イワシの水揚げ量が日本一、そして、総水揚げ量の約半分をイワシが占める銚子を訪れたのは、イワシの不漁がピークの頃だった。ポートタワーに近い銚子第二漁港を訪れると、ちょうど巻き網船が水揚げ作業を始めたばかりだ。傍らで眺めていると、クレーンで吊った大きなタモ網で、船倉から大型トラックの荷台へと、イワシが積み込まれていく。網から岸壁へこぼれ落ちたのをカモメが狙い、中にはビニール袋片手に、一緒に拾い集める地元の人の姿も。
そんなのどかな水揚げ風景の一方、銚子のマイワシも水揚げ量の減少が深刻だ。80~90年代前半に年間15~19万トンだったのが、2000年代に入ってから1~2万トン前後と、こちらも10分の1である。利根川の河口に位置する銚子第一魚市場へと引き返して、界隈の鮮魚店を散歩していても、イワシに関してはいい話題がない。
「この間、水揚げをやっていた巻き網船は、40トンの漁獲のうち、サバやアジなどを分けて残ったマイワシは、たった40キロだけだったよ」と、鮮魚店街の中の1軒、『三浦丸』の店の人がこぼす。ほかにも、巻き網1回でザル1杯ぐらいしかマイワシがとれない。セグロイワシが100トンとれた時も、マイワシは大振りの樽1杯ぐらいしか入っていなかった。など、不漁にまつわる話は止め処ない。
イワシの話が続きながら、店のおばさんは、店頭に並ぶ品々をあれこれと説明してくれる。肝心のイワシも、セグロイワシの丸干しに並んで、マイワシの丸干しもちゃんと置かれている。銚子で水揚げされるイワシは、主に3種類。セグロイワシはカタクチイワシとも呼ばれ、煮干にされる小振りのイワシ。ウルメイワシは丸干しやメザシで知られる、中型のイワシである。
そしてマイワシは大きさ別に呼称があり、15~20センチ程度が「中羽」、20センチ以上が「大羽」と呼ばれる。生干しのマイワシは、ちょうど中羽ぐらいの大きさで、ひと箱15匹ほど入って1000円ちょっと。セグロイワシのほうは、マイワシの3倍以上入っているのに、値段は半分程度だ。
よくとれていた頃に比べると今は値段が10倍近い、との店の人の話によれば、マイワシの浜値はかつてキロあたり100円もしなかったのが、近頃は500円ぐらいから、高い時には1000円を超えることもあるとか。「下手すりゃ、鯛よりも高いよ」との言葉通り、マイワシは今や、高級魚の仲間入りをしたのかもしれない。
そんなマイワシの丸干しは丸々と太く、胴に黒い星がきれいに輝いている。鮮魚よりも長持ちするよ、軽くあぶるだけでうまいよ、との勧めに、ひと箱買っていこうかな、とひかれてしまう。ついでにたっぷり入って値段も割安な、セグロイワシの丸干しもひと箱お願いしたら、合わせて随分おまけしてもらった。セグロイワシはともかく、漁獲量が少ないマイワシまで安くしてもらい、恐縮である。
三浦丸の店頭。銚子周辺の近海魚が、鮮魚・加工品とも様々揃う
そして銚子の看板料理といえば、やはりイワシ料理は欠かせない。単品料理もいくつかあるので、かわりにイワシの刺身と、イワシ天ものった市場天丼を頼む。まずは刺身を肴に、ビールの中ビンをグラスに注いでグッ。ピカピカ光る薄ピンク色の刺身は時節柄、脂は控え目で、あっさりと上品な風味。鮮度がいいから香りが甘く、小骨が柔らかいので実に食べやすい。一方、天丼にのるイワシ天は、刺身より身がたっぷりついており、柔らかくほっこりした味わい。こちらは青魚独特の香りが強く、濃いめのつゆとのバランスがいい。
空のグラスに、通りがかった店の人がビールを注いでくれたので、銚子で揚がるマイワシの漁場はどのあたりですか、と話しかけてみた。するとすぐ沖合、岸から漁船が見えるぐらい近いよ、と教えてくれた。年中とれる魚だけど旬は5~6月。特に梅雨時のイワシは脂ののりがよくて最高、と話すように、この頃のイワシは「入梅イワシ」の名で珍重される、銚子の期間限定のブランド魚介なのだという。
ここ数年は不漁だが、マイワシの漁獲量の増減には周期があり、過去およそ数十年~百年の周期で漁獲量が増減している。さかのぼって数字を追うと、明治中期から大正期まで不漁の後、昭和初期に年間160万トンほどの水揚げがあってから、豊漁が戦前まで続く。それが戦後になると、30年近く不漁。そして昭和40年頃からは、年間400万トンの水揚げの年があるほどの豊漁期となる。90年代から2000年になり、深刻な不漁期に入ったことは、前述の通りである。
こうした豊漁、不漁の原因は諸説ある中、黒潮の流れの変化や地球温暖化による気候の変動で、マイワシの産卵場や稚魚の生育海域の環境が影響を受けた、というのが一般的だ。平成に入ってからの不漁も、黒潮の大蛇行の影響で、海水温が上昇して餌のプランクトンが減少したり、稚魚が流されて餌場に行けなかったりしたことが、主な原因といわれている。中には捕鯨禁止措置のため、増えすぎたクジラがイワシを大量に捕食したせい、という意見も。
市場天丼は、イワシの天ぷらほかボリュームがある