小暮満寿雄 Art Blog

ダジャレbotと間違われますが、本職は赤坂在住の画家です。作品の他お相撲、食やポリティカルな話も多し。右翼ではありません

宮崎進(みやざき・しん)先生が逝去されました。

2018-05-29 11:59:47 | Weblog

シベリア抑留の画家、宮崎進氏死去 多摩美術大学名誉教授

大学時代の恩師だった宮崎進先生が逝去されました。
御年96歳の大往生でしたが、個人的にはたいへん残念です。
もっとこの世にいてほしかったと思うのですが、なにか自分にとってはひとつの時代が終わった感じがします。

先ほどFacebookにリンクをUPしたところ、当時の同級生たちから、大学四年の時に鎌倉にある先生のアトリエを尋ねた話がコメントされてきました。

中二階まである広いアトリエに、200号以上の大作が所狭しと置いてあったのには、学生の誰もが圧倒されたのを覚えています。
20名ほどの学生が訪れたでしょうか。

お茶とケーキが出されたそうですが、わたしは覚えてなかったなあ。
ともかく、あのアトリエは学生たちの憧れでしたね。

シベリア抑留を経験された先生は、ほかの教授とは何か違うオーラが出ていたのを学生の誰もが感じていました。

当時の教授の中には、今の日大アメフトほどじゃないにせよ、威圧的な人も多かったのですが、宮崎先生はそれと真逆で、多少生意気なことを言っても「そうか、そうか、ほっほっほ」と微笑んでおりました。
それを、よく「宮崎笑い」と呼んで真似していた記憶があります。

今思うと、先生は裕福な時代に生まれた学生を”いい気なもんだ”とは思ってなかったように思えます。
良い時代に生まれたからこそ、それをムダにせず良い人生を送ってほしいとお考えになっていたのではないかな。

私が嬉しかったのは、28歳の時に教員生活を辞め(臨時採用職員ですが)、インドをフラフラしている時に、先生に出した手紙をお読みになって「小暮くんらしいね、ほっほっほ」とおっしゃっていたことです(直接、ご本人から聞いたわけでなく、秘書の方から伺った話ですが)。

今思えば、インド放浪なんて月並みな中二病みたいなことなのですが、たぶん先生は「好きなことができる時代で良かったね。あとは勝手におやんなさい」みたいな意味で、そうおっしゃっていたのでしょう。

ともかくも、宮崎進先生は絵描きの中の絵描きと呼ぶのにふさわしい、偉大な画家だったと思います。
心よりご冥福をお祈りいたします。

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御徒町のインド・ベジタリアン料理、ヴェジハーブ・サーガに再訪!

2018-05-28 10:54:48 | Weblog

▲絶品のレモンライスです♪

先日の横山大観展、実は行く前に御徒町のインド・ベジタリアン料理、ヴェジハーブ・サーガを再訪いたしました。

近代美術館のある竹橋の近くには神保町があって、ここはカレー激戦区で、いくらでも美味しいインド料理はあります。加えて、御徒町から竹橋は乗り換えて、行きやすいとは言えないのですが、この日はどうしてもここの料理が食べたかったことと、一緒に行く友だちが肉を食べられないこともあって再訪しました。

ここの料理。家内とつきあうきっかけになったポンピドゥー美術館展で、スタッフとランチをしたのですが、その時はお客さんだった彼女は一緒に食事をしませんでした。まあ、そんなことどうでも良い話なんですが(笑)。

家内はその後、別に何度か訪問していたそうですが、この日は3人でしたけど、一緒にこの店に入ったのは初めてかな。

▲こちらは前から家内が言っていた、カリフラワー料理ゴービー・シックスティーファイブ。65の意味は不明ですが、ゴービーはカリフラワーの意味。野菜の酢豚みたいな料理で、絶品のお味です♪

ランチはミールスセットもあるのですが、この店は何と言ってもアラカルトで食べるのがオススメ。色々頼むと一人2000円ちょっとと、決して安いとは言えないランチですが、それでも頼む価値はあります。
▲こちらは茄子のカレー。先日食べたのとは別物ですが、インスタ映えしないことは一緒かな(笑)。

いや、最近はSNSの投稿はほぼ毎日なのですが、ブログは3〜4日に1度くらいとサボリぎみなので、こんな他愛のない記事を書いてしまいました。

食事で満足して、横山大観展が一瞬どうでも良くなってしまったのですが、それはそれで行くとスイッチが入るもの。

この日はそんな意味でダブルの満足でした♪

▼こちらはサグ・チャナ。ひよこ豆と青菜のカレーです。

 
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横山大観展 画は人なり〜「夜桜」「紅葉」、見て来ました!

