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blog Donbiki-Style

筆者:どんびき(地域によりカエルの意)

まずは一週間

2019-06-08 21:58:33 | 休日
私は運動神経はよくないが、学校の体育ではなぜかバレーボールは得意だった。
部活動としてやっていたバドミントンを別とすれば、授業で受ける中ではいちばん楽しかった。
性格上、敵の邪魔をかいくぐる競技(サッカーやバスケットなど)が苦手で、どちらかと言えばネットをはさんで敵と相対する競技の方がよかった。

その名残ということでもないが、昔からバレーボールは見る方も非常に好きである。
当地にはVリーグ一部のチームも多いから生観戦にもよく行っている。
今は、全日本チームが男女ともネーションズリーグという新設の国際大会に参加している。
東京五輪は開催国として出場できる我が国も、一年前のこの大会である程度のメドを付けないと来年恥をかくことになるので、五輪の予選は免除といっても気を抜けない大事な大会である。

世界中を回る大会なのでテレビ放送も多くはないが、日本国内で試合がある時はBS-TBSが中継している。
視聴者の少ないBS放送だからか、これまでTBS地上波が担当してきた世界選手権などと違って、実況も解説もいい意味で抑制が効いていてうるさくない。
国際映像に余計なスーパーをかぶせたりもしないのでスッキリした感じだ。
視聴者の多い地上波の制作だと、視聴率の絡みもあってか、万人受けする無用な盛り上げが多くなり、放送も親切すぎるものに変わる。
スポーツに限らずだが、私はBSやCSの番組の方が内容の濃い良識あるものが多いと感じている。

さて、私自身は長い休みから復帰して3日から会社に行っている。
今の職場に来てからまだ日は浅い中で長く会社を空けてしまったが、私に対してはほぼほぼ好意的に接してもらえるのはありがたいことだ。
前回も書いたように、無理をしないで徐々に慣らしていき、また短い期間で調子を悪くしないようにすることが当面の目標である。

甲状腺のかかりつけ医も近くに見つかり、仕事と治療を並行して進めることになり、しばらくは体調と向き合いながらの生活が続く。
我慢しなければならないことはそんなにないが、仕事も私生活もあまり体に負荷をかけすぎないように意識することは必要だ。
幸い、亀の歩みながら毎回の診察ごとに甲状腺の数値は改善してきているし、気分に関しても今は良好だ。
いずれは胸を張って健康だと言えるようになって、まだまだやりたいことも多いこれからの時間を実のあるものにしていきたい。

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期待と不安と

2019-06-02 20:43:29 | 休日
いよいよ明日から仕事に復帰する。
やはりこの時間になると不安もある。
持病の影響か、夜の寝つきが悪い日もあり、睡眠のリズムがバラバラになっている。
いざとなれば何とかなるものとは思いたいが、しばらくは朝の起き出しに苦労するかもしれない。

さて、土曜日は例年の健康診断があって行ってきた。
すでに甲状腺の治療をするクリニックも決まり、治療の過程で4月5月と血液は定期的に観察しているので、驚くような結果が出るとは思わない。
血液では分からないところに関しては、別途分かるだろう。
たとえ何かが新たに見つかっても、動揺しないで、いい機会だと思って根気よくつぶしていくしかない。

その場では周囲のほとんどが知らない人ばかりであったが、同じ職場の女性の顔が見え、当人もこちらに気づいてくれた。
お互いが出勤日であれば必ず顔を合わせる流れだから、さすがに忘れられてはいなかったようだ。
週明けから復帰する旨を告げると、みんな心配していたよとのことで、今の職場がほぼほぼ私に好意的であることにはありがたみを感じる。
心配をかけた分を少しずつ取り戻していって、本当に信頼してもらえるようになるかはこれからの私の振る舞い次第だ。

当面はまずは休まず出続けることが大切で、仕事の場での体調については仕事に出てみないと分からない。
疲れやすいというところだけは心配はあるが、一日中誰かに見張られている仕事でもない。
決して無理をしないで、その日その日の役割だけに集中して、毎日をしっかり切り替えながら乗り切りたい。

