東京湾アクアラインが、8月から期間限定で通行料金800円と割引になったおかげで、首都圏から南房総方面へと、気軽に行けるようになった。いつもなら久里浜を経由して、東京湾フェリーでまずは浜金谷へと渡っていたが、そこまででも高速湾岸線とアクアライン、館山道を経由したほうが、早くて安くなった。こうした割引はありがたいけれど、フェリー会社は大変だろう。
浜金谷はいわば南房総への玄関口的な港で、フェリーターミナルの周辺には、飲食や物販施設、南房総らしく花の温室など、フェリーを待つお客が時間をつぶすのにちょうどいい施設が揃っている。アクアライン経由での南房総の旅でも、ひと休みにちょうどいい距離で、昼食がてらちょっと立ち寄ることに。
浮島~木更津はアクアラインで20分ほど。浜金谷港に隣接するthe Fish
フェリーターミナルに隣接する「ザ・フィッシュ」は、名の通り水産関連の物販店と、魚料理のレストランが入った施設である。入口を入ったところが、物販コーナーの「お魚市場」。千葉県沿岸で漁獲される魚介や、水産加工品を扱う店が軒を連ね、まるで漁港隣接の市場のように、賑やかな売り声があちこちで飛び交っている。
店頭をざっと眺めてみると、生鮮品よりも水産加工品が中心で、銚子ゆかりのイワシのハンバーグ、セグロイワシのゴマ和えに、捕鯨基地のある和田で加工しているクジラのたれ(干物)など、千葉県ゆかりの品が目を引く。一角には水槽で活けで販売されている、千倉や勝浦でとれる伊勢エビやアワビも。出店しているのは主に、内房沿岸の漁協の直営店なので、まさに房総のローカル魚介が勢ぞろい、といった感じである。
肝心の地元・金谷のローカル魚を探してみたところ、「金谷はアジの町」との大きな看板を掲げた、干物の店があった。ケースの上には「本日の魚」との札が掲げられ、この日の干物はアジにトビウオ、クロムツ、キンメダイとある。これらを詰め合わせた近海干物セットが、店の一番人気らしい。
干物や加工品などを中心に扱う「お魚市場」。活けの伊勢エビやアワビなども売られている。
セットの中でも、地アジは自慢の品、と、店のおばちゃんが胸を張る。東京湾のアジは沿岸の比較的近海で、主に定置網や釣りで漁獲される。特に、金谷沖の浦賀水道から木更津にかけての、東京湾口付近でとれるものは、特に質がいいと評判らしい。
その、金谷漁港で水揚げされたアジの中から、上物を選んで加工したのが、地アジの一夜干し。手に取ってみるとやや柔らかく、適度に水分を含んだ仕上がり。手作りならではの質の良さを感じる。ほかにおすすめの品を尋ねたら、アジの横に並んでいる、紅色鮮やかで大ぶりなキンメダイを指してくれた。
キンメダイといえば駿河湾や相模湾など、深海に棲息する魚の印象が強く、最近では同じ千葉の銚子沖のものが有名だ。が、東京湾のキンメダイは、湾口の深さ300メートルほどの、比較的浅いところで漁獲されるという。この海域は、栄養価に富んだ東京湾の海水と、外洋から流れ込む温かな黒潮がぶつかる潮目で、エサとなるプランクトンが大量発生する。そのため、ここで漁獲されるキンメダイは、脂がよそのものの倍近くのり、味がいいそうである。
大衆魚の王様に白身の高級魚と、東京湾でとれる魚介が幅広いことに感心したところで、東京湾のローカル魚に舌鼓といきたい。お魚市場の奥にある食事処『レストラン ザ・フィッシュ』へと足を運ぶと、高い天井の広々したフロアに観葉植物が並ぶ、明るい雰囲気。外には東京湾や、湾を見下ろしてそびえる鋸山を見渡せるテラス席も設けられ、海に面したカフェレストランといった感じである。
メニューの方も、刺身定食や海鮮丼などのほか、漁師の大漁パスタ、シーフードカレーなど、洋風の料理もいくつかある。一説によると、漁港の町のカレーやパスタは、水揚げされた様々な魚介を豪快に入れるため、いいダシがたっぷり出て相当うまいらしい。場所によっては伊勢エビやアワビ、サザエなんかも、惜しみなく入れてしまうほどとか。
ここでも入口に「本日の魚」が掲示されていて、刺身はアワビ、メダイ、鯛、クロムツ、カンパチとのこと。刺身定食と地魚海鮮丼でいただけるらしいが、日替わり地魚煮付御膳もひかれる。店の人にこの日の魚が何か、聞いてみると、「キンメダイで、煮付けるのに少々お時間がかかります」。20分ほど待つらしいが、その分よく味がしみそうで期待がかかる。定食につく刺身も、この日はメダイにアジとのことで、さっきの干物の店でおすすめの両方の魚が味わえるのがありがたく、これに決定。
オープンテラスもあるレストラン。日替わり地魚煮付御膳には、小鉢やつくりもつく
運ばれてきた膳の、大振りのキンメダイから、まずは箸を伸ばす。胴に分厚くたっぷりついたクリーム色の白身はホッコリ、甘みがしっかりあり、脂ののりの強さがよく分かる。じっくり煮込んであるため、よくしみた煮汁の甘辛さが、白身の濃厚さを引き立てている感じ。これはごはんがとまらなくなる味である。
部分によって味わいが違い、胸びれの付け根や頬の肉は弾力があり味が強く、腹びれや背の小骨の部分はゼラチン質にあふれトロトロ。頭の部分もしっかりほじり、身を食べつくした最後には細かい身と煮汁をご飯にかけて、一片も残さずいただいた。
一方、たたきのアジはひとかけら口にしただけで、むせかえるほどの脂の濃厚さ。香りも強烈、身もシコシコと弾力があり、まさに旬の絶頂期の味わいだ。「アジは、夏に金谷漁港で水揚げされる魚の中で、いちばんおいしいですね」との店の人によると、たたきに使っているのは特別なアジで、その名も「黄金アジ」と称されるという。
東京湾口で水揚げされるアジの、味がいいのには理由がある。普通、アジは群れをなして回遊するのだが、この海域のは回遊せず、底部に居付いてあまり移動をしない。俗に「瀬付きのアジ」と呼ばれ、回遊する群に比べて運動量が少なく、浮遊しているプランクトンではなく底部のエビやカニを餌としている。だから脂がのり味が良くなるのは道理で、体色も黒っぽくなく黄味を帯びて、「黄金色」とも見える見栄えになるのである。
普通のアジに比べれば漁獲量は少なく、ネーミングから幻の高級ブランド魚のように感じられるかもしれない。旬のこの時期ならそこそこ水揚げがあり、釣り船でも釣れるらしいから、ちょっと贅沢な大衆魚、といったぐらいの位置付けだろうか。
脂たっぷりの黄金アジのつくり。最後はキンメの煮汁をかけたごはんに
鮮度のいいうちに、刺身やたたきでいただくのが一番だから、水揚げ地だからこそ楽しめる味なのだろう。アクアラインの割引のおかげで味わえる、湾を挟んだ対岸のローカル魚介、だろうか。(2009年8月15日食記)
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