2018-05-25 11:03:32 | Weblog

横山大観展、昨日友だちと家内の3人で再訪いたしました。
後半に展示されている 「夜桜」「紅葉」を見るためでしたが、大観先生は長生きをされて作品点数が多いせいか、だいぶ前半の展示との入れ替わりがあって満足の展覧会でした。

「私はまずい絵ばかり描いて来ましたが、気持ちは今でも、世界一の絵を描こうと思っているんです」

とは大観先生のお言葉。
私が言うと”おまいう”という感じですが、線の詰めが甘い横山大観がご自分のことを知った上で言ったセリフ。なかなか言えるものではありません。
会場で私は友だちと家内と「よし、私もこれを座右の銘にしよう」なんて言いましたが、まだまだそんな境地には……(笑)。

還暦を過ぎた頃に描いた「夜桜」と「紅葉」は、おそらくは横山大観の中でも最も知られた作品でしょう。

どちらも成功してからの作品で、「夜桜」などはローマ日本美術展に出品するとあって、その気合いの入れ方が違います。

下世話な話になりますが、まずは使っている画材がすこぶる高価なものばかり。
「夜桜」の夜空の青は、おそらくは藍銅鉱(らんどうこう)を砕いた群青でしょう。今でもこの顔料は30gで1万円以上するお高い素材。
夜空の月は、プラチナ箔に違いありません。

また、七夕の歌にも「金銀砂子」なんてありますが、砂子とは、金銀の箔を細かい粉状にしたもので、そのプラチナ箔を惜しげもなく大画面に使用しています。

もちろん高い素材を使えば良い絵が描けるわけでもなく、それだけでは、高級食材を喜んで食べるタレントの食レポと変わりありません。

プラチナ箔や群青などを使うには、その色材でないと出ない色だからであって、安い色材でも、それでなければ出ない色があれば、それは同じことです。

豪華絢爛、それを極限まで引き出した作品が、この 「夜桜」と「紅葉」と言えましょう。

「夜桜」では、桜の花びらひとつが、松の枝ひとかたまりより大きく描かれていたり、「紅葉」では水の流れが「への字」の連続で描かれているなど、もうやりたい邦題ですが、このあたりのおおらかさは何とも大観先生の素晴らしいところ。

技術的なことをかっとばし、溢れるイマジネーションを画布にぶつけてくる潔さは、まさに大観先生の真骨頂と言えるでしょう。

余談ながら、使っている色材の価格はその画家の真筆か贋作かを見破る決めてにもなります。

今でも、上野の西洋美術館に収蔵されているヨールダンスの作品は、以前はルーベンスのものと表示されていました。それをスペクトルの分析によって、使われているブルーが高価なラピスラズリではなく、違うものだったことから、ルーベンスの真筆でないと評価されたのでした。

それにしても、あらためて「海に因む十題」を見て、日曜美術館の高橋源一郎や司会者のひとりが言った、心ない発言に怒りを覚えてきました。

「ここに大観はいない」

自分の意にそわぬものは「ないことにしたい」という、この人たちの発言は、まさに画家に対する冒瀆以外のなにものでもありません。

ただ、入場者数には貢献したのか、この日は平日の午後だったのに、連休中昭和の日よりもはるかに混んでいたのにはびっくり!

