小暮満寿雄 Art Blog

ダジャレbotと間違われますが、本職は赤坂在住の画家です。作品の他お相撲、食やポリティカルな話も多し。右翼ではありません

天ぷらにはやっぱり藻塩だろう!

2015-02-27 09:49:30 | Weblog

ヤーコン、山芋のサラダ

先週、山ね家で遅い新年会をした時のお皿です。
ここで天ぷらを注文する時に出る藻塩で必ず講釈するウンチクが、百人一首の編者・藤原定家が詠んだ歌です。

「来ぬ人をまつほの浦の夕凪に 焼くや藻塩も身も焦がれつつ」

来ないあの人を思いながら、私の心はこの藻塩のように焦がれています。という意味で、藻塩とは海藻を焼いて採る塩のこと。
でも、このウンチク・・・あんまり面白くないのか、みな私のダジャレ以上にスルー気味ではありますが(笑)。

とにかく私は天ぷらには天つゆでなく、藻塩派。
話は違いますが、成城石井のプライベートブランドに「藻塩せんべい」という塩せんべいがあり、これが淡路島の藻塩を使っています。
これが旨いんだ♪

この淡路島の藻塩というのが、まさにこの定家の歌に詠まれた松帆崎というところ。

定家の歌はダテじゃないってとこでしょうか。

こちら安納芋の天ぷら。奥に見える箸の皿が藻塩です♪

お麩の田楽。仕事がないときは私は毎日オフ・・・なんて、ウフッ♪

京都湯葉の刺身。

刺身盛り合わせ。手前の白黒は珍しいサヨリの刺身です。大女優吉永サヨリ・・・なんて、ウフッ♪

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なまけ蛙くん、制作ちう♪

2015-02-26 10:21:45 | Weblog

先日、なまけ蛙くんをいくつも購入していただいてる、カウンセラーのサイモンさんの事務所に伺いましたところ・・・。

いたいた、こんなところに♪
玄関の一番良いところに、なまけ蛙Paulがなまけてるではありませんか♪

カウンセラーになる人というのは、何か強烈な体験やトラウマがある人がなるということを聞いたことがありますが、そういう場所に悩みなしのなまけ蛙くんは良いのかもしれません。

こちらは現在制作中のなまけ蛙くん。エジプトブルーのご依頼です。
来週にはUPできますでしょうか。

そろそろ名前、決めていただかないとね~♪

 
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生ハムは体に良いぜ!

2015-02-23 08:33:44 | Weblog

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 11

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六本木の元町Unionでいつもの鶏ひき肉が半額だったので、つくねカレーを作りました。
ここの鶏ひき肉を手にとった時、見ていた店のおばちゃんが「ねえ~、このお肉美味しいでしょう♪」と、ものすごく嬉しそうに言ってくれました。

そういう店は間違いなく良い店です♪

というわけで、イタリアンなのにカレーの写真ですが、本日も「医食同源・マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ!」その10話めをUPします。

本日は生ハム! お楽しみくださいませ!

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 11 
生ハムは体に良いぜ!
掲載日:2004年11月17日

まいど、まいど、イダテンのゲンさんです!

いやあ、新潟県中越地震からしばらく経つが、どうにも余震がおさまる気配がないな・・・。不自由な生活を送っている中越地方の方々には、本当に気の毒なことだ。大きい地震に遭った人というのは、慣れるどころか、それがトラウマになるケースが多いようで――それがどんなに恐ろしい体験かってっことだな。

ともかくも――がんばれという言葉は、災害に遭った人には良くないそうだが、ここはどうにか気張って乗り切ってほしいもんだ。

あっしも還暦を迎えてしばらく経つが、60余年の間なんてえのは、地球の長い歴史に比べりゃ屁みたいなもんだ。今までの人生になかったから、明日もないかって言えば、そんな保証は何もねえ。あっしの暮らしてる地域は人口が密集している、防災に対する気構えが必要なところなもんで、まったくもって人ごとじゃねえ。

先日、うちのババアと一緒に非常用の縄バシゴを買いに行ったんだが、防災グッズ売り場は、すげえ人だかりで売り切れさね。仕方ねえから、非常用の靴と真新しい軍手だけ買ってきた。

ともかくもお客さん、備えあれば憂いなしだ。日頃の準備と気構えは、しっかりしておきてえもんさね。

生ハムとプロシュート――違いはあるの? 

さて、今回のマンマミーア・イタリアン。

食通の地、エミリア-ロマーニャの話は、まだちょっくら続く。なぜかって、この地方の特産であり、イタリア料理の要になる食材がいくつか控えているからだ。

――え? そのひとつは生ハムだろうって?

さすがにクロートだね、お客さん。その通りさ!

生ハムといえば最近は日本でも、イタリア料理店だけでなく、デパ地下や高級スーパーでの売り場にも顔を出すようになった人気食材だ。

俗にプロシュートなんて言い方もするが、イタリア語で生ハムのことはプロシュート・クルード(Prosciutto Crudo)という。プロシュートとはハムのことで(※1)クルードとは生という意味。プロシュート・クルードってえのは、豚のモモ肉を塩漬けにした後、加熱せずに乾燥させて熟成させたものを指すのさ。

塩漬けの豚モモ肉を蒸して作る通常のハムは、プロシュート・コット(Prosciutto Cotto)とよぶ。コットは加熱したという意味で――ただのプロシュートだと、普通のハムも全部含まれちまう。つまり「生ハム」ってえのは、プロシュートの中の1カテゴリーってワケさね。

ただ、イタリアの豚肉加工品はあまりに数が多い。ここでは、特別なものを除いては「生ハム」という呼び方で総称することにいたしやしょう。

※1 プロシュートは「乾燥させる」を意味する、プロシュガーレという言葉が語源。 

加工には豚が一番でい!

こと西洋において、肉ってえのは特別な存在だ。

特に現在のドイツやベルギー、オランダにあたる地方は、昔からロクな穀物が育たなかったから、連中はみな狩りによって食べ物を得ていた。

人間が農耕を選んだり、狩猟を選んだりするのは、住む場所によって得られる食料が違うからなんだ。だからこそ、肉に対する連中の思い入れは、あっしら日本人が想像できないくらい深いものがある。

もっとも北部ヨーロッパのガリアやゲルマン人と違って、温暖な地に住んでいたローマ人は、もともと農耕民族だった。つまりローマ人にとって肉とは主食ではなく、選択肢のひとつだったのさ。だからこそ、肉はかえって高級品となったんだ。

ローマ人は家畜を放牧して飼育し、つぶした牛や豚をさらに保存する智恵を持っていた。その日暮らしの狩猟民族ではなかったわけだ。

ガリア&ゲルマン人のような北の蛮族にとって、肉とは生命の源ではあるものの、どこかに行って捕まえてくるモノに過ぎなかった。

一方、ローマ人にとって肉とは、いちど収穫された穀物を食べさせて育てる、一種の財産だったわけさね。そんな貴重なものなら、当然、手をかけて洗練されたものに発展していっても不思議はない。

一説によると、紀元前5世紀のローマでは、保存食として塩漬けの肉がすでに作られていたそうで――そこには、すでにプロシュート・クルードの原型があったといわれている。

食い意地の張ったローマ帝国の連中は、牛、馬、イノシシ、ロバ、ガチョウと、さまざまなケモノを肉製品に加工してきた。だが、肉質の面から加工品において、豚の右に出るものはなく、現在のような生ハム類に発展していったという寸法さ。

プロシュート・クルード 説明は本文中。
クラテッロ 説明は本文中。
モルタデッラ 豚肉を細かく挽いたものに、サイコロ状の脂身を混ぜて腸詰めにした、ボローニャ式ソーセージ。
コッパ 首(コッパ)の部分をスパイス、ハーブ、塩などをまぶして熟成させたもの。不規則な模様をした赤身肉を使う。
ラルド 文字通りラードだが、豚の背油を塩とスパイスで漬け込んで熟成させたもの。舌の上でとろける食感は、通常の脂身とは別物。
コテキーノ ほほ肉を腸詰めにしたもの。ザンポーネの姉妹品だが、詰める入れ物が異なる。パーティーなどに喜ばれる。
パンチェッタ 豚のバラ肉(パンチャ)を用いたイタリア式ベーコンだが、基本的には生ハムでスモークはしない。丸いものと平らなものがあり、平らなタイプは燻製にすることもある。カルボナーラのお共に欠かせない。
ザンポーネ ほほ肉などを豚の足に詰たもの。コテキーノの姉妹品だが、詰める入れ物が異なる。コテキーノと共にクリスマス料理の定番。

パルマの生ハムをご賞味あれ!

そんな豚肉加工品が最高に進化した姿は、やはりプロシュートに尽きる。

そしてイタリアのみならず、ヨーロッパをはじめとする世界中で高い評価を得ているのが、パルマの生ハム――プロシュート・クルード・ディ・パルマだろう。

イタリアには「パルマの生ハム」のように、ブランドに原産地の名をつける場合、DOP(保護原産地呼称)と呼ばれる規制があり、その厳しい規正をクリアしないといけない。

パルマの生ハムの場合も、使う豚はポー川沿いの州で生まれ育った1歳ものと決まっているそうだ。イタリア人は鶏でも豚でも、柔らかいなどの理由で去勢された肉を好むが、パルマの生ハムも去勢豚が高級とされている。

その中でも、さらに良いとされるものは、チーズの副産物ホエイ(乳清)を混ぜた餌で育てられたモンだそうだ。まあ、薩摩の黒豚にサツマイモを与えて育てるように、肉も食べるエサによって味がまったく変化するからな。

ちなみにこのホエイは、同じ地方の特産品「パルミジャーノ・レッジャーノ」の上澄みでできたものだそうで、同じ牧場や地域内でやりくりしているケースが多いそうだ。

選別した豚のモモ肉には、肉と同じ重さの岩塩がもみこまれる。岩塩は生ハムに用いられる唯一の調味料で、このあたりがシンプル好きのイタリア人の気質をあらわしている。

一定の期間、置かれた肉は、ぬるま湯で洗ったのちに、長~い熟成工程に移される。この熟成期間のなかで、モモ肉は徐々にパルマの生ハムへと生まれ変わってゆくんだ。

 

生ハムは体に良いぜ!

