小暮満寿雄 Art Blog

ダジャレbotと間違われますが、本職は赤坂在住の画家です。作品の他お相撲、食やポリティカルな話も多し。右翼ではありません

日本橋「又佐」のサバサンド〜今日から沖縄です。

2018-08-18 15:17:03 | Weblog

昨日は日本橋の「又佐(またざ)」で一杯。
左上のサバサンドが絶品で、しかも日本酒に合いまくりなのにびっくりでした。

ほかにも豆腐の味噌漬け、つくね、卵焼き、メンチカツに〆はおにぎり(明太子)♪
やっぱり日本酒の〆はお米ですね!

今日はこれから夜の便で沖縄出張。家内も一緒ですが、いちおう仕事です。
いえいえ、ガチでお仕事(真顔)。

帰りの台風が心配ですが、まあそれは時の運ですね。

戻りは21日夜、それまでブログは夏休みになりますので、よろしくお願いします!

 
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オススメのイタリアン、代々木の「ラ・ブォナ・ヴィータ」!

2018-08-16 07:02:50 | Weblog

 展覧会は本年10月27日(土)から11月4日(日)で開催いたします!

一昨日は代々木のイタリアン、「ラ・ブォナ・ヴィータ」という店で暑気払いをいたしました。イタリア語で“素敵な暮らし”ですね。

通常、火曜は柔道の稽古日なのですが、稽古仲間で会社もお盆休みなんだから稽古もお休みして一杯やろうということになりました。
いつもはお酒を美味しくするため、運動してから一杯が恒例なんですが、この暑さもあるし、年齢も年齢だからってこともあって、いきなりの一杯(笑)♪

たまには居酒屋でなく、イタリアンにしようと家内が食べログで探した店がここ、ラ・ブォナ・ヴィータ

アンティパスト(前菜)、プリモ・ピアット(パスタ類)、セコンド・ピアット(主菜)とドルチェがついて、飲み放題で6000円(90分で飲み物ラストオーダー、席は2時間半まで)というコースでしたが、これが大当たりです! 各人、思い思いのお皿を注文いたしました。

↑ 上の写真は前菜の「肉のパテ」ですが、これだけでメインになるボリウムとお味。

▼続く、 パスタ。わたしが選んだのはカルボナーラですが、これがほぼ本場の味。

▼続く、イシモチのアクアパッツァも素晴らしい♪

厨房も活気があり、口コミでしょうかお盆休みというのに、店内は賑わっていてなかなかの盛況ぶり。良いお店ですね。

最初のパテがあまりのボリュウムで、途中でギブアップしそうになりましたが、そこは食い意地を張って完食です。

3時間近く、店でいつものしょーもない議論や会話をしたあとは、何と仲間の一人がカラオケに行こうと言い出しました。正直、カラオケは苦手なのですが、5年ぶり以上になりましょうか。仕方なくお付き合い(ホントです)。

柔道一直線、空手バカ一代、宇宙猿人ゴリのテーマ、だんじりなど、昭和のヘンな歌ばかり歌いましたが、不思議と全部知ってて歌える(苦笑)。

帰宅してシャワーを浴び床についたのですが、暑くて目が冴えていっこうに寝られず。 思わず、エアコンの故障を疑ったほどでしたが、どうやら肉のパテとカラオケで体温が上がったことが原因だった模様。
2時過ぎに寝たなんて、本当に何年ぶりかな。

▼こちらはブラッドオレンジのグラニータです。

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展覧会は本年10月27日(土)から11月4日(日)で開催いたします!

2018-08-15 12:21:23 | Weblog

先のブログでは、母との二人展は11月第2週頃と申しましたが、本年10月27日(土)から11月4日(日)に開催となりました。
初日の開催に関しては通常の展覧会とは違い、搬入を兼ねて開くか検討中ですが、その期間中ということで決定です。

初日が27日になるか、28日になるかは今月下旬に決めて、ブログやSNSを通じて申し上げます。

今までは、一日だけのイベントが多かったですが、日数が増える分、スケジュールが合わせやすくなると思います。

その時期より少し前に出版もその頃に上梓予定です。
シエスタおじさんの続編となり、アチャールくんも全面的に登場するオールカラーの絵本になます。できれば原画もいくつか発表したいと思っています。

今、絶賛描き込みちうですので、どうぞ皆様、お楽しみに!

