今日の朝礼では、我々とは違う部署の業務中のケガについて報告があった。
転倒、打撲、切り傷、擦り傷などは現場仕事では付き物とはいえ、仕事中となれば程度によっては労災となり関係部署はその処理に忙殺される。
いくら何でも負傷したことそのものを責め立てられるようなことはないにしても、ケガや事故はないのがいちばん良いのは言うまでもない。
ケガといえば、今の現場にやってきてから一か月半、この短い間に2回も手の上にモノを置かれた。
1回は期間限定でやってきているシルバー人材の方、もう1回は現場の主力として働いている同年代の同僚である。
いずれも重量のあるものではなく置かれたところで手がつぶれるとか骨折するとかにはならないわけだが、他人の行為で文字通り痛い思いをさせられるとさすがに気分は良くない。
シルバーさんの場合はとにかく何かしなければという思いが強くて周りを見渡す余裕もなかったのだろうとは思うが、私よりも長く同じ現場にいて、しかも若い時からほぼほぼ現場仕事オンリーでやってきている人が、よく確かめもせず「人の手の上にモノを置いた」ことはにわかには信じられなかった。
そんなことがあった翌日の朝には、朝礼の終わり際に割って入る形でそのことについて話した。
わざわざ部署全員がいるところで名指しまではできないので、安全にかかわることと断りを入れ、口調は厳しくも言葉が激しくなりすぎないように気をつけたつもりだ。
話が終わり朝礼の輪が解けると、当初はゴメンゴメンで済ましていた当人がアタマを下げてきた。
しかし、それは形だけで、現場に移動してからは管理者の若い社員さんをつかまえて延々と不満を言っていたようである。
当人は声が大きいので壁を隔てていても中身は聞こえてきた。
普通なら笑い話で済むことだとか、人前で話すのは(私の)性格が悪いだとか、好き放題も甚だしいものだった。
日頃から威圧的というのか恫喝まがいの言動も多い当人のことだから、あんなヤツ(=私)追い出せくらいのことも言っていただろう。
そもそも当人の「普通なら笑い話」という感覚はどうしても理解できない。
事柄を交通事故にでも置き換えてみればよい。
交通事故を起こせば、たとえワザとではなくても何らかの責任は免れない。
ワザとではなくても、モノの扱いを誤って相手の利き手をつぶしたとか骨折させたとかになれば笑い話では到底済まされない。
軽い箱を手に落とされたくらいで何を怒っているんだなどと考える人間は、もし自分が落としたモノにもっと重量があったらどうなっていたかという想像力すら働かないのか。
人としての感性において、重なるところがほぼゼロという人間にはなかなか出会えるものではないが、どうやらここに来て目の前に現れてしまったようである。
当人に関しては、私が来た当初から怪しい動きはあって、私が袋詰めをした製品にこっそりカッターで穴を開けたり、実際には起こしていない間違いを起こしたかのように言ってきたりしていた。
そんな経緯があっての「手の上にモノ」であったので、申し訳ないが当人の一連の行動は敵対行為であるとみなさざるを得なかった。
どういった思いからかは知らないが、縁あって出会った仲間にあえて敵対しようというならこちらも黙っているわけにはいかない。
ただでさえ粗暴な言動が多い当人が現場内でますます増長してしまうと私が私自身を守っていくことができなくなる。
マトモではない人間にはマトモな手段は通用しないのだから、多少の無理筋は気にせず、アタオカと言われてもおかしくない手段にあえて打って出たということである。
人間には争いは付き物と考える私にとって、場合によっては毒を以て毒を制すことも生き抜いていくためには必要と考えるのはごくごく自然な成り行きと言える。
摩擦を恐れていては職場という戦場を生き抜いてはいけない。
コイツはキレたら何をするか分からないと思わせておくだけで、少なくとも数か月くらいは安全に過ごすことができる。
みんな仲良く和気あいあいが良いなどと言っていて、ある日突然足をすくわれても助けてくれる者はいないのである。