高カロリーって感じのする生ハムだが、実はヘルシーな健康食品だ。

脂肪分が少なく――その脂肪分もオリーブオイルと同じオレイン酸ってことで、動脈硬化や心臓病、老化防止の効果があるといわれている。肉で気になるコレステロールも、問題にならない量だし、豚肉に多く含まれてるビタミンB1も豊富だ。

また、亜鉛や鉄分、ビタミンB2などのミネラルも、熟成させて水分が抜けていくうちに凝縮され、豊富になっていくという利点もあるのさ。

まあ何となく旨いモンてえのは体にわるくって、粗食の方が体に良いイメージがあるけど――生ハムは低カロリーでヘルシー、しかも美味しいという素晴らしい食品なんだな。

ちなみにスイサンドンヤ・ドットコムさんでも、「パルマの生ハム」は手に入るよ! プロシュート・クルード・ディ・パルマじゃあ、商品名としちゃあまりに長いんで、シンプルに「パルマプロシュート」。掛け値なしに世界の最高級品といわれるパルマの生ハムだ。カルパッチョ、野菜サンドはもちろん、メロンやイチジクなどに巻いて食べると、最高の前菜としてお客さまに喜んでいただけるよ。

また、安価なもので「プロシュート・ディ・イタリア」もオススメ。パルマのものより熟成期間は短いが、それでも8か月かけている。値段も味のうちって言うけど、満足していただけるお品になってるはずさ。どうぞ試しておくんなせえ。

豚肉加工の最上級、クラテッロ

生ハム通常、半年から1年寝かせたものが普通だが、プロシュートと呼ばれるパルマ産の生ハムは10か月~1年熟成させたものが多く、中には3年寝かしたなんてものもある。

こいつは「3年もののプロシュート」と呼ばれ、熟成に重ね、ほどよく水分が抜けているんで、肉の旨味がタップリ凝縮されている。

ここまでの品ってえのは、なかなか現地に行かないと手に入らないんだ。

 

ところが、さらにエミリア-ロマーニャ地方には、クラテッロという幻の生ハムがある(現地価格は100gで1400円ほど。プロシュートの約3倍)。

正確に言うと、クラテッロは生ハムではなくサラミの一種。食品衛生法の関係で、日本に入ってくることは極めて稀なようだ。

こいつはプロシュートに用いる最高級のモモ肉から、お尻の部分をプライムカットして、豚の膀胱(あるいは腸)に詰めて、岩塩とスパイスを摺り込んで熟成させたシロモノなんだ。

これは、いかにも肉文化の極地といえるようなもので――実はイタリア本国でも、昔ながらの製法による一部のクラテッロは、市場の流通に流すことができない。

日本では醤油や日本酒などで、蔵自体に独特の菌や麹がついているところで、熟成をさせる場合があるが――イタリアって国は官僚制度が行き過ぎて、そういう場所で熟成させることは法にひっかかるそうなんだ。

まあ、イタリア人ってえのは大かなようで計算高いとか、列車は遅れるのに、役所の規制は多いとか(昔より鉄道は遅れなくなったそうだがね)、共産主義が強いとか・・・まあ何だかよくわからない矛盾が多い国みてえだ。

ともかくも、こいつはパルマ近郊のズィベッロという小さな町を中心に、イタリアでもほんの数カ所でしか作られていない貴重品だ。

あっしはボローニャの展示会で、一度だけご馳走になったことがあるが、ねっとりとして口の中でとけてしまうような・・・おおお! まあ、一度イタリアに行ったら食べてみな。

肉文化とはこれ!・・・ってえのがよくわかると思うよ。

さて、時間が来ちまった。

次回は最近人気のバルサミコ酢と、その使い方の話でもいたしやしょう。

それじゃ、お客さん。次回をお楽しみに!

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ!
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福ケッチァーノに飾る絵を・・・

2015-02-22 11:12:11 | Weblog

福ケッチァーノに飾る絵、ようやく着色しはじめました。
今回は絵地図が真ん中に来るというバランス上、水彩画にいたしました。

風景画が青いのは撮影したのが夕暮れ時だったからかな。実際の紙は白地です。

春先には完成させたいニャア(本日、猫の日)♪

 
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芋本で花粉緩和をTRYちう!

2015-02-21 09:50:12 | Weblog

芋本が先日上梓され、売れ行き好調なようで出荷が追いついていないそうです。
お客様優先ということで、例によって私のところにもデザイナーさんのもとにも、まだ本は届いていませんが、まずはユーザーさんの心身を楽にするのが優先。

どんな感じに仕上がっているか楽しみです。

花風社さんの書籍は、自閉っ子シリーズの一番最初「自閉っ子、こういう風にできてます!」が通称”赤い本”ですが、なんと栗本さんの「自閉っ子の心身をラクにしよう!」が「黄色い本」、そして今回のものが「芋本」。

いきなり2册を「黄色い本」「芋本」と呼ばせる栗本さん、なかなか生意気ですね~(笑)。

メーテルの次は原田知世というダメダメの栗本さんですが、施術の腕と知識は一流でして、読者さんから効果のほどのツイなどが次々入ってきているようです。

かくいう私も栗本コンディショニングを実践中。

花粉症は体を緩めることで緩和されると聞いて、ワニ体操(『芋本』にわかりやすいイラストがあります。買ってから見てね♪)と、ストレッチを実践ちう。

ジムでも汗を流す運動より、ストレッチに時間をかけています。
まだ効果があるのかはわかりませんが、今のところ花粉の症状は出てません。

まあ、まったく出ないってことはないと思いますが、少しでも楽になるといいなと思っています。
経過報告は、このブログで時々していく予定なのでお楽しみに!

「芋本」、発達障害の人だけでなく、一般の人にも体をラクにする要素が満載です。
ぜひお手にとって見てね♪

 
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パルミジャーノはチーズ界のホンマグロでい!

2015-02-20 08:31:56 | Weblog

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 10 

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いつものヤマガタ・サンダンデロ、フグとカラスミの冷製カッペリーニです♪

昨日から機嫌のわるかったWordPressですが、管理してくれてる友だちが工夫してくれたおかげか、どうにかUPができるようになりました。

本日は写真と文章がほどよく入れられる「医食同源・マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 」の10話めをUPします。

お楽しみくださいませ!

イカとあさつきのキャビア添えです♪

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 10
パルミジャーノはチーズ界のホンマグロでい!
掲載日:2004年11月02日

 まいど、まいど、イダテンのゲンさんです!

いやはや、お客さん。

先日の新潟県中越地震はえらいことになっちまったな。被災者の方はお年寄りも多かったそうで、ショック死された方もおられたことが、何とも気の毒だ。

被害に合われた方々には、謹んでお悔やみ申し上げやす。

あっしの知り合いの酒造会社も被害に遭われたとこがあって、大変なことになっている。

ともかくも、みなさん。お酒でもお米でも、新潟産の商品――それも被害の大きかった中越地方の製品を買ってやっておくんな。神戸の時も、そんな地場産業の支援が、小さくっても大きな支えになったって話だしな。

それにしても長い間を雪の中で過ごすせいか、新潟の人は辛抱強い。そんなことを感心されても、被災者の方は嬉しくもねえだろうが――寒いだろうに、ひもじいだろうに、みな余計な文句も言わず、じっとガマンしている。

地震の規模に比べると、被害が比較的大きくならなかったのは、人口密集地でなかったことに加えて、この我慢強い県民性によるのかもしれない。ともかくも、1日も早い復旧を願うばかりだ。

トピックスでも申し上げた通り、スイサンドンヤ・ドットコムさんの発送も不都合が出てくるってもので・・・ご注文の際のご考慮、ご理解いただければ幸いでやす。

パルミジャーノ vs 粉チーズ(エミリア-ロマーニャ州)

さて、ご好評いただいてるマンマミーア・イタリアンもはや10回目。

今回は前回につづき、美食の都・エミリア-ロマーニャ地方についてお話いたしやしょう。繰り返しになるけど、エミリア-ロマーニャ地方はローマへの道・アエミリア街道沿いに発展した土地柄だ。

ヨーロッパ最古の学府・ボローニャ大学を中心に、極めて高度な文化や学芸が発達した地域だということに加え、イタリア最大の大河・ポー川がもたらした肥沃な大地は、とてつもなく豊かな食材を提供した――と、ここまでは前回もお話した通りさね。

エミリア-ロマーニャを代表する食材は、何と言っても、パルマの生ハムやパルミジャーノ・チーズ、モデナのバルサミコ酢などに代表される、時間と手間ひまをかけた典型的なスローフードにあるんだが――それらもみな、この豊かな土地の生み出した恵みといえるだろう。

地図を見てもわかるように、エミリア-ロマーニャは殆どが内陸だ。海の名物もないことはないが、やはり肉やチーズ、農作物による食材がダントツに素晴らしい。

特にパルミジャーノ・チーズ・・・英語名パルメザン・チーズは、この地の特産品。名物に旨いもんなしなんて、この地に関しちゃあ、まるっきり当てはまらない。

今回はエミリア-ロマーニャが生んだ、食材のスーパースター「パルミジャーノ・レッジャーノ」について、とことんお聞かせいたしやしょう!

ウニと海苔のパスタは絶品♪

粉チーズはなぜアメリカ経由で来たか?

前回はスパゲッティ・ミートソースについてお話したが――みなさんの中には、スパゲッティにタップリの粉チーズをかけるのが好きな方も多いだろう。

だが、カンの良いお客さんならご承知のように、この粉チーズ・・・パルメザン・チーズはピザパイやスパゲッティ・ミートソース、ナポリタンなどと同様、アメリカ経由で日本にもたらされたモノなのさ。

なに、ゲンさん。今どき粉チーズとか、ピザパイなんて言う人はいないって?

うーん。そう言われても、あっしの世代だと、ピザパイやナポリタン、ミートソースに粉チーズかけて食べるのは、ハイカラな食べ方だったんだがな~(ハイカラも今どき、言わなねえか・・・)。

これらの料理がアメリカ経由で入ってきたというのは、ひとえに大東亜戦争において日本が敗戦国だったことが大きい、とあっしは考えている。

学校給食のパンが、アメリカから輸入された小麦だったことは有名な話だが、スパゲッティの小麦やチーズにおいても同じことが言えただろう。戦後すぐの時代、スパゲッティにイタリア産のデュラム-セモリナ粉を使っていたとは考えにくい。おそらくはマカロニやスパゲッティも、米国産の小麦粉が主原料だったんだろう。

もちろん粉チーズのルートはすべてアメリカ経由。

粉チーズが給食のパンと同じ、国策で輸入されたかどうかはわからないが――それまでチーズを食べなかった日本人にとって、それは初めての味だったことは言うまでもない。比べるものがなかったてことさね。

アメリカにはイタリア移民が多かったが、世代が進むにつれ、おろすのが面倒な固まりではなく、粉にしたチーズを使うようになっていった。「パルメザン」というのは、もとはフランス語でパルマ周辺のことを指すらしいが、それが粉チーズ全体の総称になったということさね。

 

EUパルメザン対決、結末やいかに?