今年はあと半分強になってしまったが、せめてその期間が楽しく実りのあるものになることを祈っている。

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ブログだけ復帰

2019-05-06 22:30:20 | 休日
令和元年おめでとうございます。
今後とも当ブログをよろしくお願いいたします。

3月末のエントリーの後、平成最後の月である4月に結局更新はすることなく終わった。
書く時間は十分あったし、書くのがイヤになったわけでもない。
4月はやや予想外の出来事があり、そちらで頭がいっぱいだったのである。

3月下旬に気分を落として再度の休養生活に入ったことには「またか…」と大変ショックを受けたし、4月の初め頃までは横になっていてもつらい有様だった。
お医者さまと相談して、薬を入れ替えるなど思い切った策を取ったことが結果的に功を奏し、当地で桜が散る頃にはずいぶんと症状も軽快してきた。
せっかく時間をいただいたので、中旬には実家に帰り体を休めることにした。

時間があるところで、毎度毎度の健康診断で高い数値が出ていた肝機能について精密検査を受けようと思い実家に近い総合病院に行った。
3月に倒れて以来、食欲もやや落ちてかなり体重が減ってしまっていたからか、肝機能の数字は大幅に落ちて標準近くに収まっていた。
毎年検診を受けて、毎回要精検と書かれていて今まで放っていたものが案外重い状態ではなく、ひと安心して実家に帰った。

しかし、帰って数時間後に病院から連絡が入っていて電話をかけ直したら、別の病気の疑いがあるという。
血液を採ってすぐには分からない数値があって、その中の一つが明らかに異常だというのである。
実家には顔出し程度と考えていたものが、この別の何かのために結果的には一週間ほどいなくてはならなくなった。

都合あと2回病院に通って、結局その異常は「甲状腺機能亢進症」(バセドウ病)ということが分かった。
自覚症状や今後の治療については説明を受けたが、予想もしないものに遭遇してまたまたショックを受けた。
裏返せば、病院が血液を一通り調べてくれたからこそ見つかったので、そこには感謝しなくてはならない。

気分の障害だけならそれこそ明日からでも仕事に復帰できる段取りであったが、会社としても所定の段取りを踏ませないで復帰はさせられない。
地元のお医者さまは軽い作業であれば復帰OKということだが、治療を引き継ぐ予定の当地のお医者さまや産業医の判断はこれからである。
これまでの経過では、治療の初期ながら数値は改善しており、早期発見で案外早く治る希望も出てきたが、仕事復帰についてはもう少し先になってしまうだろう。

いずれにしろ、不治の病では毛頭なく、闘病などというイメージはない。
無理をしないで、お医者さまの言うことに従ってゆっくり治していけばよい。
令和の御代は病気治療から始まってしまったが、やはり一つしかない体を何よりも大切にしながら過ごしていきたい。

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切り替え、切り替え。

2019-03-16 22:11:51 | 休日
今週は通常の月金勤務で、それほど遅くなることもなく無難に過ぎた。
スケジュール的には、朝一番は必ず事務所を出て、現場のどこかにいることになっている。

最初に足を運ぶところは曜日によって違うが、ある場所では私の姿を見るや出て行けと言わんばかりにネチネチと絡む人間がいる。
私が「調査」の目的でやって来るから面白くないのは仕方がない。
しかし、調査は私の独断ではもちろんなく誰かからの指示をもらってやっていることで、絡む人間がいるからと言ってやめるわけにはいかない。
文句を言われるのが嫌で手抜きやサボりに走ったら、怒られるのは自分である。
そんなに嫌なら指示を出している者に直接文句を言えばよいが、そんな度胸はないから立場の弱い私に絡む。
仮に直接言ってしまえば即クビもあり得ることを、いつかの時点では知らしめなくてはいけないのかもしれない。

朝一番の仕事が済んで、その後どう流れるかは曜日やその日の現場の状況によって違う。
事務が輻輳する日は何をおいても事務所に帰るし、そうでもない日は偉い人に付いて現場を見て回るか、違う現場に行って資料を作る。
その日によって昼の時点でどこにいるかはマチマチで、昼食をどこで食べることになるのかも分からない。
昨日は初めて、今まで昼食を取ったことのない場所で食べていたので、そこの人たちに「珍しいね」などと声をかけられてしまった。

