ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

忘れられた巨人

2016年08月13日 | 文学

 今日も暑くて出かける気にならず、読書をして過ごしました。

 読んだのは日系英国人作家、カズオ・イシグロの最新作、「忘れられた巨人」です。

忘れられた巨人
Kazuo Ishiguro,土屋 政雄
早川書房

 舞台はアーサー王没後間もないブリテン島。

 ある集落に住む老夫婦は、昔出て行った息子に会うため、旅に出ることを決意します。

 旅といっても、当然徒歩で、しかも当時のブリテン島での旅は大変危険なもの。
 強盗や追いはぎ、鬼や妖精が出没するのです。

 当時、ブリテン島は霧=雌竜の息が充満し、人々はそのせいで様々なことを忘れてしまいます。

 島には、言葉も神も習慣も違うブリトン人とサクソン人が住んでおり、過去、激しい戦いを繰り広げてきましたが、今はつかの間の平和が訪れています。

 旅の途中、老いたアーサー王の騎士や、戦闘能力抜群の、ブりトン人に育てられたサクソン人の戦士、サクソン人の少年、キリスト教の僧など、多くの人々に出会い、助けられたり窮地に追い込まれたりします。

 要するにファンタジー仕立てですね。

 ただし、この作者らしい静かな筆致で、ファンタジーらしい活劇とは一線を画しています。

 民族の対立と和解、そしてまた、記憶、夫婦愛などが重層的につづられます。

 ラスト近く、雌竜を倒そうとする戦士と、雌竜を守ろうとする騎士の戦いが描かれますが、それぞれの理屈に一理あり、考えさせられます。

 倒そうとする戦士は、人々の記憶を取り戻す、という大義を担っており、一方アーサー王の遺言で雌竜を守っている騎士は、雌竜の息で人々が記憶を失ったからこそ、平和が保たれており、雌竜が死ねば人々は憎しみの記憶を呼び覚まし、平和が壊される、と信じています。

 価値観の相違ですね。

 そして大詰め、息子の村を訪ねる旅だったのが、雌竜が倒されたことにより老夫婦は記憶を取り戻し、息子はすでに疫病で倒れ、墓参りに行くことが目的であったことが明かされます。

 村では良い待遇を受けられず、息子を失った老夫婦が、過酷な旅をともにする、夫婦愛の物語が、一気に暗転してしまいます。

 それでも老夫婦は墓参りのため、旅を続けるのです。

 ファンタジーという意匠をまとってはいますが、これは価値観の相克や夫婦愛を描いた、一種の悲劇と言ってよいでしょうね。

 文体が少々読みにくいですが、読み応えはあると思います。


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