昨夜、奥田英朗の長編「ナオミとカナコ」を読了しました。
知りませんでしたが、ドラマ化もされているようです。
この作者の作品はかなり読んでいます。
大きく分けて、ユーモア小説と、犯罪に材をとったものに分けられるかと思います。
しかし犯罪の小説もいわゆる謎解きを主眼とする推理小説ではなく、一種の心理劇の様相を呈し、そこはユーモア小説と一脈通じるところです。
で、「ナオミとカナコ」は犯罪を題材にしたもの。
大手百貨店に勤めるナオミは東京で独り暮らし。
学芸員になりたかったナオミは、百貨店が運営する美術館での勤務を望みますが、29歳になる今もかなえられません。
ナオミの学生時代からの親友、カナコは大手都市銀行勤務のエリートサラリーマンと結婚し、専業主婦におさまりますが、夫はDV野郎で、カナコはいつもどこかに傷や痣を負っています。
久しぶりに会ったナオミとカナコ。
ナオミがカナコの顔の痣に気づき、問い詰めると、カナコは夫の暴力癖を告白します。
それに衝撃を受け、憤慨するナオミ。
離婚を勧めますが、カナコはそんなことを言い出したら暴力どころか殺されてしまう、とおびえるばかり。
百貨店の大得意で認知症の老婆や、中国人女実業家、さらにはカナコの夫と瓜二つの中国人青年などが登場し、これらの人々をつなぎ合わせ、DV夫を殺害する計画をナオミが思いつきます。
ナオミもカナコも最初は躊躇し、人を殺すことなんてできるのかと自問自答しますが、やがて殺害への道が加速度をつけて語られます。
そして読者は、心理的に二人の加害者となっていかざるを得ません。
つまらない仕事に精を出すナオミも、夫の暴力におびえるカナコも、殺人という難事業を成し遂げることで、現状を打破しようとするのです。
多くの読者もまた、つまらない日常に不満を持ちながら、一歩踏み出すこともなく、惰性で生きていることでしょう。
ナオミとカナコはそんな読者にとって、一筋の光明に見えます。
少なくとも、私はそうでした。
計画は完璧で、カナコの夫は警察で単なる失踪と処理され、めでたしめでたし、となるはずでした。
ところが夫の妹が、異常なまでの執拗さで失踪では無いと信じ、警察に出向いたり、探偵を雇ったりして、事件の真実を暴こうとします。
そしてたどり着く真実。
ついに警察も動き出します。
ナオミとカナコは、決して罪を認めないと約束し、必死の逃避行に出るのです。
もちろん殺人は許されることではないし、DVを受けているならそれなりの社会資源を活用して離婚するなり別居するなりすべきでしょう。
しかし現状打破の、祈りにも似た二人の思考は、ただただ魔術的に堕していき、ついには自らが考え出した魔術的思考の虜になって、殺人ではなく、この世に存在してはいけない人間を排除しただけだ、と自らを正当化するのです。
殺人へと追い詰められていく様子が丹念に描かれた後、今度は逃走へと追い詰められていきます。
絶望的な状況におかれても、二人はどこか明るく、未来を信じている様子です。
国外へ逃げて、二人で生きていくことを誓う、空港でのシーンで、物語は終わります。
二人は逃げとおせるのか、逃げられたとして異国の地でどうやって生きていくのか、読者は二人を心配こそすれ、非難する気持ちが起きません。
平凡な主婦と普通のOLが堕ちた暗黒が、なぜ明るく描かれるのか、なぜ二人を応援したくなるのか、それは私にもまた、祈りにも似た現実逃避への暗い欲望が潜んでいるからにちがいありますまい。
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