私はまだ今の会社では一年目で、スポーツの世界などと違って最初から大活躍できることは少ない。
現場の調査にしても、見回りにしても、ただでさえ忙しい現場の人間から選ぶ余裕はないので、事務方の下っ端である私が割り当てられている。
時間の制約で現場が手をつけられない部分や、必要なのにそもそも作る習慣になっていなかった書類の作成など、フォローといえば聞こえはいいがあたかも便利屋のように動くのが当面の私の役割である。

以前も書いたように、立場以上の責任感をもって、気持ちを張り過ぎて仕事に向かっていって、結果数年間隔で体調を崩すという経験を繰り返してきたので、今はそれほど重くない仕事であることを幸いとして決して無理はせず、長い目で今の環境で働いていくため、ペース配分も考えながら、日々わずかの貢献でもヨシとして過ごしていければと思う。

貴重な休日、気持ちを切り替えるには、街に出てお酒でも飲みながら本来の自分に戻りバカ話に終始するのが一番である。
ただ、いろいろな都合でそれがかなわず、ずっと一人でいるばかりの週末もある。
そんな時には平日は乗ってやれないクルマに付き合ってもらって、気晴らしとするのもいいだろう。
事務方は、体力的に負荷が少ない分、どうしても精神的なところに重みがかかってくるので、気持ちの切り替えを毎週毎週しっかりとやって平日に向かうようにしたい。

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絡んでくるワケは

2019-03-09 19:38:21 | 休日
最近新たに命ぜられた仕事をするため、朝一番にとある現場に向かう。
週に数回のことではあるが、倉庫に積まれている重量物の状況を調べる。
前後左右が狭過ぎたり、重なり方が大きくズレていたりすると、日中の積み出しの際に無駄なキズの原因になる。
残念ながら最近キズが増えているため、製品に関してはシロウトの私がなぜか調査の名目で朝のわずかな時間ながら現場に入ることになった。

現場のこともそれほど分からない人間がオロオロと入っていくと、必ずと言っていいほど現場の積み上げ担当者にひとくさり絡まれる。
直近の調査では、新人つぶしにかけては右に出る者はいないであろう某氏にけっこうしつこく絡まれた。
曰く、積み方の方法論は数年変わっていない、急にキズが増えたのは担当のレベルが下がったから、同じ担当の○○あたりが全然反省しないからだ、など自分がまるで今まで一件のミスも犯していないと言わんばかりにネチネチ吠えた挙句、まあ誰かを悪者にしたいのかもしれないけど来てもらってもムダだから、と吐き捨てて去って行った。

ここ最近のニュースなどを見ていると、国会の劣化ぶりが著しい。
特に野党の質問者の中には、どうしてこんなレベルで国権の最高機関たる国会の質問者になれるのかと首を傾げたくなる向きも多い。
自信満々に質問して「いかがですか総理!」などとやった直後に、いともアッサリと論破されて委員会の場が爆笑に包まれることも少なくない。

数日前にどなたかの秀逸なツイートか引用があったのだが、調査にやってきた私に絡んできて自信満々に振る舞う某氏も、俺が国民の代表だと言わんばかりにくだらない質問ばかりする議員も、本質は同じである。
正直どうしようもないとも思えるこれらの人間は、自分が現実を認識できるレベルにすら到達していないから自信満々に振る舞える。
自分の本当の姿を認識できれば、もう少し謙虚になれるのではないかということである。

本当に自分に自信があれば、週に2回ほどオロオロとやって来るシロウトに絡む必要など全くない。
現場に一時的にいたが結局うまくいかずに部署変わりした人間がやる調査などナンボのもんじゃ、と余裕で遠くから眺めるか、正直見ることもしないで済むはずなのだ。
それなのに、延々と当方に絡んでダラダラと自説を垂れ流すから、本当は後ろめたくて自信がないのだなと逆に思う。
どうやら同じ担当どうしで派閥があって、互いに「あんたたちが悪い」「いや、お前らこそひどいもんだ」などとやっているらしいので、真に自信を持って担当の仕事にあたれている人間は残念ながらいないのであろう。

こちらも命令を受けてやっていることなので、来週も該当の曜日にはイソイソと調査に入る。
今度、絡んでくる人がいたとしても気にせずに仕事をする。
私に攻撃してくる人がいるなら「近い将来のクビ候補」という実際に上がっている話題をチラつかせて黙らせればいいことである。

