「はい3本!」「では5本!」
威勢のいい掛け声の後には、杯をグイッと飲み干して、さらにその繰り返し。南国高知・坂本龍馬ゆかりの桂浜に面した、『国民宿舎桂浜荘』での宴席では、「箸拳」の掛け声が各所で飛び交って、盛り上がりを見せている。
この日は高知での酒席ということで、いつも以上にしっかりと気合を入れて臨んだ。何といっても、土佐は酒どころであり、豪快な「いごっそう」の気質で知られる。土佐で言う少々は「升々」を意味する、地元の人は朝や昼から飲み始め、ペースは落とさずそのままつぶれるまで飲み続ける、など、日本屈指の酒好き、酒飲みの地であるイメージが強い。今日の宴席の参加者の半分近くは、地元の方というから、土佐の酒飲みのペースを体を張って? しっかりと楽しんでみたい。
隣り合った、高知で観光土産の店をやっている方に、挨拶とともに地酒「土佐鶴」を酌される。返杯しようとすると、「返杯は、それを空けてだよ」。土佐では日本酒は勧められたら、「一気空け」が当たり前。また、同じ杯を使って差しつ差されつ、が当地流なのだそうである。さっそく自分の杯をサッと飲み干して、それを相手に渡してご返杯。
高知の銘酒といえば「土佐鶴」のほか、「司牡丹」「酔鯨」あたりが一般にも知られている銘柄だろう。高知県には18の酒蔵があり、一般の辛口よりもさっぱりとした淡麗辛口のため、新鮮な魚介料理に合うように思える。
名物のカツオのたたきや皿鉢料理といった、土佐湾で揚がる魚介を使った料理が根付いているのも、酒との相性に関わりがあるのかもしれない。この日の卓にも、カツオや鯛の刺身に大きな伊勢海老、さば寿司に海苔巻きなど田舎寿司、さらに各種天ぷらや煮物などがあふれるほどのった大皿が、卓にいくつもドン、ドン、と並んでいて壮観だ。
一説によるとこの皿鉢料理も、酒飲み向けに生まれた料理なのだそうである。土佐の酒飲みはこの大皿料理と、あとは酒さえあればオーケーで、宴席が始まったらこれを好き勝手に小皿に料理を取りながら、ひたすら飲む。自分も、好き勝手にやらしてもらっているが、隣席の人と話しては杯に酒を注がれ、飲み干しては返杯、とやっていると、この大皿料理よりも酒のピッチのほうが、勢い上がっていってしまう。
それを繰り返していると、座が盛り上がるに連れて次第にきつくなってきた。先方は酔いが回ってなのか、それとも確信犯か、ふと見ると返杯がビール用の大きなコップに並々と注がれてしまっている。
このペースに合わせていくには少々大変そうなので、目先を変えようと、無謀にも土佐の酒席の座興を先方に挑むことに。土佐の伝統的な宴会遊びである「箸拳」である。2人対戦で行い、袖元に隠して差し出されたお互いの箸の数の、合計を言い当てるゲームで、2連敗したほうが杯を空ける決まりになっている。板場に「塗り箸を3組お願いしま~す」と声をかけただけで、「は~い。で、お銚子は何本お持ちしますか?」と、さすが分かってらっしゃる。
やり方は、6本のぬり箸を互いに3本ずつ持ち、交互に本数を隠して場に出した後にオープンして、合計の本数で勝負が決まる。先手は合計が3本に、後手は1本か5本になれば勝ちで、どう出させるかの巧妙な駆け引きが勝負を分ける、酔った頭でやるにはなかなかの心理戦でもある。
自分は1本を隠して、「3本!」との掛け声でまず先手。後手の隣席の方も、数本隠して「5本!」と掛け声。オープンしたら先方は2本所持、見事自分の勝利である。結局、結構勝ってしまったため、宴の後半はあいにくというか幸いというか、あまり飲まずじまいで済んだ。続々加わってきた、地元の人同士の対戦は、勢いや独特の節、しぐさがあり、郷土芸能風でなかなか見ものだ。
左は箸拳につかう塗り箸。右は卓に置けない「べく杯」 ※画像はイメージ
「開けて楽しい菊の花~」の囃子とともに、盆が回ってくる頃には、自分は土佐ペースにダウンの様相である。こういう時ほど、結構「当たり」を引いてしまうほうなので、戦々恐々と盆を待つが、つぶれてもここに宿泊するのだから、誰かが部屋に引きずっていってくれるだろう?
