低気圧が、東日本の沿岸を通過した影響により、春の大嵐となった中、列車がいわき駅へと到着したのは、15時過ぎ。上野から乗車した、常磐線の特急電車が、突風のおかげでかなり遅れてしまった。おかげで、小名浜港界隈で市場散策を楽しんでから、お昼ごはんを漁港近くの食堂で、との予定が、大幅に狂ってしまいそうだ。
この時間から、漁港や市場を巡ったら、日帰りの予定がどうなることやら。とりあえず、当初の予定通りに、小名浜港を目指してみることにして、駅前からバスに揺られて1時間。最寄りのバス停から、小名川に沿って海の方へと歩くと、かなり大規模な港湾風景が、次第に目に入ってきた。
いわき市は、福島県の浜通り地方の、中心都市である一方、東日本の太平洋沿岸有数の、水産都市でもある。三陸沖南域と、黒潮と親潮が交差する常磐沖という、優良な漁場を控え、市域には8つの港が点在。小名浜港は、その中でも中心的存在だ。長大な水揚げ岸壁に立って、あたりを見渡すと、大型の漁船があちこちに停泊、スケールが大きい漁港風景が、周囲に広がっている。
この時期は、巻き網漁の最盛期のため、地元船籍の漁船に加え、他県の船も多く寄港している。船尾に大きな開口板を備えた、中~大型の底曳き網船を眺めてみると、艫には船名とともに、福島ほか茨城の波崎、青森、塩釜、さらに沼津や戸田の地名も。訪れた時間のせいなのか、この天候のためか、いずれの船も、出漁準備や水揚げではなく、網などのメンテナンスに忙しそうだ。
歩く先々で、岸壁に留まるカモメを飛び立たせながら、上屋がある魚市場らしき建物にも行ってみる。小名浜魚市場は、イワシ、サバ、サンマ、カツオ、マグロなど、回遊魚の水揚げ、取扱市場として賑わい、春と秋のカツオ、秋のサンマの水揚げ量は、日本でも指折りである。
冬の今頃は、ベニズワイガニやマダラ、ナメタガレイ、アンコウが主な漁獲だが、今は競り場にも選別場にも、人の気配はない。場内には船名入りの、青いコンテナや樽が積まれているだけで、あたりはガランとしている。
相変わらずの鉛色の空の下、吹きつける冷たい強風に、もう降参。漁港周辺の散策は、適当に切り上げて、予定より数時間遅めの、昼ごはんといきたい。あたりには、定食屋風の小ぢんまりした食堂が数軒並び、魚市場の2階にはその名も、「市場食堂」という店も。ひかれるが、営業は昼までとあり、すでに閉店してしまっている。
列車の遅れがなければ、ここで食事できたかな、と魚市場を後にして、小名浜漁港1号埠頭にある、いわきら・ら・ミュウという、市の観光物産センターに移動する。漁港直送の魚介を販売する鮮魚店街と、飲食店街などからなる施設で、市場で働く人の普段使いの食堂から、買い物客に人気の海産物市場の食事処へと、目標を変更である。
横に長い、倉庫のような建物に入ると、中には鮮魚店や水産加工品の店が、6軒ほど並んでいる。同じユニフォームの兄さん姉さんが、ズラリ揃った威勢のいい店、おばちゃん数人で、のんびりやっている店など、どこも賑わっている様子。もう夕方というのに、買い物客の姿も多く、さっきまでいた寒々しい漁港風景とは、別世界のようだ。
茨城沿岸有数の漁業基地・小名浜港
店頭を眺めて歩いたところ、マダラやズワイガニ、毛ガニ、ボタンエビや、箱売りのサンマ、旬のアンコウといった、「小名浜もの」が、豊富に並んでいる。ほとんどが小名浜のほか、東北各県や茨城、千葉などで水揚げされた魚介ばかりで、さすがは漁港隣接の直売店だけある。
そして、あちこちで見かけるのが、メヒカリという、シシャモよりひと回り大きいぐらいの小魚だ。鮮魚でざるに盛られていたり、生干しを10数匹まとめて売っていたり、開きにされていたりと、いろいろな形で扱われている。「いわき市の魚」とのポスターもあり、いわきでは有名な地魚なのだろうか。