転倒、打撲、切り傷、擦り傷などは現場仕事では付き物とはいえ、仕事中となれば程度によっては労災となり関係部署はその処理に忙殺される。
いくら何でも負傷したことそのものを責め立てられるようなことはないにしても、ケガや事故はないのがいちばん良いのは言うまでもない。
ケガといえば、今の現場にやってきてから一か月半、この短い間に2回も手の上にモノを置かれた。
1回は期間限定でやってきているシルバー人材の方、もう1回は現場の主力として働いている同年代の同僚である。
いずれも重量のあるものではなく置かれたところで手がつぶれるとか骨折するとかにはならないわけだが、他人の行為で文字通り痛い思いをさせられるとさすがに気分は良くない。
シルバーさんの場合はとにかく何かしなければという思いが強くて周りを見渡す余裕もなかったのだろうとは思うが、私よりも長く同じ現場にいて、しかも若い時からほぼほぼ現場仕事オンリーでやってきている人が、よく確かめもせず「人の手の上にモノを置いた」ことはにわかには信じられなかった。
そんなことがあった翌日の朝には、朝礼の終わり際に割って入る形でそのことについて話した。
わざわざ部署全員がいるところで名指しまではできないので、安全にかかわることと断りを入れ、口調は厳しくも言葉が激しくなりすぎないように気をつけたつもりだ。
話が終わり朝礼の輪が解けると、当初はゴメンゴメンで済ましていた当人がアタマを下げてきた。
しかし、それは形だけで、現場に移動してからは管理者の若い社員さんをつかまえて延々と不満を言っていたようである。
当人は声が大きいので壁を隔てていても中身は聞こえてきた。
普通なら笑い話で済むことだとか、人前で話すのは(私の)性格が悪いだとか、好き放題も甚だしいものだった。
日頃から威圧的というのか恫喝まがいの言動も多い当人のことだから、あんなヤツ(=私)追い出せくらいのことも言っていただろう。
そもそも当人の「普通なら笑い話」という感覚はどうしても理解できない。
事柄を交通事故にでも置き換えてみればよい。
交通事故を起こせば、たとえワザとではなくても何らかの責任は免れない。
ワザとではなくても、モノの扱いを誤って相手の利き手をつぶしたとか骨折させたとかになれば笑い話では到底済まされない。
軽い箱を手に落とされたくらいで何を怒っているんだなどと考える人間は、もし自分が落としたモノにもっと重量があったらどうなっていたかという想像力すら働かないのか。
人としての感性において、重なるところがほぼゼロという人間にはなかなか出会えるものではないが、どうやらここに来て目の前に現れてしまったようである。
当人に関しては、私が来た当初から怪しい動きはあって、私が袋詰めをした製品にこっそりカッターで穴を開けたり、実際には起こしていない間違いを起こしたかのように言ってきたりしていた。
そんな経緯があっての「手の上にモノ」であったので、申し訳ないが当人の一連の行動は敵対行為であるとみなさざるを得なかった。
どういった思いからかは知らないが、縁あって出会った仲間にあえて敵対しようというならこちらも黙っているわけにはいかない。
ただでさえ粗暴な言動が多い当人が現場内でますます増長してしまうと私が私自身を守っていくことができなくなる。
マトモではない人間にはマトモな手段は通用しないのだから、多少の無理筋は気にせず、アタオカと言われてもおかしくない手段にあえて打って出たということである。
人間には争いは付き物と考える私にとって、場合によっては毒を以て毒を制すことも生き抜いていくためには必要と考えるのはごくごく自然な成り行きと言える。
摩擦を恐れていては職場という戦場を生き抜いてはいけない。
コイツはキレたら何をするか分からないと思わせておくだけで、少なくとも数か月くらいは安全に過ごすことができる。
みんな仲良く和気あいあいが良いなどと言っていて、ある日突然足をすくわれても助けてくれる者はいないのである。