 
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サントリー美術館「琉球 美の宝庫」展、行ってきました!

2018-08-14 08:21:02 | Weblog

昨日は東京ミッドタウンのサントリー美術館で開催中の「琉球 美の宝庫」展に行ってきました。いやいや、なかなか興味深い展覧会でしたぞよ♪

当然ながら、琉球王国の歴史というのは、私たちが学校で習う日本史と違った立ち位置にあるのですが、それを実感する意味でも面白い展示がなされていました。

まず目を惹くのが紅型(びんがた)や絣(かすり)などの服飾品です。
朝廷を中心としたところであれば、禁色(きんじき)として許されない黄丹や黄櫨染(こうろぜん)に近い、鮮やかな黄色や橙を使った染めが印象的です。
この黄色は当時、交易があった中国でも皇帝のシンボルカラーですから、これまた当然禁色のはずですが、堂々と使っているところが面白い。

染めの色も鮮やかでお見事です。

よく沖縄の人は「島津にやられた!」ということを言うそうですが、年表を見ると首里城は1609に陥落されたようで、ちょうど関ヶ原から10年後くらいのことですね。
関ヶ原で島津が家康の陣のど真ん中を突っ切って逃げたのは有名ですが、日本の中央政治からはずれるのがわかっていたのでしょう。

大阪夏の陣が1615年ですから、中央がゴタゴタしている中での絶妙なタイミングだったのかもしれません。

大河ドラマ「西郷どん」では、奄美大島に圧政をかける悪役の島津家ですが、年表を見ると当時、明朝が琉球を狙っていたのは間違いありませんから、長い日本の歴史を見れば「天晴れ、島津」というところかもしれません(沖縄のみなさん、ごめんなさい)!

この後の1644年に明朝が滅び、清朝に変わっていますから、その意味でも島津は時を読む目があったのかもしれません。

地政学的に微妙なポジションにある沖縄ですが、徳川幕府や島津家にも、明や清の皇帝たちにもさまざまな献上品を送っていて、その気遣いたるや大変なものだったのでしょう。

面白いのが琉球漆で、厚く塗った漆を削っているのは清朝などの様式と同じなのですが、その彫った跡に沈金をほどこしています。これは見たことないなあ。
鮮やかな朱色が見事!

螺鈿も江戸や京都のものはアワビなどを使いますが、琉球のものは近海で取れる夜光貝を使っています。見る角度によって色が変わるメタメリックカラーは、アワビを使ったものとは、またひと味違いますね。

また掛け軸などは、縦に串刺し状態になっているような……見たことのない構図の取り方をしているものが多いのが驚きでした。

縦に串刺し状態といってもわからないと思いますが、参考になる絵の資料がないので、ご興味ある方は足をお運びください。見たら意味がわかると思います。

また、反対に江戸の人が琉球の使節団を見た絵も展示されていて、そちらも興味津々。当時、江戸の人から見たら、エキゾチックな外国だったことが伺えます。
あの北斎も琉球百景みたいなシリーズを描いていて(十景だったか?)、当然、行ったはずはなく、もとになった資料も合わせて展示されているのが面白かったです。

展示の最後は戦前の首里城の写真があったのですが、朽ち果てる寸前のようで、意外にみすぼらしい。首里城は何度も焼けていたようですから、現在の再建された首里城は全盛期のものを模したものかもしれません。

ちょうど、今週末の土曜から沖縄に行く予定なので、その意味でも興味深い展覧会でした。

▼こちらは東京ミッドタウンにあるイートイン、デリーのカシミールカレーとインドカレーです。猛暑で連日カレーでも全然大丈夫♪

 
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2018年も紀尾井町エリックサウスで旧赤坂小学校のクラス会でした♪