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修正、修正。

2019-03-02 20:14:23 | 休日
月末をはさんだ締めの週も無事に終わり、月締めの書類が多い昨日1日も、至って普通の時間に帰ることができた。
事務方にいるとそれほど前々から意識させられることもなかったが、その前日である2月28日、各現場では半期に一度の大きな仕事があって、発注側からも食糧支援(?)を受けながらの長い長い1日となったようである。

私の仕事は各現場の各人の労働時間の取りまとめが主であるが、2月28日分の入力は、絶対に省けない作業とはいえ各人の帰宅時刻は通常よりもかなり遅い、文字通りお気の毒としか言いようのないものになっていて、思わずタメ息が出てしまった。
2月は、1月の事故を受けて今まで以上の緊張を強いられながらの業務、その月の終わりに倉庫の在庫のカウントという面倒極まりない作業があって、現場の疲労はもはやピークに達しているかもしれない。
しかし、3月以降の予定を見ると、ほぼ毎日外部の誰かが現場を見に来ると言った様相で、過度の緊張が連続してさらに良からぬ事態を招かないかと心配になる。
これ以上、同じ会社の仲間が傷つき倒れるのを見たくはないものである。

一方、私の職場である事務所では、なぜか今週に集中して頭を抱えたくなるような場面に多く出くわした。
我が事務所は、コンビニに例えて言うなら本部といち店舗が同じ場所にあるイメージで、本部の人間と店舗の人間がさして広くもないフロアで一緒に仕事をしている。
コンビニの本部と店舗の実際の関係性は知る由も無いが、通常の感性で考えれば圧倒的に本部が強いと想像できる。
その二つが同居している空間が、ある種薄気味悪いものであることは第三者でも容易にイメージできることだろう。

要するに、本部の偉いさんには店舗の店長あたりが何を言っても通じないし、店長が本部に内心は不満があっても全く逆らえない雰囲気がプンプンとしているし、実際に両者がケンカするのではないかという気配すら見えない。
発注の流れの上流にある会社に下流の会社が逆らうことはなかなか難しい。
こうなると、本部の偉いさんにとって事務所の中は治外法権同然となり、午前中からデスクでスマホのゲームに興じているかと思えば、そのままデスクに片足を置いて眠りこけ、昼近くになれば女性社員に自分の昼食を毎日のように作らせる。
ムシの居所が悪ければ社員を適当につかまえて好きなようにいじり倒し、何のひねりもない下品極まりないセクハラ発言も日常茶飯事である。
ところが、自らの会社よりも上流の発注先には非常に腰が低いため、上から嫌われることは絶対にない。
こういう典型的な「THE 体育会系」とでも言うべき人物は、特に下の立場の者にとっては非常に面倒臭い。

そんな人間でも、ある女性社員によれば「豪快に見えるけど細やかでよく気がつく方」と見えるらしく、余計なことにそれが「A型だからでしょうね」と言うのだからたまらない。
目の前に、アバウトで気のつかない私のような人間(B型)もいるというのに、特定の血液型をむやみに持ち上げることは場面によっては非常に危険である。

その女性社員の話し相手であるもう一人の女性社員に至っては前回書いたように「ありがとう」をほしがるタイプでありこれまた大変である。
加えて、あろうことか昨日朝の始業前には「これから一緒になる人は私の言いなりになる人でないとダメ」と、にわかには信じられない発言があった。
ずっとなのか別れてなのかは知らないが、当人は現在独りであるらしい。
私と同年代、それほど角のあるイメージはなかった人がそんな考え方を持っているとは意外であり残念でもある。
言いなりがいいなら、AIかロボットとお付き合いされた方が良いだろう。
ペットだったら言うことを聞かないと虐待される恐れがある。

事務所に入って3ヶ月、体育会系+A型という最凶コラボだけでも扱いが大変なのに、周囲が半ばそこに洗脳され、私から見ると「どいつもこいつも」と思える環境は今後かなり厄介である。
平日に自分の方位磁石をいやおうなしに狂わされる分は、貴重な休日を使ってひとまずしっかり修正しなくてはならない。