第二会場の「生々流転」は行列を待たないと、見られない混雑ぶりでした。
まあ、場内の行列なので、ものの15分ほどですぐ見られたのですが♪

「横山大観展」は今週日曜27日まで。
後半のラインナップは、より素晴らしいので、この機会に行くことをオススメいたします。

 
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「半分、青い。」〜今日のクロッキーで思い出したこと

2018-05-23 09:13:00 | Weblog

昨日からの「半分、青い。」の続きではありませんが、今日の秋風先生のデッサン&クロッキー教室を見て、はからずも学生時代を思い出しました。

朝ドラをご覧になってない方のために申し上げると、クロッキーとは速写とも訳されるフランス語の絵画用語で、文字通り5分とか10分くらいでの時間でチャチャチャと描き上げるスケッチのことです。

細かいところはかっ飛ばして、ぱっと見たものを線にする作業ですが、学生時代は私はクロッキーが苦手で好きではありませんでした。下手くそだったこともありますが、10分とか時間で拘束されるのがイヤだったのかもしれません。

でも今日のドラマを見たこともあって、あらためて絵を描く上でクロッキーの大切さがわかった気がしました。

▲こちらは知り合いのピアニストを描いたクロッキーの拙画。

私にクロッキーという言葉を最初に教えてくれたのは、小学校の図画の先生でした。
(その方は今、画壇では有名な方になっているようです)。

5分とか10分で完成された絵を描けるはずはありませんが、目と手のウォーミングアップにはまたとない運動です。

クロッキーを数こなすと姿形ばかりでなく、ある程度内面にも入ることが出来て、モデルの本質本体に近づくことができるのですね。

いや、秋風先生。お忙しい中、弟子のために10時間以上もレッスンに費やしてあげて、なかなかご立派ですね♪

実はマンガ家さんというのは、こと線画に関して言うと描き込む分量が圧倒的ですから、 本当に上手な人が多い。ペン画でリアルな背景など描かせたら、その辺の絵描きなんか、ぜったいマンガ家に勝てません(含む私。もっとも私も肩書きに『マンガ家』って書いてあったりしますが♪)。

ドラマにもあったように、クロッキーでは基本消しゴムなどは使いません。

これは失敗をおそれない生きた線を描くトレーニングの意味もあると思います。
スケッチやラフでもそうですが、だいたい最初に描いた線が一番良かったりするもので、そこに上書きすると、その線がだんだん死んでいくのです。

マンガ家や画家は、そこを生かすために色々な工夫をするのですね(その方法はここでは非公開。知りたい方は、直接お問い合わせくださいませ)。

絵を描く人なら誰でも「上手に描きたい」と思うものですが、不思議なもので「どうだ上手いだろう」と思って描いたものは、なぜか作品にそのドヤ顔が浮き出てきて、人の心を本当に動かす絵にはなりにくいもの。

クロッキーは短時間でそのヒマを与えないため、そんな余計なものを払拭する効果があるとも言えます。

最近は短時間で似顔絵を描く機会が多いこともあってか、「半分、青い。」のクロッキー教室に見入ってしまいました。たぶん専門家の意見が相当入っているのでしょうけれど、それにしても絵のことをよくわかった上で書かれた脚本に感服でした。

 
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「半分、青い。」面白いです♪

2018-05-22 09:52:10 | Weblog

最近、SNSのUPは毎日してるのですが、ブログアップがサボりぎみ。
以前は政治ネタとか何やら多かったのですが、自分があまりそちらをよくわかってないことが、この年になって知った(遅いって)こともあって、ちょっと控え気味にしています。

そのうち復活したいと思ってますが、本日はここ1年ほどあまり見てなかった朝ドラの話です。

「半分、青い。」面白いですね。
昔の朝ドラ、「ふたりっ子」の岩﨑ひろみさんを思い出させる永野芽郁さん(そうでもないか?)はもちろんですが、やはりトヨエツ演じる少女マンガ家・秋風羽織先生が秀逸です。

最初は”みうらじゅん”じゃないかって声が多かったけど、キャラはだいぶ違いますね。
トヨエツさん、何を演じてもトヨエツで同じキャラなんですが、これはなんかそのまんまハマった感じかな。

マンガ家やイラストレーター、絵描きって、本物は意外にこういうキャラクターは少ないのですが、世間がこの手の商売に抱くイメージそのままというところが面白いです。

特に昨日今日の回みたいに、自分がなくしたものを人のせいだと勘違いするところなどは秀逸。わたしもよくあるわ。こういうこと。

で、ほぼ99%、自分に責があったりします(苦笑)。

時計代わりに見る朝ドラですが、あまりつまらなかったら消しちゃいます。

今のところ、つけっぱなしにしてところどころ見てる感じですが、今後に期待ですね!