2018-08-13 08:53:37 | Weblog

昨日は毎年恒例の旧赤坂小学校のクラス会を、エリックサウス紀尾井町店で行いました。毎年やっていてメンバーもほぼ一緒なので、いつもは昔話もさほど出ないのですが、今年は心臓の大手術から生還してきた友達がいたこともあってか、小学校時代の話で大盛り上がり。

亡くなった友だちはけっこういるのですが、大病からの生還という人は初めてで、鉄板の病気じまんは彼に軍配。胸のあばら骨をすべて切るという心臓の手術だったそうで、入院33日間ですから、それは大手術だったのですが、本人は前より顔色も良く元気だったので、まあ一安心。

きっとこれから長生きできることでしょう。

よく「クラス会に出られるのは社会のステータス」みたいな声も聞きますが、わが旧赤小はあまり関係ないようで、そもそも社会人として定年も近かったりしますからねえ(笑)。

面白いのが、当時の先生についての評価や好ききらいが、人によってまちまちなことですね。わたしが大きらいだった音楽の先生は、何人かの女子は「あの先生で良かった」なんて言っていて、こんなに先生というのは人によって受け方が違うのかと思いました。

学芸会で担当する楽器は、それぞれにランキングがあって、やはりピアノとかフルートなどは一番できる子が担当します。
私は最初、大太鼓をまかされたのですがリズム感がわるかったので、すぐに降格されてサンドペーパーをシュッシュッと擦る担当にされてしまいました(汽車の音楽だったので)。

ホントは担当楽器にランキングなどないはずなのですが、そこは子供の世界。
おうちに帰って、大太鼓を降ろされ、サンドペーパーに降格されたことを「気楽でいいや」と母に言ったところ、「アンタ! なに情けないこと言ってるの」と激怒されてしまい、そこで長い長いお説教。

いや、あの時のホンネを言えば、大太鼓で正確に合わせないといけないのが苦痛だったのですね。

「小暮、お前は本当にリズム感がないのう!」と言われ、もともとセンスがないのに加えて、あれこれプレッシャーを与えられていたので、余計身体が固くなってできなくなったという次第です。

それにしても、お前は本当にリズム感がないのうはあまりに直球だよね(笑)。
本当でも、そこまで言うかって感じですが、当時はまあそれが当たり前でした。

今思えば、才能のなかった音楽の世界に行かずに済んで、かえって良かったといえるかもしれません(真顔)。 

後年、20代になって教員を2年勤めましたが、逆に私もそのようにまだらな評価を受けていたんだろうな。あんまり良い先生とは言えなかったのでなおさらです。

ほかにも、学級委員を誰がいつやったとか、他愛もない話ですが、当時の教員現場のことも検証できて、そこはそこで興味津々。

17:30にはじまり、店を出たのが22:30。
その後、メンバーの大半が二次会までつきあい、解散は23:30でした。

また来年もやりますので、旧赤坂小学校卒業生のみなさま。
何卒よろしくお願いします!

 
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「ミッション・インポッシブル フォールアウト」のトム・クルーズがホントに凄い!

2018-08-12 15:16:14 | Weblog

昨日は六本木に「ミッション・インポッシブル フォールアウト」を見に行きました。

あれれ、シリーズは全部見てるけど、劇場で見るのは初めてかも。
いつも、このシリーズ……CSで放送されているのですが、最近は劇場公開に合わせてオンエアしていることが多く、この日の2日前も5作目だかを見て行こうという気になりました。

まあ、話はあってないようなもの。

盗まれたプルトニウムを取り返す奪回劇なのですが、プルトニウムって手で持ち運びできるの? 鉛で覆われたとして、サッカーボール大の鉛を手で持てるのっていう、ツッコミどころ満載ですが、そんなことはどうでもよろしい。

観客はとにかくトム・クルーズを見に行くですから(笑)。

スピルバーグは「観客はなぜかCGを見破る」という言葉を残していますが、最近の映画はCGをなるべく使わないのが流行っています。

今回のフォールアウトもトム・クルーズによる、超絶スタントがウリ。

パリの町を逆走するカースタントや、ヘリコプターをトム自らが操縦するというムチャぶりは臨場感バツグン!
思わず声を上げてしまう場面も満載です。

色々書くとネタばれになりますので、この辺にしておきますが、個人的には「バーフバリ」以来の楽しみでした。
ともかく木戸銭払って見に行く価値充分!