パルメザン・チーズは正式名を「パルミジャーノ・レッジャーノ」と呼ぶ。これはパルマからレッジョ・エミリアという2都市と、その県域をあらわす地名から来た呼び名だ。

本来なら「パルメザン・チーズ」と「パルミジャーノ・レッジャーノ」は、意味的にも同じもののはずだが、実際は大きく違う――まったく似て非なるものなんだ。

アメリカ経由の粉チーズの多くは、アメリカやオーストラリアなど、イタリア以外の国で作られたチーズを粉にしており(日本の国産メーカーでも同じ)、その製法はもっと短期間で大量生産できるし――当然、価格もはるかに安い。

そんなワケで、いつの間にか「パルメザン」は「粉チーズ」を意味する言葉になちまったってワケさね。

ブランドイメージが傷つくとして、困り果てた本家パルミジャーノ・レッジャーノの生産者たちは、「パルメザン」という表記の差し止めを、EUの裁判所に申し立てをしてそうだ。

まあ、どんな具合になるのか、とくと拝見ってとこだね。

キジと野菜のポトフは珍味♪

 

パルミジャーノはチーズ界のホンマグロでい!

パルミジャーノ・レッジャーノの名称が、パルマからレッジョ・エミリアという限られた土地で作られた物のみ――という規定が定めれたのは1955年のことで、たかだか50年足らずの話。イタリアの先住民エトルリア人が、2000年も前から作られていたとされるこのチーズの歴史から見ると、たいして昔のことではない。

北イタリアのポー川の流域でも、「グラーナ・パダーノ」と呼ばれる、同じハードタイプ&セミファット・チーズは作られていて、それらも非常にクオリティは高い。

グラーナというのは、「粒の」という意味で、食べた時のぷちりとした食感によるものだ。

パダーノというのは、「ポー川の」という意味だ。だから同じハードタイプのチーズは、エミリア-ロマーニャ州のみではなく、ポー川流域のピエモンテ州、ヴェネト州、ロンバルディア州にまたがって作られているんだ。

だがパルミジャーノ・レッジャーノだけは、ブランド的にもずば抜けて高位に立つチーズ界のローマ教皇――マグロで言えば、天然のホンマグロみたいな存在といえば、サカナ屋のみなさんもご納得だろう。

19世紀イタリアのライベルティとかいう作家は、

「オリンポスの山頂から小さな神々を睥睨するジュピターのごとく、チーズ世界に聳え立つ王者」などと、パルミジャーノ・レッジャーノを賞賛しているそうだ(バカヤローだねえ、どうにも)。

まったくイタリア人ってえのはカッコつけて、おおげさに騒ぐのが好きな困った連中だが、たしかに最高級のパルミジャーノってえのは格が違う。

なんせ、イタリアの銀行は、パルミジャーノ・レッジャーノを担保にお金を貸してくれるくらいなのさ。銀行の中には、チーズの熟成庫をもっているところがあり、そこにはベテランの熟成士がいて、きちんと管理をしているとかで――たかがチーズとはいえ、土地や家なみの価値を持っている、まさにチーズの王様なんだ。

(スイサンドンヤ・ドットコムさんでも、この素晴らしいパルミジャーノ・レッジャーノを出血の価格で扱っているよ。どうぞ試しておくんなせえ)。

たらの白子のつや姫リゾットです

 

パルミジャーノで儲かるのは銀行だけ?

そんなパルミジャーノ・レッジャーノができあがるには、とてつもない手間ひまと時間がかかるのは、どなたも想像できるだろう。

なんせパルミジャーノ(重さ24~40kgほど)1つを作るのには、500ℓ前後の生乳が必要なんだ。これはほぼ雌牛40頭が1日に出すミルクの総数に当たるってんだから、驚きさね。

また熟成期間も最低18カ月以上とたいへんに長い。熟成期間が長いものほど価値が上っていき――熟成の期間は2年くらいが普通だが、3年、4年のものもあり4年以上になると最高級品となり、銀行の担保になるようなチーズが出来上がるってワケさね。

このパルミジャーノ作りの作業は朝のうちと限られている。

牛が1日に搾乳される回数は2回。まず、夕方に搾った乳を大きなステンレス製のトレイに一晩寝かせ、自然に浮かんできたクリーム部分を取り除く。

その夕方のスキムミルクに、朝搾ったばかりミルクを加えて、チーズ作りをするのさ。何でそうするのか、よくわからねえが、この製法は700年以上前から伝わるやり方だそうで、設備などは近代化されても、基本的な工程はほぼ変わらないと言われている。

そして合わせたミルクを、500ℓから1000ℓ入る大釜に入れ、30℃ほどに加熱し攪拌しながら、発酵用のホエイ(乳清)を加え――さらに子牛の胃袋から採れたレンネット(酵素の一種)などを加える。

15分ほどでミルクは、カード(凝乳)とホエイ液と分離する。

こうして固まったカードを、水分を何度も出して型にはめたものを、きちんとした温度管理のもとで熟成させるんだ。

言うのは簡単だが、こいつは大変な重労働で――それが365日、1日も休まず続けられるのさ(牛さんは休んでくれねえからな)。

銀行の担保になるほどのパルミジャーノだが、あまりに原材料費と手間がかかり過ぎるんで、たいして儲けはないという。

また組合の検査に失格すると、等級を落され二束三文の値段になる。きちんと作るところでも15%は失格品が出るといわれる、そりゃあ厳しい世界なんだ。生産者は副産物でバターやリコッタチーズを作ったり、ホエイを豚のエサにして売ることで、ようやく利益を出すそうだ。

パルミジャーノのリゾットはいかが?

だが、こうやって出来上がったパルミジャーノ・レッジャーノの味は格別だ。

あらゆるパスタと相性が良いし、テーブルチーズとして、そのまま食べてもOKだ。エミリア・ロマーニャの人は、ここの特産――微発砲赤ワインのランブルスコと合わせて楽しむし、キャンティ・クラシコのようなリッチなワインでもひけをとることはない。

(スイサンドンヤ・ドットコムさんでも、ランブルスコやキャンティを扱ってるよ。構うことあないから、じゃんじゃん注文しておくれ)。

それに加えてパルミジャーノ・レッジャーノが素晴らしいのは、健康効果だ。昔から、このチーズの王様には薬効があると言われてきたが、新鮮な全乳に含まれている栄養素が、あらかた残されているのみならず、より濃縮された形でタンパク質やカルシウム、ミネラルやビタミンが豊富に入っているのさ。

もちろん消化吸収も良く、さらに殆どのチーズの中で、もっともコレステロールが低いっQてえんだから、あっしら年よりには嬉しい話さね。

そんなパルミジャーノ・レッジャーノ。あっしが一番好きな食べ方は、パルミジャーノのリゾットかな(イタリアじゃあ、リゾットにハズれなしってくらいのメニューだよ)。

それも大きくカットした、丸のままのパルミジャーノに窪みを作り、その中に熱々のリゾットを入れ、そいつを温かい皿に移して食べるのさ。(以前も紹介したが、こいつは麻布十番のピッコログランデで食べられるよ)。

こいつは、もう天にも舞い上がるばかりの美味しさだよ!

さーて、時間がきやがった。それじゃあ、お客さん。次回をお楽しみに!

ビーフのグリル、ニンジンソース

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 10 
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小豆のモンブランです♪

 
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みんな稀勢の里の嫁が気になります

2015-02-19 08:35:43 | Weblog

昨日はこのブログで使っているWordPressの機嫌がわるく、「稀勢の里関、朝イチ出演!」、書いた文章の半分がなぜかどうしてもUPできませんでした。

といってもUPしようとした文章は、昨日ツイッターで流れされていたものを編集しただけのもの。本日、再度UPしようと思います。

昨日の朝イチ、見逃した方はこちらでお楽しみくださいませ♪

意外にスルー上手な稀勢の里

相撲では食ってるけどね。

相撲もこのくら(以下略)

みんな稀勢の里の嫁が気になります

稀勢の里関が満足げ

出た! 国技館やきとりいいいいいいいい!

今日は四股をシコたましちゃいました・・・なんて、ウフッ

相撲健康体操! これは良さそう

こら、ヒールで四股踏むな v

靴脱げよ、山口もえ

イノッチ、なかなか良い体勢。さすがジャニーズ

痩せようと思ってます

気は優しく力持ち

すんません、稀勢の里見せてくだされ

山口もえはいいから稀勢の里を出せ

付け人は4人、身の回りの世話をしてくれるわけですか。
付け人には何を?

まず稽古場という稀勢の里関

明るい表情の鳴戸親方
相撲をもう一度取りたくは?

いや、まったくないすね(キッパリ)

ドキドキしながら聞いてましたw

大丈夫ですねー

まばたき少ないし大丈夫です!

まばたきもわかってるのよねー

あんまり喋ってないぞ…

そんなことありません!饒舌でした!そうですか?(笑)今日は喋りまくります!って言われていたのでハードルをあげすぎました(笑)

饒舌でした!

楽しかった。先代だったら出来ない番組だった。

大関、良い顔してたねえ。やっぱり如来顔だよ

かわいいねえ♥️

滅多に見れん表情

普通の若者でした。当たり前ですよね笑
想像以上にキチンと的確に話をしていて…
私がみてるのは勝負の時だけですものね。

15歳から親元を離れて普通の子より厳しく育てられてますから。そして17歳から付け人のいる身分になってますから。

17才から!実力の世界とはいえ、よほど親方がしっかりしないと勘違いしちゃいますね。

先代でしたから、そりゃ厳しかったでしょ。稀勢の里は最近は四股名で呼ばれると言ってましたが、先代は「萩原」と呼んでましたから

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稀勢の里関、朝イチ出演!

2015-02-18 10:49:39 | Weblog

ぺン入れを控えているのに、朝イチに稀勢の里関が出るというので(元琴欧洲・鳴戸親方も)、けっこうガン見。

招き猫みたいなきせ関、なかなか自然体で良かったですねえ。

こういう番組なので、相撲の内容にならないのは仕方ないこと。
おすもうさんの素顔と相撲女子に焦点を当ててたようですが、それはそれで楽しい作りになってたと思います。
「肝心なところで負けるのは何でですか」みたいなシビアな質問にも、ムッとせずに誠実に答えていたのは好感の持てるところ。
元琴欧洲の鳴戸親方も、現役の時のうつむいた表情とは打って変わった明るい表情で受け答えしてましたね。

こっちが地なんでしょうね。 をパチパチさせるのは自分の弱さだと、きちんと自己分析できていたし、意外にスルー上手な大関。
春場所はプレッシャーもスルーして取りこぼさず、最後まで優勝にからんでほしいものだと思いました。

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どこが違う?~ミートソースとボロネーゼ

2015-02-16 08:51:09 | Weblog

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 9 

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2月の短い暦は、はやもう月中旬に突入。

本日も「医食同源・ マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ!」の9話めをUPいたします。掲載日の2004年に同時にUPされていた写真データが、あまりに小さいのにびっくりですが、合わせてお楽しみのほど♪

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 9 
どこが違う?~ミートソースとボロネーゼ
掲載日:2004年10月20日 

まいど、まいど、イダテンのゲンさんです!

