暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

さようならを言いに来ました

2008-12-10 | -2008
ぼくはあなたの四肢がねたましかった
(さようならを言いに来ました)
いつかぼくが大人になることも信じられなかった
あなたの四肢は何だってできる力をもっていた
ぼくの体は細く弱くやわらかいだけ
あなたはそれでいいのだと笑っていた

ぼくはいつだってぼくの夢をあなたに話した
いつか自力で空を飛んでみせるのだと
強靭なあなたでさえ飛べなかったというのに
だからもっと強くなりたいのだとあなたに語った
あなたはあの日ぼくの頭をなでるだけだった

(さようならを言いに来ました)
あるいはぼくの性別が違っていたならば
あなたはしあわせにぼくを見守っていたのかもしれない
ある日ぼくの体が大人に近づいたことを知った
ある日はぼくが忘れることができない固有名詞になった
あなたの腕はぼくの口と体をかかえ
ある日からぼくの四肢は成長をとめた
(さようならを言いに来ました)

ぼくが噛みついたりしないように
あなたは丹念にぼくの歯を抜いた
目を剥いて叫ぶぼくを見るとあなたはとろけそうな顔で笑う
そうしてぼくはあなたの力強い下肢をみとめた
あなたはぼくはぼくのままでいいと言いながら
まだ「しなやかでやわらかな少年の」四肢を切り落とし
大切に大切に三本を保存した
残りの一本をあなたはぞんぶんに楽しんだ
(さようならを言いに来ました)
あなたの笑顔はとても幸せそうだった

ぼくは何度も何度も空を飛んだ
夢の中で、あるいは苦痛の中で
ぼくは何度も何度も地面に落とされた
時には水の中に沈められた
歯のない口にあなたは身をうずめ
ゆっくり深い息をつく
まるでそこがあなたの郷里であるかのように

ぼくがもしも死んだならば
あなたは泣き叫び狂うだろう
けれどぼくは生きているかぎり成長を続ける
ぼくの体は軋みをたて大人になっていく
あなたより強靭になることはもう望めないとしても
ぼくの体は軋みをたて大人になっていく

ぼくが生まれたことがよくなかった
ほんとうにそうおもっていた
あなたは泣きながらぼくの肉に火箸を突き刺す
どうして朽ちていくのだと嘆き
すまない、悪いと謝りながら
ぼくは泡を吹き泣き叫び
それから泣いて続きを請い願う
ぼくが罪深いことになったなら
きっとあなたも幸せだろう

大人としての濁った悦楽を知っていき
それから濁った姿にかたちを変える
あなたはその前にぼくを殺すだろうか
その日は目と鼻の先だというのに
あなたはおそらくぼくを殺すことはできない
(さようならを言いに来ました)
放置すれば死ぬ愚かで弱いいもむしのぼくだから
たぶんあなたは目をそらすようになるだろう
だからぼくはさようならを言いに
ここからここへやって来た
ぼくが空を飛べたのは
きっとあなたのおかげだから
ぼくはあなたに感謝している
ぼくより弱く愚かで強靭なあなた
ぼくはさようならを言いに来ました
ぼくはさようならを言いに来ました
次にぼくが目を閉じたなら
ぼくはきっとあなたを忘れることを約束しよう
何もかもを忘れ人間としての言葉も忘れ
そして全身全霊であなたを憎むことを約束しよう
ぼくが男でも女でもなくぼくでさえなくなったなら
あなたはきっとぼくを殺すことができるはず
もしも殺すことができなかったとしても
すでにそこにぼくという存在は消えている
ぼくではない低い声が
ぼくではない筋張った胴体を揺らし
ぼくではない意識で憎悪をさけぶ

ぼくはさようならを言いに来ました
ぼくの口はいつだってあなたの理想をつむいできたから
これもあなたの理想だと信じている
さようならを言いに来ました
最後に一度だけぼくを抱きしめてください
そうしたらぼくはぼくを捨て
全身全霊をもってあなたを憎みます
最後に一度だけぼくを抱きしめてください
そうしてあいしていると囁いてください
さようならを望んでいるのはあなたのほう
あなたの涙はこれきりになることを祈ります
ぼくはぼくという意識をはなれ
しなやかでやわらかな胴体のまま空を飛びましょう

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