様々な温泉を舞台にした多様な恋愛模様を描いた吉田修一の短編集「初恋温泉」を読みました。
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初恋温泉 (集英社文庫) |
吉田 修一 | |
集英社 |
表題作は初恋の女性と結婚し、多忙な日々をおくる男が、妻と温泉旅行に行く直前に離婚話を切り出され、それでも温泉旅行に出かけるほろ苦い物語。
他にも、既婚者同士の不倫旅行を描いた切なさ満点の「ためらいの湯」や、高校生カップルが勇気を振り絞って温泉に一泊旅行に行く「純情温泉」など、温泉と恋をうまくからめて描き出した珠玉の短編集に仕上がっています。
「初恋温泉」で、妻が、分かれたい理由を、「幸せなときだけをいくらつないでも、幸せとは限らないのよ」と告げるシーンは意味深長であり、印象的です。
なるほど、そうかもしれません。
しかし、辛いとき、人は楽しかった思い出を振り返って今を乗り切ろうとします。
それは奏功することもあり、そうでない場合もあります。
しかし、幸福な思い出がたくさんある人は、それだけでも人生を乗り切る財産を持っていると言えるのではないでしょうか。
浜田省吾は「もうひとつの土曜日」という曲で、
ただ週末のわずかな、彼との時を、つなぎあわせて、君は生きてる、
と、歌って見せました。
恋人と過ごすか否かは別にして、多くのサラリーマンは週末と週末をつなぎ合わせて、どうにか平日を乗り切っているというのが偽らざる心境であるように思います。
この短編集は、この作家の多くの小説がそうであるように、印象的なフレーズや場面を散りばめた、読みやすくて、それでいて奥深いものに仕上がっています。