ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

死後の恋

2017年08月03日 | 文学

 心中というと、相愛の男女がその恋の至純であることを証し、さらには来世で結ばれることを願って一緒に自殺する、というのが一般的な概念かと思います。

 その他には、生活苦などから家族で同時に自殺する一家心中。
 さらには子供や、老いた親などを殺して、後に自殺する無理心中などがあります。

 相愛の男女による心中を美化するような文学作品もありますが、一般には許されざる行為です。


 死んで花実が咲くものか、と申します。
 生きていればこそ、結ばれる時もくるでしょう。
 目の前の愛欲に惑わされ、ヒロイックな自己陶酔に陥って、男女が一緒に死ぬなど、他人から見れば滑稽でしかありません。

 しかし死に逝くその間際に、恋しい人への想いを形にする、となるとまた話は別でしょう。

 大正から昭和にかけて活躍した、幻想的な作品を得意とした夢野久作の短編に「死後の恋」というものがあります。 

死後の恋: 夢野久作傑作選 (新潮文庫)
夢野 久作
新潮社

 革命の嵐が吹き荒れるロシア。
 ウラジオストックで、キチガイ紳士と呼ばれる元ロシア貴族を自称する男。
 この男が駐留していた日本軍の将校に独り語りする、という形式で物語は進みます。
 夢野久作独特の文体が心地よくも怖ろしい。

 白軍の兵隊であった自称元ロシア貴族。
 白軍で、やはり貴族出身らしい少年兵と親しくなります。
 少年兵は、高価な宝石をたくさんポケットに隠しています。
 その秘密を、親しくなった自称元ロシア貴族に打ち明けます。
 自称元ロシア貴族は、それら宝石が、たいへんな価値があるものだと見抜きます。

 ある時、10数名ほどの部隊で少年兵と自称元ロシア貴族は斥候に出かけ、赤軍の襲撃にあいます。
 腿を撃ち抜かれ、部隊とはぐれて森を彷徨い、ある広場にたどり着くと、そこには部隊全員の、拷問の末殺されたと思われる遺体が。
 そこには少年兵の遺体もあります。

 そこで驚愕の事実に気づきます。

 少年兵は、女性だったのです。

 そして少年兵は、宝石の価値など分からぬ、いや、ブルジョワの象徴ともいうべき宝石などに興味を持たない赤軍が宝石を奪うことは無いと確信し、凌辱され、さらに銃で撃ち抜かれて殺害されながら、恋しい自称元ロシア貴族に、宝石を渡そうと、宝石を守りながら死に逝くのです。

  密かに少年兵から宝石を奪おうと考えていた自称元ロシア貴族は、女性であった少年兵が自分を慕い、死してなお、宝石を媒介して恋を貫こうとしたことを知るのです。

 その無残な遺体にこそ、彼は至純な恋心を感じたのではないでしょうか。

 しかしこの話、誰も信用してくれません。

 この話を信じてくれた人に自分の運命を託そうとする自称元ロシア貴族。
 しかしやっぱり、日本軍将校も信じようとはしないのです。

 自称元ロシア貴族は絶望の言葉をつぶやき、物語は終わります。

  この小説、結構描写がグロイです。

 そのグロさの中に至純な恋の美を認められるかどうかが、この短編の読者たるに相応しいかの試金石となるような気がします。

 この作者の作品が概ねそうであるように、読者を選ぶ小説と言えるかもしれません。

 私には、残酷ながら、美しくも幻想的な恋愛譚に感じられました。

 心中物語にはない、一層の純粋さと言えましょう。


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