blog Donbiki-Style

筆者:どんびき(地域によりカエルの意)

指導と指摘 PART2

2015-11-18 20:26:03 | 日記
gooブログでは、アクセス数の多い記事を上から10件、毎日更新されたものを見ることができる。
その中でほとんどベストテンから外れることのないエントリーが、2010年7月12日付「指導と指摘」だ。
無名の人間が5年も前に書いたものが時を経ても日に10PV前後を稼いでいるのは不思議でもある。
人間関係、特に仕事場において、この問題がある種普遍的なテーマであることの裏返しということかもしれない。

さて、今の職場に来て約一ヶ月半、自分自身のやるべきことについては、日々の流れも含めだいぶ慣れてきた。
私自身に関しては、この先肉体的にも精神的にも急を要する状態になることは考えづらい。
特に、フォークリフトを中心に乗り物を動かしている姿が傍目には楽しそうに見えるようで、最近同じセクションの年の近い方と飲みに行ってそういう話を聞いた。
自信を持ってやれる仕事だと、自然に表情も落ち着いて気持ちにも余裕が出てくるということか。

他人を心配している場合ではないと言われるかもしれないが、心配なのは我がセクションにいる新人の男性である。
仕事の上で失敗が多く、同じことを繰り返している現状はあり、直接関わる人間からは毎日のようにお小言をいただいている。
新人さんといえどもプロだから同じことを何度も言われるのは避けなくてはならないのだが、学校を出た直後の人間に多くを求めるのには無理がある。
言う側が必要以上に追い詰めるような感じやクドクドと長ったらしい言い方をするので、毎日のことながら聞くに堪えない。
彼が今のセクションに配属されたのは夏場のようなので当初のことは知らないが、周囲がゴチャゴチャ言い過ぎることで未来のある若い人を萎縮させてしまっているようにも思える。

物事をやっていく上で、恐怖心は最大の敵である。
彼にとってみれば、周囲から浴びる言葉は、違っているとかダメだとかいう「指摘」ばかりだから、仕事に恐怖心が芽生えていても不思議ではない。
ではどうすればいいのかという投げかけとか、手本を示すために実演してやってみるとかという「指導」の場面にはトンと出くわさない。
本人も何か意見を言おうとするのだが、その話を聞く前に言葉をかぶせて黙らせてしまうから一層タチが悪い。

結局、明らかに力も経験も劣る相手をつかまえてウダウダやってしまう人間というのは、その新人さんに自信をつけてもらって自分以上の存在になってほしいなどとはこれっぽっちも思っていない。
事業所内では必ずしも花形とは言えないセクションにあって、自分が「実力最下位」の烙印を押されるのを恐れるが故、今のところは圧倒的に弱い人間を半ばいじめることによって精神の安定を保とうとしているということであろう。
実力が最下位かどうかはともかく、人に言えるほどのものはない、むしろ長年経験を積んでなお落下や破損などシャレにならない失敗をしていることは私もすでに知っている。
弱い人間をストレスのはけ口や自分の実力のなさの隠れ蓑にしようとする人間の話など、半分以下で聞いていればよいのである。

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