T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1934話 [ 「いのちの停車場」を読み終えて 3/? ] 7/1・木曜(曇・雨)

2021-06-30 18:30:20 | 日記・エッセイ・コラム

                    

 第1章 スケッチブックの道標 2/2

「あらすじ」

 その翌週、シズは、救急車で大学病院に運ばれる。まほろば診療所に病院から連絡が入った。

 病院についた咲和子が徳三郎に訊ねると、吐物で誤嚥を起こし、咳き込みが激しく動転してしまって救急車を呼んだらしい。

 診療所に連絡してくれれば対応できたんですよと言う。

とにかく苦しそうやったから、すぐに何とかせんといかんと思って。俺しかいないところで死なれたら困るし。一人じゃ怖えし」と、徳三郎は頭をかいた。

 とても不安だったようだ。妻の死への覚悟を固めているかに見えた徳三郎だったが、実際はまるっきり違っていた。

 

 咲和子は、昼前にまほろばに帰った。

 仙川に促され、咲和子は、シズの容態よりも徳三郎の不安を映した顔色や全身をこわばらしていた様子について、見たままを語った。

 亮子が会話に加わり、「家族の死って、心の底から怖いです。在宅ってその覚悟を決めなくちゃいけないから、ほんとはすごく怖いと思います」と言う。

 咲和子は、在宅医療では、看取りの経験のない家族に、死を見守らせるのだということに気付いていなかったことに愕然とした。

 

 シズは2泊3日で退院し、自宅に戻ったが、かなり生気を失っていた。流動食を注入するたびに、喉元にまで逆流する。一部は気管に流れ込み、痰が多量に出るようになった。死期が迫っている状態だ。

 咲和子は、シズを在宅で看取るために、徳三郎に入念な死のプロセスの説明いわば「死のレクチャー」を教育しなければならないと感じた

「生き物は、生命活動を終えようとするとき、まず食べなくなっていきます。胃腸の動きが止まってゆくからです。このため、流動食が口へと逆流して吐いてしまうのです。死は決して怖いものではありません。今日はご主人に、お別れの際にみられる奥さんの体の変化や今後の状態について詳しくお話します。これからのことは、死を学ぶ授業だと思ってください」

 咲和子は説明のために用意した大判のスケッチブックを開いた。

「これからお話しするのは、一般的なケースだと思ってください。まずは亡くなる1週間から2週間前です。①だんだん眠っている時間が長くなる。②せん妄といって、うわ言を言ったり、見えないものが見えているよう動作をすることがあります。これらはみんな、死の兆候です

 咲和子は、キーワードを書き進め、ときには身振りで示した。

「……最後の日になると、呼吸のリズムが乱れます。いわば危篤状態です。そして、口をパクパクさせて喘ぐような呼吸になります。これを下顎呼吸と言います。一見苦しそうに見えますが、患者さん自身は苦痛を感じません

 徳三郎は、「こっちは、どうすればいいがや」と沈痛な面持ちになる。

奧さんは、死の旅たちをしようとしているところです。そっと手を握ってあげてください

 咲和子の言葉に、徳三郎は真剣な目をして肯いた。

呼吸リズムはもっと乱れて、間隔が長いときは、息が止まったように見えることがあるかもしれませんが、どうか最期まで、見届けてあげてくださいね

 徳三郎は何度も頷いた。

 咲和子は、そのあと、スケッチブックに「譫妄」と大きく書いて、せん妄の説明を詳しく続けた。

 徳三郎相手の講義は2時間以上も続いた。

 

「死のレクチャー」から5日目の早朝、咲和子のスマートフォンが鳴った。徳三郎からだった。

 野呂への連絡が取れず、留守電を入れて、咲和子はひとりシズの家に急いだ。

 寝室の襖をあけると、シズは喘ぐように下顎呼吸をしていた。傍らの徳三郎は、妻の手をしっかりと握っている。

 咲和子は、患者の脈を触診する。頸動脈しか触れることができない。まさに死の直前だった。

「……世話かけたなあ、ありがとう、シズ」

 徳三郎の骨ばった両肩が激しく揺れ始めた。

 約1時間後、シズは徳三郎に手を握られたまま静かに旅立った。

 死後処置が終わった後、徳三郎は咲和子に向ってぽつりと言った。

「今度は怖くなかったわ先生」

 咲和子は肯き、徳三郎に微笑む。

「ほやけど悲しいわ。こいつと別れるなんて思わな……」と嗚咽する。

 長い一日が終わった後、仙川から「片づけを終えたらシズさんのお清めを行おう」との誘いがあり、9時の約束で、野呂、麻世と亮子も待っている「STATION」というバーに向かう。

 マスターの柳瀬尚也は素朴な人で、店も落ち着ける雰囲気で、シズのお清めと咲和子と野呂の歓迎会も静かに、しかし楽しいものになった。

                       

 

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