 
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痛風六周年記念日を迎えました!

2018-05-17 11:43:15 | Weblog

先ほど、自分のブログ記事をチェックしていたところ、ちょうど今頃の時期に痛風を発症したことが書かれていて、ああ、あれから6年も経ったのだなと感慨深いものがありました(という程のモノではないが)。

日付を見ると、記事が書かれた5月29日からちょうど2週間前ですから、6年前の今頃、右親指が真っ赤に腫れ上がって、ウンウン痛がっていたところです。

いや〜、痛かった! 痛かった!
二度とあんな思いはゴメンです。

痛風後しばらくして、10kg近く落ちた体重ですが、実は結婚してから4kgほど増えてしまい、こないだの健康診断の結果、尿酸値の数値が危険水域7.2近くまで上げってきたのにちょっとびっくり!

私の場合、痛風の犯人はビールでもウニでもなく、体重増加にともなう尿酸値の高騰だと思ってましたから、これは一大事。

お酒をやめるつもるは毛頭ないので、運動や食事の種類や量を調整し、ようやく3kg減ほどにこぎつけました。

痛風にビールや激しい運動、肉やウニ、イクラがいけないというのは俗説だったようで、ならない人は何をどれだけ食べようとなりません。

どうやら尿酸値が過飽和状態になった時、あふれそうになった容器の水が一滴でこぼれるように、数杯のビールなどがトリガー(引き金)になって発症するようです。
私の場合、柔道の稽古でいっぱい汗をかき、ビールを美味しくするため水をガマンし、大ジョッキを何杯も飲み干し、翌日に天丼を食べたら出てしまったわけでして……。

その時の尿酸値が、危険水域が7.2と言われているのに対し、9.6という金メダル級の素晴らしい数値だったので、あっという間に発症してしまったのですね。
ま、自業自得かな(笑)。

まあ、一病息災で痛風記念日を楽しみたいと思います。幸い、あれから再発したことはありません。いや、当然ながらもう一生したくありませんわ!

剣呑、剣呑!

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浅草演芸ホールから、浅草ビューホテルへ!〜実際の浅草有名人はとっても良い人でした。

2018-05-13 14:17:25 | Weblog

昨日は家内の会社・創立記念日にお呼ばれして、浅草演芸ホールで寄席を楽しみ、浅草ビューホテルの会食に呼ばれました。社員の家族にも手厚い良い会社です♪

浅草演芸ホールは以前、読売新聞の券が当たったというので、行ったら立ち見と聞いて入らなかったという顛末がありました。
だから、今回は初・浅草演芸ホール。ほかにも上野動物園や雷おこし体験など、いくつものコースがありましたが、私たち夫婦は浅草演芸ホールを選びました。

いや、寄席なんて何10年ぶりだろう。
この日は前座の落語と漫才、紙切り、そして真打ちの落語という4本立て。90分ほどの間でしたが、前座の人の落語も含めてなかなかの面白さでした。
とはいえ、どう面白かったかは、文章での再現は不可能なので割愛。

今度は木戸銭払って、ちゃんと見に行きたいな。「行ったら立ち見」と言われた不愉快な体験も、これで上書きされ、スッキリした感じです。

さて、浅草ビューホテルのビュッフェはなかなかのもの。
こういうホテルのビュッフェは往々にして、通り一遍のものしか出ませんが、この日にあったマグロ解体ショーで握ってもらったお寿司と、ローストビーフは絶品と言って良いお味でした。

マグロの解体ショーで出るお刺身やお寿司は、それは美味しいというのは折り込み済みですが、ローストビーフの美味しいものには、意外にめぐり合うことがないので、こちらは嬉しい予想外でしょうか。