先日、九州で台風18号に直撃した話をしたばかりだったが、さっそく今度は首都圏にも台風22号が来やがった。加えて、こないだも関東地方で大きな地震があって、何だか心配な話だよな~。

天候と地震ってえのは一見すると関係なさそうだが、そうでもないらしい。阪神大震災の時に発生した地震雲や・・・先日の地震でも、歌手の小金沢くんが新幹線から撮影した地震雲が話題になった。何でも、台風が日本列島に上陸するのは、震源のエネルギーに関係があるという説があるそうだ。

まあ、そんな耳学問を吹聴したところで、こちとらサカナ屋さんに何ができるもんでもねえ。あっしらにできることは、日々、安くて美味しい食材をお客さんに提供して、元気になってもらうことさな。

おかげさまで2004年度、夏のカタログ「食材仕入事典」は好評そのもの。台風にも地震にも負けず、順調に注文をいただいてるよ! 日本の外食産業に元気を与えるべく、このイダテンのゲンさん。日夜、粉骨砕身でみなさまにあらゆる「食」を提供いたしやす。

さあ、お客さん! 遠慮するこたあねえから、じゃんじゃん注文しておくんなせえ!

食はエミリア-ロマーニャにあり

今回のマンマミーア・イタリアンは、食の都・エミリア-ロマーニャ州を取り上げてみよう(州の東北部がエミリア地方。南西部がロマーニャ地方にあたる)。

中田が在籍していたパルマ、ロベルト・バッジオがプレーしていたボローニャなど、サッカーファンにはよく知られた地域らしいが、ここはイタリア全土の中でも、特に食通の中心地として名高い場所なんだ。

日本と同様、山岳地域におおわれているイタリア半島だが――ミラノからボローニャにかけては、それぞれロンバルディア平原とポー平原という、一大穀倉地が広がっている。

列車に乗ってイタリアを南北に旅すれば、一目瞭然でわかることだが――南のゴツゴツした荒涼たる大地に比べ、この北の大地の肥沃さはまさに対照的だ。昔から言われている南北イタリア貧富の格差は、この大地の違いにあると、車窓からあっしは実感したもんだ。

まさに国家は食にありさね。

さらにエミリア-ロマーニャ地方には、アエミリア街道という「ローマの道」が通っていたんだから、豊かにならぬハズはない。州都ボローニャはアエミリア街道の建設によって発達した町だったわけさ。

軍用道路として開かれたアエミリア街道だったが、ボローニャにもたらされたものは、文化や学問、芸術だった。北方からはゴシック文化(※1)、東方からはヴェネチアを通じて入ってきたビザンチン文化(※2)、南からはローマの文化が交錯し――11世紀にはヨーロッパ最古の大学・ボローニャ大学が建設されて、文化や学問の一大中心地が形成されたんだ。

そんな、お金・知性・食い意地を兼ねそなえた彼らが、イタリア有数の食文化を作り上げたのも、不思議ではない。

パルマ産生ハムや、チーズのパルミジャヤーノ・レッジャーノ。モデナ産のバルサミコなど、イタリアを代表する食材の多くが、このエミリア-ロマーニャの特産品だったりする。

今回はイタリアでも有数な食通の地・エミリア-ロマーニャ州――食べた気分になっていただきやしょう!

※1 中世西ヨーロッパ(北フランスからドイツ周辺)における美術の一形式。建築は高く窓が大きく、先端のとがったアーチ型が特徴。

※2 東ローマ帝国(現在のトルコ)に起こった、5~15世紀の美術様式。ササン朝ペルシャの影響を受けた東洋的な雰囲気が強い。

旅するミートソースくん

エミリア-ロマーニャで最も有名な郷土料理といえば、何と言っても「スパゲッティ・ミートソース」があげられる。日本でもっとも一般的な洋食の一つであり、給食のメニューにも顔を出すこの一皿だが、実はミートソースくん――この地方、出身の料理なのさ。

なに、どうせ洋食のミートソースは、アメリカ経由で日本にやってきたものだろうって?

へっへっへ、お客さん。よく勉強してらっしゃるね。

そう。洋食屋で出されるミートソースは、ピザやナポリタンと同様、イタリア移民が持ち込んだアメリカ料理を、さらに日本人の舌に合うべくアレンジしたものだったのさ。

本場のミートソース――つまりスパゲッティ・ボロネーゼ(ボローニャのスパゲッティ)は、洋食のミートソースとは似て非なるもの(洋食のミートソースも、あれはあれで美味しい。学食カレーとインドのカレーのように、まったく違う料理だな)。

向こう出される正式なミートソースは、ラグーと呼ばれる肉を煮込んだソースに、タリアテッレという、きしめんタイプの手打ちパスタを和える。その名もタリアテッレ・コン・ラグー・アッラ・ボロネーゼ(相変わらず舌を噛んじまうな)・・・つまり「ボローニャ風きしめん・煮込み肉汁合え」ってトコかな。

どこが違う?~ミートソースとボロネーゼ

裕福な都市国家ボローニャだったが、スパゲッティ・ボロネーゼには、イタリア料理らしく貧乏料理の名残りがある。ミートソースにあたるラグーが、クズ野菜とクズ肉で作れるソースだからだ。

基本材料はタマネギやニンジン、セロリ。それにミンチにした牛肉と赤ワインだが、特に決まりはなく――香味野菜なら何だって良いし、肉にしても豚肉とパンチェッタ(ベーコンのような豚バラの乾燥塩漬け)を加えてもOKだ。

そのみじん切りにした野菜を、オリーブオイルで炒めて挽肉を加え、水分が飛ぶまで1時間近くかけてじっくり濃縮させるのさ。

え? トマトは入れないのかって。

そうそう、言い忘れてたが、洋食のミートソースとスパゲッティ・ボロネーゼとの大きな違いは、トマトの量と入れ方にある。

洋食ミートソースは缶入りトマトをたっぷり入れ、場合によってはケチャップなどを加えて味つけするんだが――スパゲッティ・ボロネーゼに入れるトマトは少なめだ(6人分で300g/トマト缶1個弱)。しかも煮込まず、最後に入れて味を整えるのに使う。

この仕上げのトマトは「パッサータ」と呼ばれ、トマトを裏ごしして軽く煮詰めたもの。こいつが味の決め手になるのさ。

トマトを使う量が少ないのは、流通の発達してなかった時代に、北部イタリアではトマトが希少な食材だったためだと言われているが、とはいえトマトソースなしのラグーもありえない。

トマトは煮込んでいるうち、タマネギやセロリの味と同化するので、最初から入れると、どうしてもその味わいが消えてしまう。そこで、最小限の量でトマトの味を引き出すレシピが、現在のボロネーズなのさ。

ボロネーゼに限らず、エミリア-ロマーニャの郷土料理はハムやチーズ、肉が主役で、トマトはあくまで脇役だ。それは、あっしら日本人が抱いてるイタ飯のイメージとはギャップがあるものの、われわれが知らないイタリア料理の王道だと言えるだろう。

おふくろの味、トルテッリーニ!

同じパスタでも、この地方ではボロネーゼよりも一般的に食べられてる一品がある。それがトルテッリーニだ。

トルテッリーニを簡単にいえば、イタリアのプチ餃子だ。生パスタの中にトマトなどの野菜や肉を詰め込んだパスタで、大粒の指輪みたいな形をしている。これは日本でも乾燥ものが売られているが、やはりパスタ・フレスカ(生パスタ)を使用したものがダントツに旨い。

特にトルテッリーニ・イン・ブロードは、この地域のソウル・フード・・・いわゆるおふくろの味として、地元の人々に愛されてやまない逸品だ。ブロードとはコンソメのイタリア語で、ワンタンみたいな食べ方をすると思えば、間違いないだろう。

本来、トルテッリーニの中に入る具は、何だって構わない。リコッタチーズ、挽肉、トマトなど、好きなものを好きなように入れればいいんだが、このおふくろの味だけは入れるものが決まっている。

具には、モルタデッラと呼ばれるボローニャ特産のソーセージ、豚肉、七面鳥の肉、生ハム、チーズ、そして香りにナツメッグを入れる。

そしてスープとして、牛肉と去勢した雄鶏、香味野菜を使ってブロード(コンソメ)を作る。

こうして出来上がったスープパスタは、冬などはかなり冷え込むエミリア-ロマーニャ地方にとっては欠かせない。青森でいえばじゃっぱ汁や、北海道の三平汁、秋田のきりたんぽ鍋・・・いやいや、日本人にとっての味噌汁みたいなモンだろう。

餃子でもワンタンでもそうだが、こういった具を包む料理というのは栄養バランスがきわめて良い。その上、このトルテッリーニ・イン・ブロード・・・すべての栄養素を網羅できるだけでなく、胃腸にもやさしいなごみの一皿なんだ。

エトルリア人も食べた生パスタ?

さて――以前、「マンマミーア・イタリアン3」の時にお聞かせしたように、乾燥パスタと生パスタってのは、本来はルーツを別にする違う食べ物だ。

だからじゃないが、乾燥パスタが劣っているとか、パスタ・フレスカの方が必ず美味しいとは、一口には決められない。あくまでその旨さは、レシピによりけりだ。

だが、エミリア-ロマーニャ人に関して言うと、連中は明らかに生パスタを好む。特にトルテッリーニに関して言えば、パスタ・フレスカで食べるのが大前提のようだ。

北イタリアはデュラム小麦の成育に適してないこともあるが、それ以外の理由として、どうもエミリア-ロマーニャの人は、生パスタを生み出したのが、自分らの祖先だと信じているように思えるんだ。

なに? ゲンさん、あの時「生パスタのルーツは、古代ローマにある」と言ってたじゃないかって?

