私は一時期、「少女の友」という戦前の雑誌に興味を持ち、川端康成の「乙女の港」などの少女小説を耽読したことがあります。
それは誠に麗しい世界で、やや同性愛的でもありました。
最近、同時期に書かれた少年小説で、最も有名な、佐藤紅緑の「ああ玉杯に花うけて」という作品を読む機会に恵まれました。
タイトルは旧制第一高校の寮歌のようです。
20数年前までは、毎年寮歌祭というのが開かれ、旧制高校出身のおじいちゃんたちが、学ランを着て暑苦しい歌を歌って喜ぶ姿がテレビで放送され、私は化け物でも見るような気分で眺めたものです。
少女小説とは正反対で、こちらはまた、ずいぶんとむさ苦しい小説でしたねぇ。
むやみと喧嘩をしたり、感激して涙ぐんだり、説教がましい言説が頻繁に登場したり。
こんな暑苦しい少年なんてそうそうみかけません。
それとも戦前はそういう少年が多かったんでしょうか。
私は中年おやじですが、どうも少年小説の熱血ぶりにはついていけないようで、嘘くさくて麗しい少女小説のほうが趣味に合っているようです。
もう一つ驚いたのは、当時映画(活動写真と記されていましたが)を観るのは、不良少年か社会の下層階級にある者で、活動写真を観るというのは低俗な趣味だとされていたことです。
今では映画は健全な娯楽、あるいは芸術作品として高く評価されています。
変れば変るものですねぇ。
何歳くらいの読者を想定して書かれたのかよくわかりませんが、中高生が対象だとしたら、ずいぶんと幼稚な小説です。
中学生くらいになったら、子ども向けに書かれた小説ではなく、大人向けの一般的な文学作品に親しむほうが良いと思います。
分からないなりに、分からないまま、ただ読んで、十代の感性で感じばればよいのです。
それは時に苦痛を伴うかもしれませんが、その頃読んだ文学作品の印象は、何十年たっても、鮮明に覚えているものです。
でも、本当のところ、十代で文学作品にはまるのは考えものです。
それよりもスポーツなどで肉体を鍛え、体育会系の理不尽な縦社会に慣れておいたほうが、社会に出たときに強いんじゃないかと思います。
私は体育会系のノリを忌避してそういうものを遠ざけて学生時代を過ごしたせいか、社会に出てからちょっとした理不尽が我慢ならず、しかも気は小さいくせいに喧嘩っ早いところがあって、ずいぶんと損をしてきました。
もしこのブログを愛読くださる十代の若い方がいるなら、本など読んでいる暇があったら体を鍛えることをお勧めします。
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