ぜひとも劇場でご覧くださいませ♪

 
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絵で食べることは、そこそこ大変ですが、絵を描くことは楽しいことです

2018-08-09 12:50:19 | Weblog

はっきり言いましょう、絵で食べるのは大変です

▲5年前に書いて、未だにけっこうなアクセスのあるこの記事ですが、久々に読み返して、多少考えが変わったことがあります。

いえ、考えが変わったというのは不正確かな。
タイトルに「絵で食べることは大変です」とは書きましたが、正しく言うと「絵で飯を食うことは、そんなに簡単じゃないぞ」ってことでしょうか。
まあ、考えてみれば、そんなことは当たり前のことですよね。

この時、記事を書いて理由のひとつは、発達障害の世界などで「障害があっても絵の才能があるなら、絵で食べていけばええやん」と簡単に言う人がいる……障害者ギフティッド幻想に「待った!」をかける意味がありました。

絵を描くこと自体は大変というより、楽しいことです。
ただ難しいのは、絵で生活を維持していくことです。これはなにも絵描きに限ったことでなく、世の中でなんらかの生業を持つ人すべてに言えることですが、絵の需要は多くないため、そんなに簡単ではないということなのでしょう。

仕事にしたらきらいになる、なんて人もいますけど、それはその人がそう言ってるだけで、本気のはずがありません。

「人間五十年」の時代だったら、とっくに寿命が来る年齢以上になりましたが、目の前の仕事を一つ一つこなしていければ良いかなと、秋の展覧会に向けてそう思うこの頃です。

 
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山種美術館「水を描く」見てきました!

2018-08-06 11:20:59 | Weblog

猛暑の中、藤田嗣治と同日で、山種美術館「水を描く」を見て参りました。

山種美術館は恵比寿駅から歩くとけっこうな距離。歩道橋を渡り上り坂を歩かないといけないという、猛暑にはややキツい道のりでしたが、涼しい館内と絵をめざして行きました。

山種美術館は証券会社を母体にはじまった日本画の美術館です。
山種証券は現在、SMBCフレンド証券株式会社になっているそうですが、今は山種と関係なさそう。

それはそれとして、日本画の目利きが集めてきたコレクションはなかなかのもの。
大きな美術館ではありませんが、ここの企画にハズれはありません。

今回の企画も、これほど今の陽気にふさわしい展覧会はないでしょうね。

水というのは霧となり、雲となり、雨となり、川となり、はてまた海となる千変万化な物質ですが、わが国ほど水の豊かな国もなく、また絵も画家たちがそれを描こうと腐心した作品も数多く残されています。

プロアマ問わず、絵を描いたことのある人なら、水を描く難しさはよくご存知でしょう。波にせよ、霧にせよ、雨にせよ、川の流れにせよ、形がなく刻々と変化する水の姿を、絵という静止した画面の中に封じ込めるのは、そんなに容易なことではありません。

それだけに、水の姿を描いた絵というのは画家も集中して、それだけ手間暇と情熱を注いで仕上げるわけですから、それなりに見応えのあるものになります。
さらに、妙な情念などは水の力によって火消しされてしまいますから、見ていて楽なものにもなるというわけです。

▲モノクロ画面ですが、パンフレットにもある奥田元宋(おくだげんそう)の「奥入瀬(秋)」と、奥村土牛と川端龍子の「鳴戸」は秀逸。

大きな絵でもありますので、まるで目の前に奥入瀬渓谷や鳴戸のうず潮があるような臨場感で、これは猛暑が吹き飛ぶのも必至!

とはいえ、一旦外に出るとやっぱり、暑い暑い〜!