お客さん。覚えていてくれたの嬉しいが、よーくお読みよ。その下に「パスタの起源については諸説紛々」って、ちゃんと但書きしてあるだろう(え? ゲンさん、江戸っ子のクセに予防線張るようなセコい真似するなってか? へへ、そうじゃねえって。あくまで正確な記述をしたまでよ)。

実は先日、あっしのお客さんが、あの記事をボローニャ出身のイタリア人に教えたところ

「パスタ・フレスカを生み出したのは、私たちの祖先エトルリア人だ!」

と言って譲らなかったそうだ。

何でもエトルリア人ってえのは、紀元10世紀くらいから北部イタリアに住んでいた民族で、アジア方面からやってきた人たちらしい。紀元前3世紀には、ローマ帝国の逆鱗に触れて滅亡したが、おそらくは根絶やしにはならず、生き残った連中がいたんだろう。

(メキシコやペルーでも、マヤやインカの子孫が大勢残ってるからな)。

ともかくも謎に包まれてる民族なんで、ことの真偽は今となっちゃ薮の中だが――紀元前4世紀頃と見られている遺跡からは、麺棒や小麦粉の袋、ギザギザの歯がついたラビオリのカッターが出土されてる。あながち根拠のない話でないかもしれない。

エミリア-ロマーニャというのは、当時、ローマ文化圏と一線を画してした地域だ。

「骰子(さい)は投げられた」で知られる、ルビコン川はこの地域(リミニ周辺)を流れており、ローマとの国境になっていたことで知られている。

国境を越えてパスタが行き来していたかはわからねえが、それにしても「食」というものが国を左右していたことは間違いねえ話なのさ。

さて、時間が来やがった。今回は、エミリア-ロマーニャで食べられているパスタの話で終わっちまったが、次回はこの地方の特産品、生ハムや、パルミジャヤーノ・レッジャーノの話でもいたしやしょう。

それじゃあ、お客さん! 次回をお楽しみに!

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みちのくの仏像展、見に行きました!

2015-02-15 09:29:45 | Weblog

金曜日に「みちのくの仏像展」見に行きました。

東京国立博物館で仏像展は何度も開催されてますが、東北地方の仏像のみを一堂に会する展覧会は珍しい。
いや、京都や鎌倉の仏像とはまったく違う世界にびっくり。

予想していた以上に素朴でありながら、力強い仏像が並んでおりました。

たおやかな京の仏像に比べ、荒々しい鑿の跡が残る、何やら太古の叫び声が聞こえてきそうな仏像は、東北地方というのが違う文化圏だったことを想像させてくれます。

こちら円空作の釈迦如来立像をご覧ください      
円空初期の仏像で、平べったい顔と細い目はほかのみちのくの仏像にも共通した顔だちです。

比べて中心の十一面観音菩薩立像もご覧あれ 

みちのく仏像は、円空仏のような平らな顔とは真逆な、彫りの深い西洋人に近い顔だちも混在していて、ロシアの方から渡って来た人たちと現地の人たちが混血を繰り返していたのではと、想像をかき立ててしまいます。

俗に秋田美人は混血のためだなんて言いますが、真偽のほどは別にして、みちのく仏像・・・素朴な作りは共通にせよ、顔立ちのコントラストが興味深いところです。

仏像じゃありませんが、津軽出身のセブン区議。みちのくの仏像のような良いお顔をされてますね~。遺伝子が証明してる?(笑)。

一方で、上のパンフ写真上にある十二神将立像は山形の中部・置賜にある本山慈恩寺に収蔵されている仏像ですが、これは完全に京や鎌倉と同じスタイルの仏像です。

明らかに都で修行をした仏師が彫ったもので、フォルムも実際の人体に近い実に高度なテクニックをともなった作品。

ほかのみちのく仏像に玉眼(ガラスに着色して内側から眼を入れたもの)がないのに比べ、こちらは精巧な玉眼が入っています。

山形は庄内・羽黒山にある五重塔を見てもわかる通り、東北地方と言っても朝廷文化のお膝元ですから、おそらくは都の仏師が彫ったものに違いありません。時代が鎌倉時代ですから、運慶快慶の流れを組むものかもしれませんね。

みちのくの仏像展は4月5日まで。

平成館ではなく、本館特別5室という比較的小規模な展覧会ですが、見応えは十分。
入場料も1000円と比較的安めです。

見終わったあとは、常設展示もご覧になっては如何でしょう。
ここ、実は台湾の故宮博物院に負けないほどの見応えです。

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紅花ばあさん、町内で猛威をふるう!

2015-02-14 11:07:02 | Weblog

先日、近所にあるオフィスに再就職した友だちと食事に行った時のこと。

「こないだねえ・・この辺徘徊してた、認知症のお年寄りをマンションまで連れて行ってあげたんだよ」

むむむ!
徘徊してる年寄りだと~? そんなのこの辺りじゃ、ひとりしか考えられないぞ。

「認知症の年寄り? もしかしてバアさんで、紅花って名前じゃなかった?」

「そうそう、紅花って言ってた。下の名前は?」

「咲子。紅花咲子だよ

「ええ~! じゃあ、連れてったマンションって?」

「うちのマンションだよ。しかも同じフロアの一軒先」

まったく紅バア、目がロクに見えないくせに町をウロウロ徘徊し、親切そうな人をつかまえては家まで連れてくるそうで・・・困ったものです。

「紅花さんねえ、近くのマンションに藤あや子が住んでるって言ってましたよ」

「え? そんなの初めて聞いた。なんで紅バアがそんなこと知ってるの?」

「藤あや子がマンションまで送ってくれたことあるんだって。妹さんと一緒でだったそうよ」

うーん。
藤あや子さん、良い人なんですなあ。でも紅バアにダマされてはいけませんぞ。

実はマンションの理事会でも紅バアのことは議題に上がり、宇都宮の紅息子に連絡をとったそうです。

それによれば実家にも行かず施設もイヤがる紅バアですが、紅息子はトイレにセンサーを入れたり、ヘルパーの日数を増やすなどして、食事などには不自由しないようにしてるそうです。

なるほど、最近食べ物の無心に来なくなったなと思いましたが、けっこうそういう意味では満たされてきてるのね。

紅息子によれば、あと一歩で施設に入ってくれるところまで来ているそうで、逆にマンションの人には必要以上に親切にしないでほしいとのこと。
居心地が良くなって、施設に入るのをイヤがるようになっても困るからだそうです。

よく動物園にある「エサをやらないでください」みたいなものでしょうか(暴言)。

まあ、外に出て私の友だちや藤あや子に迷惑かけるとこまでは面倒見られないけどね~。高齢者問題を考えてしまう一件ではありました(苦笑)。

 
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カルパッチオは1963年生まれ?

2015-02-13 07:48:32 | Weblog

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 8 

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こちらは拙画「ヴェネツィアのシエスタおじさん」。20代の時に描いた作品です。

しばらくぶりのブログアップですが、本日も「医食同源・マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ!」のUP。8話めです。

明日は新ネタでブログアップいたします。
お楽しみに!

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 8  
カルパッチオは1963年生まれ?
掲載日:2004年10月6日

まいど、まいど、イダテンのゲンさんです!

このところ世間さまじゃあ、プロ野球の場外乱闘の話題で騒がしいところだが――本来ならいちばん肝心の話――どこの球団が優勝するか、日本シリーズがどうなるかって話が、あさっての方向へ行っちまった。

何の商売にせよ、売るモノの中身がいちばん肝心だ。尾ひれの話や場外の話は、あっても構わねえけど――そいつがメインになるのは歓迎できねえ。

ともかく、早いとこ野球の中身が話題になるようになって欲しいもんさね。

そんな意味で、近頃あっしは「売るものの中身」をいつも考えてる。

そうさね、お客さんがたは、スイサンドンヤ・ドットコムさんの新しいカタログ、「食材仕入事典」はご覧になったかい?

手前味噌になるが、今回のカタログは素晴らしい出来だよ!

商品のボリュームアップは当然のこと。欲しい食材の産地や特徴、解凍方法などが懇切丁寧に記されていて――たとえば、旅館やホテルの朝食ビュッフェにはこれが最適、高級メニューでアクセントをつけたい時はこれ――といった具合に、どんな時にどの商品が必要か、文字通り「事典」のように引き出すことができるのさ。

インターネットが得意なお客さんも、苦手なお客さんも――いつでも、どこでも、好きな食材を欲しい時に、欲しいだけ入手できる虎の巻・・・。

そいつが新しい「食材仕入事典」ってワケさね。

毎度お馴染み、山形イタリアンのヤマガタ・サンダンデロ、鮭のルイベのカルパッチョです♪

アドリア海の「食材仕入事典」(ヴェネト料理)

今回の「マンマミーア・イタリアン」は前回に引き続き、アドリア海の女王と讃えられたヴェネチア料理(ヴェネト料理)についてお聞かせいたしやしょう。

七つの海をまたにかけ、スパイスや絹織物をかき集めてきたヴェネチアの商人たちは、食の飛脚・イダテンのゲンさんにとって、ちょっと他人に思えないものがある。

なに、ヴェネチアとゲンさんなんて、何だか似合わないってか?

そう言わずお聞きよ、お客さん。そら、あっしら日本人にとって、ヴェネチア料理の経緯は聞けば聞くほど、他人事とは思えないものがあるのさ。

食料自給率が低かった――というより、魚と塩以外は何ひとつ採れなかったヴェネチアには、だからこそ、世界中のありとあらゆる食材が集まった。これは今の東京で、世界中の料理が食べられるのとよく似ている。

10世紀後半から18世紀の700年間――ヴェネチアもまた、経済を原動力にさまざまな料理を作り上げたのさ。

スパイスによって得た莫大な資金(時に重さあたり金と胡椒は、同じ価格で取り引きされた)によって、これ以上ないというほど豊富な種類の食材を得ることができたわけだ。

ありとあらゆる魚介類に加え、牛や豚、鶏、羊に馬肉、カモやガチョウ、ウサギにカエル。米や小麦にインゲンやエジプト豆(ひよこ豆)などの穀類、アスパラやタマネギ、ピーマン、アーティチョク、そしてフルーツなど――当時とすると、世界の食材がヴェネチアという小さな地域に集まってきたわけさね。

いわば、ヴェネチアはアドリア海の「食材仕入事典」だったというワケさね。

つや姫のリゾットです。

ゴージャス好きなヴェネチア人

こいつは、エビ太郎・エカキ先生の受け売りだが――ヴェネチアには宴会をテーマにした絵が多いそうだ。有名なのは、ヴェロネーゼという画家の「カナの婚礼」だそうで・・・なんでもキリストがカナの町の婚礼に呼ばれた時、カメの中にあった水をワインに変える奇跡を描いたモンなんだってよ。

何、それなら宗教画だろうって?

