ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

ローカルミートでスタミナごはん8…熊肉・鹿肉・雉肉/栗山村 『加仁湯』・黒保根村『梨木館』

2010年01月03日 | ◆ローカルミートでスタミナごはん

 「秘境」という言葉を辞書で引くと、「外部の人が足を踏み入れたことがほとんどない地」とある。「辺境」という言葉も引いてみると、「中央から遠く離れた地」との解説が出てくる。交通事情や情報網が発達した日本国内を旅していて、秘境に出くわすことはそうないが、山間部の集落を訪れた際に「辺境」らしいたたずまいが、いくらか感じられる場所は存在する。大都市から遠く離れている上、地形的に外部と隔絶されがちな立地は、独特な風習や文化が生まれる要因にもなっているようだ。
 そんな「辺境」は、日本の山間部へと深く分け入った奥地のみならず、関東地方にだって存在する。浅草から東武鉄道の特急に約2時間半揺られ、終点の鬼怒川温泉駅から1日4本しかないバスでさらに1時間。栃木県日光市栗山村も、辺境との形容が大げさではない村である。鬼怒川の源流部に位置し、面積の9割以上が森林というこの村は、折り重なって連なる山々に囲まれた地形、寒冷な気候といった厳しい自然条件の中、鬼怒川と湯西川がつくり出す谷間のわずかな平地を利用して、集落が点在している。

 「札幌まで、飛行機で羽田から1時間半ぐらいで着くのだから、この村は同じ関東なのに北海道よりも遠いんですよ」と、鬼怒川に沿って村を東西に横切る県道を行くワゴン車の運転手が苦笑した。この日に泊まる奥鬼怒温泉郷『加仁湯』の方で、生まれも育ちも栗山村。道すがら、平家の隠れ里伝説の地だったこの村の様々な生活文化や風習を、色々聞かせてくださり、山中のドライブは飽きることがない。
 途中で名物のそばで昼食にして、川沿いをさらに西へ。川幅はどんどん細くなり、谷は深く、険しさを増していく。山里の日は短く、14時過ぎなのにもう日が陰りはじめ、村の最奥の一軒宿に到着したころには、黄昏の空に星が出ていた。鬼怒川に面した露天風呂でゆったり手足を伸ばし、部屋に戻るとビールとつまみがすでに卓の上にずらり。つまみの皿には何やら、赤い切り身と、赤い部分より白い部分がたっぷりの切り身が盛られていた。薬味にはおろしニンニクも添えられ、何かの刺身らしい。

山深い谷合に続く栗山村。熊や鹿は周囲の山に生息する

 こんな山の中で、いったい何の刺身かと思ったところ、刺身は刺身でも山の恵みの刺身。何と、熊肉と鹿肉の刺身で、鮮やかな紅色のほうが鹿肉、赤と白の2色の方が熊肉だ。「鹿刺しと熊刺しです。熊刺しは脂がたっぷりのって、ちょうど食べごろですよ」との勧めに従い、まずは赤白ツートンの熊刺しからひと切れ。口に入れたとたんに、白い部分がスッと消えるように溶けていく。ちょうど人の体温で脂肪が融解するようだが、ギトギトとした濃さはなく、舌にサラサラと軽やか。まるで調製したばかりの上質のバターのように甘く、滋養が豊かそうな風味である。
 鹿肉は対照的に、赤身だけで脂はほとんどついていない。ひと切れ口に運ぶとサラミのような風味で、穀類のような香ばしさを感じる。見た目ほど弾力はなく、自然にかみ切れるぐらいの柔らかさ。熊刺しに比べると野性味に乏しい分、品がよく食べやすい刺身である。赤身の旨みが際立っているため、日本酒よりもビールによく合う。

 こうした山峡の辺境では、家畜を飼える平坦で広い土地が乏しく、収穫される穀物が飼料に与えるほどの余裕がないせいもあり、たんぱく源を野生の動物に求めている。山がちな栗山村では、古くから動物性たんぱくを野鳥や川魚のほか、熊や鹿といった獣からも摂っていた。食用にすることを目的として、山中で仕留めた野性のもののほか、里に出て人や農作物に害をもたらす恐れがあるのを駆除したものも、食肉用に流通しているという。
 熊肉は元来、かなりくせの強い肉なのだが、栗山村の熊はドングリや木の実を餌とするため、比較的くせがなく柔らかいという。味がいいのはやはり、真っ白な脂肪の部分。熊は冬眠中、間食だけで栄養が足りるように、冬眠前に食べたもののほとんどが脂肪になる。冬眠前の10月頃から皮の下に脂がのりはじめ、厚さ1センチほどと貯えられる冬眠直前の12月は、まさに食べごろ。さらに絶品なのが「穴熊」と呼ばれる、冬眠をはじめてからまだ10日ほどの熊で、仕留めた後にマイナス20〜30度で数日間殺菌してから、食用にするという。
 一方、鹿肉は熊肉に比べて獣臭さがなく、風味が控えめで淡白なため、フレンチのメインなどでもポワレやローストで用いられる、比較的一般的な食肉だ。山里の獣肉料理というより「ジビエ料理」がしっくりくるかもしれないが、山間部の地域のたんぱく源としては、熊肉以上にポピュラーな存在。栗山村でも鹿肉は、昔から日常的に食べられていたもので、この日の鹿刺しの肉も、村内で仕留められた鹿の肉とのことだった。

 

