乾杯を済ませたら、さっそく料理をみんなで取り分けていく。父の日セットで選んだパスタは、魚介のジェノババジルソース。エビやイカ、アサリがふんだんに入っていて、魚介のほんのりした味に、バジルが彩りと爽やかさを加えている。この店のパスタは乾燥パスタを使い、料理によってゆで時間に細心の注意を払って仕上げているという。非常にあっさりとしていて、しっかり食べるというよりもオードブル向きの軽い味わいか。

 先にパスタと少々順番が狂ったが、お楽しみはやっぱり、ビール片手にピザとソーセージ。娘が注文した、モッツァレラリーズたっぷりの「マルゲリータ」にかぶりついてはバドワイザーをグイッ。パスタに負けず劣らず、ピザも3種の生地を使い分けたこだわりの品だ。さらに4種類ほどのソーセージが盛られたプレートから適当に頂くと、はちきれんばかりにパンパンに詰まったソーセージから、たっぷりの肉汁がジュッ。イタリアとドイツそれぞれのご自慢の品を頂きながら勢い、ビールのペースも上がっていく。

 注文の仕方が上手かったせいか、それぞれを平らげてみんなちょうどお腹いっぱいに。バースデー特典のケーキが運ばれ、これまた特典の記念ポラロイド写真をみんなで撮って、ささやかな誕生日&父の日パーティはお開きとなった。こうして家族に祝ってもらえるのは、実に感無量。もっとも両手にバースデー特典の戦利品をいっぱい提げた家内も、お祝いとはまた別の意味で? 感慨無量といった満足げな様子である。(2006年6月10日食記)

町で見つけたオモシロごはん48…横浜・磯子 『小島家』の、ランチタイムの鰻丼

2006年07月03日 | ◆町で見つけたオモシロごはん
 マイカルやジャスコといった、ショッピングセンターにレストランモールやアミューズメントパークが一体となった施設が人気を博し、その反動で地域に根ざした商店街が近頃は苦境に立たされている。そんな中、横浜では地元密着型の商店街が、多数健在だ。「横浜のアメ横」と称される天王町の洪福寺商店街、「中村に行けば何とかなるサ」と、何でも揃う商店街の代名詞だった中村橋商店街、西国札所である弘明寺観音の門前町でもある弘明寺商店街など、名物商店街の名がポンポンと挙がるほど。よその土地から転居してくる人が多く、郷土愛が希薄な町と言われる横浜だが、こうした商店街には下町らしさや人情あふれる風情が、まだまだ残っているようである。

 横浜の、そして日本を代表する歌手である美空ひばりの生家があった磯子区
にも、今もなおそんな名物商店街が健在だ。「浜マーケット」という、どこかレトロチックな名もそそられるその商店街は国道16号線に面した一角、磯子警察署のそばにある。人が何とかすれちがえる程度の狭い通路を歩けば、そこは昭和30年代のまま時間が止まってしまったような空間。大きなスイカやメロンを並べた青果店の奥では、親父さんがいすに座ってのんびり店番、惣菜の店の店頭には、揚げたての各種フライがずらりと並びうまそうだ。ほかにも見慣れないキムチを揃えた韓国食材の店、せんべいやスナックを大袋で豪快に売る菓子屋など、店頭を眺めているだけでも楽しくなる。

 入口から4軒目ほどのところにある『小島屋』という店では、店頭のガラスケースに鶏肉のほか、焼き鳥やつくねなど惣菜が並び、奥ではせっせと加工の作業をしているのが見える。一見、普通の鳥肉屋か総菜屋のように見えるこの店、実は界隈では評判の高い、鰻の有名店なのである。店頭で蒲焼の串や肝焼きも売っているほか、2階には食事用のスペースも設けられているのがありがたい。ちょっと分かりづらいが店頭の脇に奥へと入る狭い通路があり、階段で2階の座敷へ。座敷といっても商店の2階の普通の広間に、卓がいくつか並んでいるといった感じ。床の間に置かれた七福神の置物が、ニコニコと笑っている。