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ひとひねり

2019-02-23 18:47:00 | 休日
十人十色という言葉があるように、人それぞれは違っていて当たり前である。
持っている能力や感受性など、それこそ人と同じ数の人格・性格があると言ってもいい。

生きていく中では、山奥で自給自足の生活でもしない限りは、絶対に自分と同じではない他人との関係は避けられない。
自分と100%同じ人はいないとして、しかし会ったばかりの赤の他人であっても何となく合うとか似ているとか共通項が多いとか、そういったことから気の張らない付き合いが始まるケースも多い。
そういう出会いがいつ訪れるかは分からないが、幸い筆者は今の人間関係の中で、どこでどうやって、何がキッカケでここまで打ち解けられたのかと思う人もいる。
同じではなくても同じような感覚を持った人はいて、特別な努力をした覚えもないのにいつの間にか仲良くなってしまえる人もいるのだと特に近年、地元富山はもちろん当地に来てからの期間でも感じることが多い。

逆に、土地によってはどうにもこうにも、とタメ息をつきたくなるようなところも過去にあった。
どの地方とは言わないが、心理的な距離の詰め方があまりにも急に感じたし、腹の中では他の地方の人間を見下ろしているようにも思えたので、気持ち的には苦しかった。
せいぜい同じ目標を持ってがんばっていた運動サークルの仲間くらいとは表向き良好な関係ではあったが、共通の目標がなくなった途端に捨てられるように離れて行ったのは苦い思い出である。
人格には生まれ育った土地の雰囲気も多分に影響するので、合わない場所では合わない人間の割合が増えるのは仕方がないし、その時分はまだ私自身、人間として妙なコダワリがあり過ぎたりカドが立ち過ぎていたりで、実際の年齢よりもなお若く未熟であったことも大きいとは思っている。

諸外国ではあまり好まれないことらしいが、我が国では、日本人だけで一億ある人格をたった4つしかない「血液型」で分類して語るのが好きである。
血液型の分析については古くから出ているし、今にあっても傾向としてはそれほど変わった感じはしないが、私自身も血液型の話は嫌いではない。
私はB型で、我が国では2割の勢力しかない、大げさに言ってしまえば異端の型である。
世間的にあまりイメージがよろしくないことは横に置いても、様々な分析で語られているものと私自身の中身は一致する部分は多いから、ある程度血液型分析を信じてもいる。
外国人がこういった話題を嫌うのはそれだけ個人ひとりひとりの尊厳に敏感ということなのかもしれない。

B型人間の会話は無軌道で常識はずれなところがあり、辞書にない言葉を造ったりすることなど日常茶飯事、後は感覚を表現するために擬音語や擬態語を多用するという特徴がある。
常識を外れても、面白い会話がしたいという気持ちの方が優先するのでそうなる。
また、良くも悪くも自分が大好きなので、B型どうしはあっという間に意気投合するか、会えばケンカばかりかのどちらかである。

私はわりあいB型どうしで合わないという経験は少なく、むしろ対極として語られやすいA型の相手とはあまりいい思い出がない。
日本人の4割を占める勢力に楯突くつもりはないが、同じ面白いことを言おうとしても、A型のアプローチは決して常識の範囲を逸脱しないので、会話のどのあたりでオチが来るのかだいたい分かってしまう。
よく言えば真面目だし、悪く言えば意外性に乏しい。
私からすると会話にひとひねりや言葉遊びの要素がないため、時間が経てば経つほど飽きてしまうというわけだ。

血液型も人の分類方法としてはかなり乱暴な部類だが、我が国には「体育会系かそうでないか」という極端な二元論も存在するので、次回は久しぶりにそちらの方面について書いてみたい。

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天下の奇祭

2019-02-19 18:31:03 | 休日
土曜日をのんびり過ごすことができ、日曜日は天気が良ければ久々に近場の観光に出ようと考えた。
前もって日曜にあるイベントを下調べしたところ、稲沢市の国府宮(こうのみや)で行われる「はだか祭」があるというので行ってみることにした。
奇祭と呼ばれるからにはそれ相当なものを期待して出て行ったが、急ぐ旅ではないのでまずは金山総合駅南口にある家系ラーメンのお店で腹ごしらえをすることにした。