この日は日比谷線で上野に向かい、ケバブ&ビリヤニのカレーを食して、藤田嗣治を見るという、けっこうなハードスケジュール。
ドライヤーのような熱風の上野公園で、「水を描く」展の涼しさがなつかしいように感じました。

 
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あったら食べるけど、別になくてもいい日本のインド料理店の先付けサラダ(笑)♪

2018-08-03 13:33:38 | Weblog

一昨日の藤田嗣治展は展覧会の前はいつもの腹ごしらえに、上野のケバブ&ビリヤニでこの日は三色カレーを頂くことに。

わたしのカレー情報ソースのひとつエスニカンさんのブログでは、店員が入れ替わり、味が少し変わったとのこと。ホントかどうかを確かめに行きました。
この日は暑さもあってビリヤニは食べる気がせず、王道のカレーを注文です。

行けば入れ替わったという店員さん、銀座店にいたスタッフがいたりと、まったくの新顔ではない模様。さて、肝心のカレーのお味といえば、若干エビカレーなどが鋭角的な味わいになった感じはするものの、この暑さで食するには良い感じです。

うむうむ、確かにエスニカンさんが入店した時は、新しい厨房にスタッフが場慣れしてなかったのかもしれませんが、このお味ではまったくの杞憂。
次回は安心してビリヤニも頼めそうです。

それにしても、これほどの名店でも、先付けに出て来るインド料理店のサラダというのは意味不明です。
ここのサラダはパニールの代替えなのか、豆腐が必ずついているのですが、あったら食べるけど、 別になくてもかまいません。

ケバブ&ビリヤニがこんな感じですから、ほかのインド料理店は推して知るべしです。しかもなぜか「肉のハナマサ」のドレッシングと思しきものがかかっている店が多いのです。

いや、「肉のハナマサ」のドレッシングは以前、拙ブログでも申し上げたように、意外と言っては失礼ですがなかなかの出来映え。
上野のケバブ&ビリヤニも前はこれを使っていたようですが、今回の来訪ではドレッシングを変えて、しかもサラダのボリュームUP。

でも、別になくってもいいよな〜って感じかな(笑)。

いや、別にインド料理店のサラダを否定してるわけでもないのですが、なぜ、どの店も判で押したみたいにサラダを出すのかが謎です。ちなみにケララの風Ⅱみたいに、沼尻シェフのような日本人がやっている店は当然ながら出てきません。

ワケを知る方がいらっしゃいましたら、ご教示頂けると嬉しいです。

 
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本当に「藤田嗣治展」は素晴らしい大回顧展でした!

2018-08-02 11:39:41 | Weblog

一昨日から開催された藤田嗣治展、早々と行って参りました。

上野の東京都美術館周辺は熱波の坩堝状態で、ドライヤーのような熱風が吹きすさぶ中に出かけた甲斐あってか、会場は比較的空いておりました。

本当に素晴らしい展覧会でしたので、涼しくなる会期後半は激混み必至!
なるべく早めのご来場をオススメいたします。

実はわたくし、藤田嗣治は何度も見ていて、先の近代美術館の展覧会ではさほどに思わなかったためか、この偉大な画家をそれほど良いとは思っていませんでした。

しかしながら、今回の展覧会は没後50年という企画ということもあって、宣伝文句にある「量、質ともに、史上最大級の大回顧展です」という看板に偽りなし、本当に見事な展覧会でありました。

以前、近代美術館で藤田嗣治展を見た時は、「乳白色の裸婦」以外の作品があることに驚き、そちらに気を取られた記憶があります。

藤田は81歳という生涯の中で、さまざまなスタイルを確立した画家であります。
本拠地を日本とフランス以外にも、南米や北米に住まいを変えており、その度スタイルを変えています。

南米時代は兼子国義らに影響を与えたのではないかと思われるほどワイルドなスタイルの絵を描いてますし、戦時中に日本に戻った時は、乳白色の裸婦とは真逆な赤茶色の戦争画を描いています。