建物の中ほどにある、加藤商店の店頭では、ドンコやノドグロと一緒に、メヒカリを暖簾干ししていた。銀、紫、赤の、三色暖簾がカラフルで、眺めていると、「天日干しは、風に半日ほどあてたぐらいが、食べ頃。太いのはそのまま焼いて、細いのは唐揚げや天ぷらにすればいい」と、店のおばちゃんが教えてくれた。
大きな目が青く光ることで、名がついたという、そのまんまな名前のメヒカリ、正式名は「アオメエソ」という、常磐沖の深海に棲息する魚である。白身に非常に脂がのって、うまい魚だが、かつてはひと山いくら扱いの、商品価値の低い魚だったとか。それが、2001年に市の魚に制定されて以来、人気と知名度が高まり、価格も高騰。いまやいわきを代表する、ブランド魚のひとつとして、注目を浴びているという。
天日干しを10匹ほど詰めてもらいながら、おばちゃんに、小名浜のメヒカリ漁について聞いてみたところ、底曳き網船が、夕方から夜中にかけて出漁。未明に帰港して、水揚げした後、早朝5時半からの競りにかけられ、そのままこの店頭に並ぶという。
鮮度落ちが激しい魚なので、水揚げ港の直売店で買うのが一番、とおばちゃん。さらに質問しようとしたら、突然、「こらっ!」と叫んで、こちらへ飛び出してきた。何か悪いこと言ったかな、と。びっくりする自分の前を通り過ぎ、暖簾干しをくわえにきたカモメを、懸命に追っ払っている。
文字通り、暖簾のように干されるメヒカリ
奥にあった、浜焼きコーナーを覗いてみると、さっきメヒカリを買った、加藤商店がやっていう店だった。イカ、ホタテ、サザエ、タコ、地魚を、その場で焼いて頂ける仕組みで、メヒカリは調理済みの唐揚げが、売られている。
唐揚げを買い、ここで食べるから、と2本焼いてもらうと、「頭からどうぞ、味は軽く塩味だけです」と、お姉さんが皿にのせて、渡してくれた。シシャモよりも、白身の甘みはずっと濃く、乳製品的なフワリ、とした甘みの後で、頭のほろ苦さがひき締める感じ。例えれば、キスの味を力強くした、押しのある味わい、といった感じか。
食べながらお姉さんに、今日は漁がなかったのか、と聞いてみると、昨晩は大しけで漁に出れず、今日は日曜で市場は休み、とのことだった。そのせいか、紹介してもらった1階にある食事処、めし処福助では、「今日は刺身用のメヒカリがないんです」。唐揚げに続いて、焼き物がおかずの「めひかり膳」に、刺身も追加したかったが仕方がない。
ところが、この開き干しの焼き物が絶品。小さいながらも、身がパンパンに膨れており、かじるとプチッと身がはじけ、ホックリと塩加減がいい。さっき買った唐揚げも、出してつまんでみると、こちらは身がホロリと崩れて淡白。ビールには唐揚げが、開き干しはごはんと、相性バツグンである。
支払う際に、刺身がなくて残念、と伝えたところ、「あれは漁が続くときはできるけれど、漁がない日は出せないんです」と、レジの兄さんが、申し訳なさそうに答えてくれた。開き干しがうまかった、とほめると、自家製で、塩加減に気を使い、カラカラになるまで干したのを、軽くあぶってあります、と、今度はうれしそうに話す。
いわき駅へ戻るバスに乗る頃には、あたりは真っ暗になっており、今日は帰るのはやめて、駅前のホテルに泊まることにしよう。今宵は、駅の近くの魚料理屋で一杯やって、ついでに明日の朝は、市場食堂を再訪しようか。いわきの魚をさらに味わえるのは、荒天のおかげ、と思えば、春の嵐も案外、悪くないかも。(2月下旬食記)
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