ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

旅で出会ったローカルごはん48…富士宮 『キッチントトロ』の、海苔たっぷりの本場富士宮焼きそば

2006年05月08日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 東海道本線の富士駅で身延線の列車に乗り換え、富士宮駅へはわずか20分ほど。時計を見るとまだ10時過ぎで、市街を散策するには少々早く着きすぎた。どこかでコーヒーでも飲もうか、と駅前通りを歩きながら、遠くをぐるりと見渡してみる。地名からして、駅を降りると目の目に大きくそびえる富士山を期待していたが、天気はゴールデンウィークの五月晴れというのに霞がかかっていてまったく見えない。

 広々した通りを歩いているとすぐ、レンガ造りの外観の喫茶店を発見。『キッチントトロ』との看板がかかっていて、やってますか、と声をかけると、「喫茶なら大丈夫、食事は焼きそばならできますよ」と、黒一色のしゃれた服のおばさんが愛想良く迎えてくれた。こぢんまりした店内には猫の人形など小物がいっぱいで、ケーキやクッキーほか、キッチンウェアなど雑貨も売っている。店名のトトロのぬいぐるみの横に腰掛け、品書きを見ると喫茶や軽食のメニューの中に、「焼きそば」の文字が。大盛りと普通盛りがあり、普通盛りは500円と安い。さっきのおばさんの言葉を思い出し、アイスコーヒーに焼きそばと、何とも不思議な組み合わせでモーニングにすることに。

 この店はスパゲティやピザ、ドリアほか日替わりのおまかせ弁当など、手作り料理の評判が高い軽食喫茶である。注文すると厨房からジャッジャッと音がして、先に焼きそばが運ばれてきた。ひとすすりして思わずびっくり、麺におそろしく腰があるのだ。太さは普通のソース焼きそばよりやや太いぐらいなのに、グイグイと押し返す弾力がある。具はキャベツたっぷりで、肉は見当たらないかわりにカリカリ香ばしい小片が入っており、ジットリと出た味わい深い旨味が実に後をひく。鉄板焼きのソース焼きそばでもなければ、中華の焼きそばとも違ったスタイルの、何とも個性的な焼きそばである。

 「お客さんは東京から? この町の焼きそばは変わってておいしいでしょ」おばさんによると、焼きそばは古くから富士宮の名物とのこと。その名もズバリ「富士宮やきそば」の大きな特徴が、このグッと歯ごたえのある麺である。小麦粉に水を加えて練ってこしらえた麺を、一般の焼きそばの製麺法ではもう一度ゆでるところを、富士宮の焼きそばは冷やしてから油で覆って仕上げる「蒸麺製法」をとっている。冷やすことで水分がとび、あの強烈な腰が出るというわけだ。それに味わいを加えているのが、例のカリカリの小片。「肉かす」と呼ばれているその正体は、ラードを絞った後の脂身で、これを炒めることでこってり濃厚な旨味が出るのだ。

 「うちでは油でコーティングした麺に、揚げた背脂を加えて炒めているの。それに「ワサビ印のソース」を使っているからさっぱりしてるでしょ」ワサビ印のソースとは、県内の大井川町に工場がある地元メーカー・鈴勝の、昔ながらのスタイルの洋食用ソース。見た目はやや白っぽく塩焼きそば風だが、しっかりと味がついているのはそのためか。さらに上には伊豆産ののりをたっぷり、薬味には好みで一味唐辛子をかけるのがここのオリジナルで、一味をかけるとピリ辛、スパイシーで食欲が出てくる。

 軽くひと皿食べ終えてコーヒーでひと息。するとおばさんは厨房から、富士宮やきそばマップを出してきて、「ぜひ食べ歩いてごらん。オレンジの幟が立っている店が目印だよ」と勧めてくれた。富士山麓の町歩きがてら、富士宮の名物の真髄に触れるべく、いざ、焼きそばはしご食いに出発といこう。(2006年5月1日食記)