駅を出て本当にすぐのところにあり、それほど大きくない店内は11時台ながら満員に近かった。
いちばん左端のカウンターを確保して、注文した品を待った。



このお店は、写真のように大小2つのタマゴが入ってくるメニューがあるのが何ともたまらないし、小ライスが最初から無料であることもオススメのポイントである。
量も多すぎず少なすぎず、自宅から近くないラーメン店の中では当地に来てからいちばん行っているかもしれない。
私にとってはラーメン以外の楽しみもあって(男性諸氏ならお分かりかも)、知らず知らずのうちに回数が増えてしまった。

お腹がふくれた後は、目的地により便利な名鉄の国府宮駅を目指した。(JR稲沢駅だとちと遠い)



はだか祭のイメージは強烈だが、普段から厄除けで多数の参拝がある。
祭の当日は、露店も並びムードが高まっていた。





境内もよく整備されていて、祭でなければゆっくり参拝できるところであったが、祭が盛り上がる前にお守りや御朱印を求めておいて、祭の始まりを待った。
拝殿の真ん中には大きな鏡餅が。







はだか祭では、地域(まれに企業)単位の集団で境内に勢いよく駆け込み、厄除けの「なおい笹」を奉納する。
これが14時ごろから始まり16時ごろまで続くが、朝から飲んでいる男の集団にはさすがに勢いがあって迫力を感じた。





祭のクライマックスは、奉納が一通り終わって、神男(しんおとこ)と呼ばれる純粋無垢(=素っ裸)の男性が登場し、厄除けを願って下帯ひとつの他のはだか男たちがそこに群がってもみ合う場面である。
ただ、普通の地平で観覧していると、もみ合いながら本殿に向かって進んでいることは分かっても、様子はほとんど見えずじまいであった。
神社の中や近隣の土産物屋さんに、決して安くない料金を取って祭を高みから眺められる「さじき席」が設けられていたのにようやく納得がいった。
少し高いところからでないと、クライマックスであるところの神男とはだか男のもみ合いはよく見えないのである。

天下の奇祭を楽しみにして行ってみたが、各地区の奉納を眺めているだけでも楽しいし、途中では、3選を果たしたばかりの大村愛知県知事が上半身裸で拝殿に上がり観衆に応えている姿もあった。
県知事ともなれば、着ぐるみをしたり裸になったりと、何とも大変な仕事も回ってくるものである。
奇祭の奇祭たる部分は遠目で眺めるだけにとどまったが、日曜日と重なる年もそうないので、貴重な経験ができた。
寒い中、はだか男の皆様、また神社の皆様、また警察警備の皆様それぞれに、ただただお疲れ様と申し上げたい。

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それは意味が違う

2019-02-16 22:11:55 | 休日
体も元気になり、週イチのお楽しみ(といってもサラッと飲むだけだが)もつつがなく終わって、この土曜は勤務ではなく朝は惰眠をむさぼり時計を見たら時刻は8時を過ぎていた。
インフル明けの体でまずは一週間乗り切ることしか考えてなく、今日のことを考える余裕はなかったから、いつものヒマな土曜日のパターンでまずは洗濯、そして病気をはさんでずいぶんやっていなかった部屋の掃除など一通りの雑事をこなす。
それらが済んだらもう一回横になってゆっくりするのが至福のひと時である。
二度寝の後、目が覚めると13時を過ぎていて、やや遅めの昼食を外でとるため久々に車を出した。
昼食の後はスーパーに寄って当面の食材を仕入れ、近場で写真撮影のスポットを探してみたが、市内には案外入り組んだ狭い路地が多く、住宅密集地では駐車もままならずで、あきらめて自宅に戻った。

こういう気楽な一日を過ごしてさらに明日も休みというのは、土曜日がほぼ出勤であった1月を考えると大変に有難く感じられる。
明日をどのように過ごすかはまだ決めてはいないが、土曜日をのんびり過ごせると体力気力も戻り、日曜は外に出ようという気になってくる。
今月は病気のために動きたくても動けない状態を約十日間も続けてしまったからなおさらだ。
取り返すということではないが、面白そうな催しがあったらぜひ行ってみようと思う。