奥鬼怒温泉郷の加仁湯。川沿いに露天風呂がある

 鹿刺しは見た目のとおり、低脂肪でコレステロール値が低く、ローカロリーでビタミンが豊富とヘルシー。また熊刺しも見た目からすると、脂をあまり食べ過ぎると体に悪そうだが、熊の脂肪は不飽和脂肪酸で燃焼率がよく、こちらもビタミン、ミネラルなど栄養価も高い。これらの獣肉は厳しい山峡の環境で暮らす人たちの健康を支えるのに、理にかなった食でもあったようだ。ちなみに熊肉は体を冷やし、鹿肉は体を暖める効果があるそうである。
 栗山村ではかつて、山での猟を生業とする「マタギ」が活躍しており、宿の方の親類には、栗山村最後のマタギといわれる人がいるという。村には何と、熊とげんこつで殴り合ったこともあるマタギもいる、という武勇伝を聞きながら、ビールを注いだり注がれたりを繰り返す。山に暮らす人のもてなしを受け、山村ならではの料理に囲まれて、山峡の辺境の長い夜はゆっくりと更けていく。

 栗山村が山峡の辺境なら、赤城山麓に位置する群馬県の桐生市黒保根村は、いわば「水源の辺境」。渡良瀬川の清冽な流れや、赤城山に袈裟丸山などの山々の裾野に広がる緑濃い山林など、渡良瀬川流域ならではの水と緑に囲まれた村である。黒保根村へは栗山村へと同じく、浅草から東武鉄道の特急で2時間。赤城駅からは、わたらせ渓谷鉄道のディーゼルカーで35分の、水沼駅が最寄りである。水源の村の呼称どおり、村域には渡良瀬川へと流れ込む支流の沢が数多く流れ、渡良瀬川の水源となっている。
 村内を流れる沢の名を記した碑が並ぶ、「水源村の碑」などの見どころを巡り、宿泊は『梨木館』という温泉宿。赤みがかった熱めの湯に時間をかけてゆっくりと浸かった後、夕食まで時間があるので、付近を散歩に出かけてみることにした。ロビーを通りかかると、宿の方がキジ養殖園を案内してくれるという。宿の自慢は飼育しているキジを使った料理で、養殖園の規模は東日本で最大とのことだった。

 

緑豊かな山峡の黒保根村。水源の村としても知られる

 敷地内に2列に並んだ縦長の小屋の中は、いくつかの区画に区切られている。そのひと区画には、10羽ほどのキジが放し飼いにされていた。鮮やかな朱色の雄に対して雌は茶色をしており、見ると朱色のキジは区画に1羽だけしかいない。あとは全部、茶色のキジだ。キジの雄は繁殖力が強いから、ひとつの区画に雄1匹に対して雌を6〜8羽ほど放すんです、と説明された。またひとつの檻に500~1000羽のキジを飼育するのだが、序列をつくる習性があるため常に喧嘩が絶えないとも。
 梨木館のキジは、もとは30年ほど前に観賞用でもらったものが繁殖し、料理として出すために直営の養殖園を設けて飼育するようになった。4〜7月のふ化期には、多いときで6000羽程度のキジが飼育されている。それが少ない時だと4000羽程度になり、「2列ある小屋にいっぱいだったキジが、今頃になると片方の列の小屋がちょうど空になる」とのこと。毎年この宿では、小屋ひとつ分のキジを食べている計算になる。

 

梨木館の建物。キジ鍋ほか、周囲でとれる山菜やキノコも名物

 夕食に出された料理の中で、キジ料理は刺身と鍋の2品だった。運ばれてきた生のキジ肉を見たところ、色はニワトリのモモ肉や胸肉よりも赤身がかなり強く、鮮やかな色をしている。キジの胸肉の刺身は、1羽のキジから2人前しかとれない貴重なもので、柔らかく、まるでマグロの赤身のいいところのような味わい。そしてキジ鍋は、キジ肉をネギやエノキ、春菊と一緒に土鍋で煮込んであり、肉を入れて軽く熱が通って、色が白くなった頃が食べ頃だ。
 熱々の肉を口に運ぶと、やや歯ごたえが固いが、かみしめるうちにじっくりといい味が出てくる。養殖方法がいいから肉には脂分がほとんどなく、ブロイラーで育った鳥肉特有の臭みは皆無。これだけさっぱりとしていたら、いくらでも食べられてしまいそうだ。
 キジは食用の鳥の中では筋肉質なほうで、肉質は鶏肉に比べてかなり弾力が強い。よって鍋でしっかり煮込んたほうが食べやすいようで、ほか鉄板焼きなどもいけるらしい。高タンパク低脂肪でカロリーは鶏肉より低いこと、ミネラルが豊富なことは熊肉鹿肉と同様、山の野生肉の特徴だ。ミネラルの中でも特に、リンやカリウムの含有量が多く、エネルギー代謝が円滑にする効果がある。人間の体に必要な9種の必須アミノ酸のうちの、ほとんどが含まれており、細胞の老化にも効果があるという。

 ちなみに女将さんによると、キジ肉はとても精力がつくらしく、雉小屋での男の権力闘争を勝ち抜いたり、美女に囲まれたハーレム状態でいることが、肉質に反映されているのかも。栗山村でも宿の方が、「熊肉鹿肉は『元気』の出る肉なんですよ」と意味ありげに話していた。野生動物の肉の生気で精をつけることも、山間部ならではの独自の地域性により生じた、辺境ならではの食文化。そこで暮らす人の健康と力の源となることをはじめ、「いろいろな意味」で重要だったのかもしれない。



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