朝、寄席を見てから12時半くらいからのランチ会食という運びでした。
お酒やワインも出たので、昼間からのお酒でしたが、けっこう飲んでしまったなあ。

家内の会社の人は、みな穏やかで良い人が多く、何度かイベントなどに顔を出しているので、図々しく馴染んでしまっています。いや、けっこう楽しい♪

会食は3時くらいに済み、友達の展覧会に持っていくお酒を探しに浅草を散策。

昨日の記事では、わたしの親父が浅草に馴染まなかっただろうなんて書きましたが、歩いて散策し、買い物するには浅草はとっても良い町です。

テレビに出演していた、浅草一丁目二丁目の有名人にも直接お会いしましたけど、本人はテレビで見るほどアクの強い人でもなく、なんだかとっても穏やかで良い人でした。まあ、少し言葉を交わしただけですけど、それでも良い人感は十分ただよって来たって感じかな。

たぶんテレビって、濃いところだけすくい取ってしまうのかもしれませんね。

 
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和風総本舗「浅草編」を見て、親父のことを思い出した件

2018-05-11 09:26:28 | Weblog

昨日、テレビ東京の和風総本舗「浅草編」を見るともなしに見ていましたが、いや出て来る人の濃いこと、濃いこと!

見てない方のために申しあげると、浅草一丁目、二丁目、そして三丁目+四丁目の3つのエリア、各々の地域の有名人ベスト3に出演してもらうという趣向です。

その中で一丁目と二丁目は、いわば浅草のメインストリートで、三丁目+四丁目は観音様の裏手に当たる地域ですが、出てるベスト3の有名人のタイプもまったく違いました。

浅草一丁目、二丁目はほぼ大阪、それも新世界とか動物園前といったディープな地域のノリと一緒です。出て来る人も出たがりでキャラの強烈さも、東京というより大阪の下町に近い感じかな。住民同士の距離も近過ぎてプライバシーもなにもなさそうです(笑)。
三丁目+四丁目はもう少し慎ましく、あまり出過ぎた人たちは出てきませんでした。

このうち浅草一丁目、二丁目の有名人ベスト3のうちのお一人が、わたしの知り合いの親戚なのですが、その人は浅草出身にも関わらず、浅草メインストリートの地域が苦手だったそうで、現在は裏手の方にお住まいだとか。

いや、出て来る人を見ながら、そういえば亡き親父が浅草出身でありながら、生まれ育った地域の話を一切したことがなかったのを思い出しました。

戦時中に、屋上のヘリを逆立ちで歩いた体育教師や、「唱歌ババア」と呼ばれていた嫌いな音楽の先生の話は散々聞かされたけど、浅草出身だったことは大人になって聞かされた次第。ましてや、どんなとこだったかという話は親父の口から一度も聞いたことなかったなあ。

一度だけ、一緒に初詣に行ったことありますが、その時もどこが懐かしいとか、ここで何したって話はしませんでした。

そーだ、たぶん親父は浅草の下町がきらいだったんですな。

テレビで見てる分には面白く、みんな面倒見のよい良い人たちなんだけど、父がいちばんきらいだったタイプの人たちです(すみません、私が、その人たちをきらいなワケじゃないので誤解なきよう)。

そもそも親父は面倒見られると「余計なことするな」って人で、昔の学者タイプでした。勉強ばかり出来ておそらくは生意気だったろう父は、きっと下町のおじさんおばさんたちに、可愛がられなかったハズがなかったでしょう(笑)。

ダウンタウンのまっちゃんが「素人にはどうやっても勝てへん」と言ってるそうですが、プロは適度に薄くする術を知ってるので、実際会うと力が抜けている人が多い。
素人は全力で行くので、濃いことこの上ないということでしょうか。

「濃い素人をいじる」、というのは最近のテレビの流れなようですが……でもさすがテレビ東京。面白い番組でした。
観音様の裏手の人たちが本当に良い人なようで、最後はホッといたしました(笑)。

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秋口に母と二度目の二人展を開催〜今度は銀座の新しいギャラリーです!