さて、詳しい中身は書くことはできないが、先月の終わり頃には会社として大変残念なことが起き、管理職は後処理のため信じられないような帰宅時間になったりと、他社の施設を借りて仕事をいただいている会社の悲しさそのものという事態となっている。
発注の流れの中で最下流にある会社が何かを起こしてしまうと、管理職は説明やら釈明やら今後の対策やら、最上流が納得するまでそちらに忙殺されるばかりか、事後にあっても上流の皆様がかわるがわる現場を視察に訪れるなど、息苦しさは増すばかりとなる。
残念ながら、直近で何かを起こした会社は「目をつけられる」ということになってしまう。

目をつけられるという言葉にいいイメージを抱く人はほぼ100%いないと思われるが、ある日の朝礼では「我が社は一目置かれているから気をつけてください」という言葉を聞いてひっくり返りそうになった。
一目置かれるというのは、どちらかというといいイメージで使われることが多い言葉で、例えば最初は軽く見られていた人が徐々に力を発揮し始め、周囲からある程度認められてくる過程で使われたりする。
今の我が社の状況は、とてもではないが一目置かれている状況ではなくて、むしろ逆である。
仮に今後残念なことが立て続けに起これば、上流の判断次第では仕事を取り上げられる危険すらあるのだ。
発言の主も、当面は悪い意味でマークされる立場に置かれるという意味合いを伝えたかったのだとは思うが、人の上に立つ者の発言としてはややお粗末ではなかったかと思う。

言葉は人間のみに許されたコミュニケーション手段である。
会社私事を問わず、生きていると一言足らないとか多いとか、伝え遅れとか意味違いとか、言葉を使う動物ならではの難しいことが生じ、後々大きな不便が出ることも珍しくない。
会社の仲間くらいの関係で「あうんの呼吸」が通用するとは考えられないから、よほど言葉というものを大事にしないとその組織は後々衰えることになる。
良かれ悪しかれ、言葉一つで日本中世界中に影響を与えることもあるのだし、この情報社会にあっては言葉の大切さをあらためて考えざるを得ないのである。

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まずは出ること

2019-02-10 19:44:07 | 休日
インフルエンザのせいとはいえ、思わぬ形で長く会社を空けることになった。
月初1日の締め業務をすでにヤバかった体で何とかこなし、それから会社に行っていないわけだから、明日の出社日にこのまま通常通り出て行けば10日ぶりのこととなる。
病気には勝てないが、その間はカバーしてもらっているので、お礼の一つは伝えたい。

ただ、自分の仕事がたまりにたまっていないかとか、だいぶ遅れが出ているのではないかとか、不安を挙げていったらキリがない。
明日久々に出て行くからと、遅れを一気に取り戻そうとは考えず、仕事のリズムにまた慣れることだけを考えたい。
決して投げたような言い方はしたくないが、私自身は事務所の中でも突出して経験値も低く、たかだか1週間不在だったところで経験値の高いメンバーがどうにかしてしまうし、実際私が入る前は純粋に「今マイナスひとり」で回していた。
現場でやっていく自信が持てず会社を去ることすら考えた人間(=私)が突如出現したため、急遽事務所での役割が用意されて今まで続いているだけなのであり、私自身にとってはある意味手慣れた仕事に変わってありがたいとは思っていても、今もってどうしても自分が事務所に必要な人間であるなどという思い上がりはサラサラない。

前回、どうしても根を詰めて仕事をしがちであることが、短期的にはよいが長い目で見て同じところでやって行くにはマイナスだと書いた。
同じ仕事と言っても、真剣に、時には他人と議論をしながら進めるべきことがある一方、お上から言われてしぶしぶ備えなくてはならない書類に関しては、あまり精密な中身を求めすぎると当事者が文字通り熱にうなされることになる。
ほんの数年前、もうやめた会社でのことながら、仕事に日々「完全燃焼」したいと書いている回があるが、実際にその会社での晩年に精神的な疲れから、インフルエンザどころではない長い長い期間、会社を空ける事態になっている。

職業人をして行く上で何度もあった精神の落ち込みからの長期離脱の過去も考え合わせると、まず明日は出られることでよしとして、当面は大それた成果は求めず、遅れがあれば徐々に取り戻すことにして、必要以上に力を入れすぎないで臨みたい。
もし求められる以上のことをしたくなってしまったら、もともとそれほど求められてもいないくらいに思い直して、気を張り詰めすぎないように過ごしていけたらと思う。

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