それが、磔にされて死にかけてるキリストと違って、ゴージャスな祝宴を描きたいがために流行ったテーマなんだそうだ。

そんな派手好みなヴェネチア人の気質は、今でも2月のカーニヴァルに垣間みることができるのさ(もっとも、彼らは質素な一面も持っていたそうで――その辺が、豪華さと素朴さを合わせ持つイタリア料理に通じるのかもしれない)。

文献によれば、ルネサンス時代の味覚は今とは随分違ったもので、どうやら甘辛くスパイシーな味を好んだらしい。

肉はスパイスと塩で味付けされた。

ソースはオレンジやイチジク、リンゴなど、フルーツの砂糖漬け&ジャムを、辛子で和えたものや、卵黄をレモン汁で溶いたもの等が好まれたという。

鶏肉のザクロ風味や、レーズンと松の実にオレンジソースを加えたラビオリ。

豚肉や子羊には、シナモン、クローブ、カルダモン、ナツメグ、ショウガにレーズン、ブドウ汁を加えて煮詰めた「サラセン風ソース」などが使われたという。

保存技術が限られていた昔は、素材の持ち味を生かすなんて芸当は、それこそ生産地でないとできなかった。当然、肉にスパイスや塩をまぶしたり、ソースを煮詰めたり、砂糖漬けにして、日持ちを良くさせたりといったレシピが主流だったのも納得さね。

どう考えてもこれらは、シンプル・イズ・ベストを信条とする現在のイタリアンとは、程遠いものだ。実は、イタリア全土でシンプルな料理が好まれるようになったのは、新鮮な素材が手に入りやすくなった最近の話なんだ。

世界をめぐるヴェネチア料理

ルネサンス、ヴェネチアの味――それは今となっては、想像するほかない。

チキンのハチミツソースのように、甘辛さにハーブやスパイスの香りがミックスされた味をあっしは想像するんだが、たぶんもっと濃くてキツい味だったんだろう。

今のイタリアンでは、ドルチェ(デザート)以外の料理で、砂糖などの甘味を使うことは、まずない。だからヴェネチアはもちろんイタリア本国でも、前述のサラセン風ソースのような、甘辛く濃厚な味はほとんど残っていない。

ただ、この時代のレシピは、中部トスカーナ地方に残っているそうだ。イノシシ肉のチョコレート風味という料理で・・・うーん、どうなんだろう。何だか、肝臓と動脈が叫びを上げてしまいそうなシロモノだな~(エルビス・プレスリーは、肥満に苦しんだ晩年には、ハンバーガーに板チョコを挟んで食べていたそうだがね)。

ここで思い出されるのはメキシコ料理にある、モレソースというチョコレートをスパイスで煮詰め(砂糖が入っているわけではない)、煮込んだ鶏肉と一緒に食べる料理だ。

ソースの材料は唐辛子をはじめとするスパイスやハーブ。タマネギ、トマト、ナッツ、胡麻、脂身やスープ、そしてチョコレート。これらの材料をなめらかなピューレにし、くつくつと煮込んで作る。

甘くはないし、カカオはメキシコ原産の食材だから、もちろんヴェネチア発祥でも何でもないんだろうが――あっしには、モレソースのこうした味覚に、七つの海を駆け巡っていた時代の名残があるような気もするんだよ。 

サルサはイタリアで生まれた?

ヴェネチアに巨万の富をもたらしたスパイスは、保存の決め手としてだけでなく、当然味の決め手としても用いられていた。と言っても、インドのカレーのような、煮込み料理としてスパイスを使ったわけではなく、ソースとして好まれていたようだ。

現在では、スパイシーな昔のヴェネチア料理は、ほとんど姿を消してしまっているが、その中で「サルサ・ペアラ」と呼ばれるソースだけは、今でもヴェネト地方の人に愛されて残っている。

サルサって言うと、何だか中南米の踊りみてえだが、イタリア語でソースのことだ(たぶん、踊りの呼び名もその辺から来てるんだろう)。ペアラというのは、胡椒・・つまりペッパーのヴェネト方言(イタリア語はペペ)のことだ。

サルサ・ペアラの作り方は、まずバターを溶かし、細切れにした牛の骨髄(※1)を入れて溶かす。それにたっぷりのコンソメスープとパン粉を加え、2~3時間かき混ぜながら、弱火でコトコト煮る。仕上げはパルメザン・チーズと、よく擂り潰した胡椒を加える。

こいつを肉に添えて、各人が好みでソースを和えるわけだが、14~16世紀頃はさまざまな薬草やスパイスを使っていたらしく、ペスタトーリという擂り潰し屋さんまでいたそうだ。

こういった、ソースの数々はフランス料理にも大きな影響を与えている。

よく言われているように、フランス料理はイタリアンがベースになっていて――あの濃厚なソースも、きっと当時のヴェネチア料理の名残りもあるんだろうと、あっしは考えている。

※1 BSE問題が未解決のため、現在このレシピがあるかは不明。

カルパッチオは1963年生まれ?

さて、この辺でヴェネチア料理でもっとも良く知られている、カルパッチオの話をしよう。カルパッチオってえのは、16世紀頃に活躍したヴェネチアの絵描きさんの名前だそうだが、実はこのレシピができたのは1963年とたいへん新しい。

カルパッチョを考案したのは、ヴェネチアの伝説的リストランテ「ハリーズ・バー」の創設者ジュセッペ・チプリアーニ。シンプルをモットーとする現在のイタリア料理は、実はチプリアーニらを先駆けとする新しいスタイルがモトになっているそうだ。

チプリアーニいわく。

「私どもの常連さまに、さる伯爵夫人がいらしたのですが・・・その方が医師の指示で厳しい食事制限を余儀なくされました。

中でも特に火を通した肉はいけないとのこと。なんとか夫人に満足していただこうと、牛のフィレ肉をごく薄くスライスし、シンプルなソースを添えてお出しいたしました。私どもは、それをユニバーサル・ソースと呼んでおりますが、これは肉にも魚にも合います。

伯爵夫人には大いにお気に召していただきましたが、何かこのレシピに名前はないかということ。そこで、当時ヴェネチアで話題になっていたカルパッチョの絵画展が、頭に浮かびまして・・・この料理の色が、どことなくカルパッチョの赤を思わせたので、そのままこの巨匠の名を料理名にしたのです」

チプリアーニが考案したユニバーサル・ソースってえのは、マヨネーズにトマトピューレー、マスタード、ウスターソース、生クリームを和えただけのシンプルなものだが、特に決まりはない。

刺身文化の定着している日本では、マグロやタイなどの魚をカルパッチョにして出すことが多いけど、こいつは肉にせよ魚にせよ、新鮮でないと美味しくないレシピだ。

冷蔵や冷凍技術が発達した現在だからこそ、できるレシピかもしれねえな。

さて、時間が来やがった。

今日は外苑前のアル・ソリト・ポストで、ピッツァと明石鯛のカルパッチョを、白ワインで流し込むとしよう。

じゃあ、お客さん! 次回をお楽しみに!

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もりしーは見てるぞ!

2015-02-10 08:31:19 | Weblog

発達障害児のためのスポーツ塾「チットチャット」の代表、”もりしー”こと森嶋勉さんから追加の依頼がありました。

何でも父兄からのリクエストで、「もりしーは見てるぞ」と「やるなー」が口グセだそうです。ご本人が大阪人なので派手目に色づけしました(笑)。

チットチャットの自閉っ子たち、今日はこの冬一番の寒さだけど、まけずに一日がんばろー!

 
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ちょっくらヴェネチア物語を一席

2015-02-09 10:32:01 | Weblog

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 7 

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北イタリア料理の話ですが、写真は南イタリアはナポリ出身ペッペのお店。神谷町ナポリ・スタカの品々です♪

本日も昨日に引き続き、「医食同源・マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 」の7話目を公開いたします。

お楽しみいただければ幸いです♪

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 7 
ちょっくらヴェネチア物語を一席
掲載日:2004年9月22日

まいど、まいど、イダテンのゲンさんです!

今年は台風の当たり年っていうのか、上陸回数はすでに過去最大とのことだ。先日も、あっしは商用で熊本は阿蘇に出かけていてな・・・そこで、あの台風18号の直撃に遭っちまったのさ。いやはや、九州の台風ってえのはモノが違うというが、雨風が地面と平行に吹いてくるんだから驚きだ!

もちろん、どこにも行くことなんかできないから、宿でじっと温泉三昧さ。

風がおさまった頃を見はからって表に出たところ、そこいらで木々や看板が倒れていて、道路には葉っぱや木の枝が散乱している。信号機は止まっているし、あちこちで屋根は吹き飛んでいるし、窓ガラスは割れているし・・・いやはや自然の脅威の前には、人間の作り出したものなんて、ひとえに風の前の塵に同じだよな~。

何、ゲンさん。サカナ屋のくせに、何で阿蘇みたいな山の中に行ったんだって?

どうせ接待ゴルフだろうってか?

お客さん、そいつは当たらずしも遠からずってトコだが――スイサンドンヤ・ドットコムさんのカタログを見てもわかるように、今やあっしイダテンのゲンさんが取り扱うのは海のモンだけじゃねえ。野菜から肉から・・・それこそトリュフやフォアグラまで扱う、よろず食べ物商売だ。そんなワケで、取り引きのある牧場に出かけていったわけさ。

みなさまに食材を提供するため、このイダテンのゲンさん――雨にも負けず、台風にも負けずで日夜奮闘中だ。

新カタログの食材仕入事典ともども、よろしくおたのみ申しやす!

リヴィエラはどこにある?(リグーリア州)

今回の「マンマミーア・イタリアン」は海のお話。

それも海産物の話だけじゃなく、交易などの話も織りまぜてみたい。まずはジェノヴァとヴェネチアという、中世イタリアにおける、2大海洋都市の物語を取り上げてみようかい!

 お客さんがたも、カラオケで一度くらいは森進一の「冬のリヴィエラ」を熱唱したことがあるだろう。だがリヴィエラって所が、いったいどこにあるのか答えられる人は、案外と少ないんじゃないかい?