 ちょうどランチタイムのため、座敷には周辺に勤めているらしいサラリーマンが数組、腰を下ろしている様子。鶏肉の専門店だけに、皿に大盛りの鳥の唐揚げ定食や、大ぶりのチキンカツ丼を食べているのにもひかれるが、お目当てはやはり、ランチメニューの鰻丼。通常だと2000円以上するところが、お昼は吸い物などがついて1000円とお得だ。おばちゃんに注文すると、ペットボトルのサントリーウーロン茶を大きなグラスに注いで出してくれた。BGMなど流れておらず、ちょっと薄暗い普通の民家の座敷で料理を待っていると、何だか時間が止まってしまったような錯覚に陥ってしまう。

 横浜の住宅街の一角にある商店街の鰻丼が、これだけ評判が高いのには、もちろんいくつかの訳がある。蒲焼に使うウナギは、活けのウナギをその日に使う分だけ裂いて使っているという。加えて蒲焼以外にも漬物はすべて自家製、そしてごはんは何と、お釜を使って薪で炊いているなど、手間隙かけた味は東京下町の名店に勝るとも劣らない味。食事処へ昇る階段の隣には、羽釜がいっぱい積まれていて、ごはんは店の裏手で炊いているようである。ちなみにこの浜マーケットの近くの岡村町には、かつて美空ひばりの生家があったという。戦後日本の庶民を活気付ける歌を歌い続けた彼女も、この横浜庶民の商店街自慢の鰻丼を食べたことがあるのだろうか。

 しばらくして運ばれた丼は大振りで、丼飯の上には蒲焼がドン、とのっている。さっそく箸を伸ばすと、丼の深さは蒲焼とごはんをひと口分とるのにちょうどよく、ふっくらしたウナギと、羽釜で炊いて粒がしっかり立ち上がったご飯をひと口。ウナギは柔らかめに焼き上がっていて、脂はほどほどののり。川魚独特の土の香りがまったくなく、スッキリと素直な味わいだ。固めに炊き上がった御飯との相性は文句なしで、これぞ鰻丼、といった感じ。ひと口、もうひと口と、無言でどんどん箸が進む。

 近頃ではデパートでショッピングの後に、フードコートで食事、という具合だろうが、身近な商店街の八百屋や肉屋で買出しをした後に、町の食堂で遅いお昼を頂いていく、というのも楽しいもの。お買い物と外食の組み合わせは、古くから変わらない生活密着型レジャーアイテムといったところか。こちらは順番が逆になったが、食後にマーケットのアーケードの下をぶらぶら。せっかくだから晩飯用に惣菜や、酒の肴に本場のキムチを仕入れていくとするか。(2006年6月22日食記)

旅で出会ったローカルごはん番外編&書き込み復活のお知らせ&拙書刊行のご案内!

2006年07月01日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 さかのぼること半月、ワールドカップ予選の初戦の日のこと。日本がオーストラリアと一戦を交えるその日の話である。群馬県の鹿沢高原での取材を終え、のんびりと別所温泉をぶらぶらして、真田氏ゆかりの上田で1泊。ホテルでのサッカー中継を前に、早めに市街で一杯やろうとしたときのこと。

 店を探して駅前通りを歩いていると、唐突になる携帯電話。「…お願いしている本の件だけど、7月20日に出版できるように進めてくださいね、では」と、出版社の担当者からの一言。原稿はほぼできているとはいえ、よくよく考えてみればあと1ヶ月もない! これは旅先で気ままに飲んだくれたり、のんびりサッカー見ている場合じゃないぞ、と、たまたま持参していた原稿を手に、行き先は飲み屋ではなく喫茶店へ。

…この時から昨日の原稿完成まで、余裕ある時間はすべて原稿執筆と校正に充当する日々。おかげで本ブログの更新も、半月に渡ってすっかりストップしてしまいました。ようやく出版のめどがつき、月も変わったところで、再び週に2~3回のペースの書き込みを復活していきたいと思います。

 なお、このブログのカテゴリーから生まれた拙書「旅で出会ったローカルごはん」は、上記のとおり7月20日、全国一斉発売となりました。以前に予告の通り、240ページほどのボリューム版、しかもオールカラー。ブログに掲載の料理の写真をでかでかと載せている以外にも、お店や料理人の写真、また旅先の名所の写真など、ビジュアル豊富で旅心と食欲? が盛り上がることうけあい。書店の旅行エッセイやグルメ本のコーナーに、当面は表紙が表に並ぶと思います。白地に緑色でスタンプ風の書名と、大きなカツ丼の写真が表紙。見かけたら、どうぞよろしくお願いいたします。