また、秋田に招かれた時は、斎藤真一を思わせる土着的な絵も描いているなど、その多様性は目を見張るものがありました。

とはいえ、やはり藤田嗣治の真骨頂といえば、「乳白色の裸婦」、そして肖像画の数々に違いありません。

面白かったことは、これら乳白色の絵は一時代だけに描かれたわけではなく、南米時代、戦争時代を過ぎた後で、いくつもの時代に分かれて描かれていたことです。

最もフランス的な香りの漂う「カフェ」……一番上の写真にあるポスターにもなった絵は意外にもニューヨークで描かれたものだそうで、フランス時代を懐かしんで制作されたものなんだとか。

注目すべきは、肖像画や裸婦のわきにいる猫ちゃん。
明らかに肖像画の主より時間をかけて描いているのが、画家のワガママと言えましょうか。こちらもじっくり見て頂きたいですね♪

また素晴らしいのが静物画で、パンフにある「私の部屋、目覚まし時計のある風景」。これは本物を見ていただかないと、その真価はわかりません。

藤田嗣治の絵はどれもそうなのですが、いわゆるマチエール(画肌)が重要な絵です。絵具のこんもりした白は、印刷物やパソコン画像では決して再現できないもの。

会期は10月までなので、再訪アリかな。
その際はまたブログUPいたしますので、お楽しみに!

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展覧会は11月第2週頃に開催予定です!

2018-07-31 17:30:52 | Weblog

母との二人展は11月第2週頃に開催予定となりました。
はっきりとした開催日は後ほど当ブログにて申し上げますが、1週間から10日を目安に開催です。

今までは、一日だけのイベントが多かったですが、日数が増える分、スケジュールが合わせやすくなると思います。
その時期より少し前に出版もその頃に上梓予定です。
今回はオールカラーの絵本になり、できれば原画もいくつか発表したいと思っています。

今、絶賛描き込みちうですので、どうぞ皆様、お楽しみに!

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「ジーニアス・ピカソ」のアントニオ・バンデラスが凄い!

2018-07-30 10:48:23 | Weblog

昨日は暑さの中、家内と上野アメ横周辺で買い物です。

初めて上野アメ横食材センター(写真は地下)という、どこの国にいるのかわからないディープな場所に行きました。

いや〜、さすがにここで生鮮品を買う勇気はないな〜。ということで、ここに入っている野澤屋というスパイス店で、もろもろの香辛料を購入です。

家内はスポーツウエアを購入、多慶屋(たけや)で食材を購入し、帰宅して夜に放送されるアントニオ・バンデラスが何と、あのピカソを演じるという「ジーニアス・ピカソ」第一回の放送にそなえました。

アントニオ・バンデラスといえば、「暗殺者」や「デスペラート」で知られる、スペイン出身の典型的ラテン男。濃厚なセクシー派男優(今どき、言いませんが)として知られたハリウッドスターです。

▼いくらピカソが同じスペイン出身とはいえ、どーなんだろうと思いますが、いや、役者とは大したものです。

本編を見れば、余計にそうなのですが、どう見てもピカソにしか見えません。
なんでもバンデラスはピカソと同じアンダルシアのマラガ出身で、この地元が生んだ天才にひとかたならぬシンパシーを抱いているとか。

ハリウッドで世界的になる前、バンデラスはスペインではもっと普通の男性の役をやっていたようで、アメリカに行くと、みんなステレオタイプにその国を見せる役になってしまうようですね。

なんでも、こちらは「ジーニアス・シリーズ」と言って、ナショナル・ジオグラフィックが世界の天才をドラマにして取り上げるシリーズの第二回目で、第一回はアインシュタインだそうです。
シーズン1のアインシュタインより、日本ではシーズン2のピカソが先に放映されるようですね。

ドラマ第一回は幼少時代から青年時代のピカソと、あの大作ゲルニカに取り組む56歳のピカソが交錯する形式です。
最初のシーンは、生まれたばかりの赤ん坊ピカソが、まったく動かずにいるので死産と思いきや、葉巻の煙でゴホゴホして大声で泣くところからはじまります。