ちょっくら地図を見ておくんな。

リヴィエラというのは、地中海はリグーリア海に面する全長約300kmに及ぶ海岸地方で、まさにこのリグーリア州周辺のことを言うのさ。(※1)

地形を見てもわかる通り海に面した州だから、当然サカナは旨い。

ただ以前にも話したように、地中海ってえのは穏やかなことで有名だ。日本近海のように、親潮や黒潮が流れている荒波とはワケが違う。

激流を泳いでくる日本近海のサカナは、当然ながら身が締まっていて、刺身なんかにするとたまらねえ旨さだ。

その一方、地中海で漁獲されるサカナは、穏やかな海でのほほんと育ってやがるから、身も柔らかく、刺身には向かない。フライにムニエル、そしてアクアパッツァといった、水分を抜いて身を締める調理法が多いのも、そういうワケさね。

ところでリグーリア海というのは、海がいきなり深くなるんで、地形から思うほど良い漁はできない。近海で採れたものはそれほど数は多くないのが実情だ。

ただ、リグーリア州の州都ジェノヴァはヨーロッパ有数の港。ここを通じて地中海じゅうの水産物が入ってくるんだが、サカナだけじゃねえ。中世のその昔には、スパイスや小麦、米、豆など、さまざまな食材が持ち込まれてきたのさ。

※1 リヴィエラとは海岸を意味する言葉。ジェノヴァを中心に西リヴィエラと東リヴィエラに分けられ、西は南フランスにかけての海岸をも含まれる。

港ジェノヴァが生んだもの

ジェノヴァというのはコロンブス生誕の地として有名だ(イタリア名・コロンボ)。

稀大の山師さんが生まれた場所とあって、ここには港町独特のいかがわしさがある。地形を見ての通り、ここは海からも陸からも、人々が自由に行き来できるようになっていて――町を歩くと、地元のイタリア人はもちろん、フランス系やスペイン系、そしてアラブやアフリカ系の人種がクロスオーバーしている。

人間が行き来をすれば、食べ物も自然と行き来するワケだが、リグーリア州では地物の特産物と、よそから来た素材が合体したレシピが多い。

有名なジェノヴァ・ペースト(ペースト・ジェノヴェーゼ)も、そんなクロスオーバーによって生まれたもののひとつだ。

ジェノヴァ・ペーストはご存じの通り、バジリコを潰して、ニンニクとチーズ、松の実、オリーブオイル、塩と一緒にペースト状にしたシンプルなソースだ。こいつを茹でたパスタやニョッキ、トロフィエ(カリントウを細くした形のパスタ)に和えて食べるんだが、シンプルなだけに、ちょっとした塩梅が大きな味の差になるってシロモノさ。

リグーリア州は海と山とを同時に持つ地形だ。その潮風溢れる独特の気候のもと――美味しい野菜はもちろん、香り高いハーブが育つことで知られている。

この柔らかなバジリコで作るペーストに合うのが、サルディニア島から渡ってくるペコリーノ・チーズ(羊乳で作られたチーズの総称)だったんだ。牧草地がないリグーリア州は、当然チーズというのは他の地域から運んでこなければならない。

ところが近隣のチーズ名産地、ロンバルディア州やエミリア・ロマーニャ州は、陸続きだが山に遮られていたもんで、大量輸送が可能な海路によって、サルディニアから運んできたんだな。

今も昔も船ってえのは、もっとも安く大量の貨物を運搬できる手段だったわけで・・・食い物の歴史ってえのは、ある意味で交易の歴史でもあるということさね。

ちょっくらヴェネチア物語を一席(ヴェネト州)

10世紀から18世紀頃にかけての永きに渡り、ジェノヴァのライバルとして君臨していた、もうひとつの都市国家があった。それが、アドリア海の女王と称えられた、かのヴェネチア共和国だ。

英語名ヴェニスと呼ばれるこの海の都は、世界有数の観光地として知られているが、その成り立ちは、現在のロマンチックな姿とはほど遠いものだった。

余談になるが、あっしが調べたヴェネチア物語――ガラでもねえのは先刻承知だが、どうぞ聞いておくんなせえ。

今を去ること1500年前、ローマ帝国の末期。

アッチラ率いるフン族(※2)が猛威をふるいながら、ヨーロッパを席巻し、北イタリアをも平らげていった。当時、ヴェネト地方の人々はもちろん――北部ヨーロッパの人々にとって、アッチラの名前は泣く子も黙る存在で――ことその凶暴さにおいて、この暴君の右に出るものはいなかったと伝えられている。

抵抗する者、抵抗しなかった者、財宝を差し出した者、財宝を差し出さなかった者。また女子供、老人や病人といえども、アッチラの目に触れるものは、みな容赦なく平等に殺された。

恐怖におののく人々を導いたのが、ヴェネト地方にいたひとりの司祭だった。彼は人々に葦の茂る干潟(ラグーナ)に移り住むよう、神託を伝えたという。

本当に神様がそう言ったのかって?――野暮なことは、お言いでないよ。ともかくも、その地がヴェネチアの始まりだ。

当時、その地は魚のほかには何もない沼地であり――湿地帯はマラリアなど、さまざまな疫病にさらされていたに違いない。衛生環境が劣悪で、決して住みやすい土地でなかったハズだが、それでも蛮族に殺されるよりはマシだった。

それに、暮らすのに厳しい場所は、襲撃するのも難しいものだ。潟というのは身動きが難しい場所で、大きな船ならすぐに座礁してしまう。襲う方にしても、そんな土地から得るメリットもなかったんだな。

彼らが湿地に住み着いて数100年――やがてヴェネチア人の祖先たちは、潟に木の杭を打ち込むことを覚え、その上に海水に強い石をのせて地盤を作っていた。

地盤は柔らかく不安定だったが、彼らは想像を絶する努力によってそれを克服し、杭と石盤を礎にした土台に建物や道路を建設した。それと同時に水路をひらき、運河をひいていったんだ。

※2 フン族のルーツは中央アジアの騎馬民族とされるが、その詳細は不明。4世紀後半、現在のハンガリーを拠点に、ヨーロッパ全土でフン帝国の猛威が広まる。かのゲルマン大移動もフン族の圧力が原因とされるが、 453年、指導者アッチラの急死によって帝国は崩壊。

スパイスが築いた海洋立国

ヴェネチアの中心にリアルト橋って、でっかい橋があるのを知ってるかい?

あそこはただの観光の目玉じゃねえ、最初にヴェネチア共和国の都市建設がはじめられた、ヴェネチア人にとって記念すべき場所なんだ。

塩と魚しか資源を持たないヴェネチアの人々にとって、はじめから自給自足の考えなどなかった。つまり連中、根っからの商人(あきんど)なんだな。このあたりは、あっしら日本人に通じるものがあるかもしれない。

この点は、食についても同じことが言える。地場で採れるものは魚と塩だけ――米も小麦も肉も卵もワインも、すべて船によってよその地域から運ばれてものだったんだな。

10世紀後半からイスラム諸国と交易をはじめたヴェネチア共和国は、その後17世紀頃にかけて、一大海洋王国として発展する。

 

それから7世紀に渡ってヴェネチアに莫大な富をもたらしたのが、胡椒をはじめとする、ショウガ、シナモン、サフラン、コリアンダー、クミン、ナツメグなどスパイスだったんだ。ヴェネチア人は、これらスパイスをエジプトやトルコなどのオリエント商人から買い取り、ヨーロッパ全土へ売りさばいていったのは、有名な話さね。

スイサンドンヤ・ドットコムさんのような冷凍技術のなかった当時、スパイスが重要な保存手段だったことは言うまでもない。時にスパイスは、重量あたり金と同じ価格で取り引きされ、ヴェネチア共和国に莫大な富をもたらした。

また、何の資源もないヴェネチアだったが、塩だけは無尽蔵に採れた。塩もまた、スパイス以上の保存手段だったから、高値で取り引きされたんだ。

現在のサン・マルコ寺院も鐘楼も広場も――あのすべての町並みが、塩とスパイスで出来上がったと言っても過言ではないだろうよ。

カエルのリゾットに薬効あり?

ヴェネチアの料理をひもとくと、現在のあっしらの食生活に近いものを見出すことができる。つまり、ことヴェネチアにおいては、どんな貧乏人も完全な自給自足はできなかったんだ。だからこそ、ヴェネチアが交易で栄えた理由はあるわけだがね。

農地のない海の都において、作物の収穫することはできなかった。穀物は近場の陸地で採れた米やトウモロコシなどが中心。デュラム小麦は北イタリアでは収穫されなかったので、昔はスパゲッティなどのパスタを食べることはなかった。

この地方に料理にリゾットやポレンタ(トウモロコシの粉を煮込んだ料理)のメニューが多いのも、そういうワケさ。

それでもアヒルやガチョウは、どの家庭でも育てていた。飼育が簡単で、すぐに大きくなるこれら水鳥は貴重なタンパク源だった。

また貧乏人の料理となると、筆頭に挙げられるのがカエルの料理だろう。

海のヴェネチアにカエルはいなかったが、近隣の水田の副産物として、昔はいくらでも採れたという。カエルの収穫に費用はまったくかからなかった。夜に灯を持って水面に近づくと、群れをなして集まってきて、すぐ籠がいっぱいになったそうだ。

カエルは中華でも食材として珍重されているが、これが意外にデリケートな味わいなんだ。こいつは高タンパクで、卵白に多く含まれているアルブミンが豊富なため、病人食に適しているといわれている。

フライにしたり、リゾットにしたりと料理はさまざまだが、特にリゾット・デ・ラーネ(カエルのリゾット)は、パヴィアの町の大司教・聖シーロが、この料理によって、女性たちの病気を治癒させた伝承がある。

その話がホントかウソかは確かめようもねえが――今ではカエルは農薬で採れなくなったそうで、ヴェネチアでも高級食材になってるらしい。イタリア料理によくありがちな、貧乏人の料理が、高級料理に変わった典型的な例だね。

さて、時間が来ちまった。次回はヴェネチア料理といえば、これ!――という、あのカルパッチオを中心に、続きをお聞かせする予定だ。

それじゃお客さん、次をお楽しみにな!

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ!
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フォアグラの道もローマに通ず

2015-02-08 12:53:42 | Weblog

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 6 

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本日も山形イタリアン、アル・ケッチァーノのコース料理であります♪

本日は日曜日の遅い時間のUPということもあって、久々の「医食同源・マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 」の6話目を公開いたします。

それではお楽しみのほどを♪

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 6
フォアグラの道もローマに通ず
掲載日:2004年9月8日

 まいど、まいど、イダテンのゲンさんです!

いや~。凄かったね、今回のアテネ・オリンピックは~♪ 正直言って開会前まで、あっしは大して期待してなかったんだが、かつてないメダルラッシュとあって、こいつは嬉しい誤算だったよな。

オリンピックによる経済効果も1兆円とかで――ここ何年もそんな景気の良い数字を聞いたことなかったが、これからのあっしら売り上げに弾みがつくってもんさね。

もっとも、新橋の飲み屋さんなんぞは、中年のおじさま方が揃って家に直行するもんで、猛暑だったにもかかわらず、イマイチ客足が伸びねえって言ってたな。

けど、すでにあっしのとこには、個人商店のお客さんからの注文がガンガン来はじめている。オリンピックで家に帰っていたお客さんも、すぐに帰ってくるハズさ。これからの巻き返しに期待さね!