と、言い訳と宣伝だけで終わるのも何なので、喫茶店での執筆後に結局行った(笑)、上田の店の話を綴って、書き込みの復活の印としましょう。


 長野、松本に次ぐ、長野県3番目の都市というのに、上田の駅前から延びる目抜き通りには、まだ宵の口というのに人通りがほとんどない。前日は山の湯・鹿沢温泉に泊まり、今日は街へ降りてきて繁華街で一杯、のつもりが、少々拍子抜けだ。信州だけに、蕎麦屋でそばみそや板わさをアテに地酒を楽しもうにも、目をつけていた店は20時を回ったぐらいなのにもう準備中。いったん駅前のホテルに戻り、おすすめの飲み屋を紹介してもらったものの、チェーン系や若者向けの店など、いまひとつこの土地らしさがない様子。

 とはいえほかに選択肢も、そして時間もなく、ホテルで勧めてもらった店の中から、「焼酎の品揃えが豊富ですよ」という言葉に期待して、駅前通りを数分歩いたところにある『えんぎや』という店に落ち着くことに。信州らしく民芸風の店を期待したが、レンガをあしらった外観、内装は大正ロマンを意識したというレトロモダンな造り。でもカウンターに落ち着くとホテルの人の話の通り、上には焼酎の一升瓶がズラリと並び、ホッとしたような、ミスマッチでおかしなような。

 品書きによるとこの店は創作料理が中心で、マグロとアボガドの生春巻き、近海タコのアンチョビソースなど、山国の居酒屋ながらも工夫を凝らした海鮮料理が豊富な様子。とりあえずは様子見と、お勧めメニューの中にある〆サバと海鮮キムチサラダを頼んで、ビールで乾杯。サバは脂がよくのっており、マグロやイカなどたっぷりの刺身がのったキムチサラダもなかなか。少々奇抜な内装に関わらず、料理のほうはあなどれなさそうだ。

 それにしても自分のほかに、地元サラリーマン4人組しか客がいないのが気になる。「今日はわかっちゃいたけど商売はあがったり、もう、店を閉めようかと思うほどだよ」と、ジョッキのおかわりを運んできた親父さんと話をして思い出した。今夜は22時から、サッカーワールドカップ日本代表の初戦が行われる日だ。道理で街を歩いていても、飲みに出歩いている人をほとんど見かけないわけである。実は親父さんも見たいのでは、とあわてて、自分も試合が始まる前にはホテルへ戻りますから、と話すと、せっかく来たんだから気を使わずゆっくりしてってね、と笑っている。

 店の人との話が弾んだところで、何か信州ならではのものはありますか、と尋ねると「こんな感じの店だからなあ」と言いつつも2品を勧めてくれた。馬刺しは信州の名物で、上田や松本、伊那地方でよく食べられている。信州のほか熊本でも名物で、信州は赤身、熊本は霜降りと、嗜好が異なるといわれている。出された馬刺しも、脂はほとんどない赤身。肉の旨味が純粋に楽しめ、おろしニンニクで頂くといかにもスタミナがつきそう。もう1品の地鶏の唐揚げは大盛り、ジューシーで、ジョッキの残りが空いたところでそろそろご自慢の焼酎の出番だ。そば焼酎の『帰山』は浅間山山系の伏流水を使った、佐久市の千曲川酒造が醸造した地元信州の焼酎。樽熟成とあるだけに、まるでじっくり寝かせたウイスキーのような深みのあるコクがある。肉料理との相性も抜群で、土地の肴と地元の酒に出会えたうれしさもあり、ついつい酒が進んでしまう。

 と、気がつけばキックオフ30分を切っている。店を後にホテルへ向かう途中に、コンビニでビールを1本購入。親父さんに気を使い? 酒宴を途中で切り上げたので少々飲み足りず、日本代表の初戦勝利を祈念しつつ飲みながら観戦、といくか。(この時点では、まだ希望も楽しみもあったのだが…泣。2006年6月12日食記)