スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

欲望の代行&第四部定理二四

2016-03-25 19:13:27 | 歌・小説
 リーザの死の発端となった叫び声を上げたのが記者自身であったという読解が成立するかどうかはもっと検討しなければなりませんが,この読解にはひとつ,僕にとって大きな魅力があるのです。
                                    
 ドストエフスキーとゲーテの関係は,ドストエフスキーがゲーテを高く評価していたという点にあります。そこで『悪霊』では『ファウスト』をモチーフとした場面が設定されました。リーザが撲殺された現場の火事です。そしてこのモチーフは,単に火事という点で一致しているだけでなく,使嗾による殺人であったという点も一致していました。リーザが死んだ現場の火事は,スタヴローギンによる使嗾だったわけです。もし記者が,それによってリーザが殺されるということを念頭に置いて叫んでいたとしたら,その使嗾の現場で別の使嗾があったことになります。これが僕にとってこの解釈の大きな魅力なのです。
 厳密にいうと,実際にリーザを撲殺しただれかは,記者の心中にリーザを殺したいという願望があったと知っていたとは考えられないので,これは使嗾とはいえないのは確かです。スタヴローギンの心中にマリヤを殺したいという願望があったことを,実行犯のフェージカは理解していたのであり,それは使嗾を成立させるひとつの条件をなすといわねばならないからです。ですが,もしも記者がある意図をもって叫び声を上げ,第三者によってその意図が達成されたとしたら,スタヴローギンの欲望が代行された現場において,記者の欲望が代行されたということになります。つまりある意味において,スタヴローギンの使嗾が実行された現場に,記者というミニ・スタヴローギンが出現したということになるのです。このようなからくりが小説の内部に潜んでいるという読解を可能にさせるので,僕はこの解釈に魅力を感じます。
 ただしこの読解には難点があります。なぜ記者がリーザを殺したいという願望を抱いたのか,それが判然としていないからです。

 いかにそれが神学的な概念notioと異なっていたとしても,いい換えるならスピノザが生きていた時代に人びとが判断していた概念と異なっていたとしても,徳virtusとか至福beatitudoといった語句を用いて第三種の認識cognitio tertii generisに言及したということ自体が,そこにスピノザの倫理的観点が含まれていたということの何よりの証明であると僕は考えます。
 では理性ratioによる認識,すなわち第二種の認識cognitio secundi generisは徳ではないとスピノザは考えていたのかといえば,そうではないと僕は解します。このことは第四部定理二四をみれば明らかだと思うからです。
 「真に有徳的に働くとは,我々においては,理性の導きに従って行動し,生活し,自己の有を維持する〈この三つは同じことを意味する〉こと,しかもそれを自己の利益を求める原理に基づいてすること,にほかならない」。
 現在の考察との関連では,有徳的であるということが理性に従うことであるという点だけを明らかにできれば十分なので,ここではそのことだけを論証しておきます。
 第四部定義八が意味するのは,ある事物が有徳的であるということは,その事物に固有の現実的本性actualis essentiaの法則に従って働くagereということ,能動actioという意味において働くということです。そして第三部定理三は,人間の精神mens humanaは十全な観念idea adaequataを有する限りにおいて能動的である,すなわちここでいわれている意味において働きをなします。理性による認識というのは,共通概念notiones communesという十全な思惟の様態cogitandi modiを基礎とした第二種の認識です。よって現実的に存在する人間においては,理性に従うことが有徳的であるということになるのです。
 したがって理性が徳であることをスピノザは認めていると考えなければなりません。そしてこれは第五部定理二五と少しも矛盾することではありません。なぜなら第五部定理二五が理性による認識あるいは同じことですが第二種の認識と関連して何かに言及しているとすれば,それは理性による認識は徳ではあるけれども,最高の徳ではないということだからです。いい換えれば第五部定理四二により,それは至福ではあるけれども最高の至福ではないということだからです。つまりそれは倫理の最高の目標ではないということです。
コメント
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