ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

旅で出会ったローカルごはん49…富士宮 『ここずらよ』の、だし粉とイカが決め手の富士宮焼きそば

2006年05月10日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 富士宮はそもそも、富士山への登山客や市街にある富士山本宮浅間大社の参拝客、さらに身延線沿線から町へやってくる買い物客らで賑わったという。富士宮の焼きそばは、そうした人たち相手に商売していたお好み焼き屋や駄菓子屋で出し始めたという。当時はまだ冷蔵庫が普及しておらず、日持ちを良くするため水分を少なくして麺をつくっていたため、この個性的な麺が富士宮に広まり、定着していったようだ。おかげで一般的に普及している柔らかい焼きそばは、富士宮ではほとんど普及していないのだとか。

 そんな富士宮固有の食文化に注目して、富士宮には「富士宮焼きそば学会」という組織が存在する。学会といっても研究機関ではなく、いわば焼きそばによる町おこしの事務局といったところ。マイロード本町商店街の沿道や路地に見かける、「う宮(ウミヤー)!富士宮やきそば」と書かれたオレンジ色の幟が学会加盟店の目印で、市街から富士山の裾野までその数150軒近い。焼きそば専門店をはじめ、さっきの「トトロ」のような喫茶店や食堂、中華料理屋、居酒屋など扱っている店は様々で、それだけ地元に深く浸透している証しかも知れない。ホームページによると「調理方法12の特徴」と題し、麺や肉かすのほか、キャベツは富士宮の高原キャベツ、水は富士山の湧水、熱くて大きい鉄板で強い火力で仕上げるなど、定義がいくつも挙げられている。こうした基本形に加えて、店によってソースや具、薬味を工夫して、独自の味をつくりだしているようである。

 商店街を抜けて神田橋を渡ると、赤い大鳥居が見えてきた。富士宮随一の見どころである富士山本宮浅間大社は、ご神体が富士山というスケールの大きな社だ。真紅の本殿を参拝して、境内に湧く湧玉池へ。富士山の雪解け水が毎分360リットル湧き出す湧水池で、池端にある水屋神社には、ずらりと並んだ竹の樋から湧水がこんこんと湧き出でている。ひしゃくでひと口飲んでみると、くせのない柔らかい味。「富士宮は富士山の湧水に恵まれていて、水がいいから焼きそばの麺もうまい」との、トトロのおばちゃんの話をまた思い出す。

 焼きそばを食べて、汗ばむような陽気の中を歩いた後は、おいしい湧水がありがたい。ゴクゴク飲んでのどを潤したら、大鳥居のたもとにあった『ここずらよ』で、富士宮焼きそば2軒目のはしごといきたい。駐車場の一角に小ぢんまりと立つ店で、右半分は売店、左半分が食事コーナーになっている。売店にはお茶、朝霧高原のソーセージといった富士周辺の特産品がズラリ、富士宮焼きそばの持ち帰り用セットもあり、そばのほかソース、さらに肉かすと紅ショウガつきなのが親切というか、本場の味に忠実というか。帰りに買っていくかな、と気にしながら食事コーナーのほうを覗くと、大きな鉄板を据えたテーブルのそばに、おばちゃんがふたり座っている。お昼時にはちょっと早いため客はなく、手持ち無沙汰な様子だ。

 店へ入るとこの鉄板の席へと通されて、さっそく焼きそばを注文するとおばちゃんがキャベツ、そのそばで別に肉かすを炒め始めた。キャベツに火が通ったら上に麺をのせて、さらに熱を加えていく。「ここの麺は固めだから、キャベツの水分で麺を蒸すように炒めるんだよ」。目の前で作っているのを眺めつつ、おばちゃんの説明を受けるから分かりやすい。ちなみに富士宮焼きそばの麺は市街の3つのメーカーでつくっており、ここのは富士宮駅の東寄りの「マルモ食品」製とのこと。麺にしっかり熱が通ったところで、脂がじっくり出た肉かすとイカを加え、ソースをかけて麺をほぐしながら混ぜ合わせていく。この間、わずか数分。手早く焼き上げるのもうまさの秘訣のようで、作られていく様子を見ていると、いっそう食欲が湧いてくる。

 皿に盛ったらいよいよでき上がりで、仕上げに何やら粉をパッパッ、と振って目の前に出された。この店の焼きそばはイカ入りなのが特徴で、肉かすといっしょに炒めているので味にしっかりコクが出てうまい。さらに旨味を加えているのが、仕上げに振った粉。花カツオをグッと凝縮したような風味で、おばちゃんに聞くと「これはだし粉」とのこと。正体はイワシの削り節の粉末に青海苔をブレンドしたもので、カツオブシよりも風味が強く香り高いのが特徴だ。そのため腰の強い麺との相性もよく、これまた富士宮焼きそばには欠かせない必須アイテムのひとつだ。魚介のダシだけにイカの旨味ともよくマッチして、ちょっと海鮮焼きそば風の味わいか。

 支払いの際に、「お客さんもはとバスで来たの?」とおばちゃんに聞かれ、駐車場に目をやると黄色いバスが止まっている。はとバスのコース名を見ると、「富士宮焼きそばと久能山いちごがり」となっていた。富士宮焼きそばは最近首都圏でも注目を浴び、足を運んで食べに来る観光客も増えているとか。ご当地ラーメンにあやかり、最近はカレーや餃子など、町おこしに使われる料理は多様化しているけれど、焼きそばは値段も安く量も手ごろ。食べ歩きをするのに、お腹にとっても財布にとっても結構ありがたいかも。(2006年5月1日食記)