ご存知ない方のために申し上げておくと、ピカソは幼少の頃からあまりにデッサン力がありすぎて、子供らしい絵を描いたことがありません。
ピカソのあの不思議に破壊された画面は、そんなピカソがようやく子供の絵に到達したと本人も言っているのですね。

第一回のドラマでは、そんなピカソが描いたリアルな時代の絵と、あのキュビズムの到達点と言われた「ゲルニカ」に取り組みピカソの姿が交錯するのです。

ゲルニカはスペイン北部にあったゲルニカ村が、ナチスの空爆で無差別な殺戮に遭ったことをテーマに描いたピカソの代表作ですね。

テーマの高邁さに比べ、ゲルニカを前にしたピカソが奥さんと愛人とケンカをさせる史実も盛り込まれる点も面白いところ。

「怖い絵」の中野京子先生も、「ピカソは結婚しては愛人を作り、誰ひとり幸せにしなかった」と言っているほど女性に奔放だったそうですから、その点アントニオ・バンデラスの映画のキャラクターにも重なるところでしょう。

画家を主人公にしたドラマというのは、どういうわけかつまらないものが多いのですが、この「ジーニアス・ピカソ」はその中では面白いと思います。

とにかく、バンデラスの化け方が半端なく、それを見るだけでも価値があると思います。全10回あるそうですが、今後の展開が楽しみです。

ナショジオが見られる方は、ぜひ一度ご覧くださいませ。

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こよりさんのご子息たちが治っていく顔をイラストにしてみました!

2018-07-26 10:22:00 | Weblog

栗本さんの花風社コンディショニング講座から、あっという間に1ヶ月近く過ぎてしまいました。その時、花風社あ@花社長から頼まれた「こよりさんのご子息たちが治っていく顔」をようやくイラストに起こしてみました。

鉛筆画のラフですが、どうかご容赦のホドを(笑)。

こよりさんは花風社クラスタにはお馴染みですね。
自らが自閉っ子で、同じように障害を持ったご子息二人を治しながら、きちんと就職できるまで育てあげた方です。

こよりさんについて詳しくはご著書を購入して頂くとして、6月30日栗本さんの花風社コンディショニング講座で同席した時、ご子息のお写真を見せて頂き、その治っていく過程に驚いたものです。

写真はプライベートなものなので非公開ですが、どんな風に治り変化していったかは、イラストにした方がわかりやすいかもしれませんので、以下をご覧いただけると嬉しいです。

▼先ずはこちら。

こちらは次男さんのごく幼い時の表情です。
正確な年齢はわかりませんが、2〜3歳という感じでしょうか(こよりさん、もしイラストでだいたいの年齢がわかればご教示頂けると嬉しいです)。

これらは、どれも写真から起こしたイラストなのですが、上の写真を見てびっくりしたことがひとつあります。

この顔、この表情……10数年前に中国の北京や上海で見た、いわば一人っ子政策によって生まれた「小皇帝(シャオ・ホァンディ)」と呼ばれた子たちに、このような顔が数多く見られたからです。

なぜ似てるのかは、皆目わかりません。
小皇帝は特に障害があるわけでもない。でも、こより次男さんと違うのは、このイラストの顔は2〜3歳ですが、小皇帝の小たちはもっと大きく、当時小学校低学年くらいだったでしょうか。

▼それが小学校低学年くらい(?)になると……。

だいぶ表情が出てきたのが、おわかり頂けると思います。
これはVサインの練習をしてる時のものですが、Vの字は親指と人差し指になっていて、まだぎこちないのがわかります。

▼それが、もっと上の学年になると。

いや、どう見てもフツーの子ですね。
目の焦点がはっきり定まってきたのが印象的でした。

▼さて、こちらがご長男14歳の時のもの。

なんだか14歳に見えませんが、実際のところこんな感じ。

花風社クラスタ小松さんの思春期も、こんな感じだっかのかな。小松さん、如何でしょうね(笑)?

