小暮満寿雄 Art Blog

ダジャレbotと間違われますが、本職は赤坂在住の画家です。作品の他お相撲、食やポリティカルな話も多し。右翼ではありません

社会は共存の場~誰あろう、特権階級は疎まれます

2012-02-16 10:17:41 | Weblog
先日から続いている話の続きです。

3日前、「知らない人には触らないで!」の記事を書いた時、
実は自閉症児の父さんのような批判コメントがいっぱい来るかなと思っていたのですが、
そうでもありませんでしたね。

というか、賛同していただけるコメントの方が多く、
しかも自閉っ子の親御さんからいただけるという有り難い話でした。

私などは自閉っ子の絵を少し描いただけの、当事者でもない人間です。
自閉っ子の親御さんはさぞ教育するのが大変だろうに、頭の下がる思いですが、
そんな中、自分の仕事が少しはお役に立てたような気がして、逆に恐縮しているところです。

コメントをくださった方々には、心より感謝いたします!



ところで、先にも申し上げたように「奈良自閉症協会に掲載された記事」の本質は、
実は障害者問題とは少し違うところにあります。

たしかに障害者は保護されるべき存在ですし、何か問題が起きた時の考慮は絶対に必要です。

ただ、それが明らかな被害者が出てきてしまった場合、
保護者を含め、罪を問われないという話になれば、
それは法律を超えた特権階級という存在だということですね。


しかしながら、そういう特権階級になった瞬間、
実はそうでない一般市民から疎まれる存在になってしまうのです。

この世界には何をやっても罪を問われない存在というのは、たしかにあります。

法の網をくぐって何かする人。
第三世界の権力者。
心神耗弱状態の人。

これらは、ある意味法律にはおかされませんが、当然、一般市民からは良く思われません。

だからこそ「デス・ノート」や「必殺仕事人」「ワイルドセブン」みたいな、
”はらせぬ恨みをはらす”、といったドラマが成立するのですが、私はこういう話は好きでありません。

超法規的な処罰などは、逆にとんでもない話だからです。


あの「ダーティーハリー2」では、
警察の幹部がそういったリンチ組織を作る、という話がありますが、
イーストウッド扮するハリー・キャラハンは、
ドラマでこんな台詞を言っています(詳細は記憶違いあり)。

「そんな組織を作ったら、世の中どうなるんだ。
 賄賂をもらったら、即ズドン。
 立ちションベンしたらズドン。
 罰する方は、やりたい放題だ」


ドストエフスキーの「罪と罰」から、
こうした超法規的なペナルティの善し悪しは問われてますが、
それは言うまでもない話ですね。


しかしながら、罪をおかしても問われない特権階級になりたいということは、
普通の市民から見ると、必殺仕事人で最後に藤田まことに斬られる人になりたい、
というのに近いように思えます。
(特権階級の人が、実際に斬られることはありませんが)。

同和問題の先鋒だった松本前復興大臣が、反感を買ったのもこの一件に近いからでしょう。


あ@花さんをはじめ、コメントをくださった人たちが言うように、
障害者の地位を上げていくためには、特権階級の要求は逆に障壁になるだけに思えます。
社会は共存の場なのですから。

 

写真は、いっちゃんが物悲しいと言った都会の風景、もういっちょう。
でも、こっちはそんなにかなしくないかな。

ともかくもいっちゃんからツイッターでもらったコメントがヒントになりました。
たしかに言われてみると物悲しい。

それを絵にしようと思います。
まだキャンバスも張ってないのにタイトルも決まりました。

デ・キリコの名画と同じタイトル、「街の神秘と憂愁」です。
お楽しみに!
コメント (6)
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