土佐の酒の質がいいのか、楽しく気分良い宴席だったおかげか、翌朝は何とか二日酔いを免れた。昨晩の皿鉢料理に続き、この日も土佐の名物料理が楽しみだ。カツオのたたき、それも藁焼きのタタキで、この宿では豪快な藁焼きの実演を、見物できるのである。
昼食時に、太平洋を一望するレストランへと足を運ぶと、すでにテラスには大きなドラム缶が据え置かれていた。すぐに板場から、節におろされたカツオがのった皿が運ばれてきたので、自分も外のドラム缶の脇へと移動。炎にあぶられるカツオの迫力ある様子を、直近で見てみることにする。
ドラム缶の中の藁に火をつけられると同時に、「てっきゅう」と呼ばれる大きなフォークのような道具に節がのせられ、ドラム缶の上にかざされた。最初のうちは、ブスブスと白煙が上がる程度だったのが突然、真っ赤な炎がバッ、と一気に立ちのぼりビックリ。高さ1~1.5メートルほどあるだろうか。
藁焼きのタタキは、冷水で冷やさずに頂く
その大きな理由は、高火力で瞬時に熱を加えられることだ。炎が最も上がった短期間に、表面だけをむらなくあてるのがポイント、と焼き手の方が話す。藁はストロー状の構造になっているため燃えやすく、瞬時に800度近い高火力となるとか。そのため、火が通りすぎないようにするのが難しく、確かに真横で見ているこちらも、あぶり焼きにされているように熱いぐらいだ。
節の外側がほんのり薄茶色になったら、一度返して反対側もあぶる。1~2分で炎からおろされた節は、そのまま調理台へと運ばれていった。
そして氷水に浸して熱を冷ましで、と思ったら、そのまま包丁で切られていくではないか。通常、店で出すタタキは、焼き上がってから客に出すまでに時間があるため、身の中まで熱が回ってしまう。それを防ぐために、普通は焼いた後に氷水で冷やすのだが、藁焼き実演では炎から下ろしたのを手早く切って、すぐにお客に出す。熱が芯まで回る前に食べられるので、氷水で冷やす必要がないのである。
という訳で、運ばれてきた器には、1センチほどと厚めに切られたタタキが、数切れ載っていた。箸でつまんでみると、外側はしっかり焦げ目がつき、中は艶かしいピンク色だ。薬味はたっぷりのニンニクやネギ、タレは柚子酢や土佐醤油など、地域によって様々だが、ここでは生のニンニクスライスに、室戸の天然塩かワサビをつけて食べるのがまた、独特。さっそく塩を軽くつけて、ひと切れ頂く。
外側は焼き魚のようにホクホクと香ばしく、中は身がしっかり締まっている。中心は焼けていないが、ほんのり温かいぐらい熱が通っており、おかげで血のにおいはせず、甘味がじっくりと楽しめる。何といっても燻製の香りが強いのが、焼きたての藁焼きならではの特徴だ。いわば、スモーク鰹といった味わいで、燻された芳香がより、食欲をそそる。
外は高温であぶられて、中は生の絶妙の火加減
この季節に再訪したら、脂が上々でより炎を高く上げて焼かれる、藁焼きカツオのタタキが味わえるのだろう。その機会にはもちろん、土佐の酒席にも再チャレンジ。昨晩以上のベストコンディションで、宴会の座興を全制覇を目指して挑みたいものだ。(6月中旬食記)