さて、あっしらも金メダルに続けとばかり、スイサンドンヤ・ドットコムさんの新カタログ「食材仕入事典」をブチ上げた。

今や「食のサイト」では、日本最大級の規模にノシ上がったスイサンドンヤさんだが、まだまだ売りたいものは沢山ある。商売人としちゃあ、「花」まで売るのは実に楽しいが、それはまだまだほんの小手調べだ。

あっし、イダテンのゲンさんもメダリストたちのように、世界中を駆け巡り、最高の食材を最低の価格でご奉仕できるよう、今後とも精進いたしやすぜ!

アルバ産の白トリュフはいかが?(ピエモンテ州)

 

さーて。前回に引き続いて、北イタリアから郷土料理のお話だ。

特に北イタリアの郷土料理というのは――ピエモンテ州のバーニャ・カウダのように、貧しい農民などの生活から生まれたものが多いのは、前回申し上げた通りだ。

だが、今回はその反対に高級食材を取り上げてみたい。なぜならイタリアンは貧乏人の料理と貴族の料理の両方が、ほどよく融合されている。これは重要なことなんだ。

つまり貧乏人の料理にとって、食というのは生活のため、生きるためにある。

一方、貴族や王様の食事というのは、生きるためだけの目的ではない。食は贅のため、楽しむため、ステータスのためにでもあるのさ。

両者がバランスよく融合したイタリア料理は、味の点からも、医食同源の意味からも、おのずと優れたものに完成されていった。いわば生きるための料理と、楽しむための料理が合体したわけさ。

そのイタリアンで高級食材の代表格といえば、知る人ぞ知るアルバ産の白トリュフをおいて他にはないだろう。

なに? トリュフならフランス料理だろうって?

お客さん、そら間違いじゃないけど、イタリアのトリュフも素晴らしいんだよ。それにトリュフはフランス料理ってイメージがあるけど、実際に世界のトリュフの約70%はイタリアで産出されるのさ(※1)

トリュフといえば、言わずと知れた世界の3大珍味のひとつ、万人が認める高級食材だ(あとの2つはキャビアとフォアグラ)。その中でもアルバ産の白トリュフは、何でも自分の国が最高というフランス人でさえ、足を運んで食べにくるほどのものなんだ。

フランスにはペリゴール産の黒トリュフという、いわば東の横綱にあたるブランドがあるが、それに対してピエモンテ・アルバ産の白トリュフは西の横綱と呼んでも良い存在で、これを使った一皿がピエモンテ料理にある。

ご存じのかもしれないが、トリュフは胞子が形成される頃になると、独特の強い芳香を放つ。この香りこそがトリュフの身上なんだが、ピエモンテの食べ方は至ってシンプル――タリオリーニというパスタに和えて食べるだけだ。

「何だ、パスタか」などと、野暮なことは言うなかれ。あっしら日本人に当てはめて言えば、最高級のマグロに寿司飯が合うのと同じ理屈さね。

タリオリーニは卵を練り込んだ手打ちの生パスタで、ちょっと細めのきしめんって感じだ。溶かしバターで和えた、茹でたてのタリオリーニに、白トリュフをタップリ削ってのせる。うう・・・トリュフの芳香が、ああ!

ただこれだけの調理法で、レシピともいえないような一皿だが、これがいちばん白トリュフの香りが生きる食べ方なんだ。

いかにもシンプル・イズ・ベストを旨とするイタリアンの一皿さね。

※1 イタリアの黒トリュフは、トスカーナからウンブリア州にかけてのノルチャ産が有名。

黒いダイヤに白いダイヤ

ところで知ってるかい? お客さん。

俗にトリュフは「黒いダイヤ」なんて呼ばれるけど、一般にトリュフは、黒より白の方がはるかに高いんだ(ペリゴール産は別格)。白トリュフの方が収穫量も少ないってえのが、その理由だが、白トリュフは黒トリュフの3倍以上もするんだぜ。

なんせピエモンテ地方のリストランテで、さきほどの「白トリュフのタリオリーニ」を注文すると、店のオーナーが直々に出てきてトリュフを削ってくれるくらいだ。1キロ200ユーロ以上、日本円で5万~6万円もする食材のダイヤは、子分に触らせてもらえないってコトなんだろうな。

もともとトリュフってえのは根も茎もなく、カシやナラなど近く地下20~30cmの深さに自生する。人工栽培がきわめて難かしい上、もちろん地表から見えないので、訓練された犬やブタを使って採取するのさ(ブタがトリュフを取る話は有名だが、現在は犬を使って採取するのが主流)。

希少価値に加わり、採取に手間とお金がかかるもんで、トリュフはどうしても高くなるわけだね。

おトリュフさまは人まかせにできない?

余談になるけど、実はあっし。一度、トリュフでしくじったことがある。

10年ちょい前のバブル全盛の頃――あっしはトリュフの買い付けに凝っていた。その時はキロ/6万もするようなトリュフが面白いように売れ、産地のフランスやイタリア、スペインなんぞに足しげく通ったものだ。

買い付けに関しちゃ、なるべく自分で行くことにしてるイダテンのゲンさんだったが――その時はどうしても外せない用事があったもんで――語学に長けた新入社員に「トリュフ100kgばかし買い付けてこい」というミッションを与えて、イタリアに送り込んだのさ。

ところが語学と商売は別物だ。そいつは到着したその日に、ローマの地下鉄でスリに大金を盗られちまった。もっとも不幸中の幸いか、全部やられたわけじゃないらしく、カードのいくばくかの現金は手もとにあったらしい。

国際電話をかけてきて、

「どうしましょう?」ってぬかすヤローにあっしは、

「どうします、じゃねえだろう。体が無事だったから良かったようなもんだけど・・・

おめえ持ち金、あといくらあるんだ? トリュフ100kgも買えるのかよ?」

って聞いたのさ。

そしたら「何とか大丈夫です」って、意外に涼しい声で答えたのさ。

ずいぶん大金持って出かけたんだな・・・金を盗られたのはマヌケだが、わりと度胸も据わってやがる、と感心してたところ、何日か後にそいつは無事、帰国した。

ちゃんと商談も成立したって言うんで、あっしもひとまずホッとしたんだがね・・・。

ところが、イタリアから送られてきた荷物を開けて、驚いた、驚いた!

トリュフはトリュフでも、中に入ってたのはチョコレートのトリュフさね。

あっしは怒るより呆れ返って、問いただしたんだが、その時はあとの祭り。ヤロー、鳩が豆鉄砲くらったように、キョトンとした顔で、

「え? トリュフってチョコレートじゃなかったんですか?」だと。

そらトリュフのチョコは安くもないが、本物のトリュフと比べればケタが違う。どうりで、持ち金で買えたはずさね。

あとで聞いたら、そいつは大の甘党でトリュフチョコが大好物。そのオリジナルがキノコのトリュフであることはもちろん、存在すら知らなかったんだと。

まったくモノを知らねえってのは、おそろしいもんさね。

え? そのトリュフと社員はどうなったかって?

トリュフ・チョコレート100kgは、みんなに配って喜ばれたよ。その社員はさんざんどやしつけてやったが・・・考えてみれば、あちらのリストランテではオーナー自らが削ってお出しする、おトリュフさまだ。自分で買い付けしなかった、あっしの責任さね。

そいつは意外に根性があったから、ずっとうちで続いてるよ・・・最近ようやくモノになってきたところさね。ともかくもまあ、笑い話になってくれて良かった次第さね(脚注・とある食品会社の実話です)

フォアグラの起源はイタリアにあり?
(フリウリ-ヴェネチア・ジューリア州)

トリュフが出たところで、ついでにもう一丁、今度はフォアグラの話でもしてみよう。

もっともフォアグラというと、世界的にはどうしてもフランスやハンガリーが有名だ。

(スイサンドンヤ・ドットコムさんのフォアグラも、フランス産! 歩留まり100%の素晴らしい品だ。1人前のポーションになっており、手軽に無駄なく使えとても便利、どうか試しておくんなせえ)。

だが、イタリアのフォアグラというと、あまり聞いたことがない人も多いかもしれない。

それもそのはずで、最近まではイタリア人ですら、国産フォアグラの存在を知らなかったそうで、イタリア全国区で見てもマイナーな存在だった。

フリウリ-ヴェネチア・ジューリア州(以下フリウリ州)は、地勢を見てもわかるように、オーストリアに接している。いわば、あのハプスブルグ家のお膝元に近く、そのためフリウリはオーストリアやハンガリー料理の影響が色濃く根付いている。

グラーシュ(グヤーシュともいう)と呼ばれる、牛などをパプリカで煮込んだスープは、ハンガリーのオリジナルだが、フリウリの郷土料理に同化している。エスプレッソに生クリームを入れる習慣も、ウインナ・コーヒー・・・ウィーン経由のものかもしれない。

また、このフォアグラも然り・・・ハンガリー、オーストリア経由でやってきたものと思いきや、どうやら逆にイタリア半島がオリジナルなんだそうだ。 

フォアグラの道もローマに通ず

なんとフォアグラの起源は、生パスタと同様、古代ローマに遡る。

飽食をきわめ、満腹になるとガチョウの羽で吐いてもどし、さらに別の料理を食べたという古代ローマ人・・・彼らはそのガチョウにイチジクを無理矢理食べさせ、肥大した肝臓――フォアグラを作っていたといわれている。

それがローマ帝国崩壊後、ヘブライ人――つまりユダヤ人の祖先たちがフォアグラ作り方を引き継いで、ハンガリーからオーストリア、フランスへと伝えたというんだ。

もちろんフリウリのフォアグラも、ハンガリールートで伝わったものなんだが――最近の研究で、BC100年くらいのフリウリ州がフォアグラの名産地だったことがわかってきたそうだ。

当時は首都ローマからも注文があったほど、フリウリのフォアグラは有名だったらしく、最近は町起こしの一環として、ガチョウ料理やフォアグラを売り出すようになってきたそうだ。

フォアグラ・・・つまり肝臓以外の部位使った料理が多いのもフリウリ料理の特徴で、胸肉の燻製やハム、ミートソースや、ポレンタとの付け合わせなど、バリエーションはさまざま。ただ残念ながら、日本ではフォアグラ以外の部位はなかなか食べられないようで、あちらに行った時に、食べてみたいもののひとつかな。

さて、普段なら話したものを食べたくなるのが、いつものパターンだが、今日の場合はちょっくら高級な食材だ。だが・・・やっぱり、あっしは食べるよ!

西麻布のラ・ボンバンスのトリュフにするか(時期により出る出ないアリ)、竹橋の毎日新聞社のビルに入ってる「アラスカ」のフォアグラにするか・・・。

どちらもイタリアンじゃねえが、今日は気張って高いモンをいただくとするかな。

すまねえな、お客さん! 一人で旨いもん食べちまってよ。

それじゃあ次回をお楽しみに!

マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 
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