▼で、こちらが20歳で就職を決めたあとのものかな。

しばらくぶりに会った同級生と談笑する姿ですが、イケメンの好青年ですね。

実はご子息だけでなく、こよりさん自身も最初にお会いした時に比べて、顔つきから表情にかけて大きく変わりました。

「治る」という言葉はお医者さん以外使ったらいけない、なんて意見もあるようですが、それを言えば松崎先生の言うように、風邪を自分で治したら医師法違反なんですね、ということでしょう。

治る、良くなる人々に幸ありますように!

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日本の猛暑 vs インドの猛暑

2018-07-25 08:16:21 | Weblog

昨日までの猛暑に比べると、やや落ち着いた感じの東京ですが、関西から東海、九州はまだまだ猛暑が続くようで、どうぞみなさまお気をつけくださいませ。

今のこの時期、日本はインドやタイより暑いなんて言いますね。
あの地域が一番暑いのは実は4月5月でして、年間通じて30度を超えるようなあの地域では「酷暑期」なんて言い方をするようです。

私が最初にインドに行った1988年は、たまたま4月の暑い中真っ最中。
この年はインドでも猛暑の日々だったようで、それは暑かったのを覚えています。

デリー、バラナシ、ジャイプールは連日40度超え。ジャイプールでは47度という、インドでもしばらくぶりだった猛暑日を記録しました。
列車に乗ると、ドライヤーのような風が吹いてきて余計暑い!

 

当時、インドでエアコン付きのホテルは最高級でしたから、当然長い貧乏旅行ではそんなホテルに泊れない。
毎晩、あまりの暑さに何度も起きてはお湯のシャワーを浴びたのを覚えています。

インドで40度を超えると、汗は出なくなります。
正しく言うと、毛穴から水蒸気になって水分が出ていくというワケ。

先日、東京でも40度という記録が出ましたが、インドと違うのは40度でも汗はドバドバ出てくることです。

インドに最初に行ったのは20代でしたから単純に比較はできないけど、今年の日本の猛暑は、インドの酷暑期に比べてもかなり危険という感じです。
先週、エアコンつけずに60号のキャンバス張りをしていたら、クラっときて危ない感じでした。熱中症にはならなかったようですが、気をつけないとね。

インドでも実は、毎年酷暑期にはお年寄りが大勢なくなっているそうで、 インド人だから大丈夫というわけではなさそうです。実はあの人たち、暑いのが大嫌いだしね(笑)。

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5年前の反省〜食中毒にならないビシソワーズのレシピ

2018-07-24 15:18:05 | Weblog

5年前に書いた「食中毒になりました!」のアクセスが伸びています。
やっぱり、みんなこの暑さで気になるのでしょうね。

記事を読み直して思いましたが、熱してすぐ密封すれば真夏だろうが何だろうが、1日2日経っても大丈夫ですが(あくまで経験値)、熱したもの冷まして6時間放置したらダメですね。

ビシソワーズなんて、食中毒と結びつきにくいものだから、油断していたのでしょう。大事に至らなかったのは運が良いだけかもしれません。

それにしても、連日の猛暑で食物のアシが早い。
昨日は、前の日に58円の特売で買った茶色えのき茸が、粘って酸っぱい臭いを出していたので、迷わず廃棄しました。その日に使えば良かったでしょうけど、まあ58円で腹痛起こしても意味ありません。

ともかくも真夏に、けっこうな分量のスープを加熱しないで食べたのはいけませんね。素人がビシソワーズを作るのであれば、作った分をすぐに冷やして食べるのが良いと思います。

というわけで、先日ふかしたジャガイモの残りがあったので、それで作ったビシソワーズのレシピです(2人分)。

1、ふかしたジャガイモ(1個)の残りをレンジでチン。

2、玉ねぎ半分をバター適量で炒め、しんなりさせる。

3、牛乳コップ1杯を温める。

4、固形ブイヨンをコップ1杯の熱湯で溶かす。

5、1〜4をミキサーに入れて攪拌、ざるなどで漉す。

6、5を熱するか冷やしていただく。

手間はジャガイモをふかすだけで、うちではポテトサラダに使った残りでやりました。余った、ふかし芋がある時にでもお試しくださいませ。

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