2018-05-08 09:50:44 | Weblog

今年の秋口に母と2度目の二人展をやることになりました。銀座に新しく出来たギャラリーです。

そのため5月に予定していた中目黒カーテン・ココにおける、今年二度目のイベントは延期といたしました。来年には二人展ではなく個展を行う予定なので、単発のイベントはまた違った形で行う予定です。

秋口の展覧会は日程が決まり次第告知致しますが、10月か11月になりましょうか。
その前に出版も予定していますので、原画の展示も行いたいと思っています。

どうぞ、みなさまお楽しみに‼️

 
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日曜美術館の横山大観展〜「ここに大観はいない」と言う高橋源一郎氏のイタコ商売

2018-05-06 12:29:16 | Weblog

『秩父霊峰春暁』wikiより。

「日曜美術館の横山大観展」先ほど見たところです。
大観先生の大らかさ、「想の画家」と呼ばれたイマジネーションの豊かさ、ちょっと愛嬌のある稚拙さに触れるなど、そのあたりは良いセンだなと思っては見ていましたが、戦時中の作品に関しての取り上げ方は、やっぱりNHKでした。

やはり、先日の「横山大観展」見て来ましたの記事で予想した通りですね。
というか、思った以上に作家・高橋源一郎氏のコメントは、大観先生が思ってもいないだろうことを放言していました。これは絵描きとして看過できません。

先日の記事でも申し上げたように、戦時中に横山大観は、「海に因む十題」を売ったお金で戦闘機4機を購入しています。
しかし、おそらくは大観先生に戦争を礼賛する気持ちはなく、むしろ「海に因む十題」や「山に因む十題」は悲しみ漂う作品であり、大観独特の面白味ある線は影をひそめ、ひたすら真面目一方に絵に対峙しています。

つまり、ほかの大観作品に多く見られる、「この辺でいいや」という絵ではないのですね。

こちらもwikiより転出。

それを言うに事欠いて「ここに大観はいない」というコメントです。

日本軍の都合で描かされてたとでも言いたいのか、それともその時の大観が魂ここにあらずとでも言いたいのか?
「海に因む十題」に漂う悲しみをまるで理解しようともせず、自分の価値観のみで人の作品を語ろうとする傲慢さに、飽いた口がふさがりません。

もともと、水戸生まれで尊王の地に生まれた横山大観ですから、戦時中の行動の善し悪しは別にして、彼としては当然の行動だったでしょう。

あの絵が好きか嫌いかは別にして(ちなみに私はこのシリーズ、たしかに大観らしくないので好きではありません)、「ここに大観はいない」という言葉は如何なものか。気に食わないものは「ないもの」にしたがる、この人らしいコメントです。

まあ俗に「死人に口なし」なんて言います。
そういえば、先日南北朝鮮の首脳怪談……じゃない、会談を見たオノ・ヨーコさんが「ジョンは喜びのあまり宇宙で小躍りしている。世界中の国が握手をするきっかけになってほしい」なんて言ったことを思い出しました。

まったくもう。イタコかあなたは?

さすがに東京国立近代美術館の学芸員さんは、途中で高橋源一郎の別の意見を「違うと思います」と否定していました。学問に関わる人は、事実かどうかが大切であり、自分の思いは別なんだなと、本日の日曜美術館で唯一まとも意見に、ちょっとだけホッとしました。

ほかにも左翼系の美術家を出演させ、戦時中の大観を否定する意見を引き出していましたしねえ(苦笑)。まあ、この人たちがテレビに出れば、そのようなことを言うのは見えている話なので、一番困ったものは人選をしたNHKですね。さすが宮崎先生に姜尚中をぶつけてきた日曜美術館(ほめてません)。

とは言うものの、この記事でわたしが言ってることが正しいかどうかは、私自身が決めることではなく、第三者が判断する話です。

横山大観展は5月27日まで。行かれる方はご自分の目と頭でお確かめになるのが良いでしょう。私も夜桜と紅葉を見に、もう一度足を運ぶ予定です。

写真は飯能の人工湖・名栗湖です。

 
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「横山大観展」見て来ました!

2018-05-02 09:28:57 | Weblog

連休は連日の晴天♪
29日、昭和の日に近代美術館で開催されている「横山大観展」に行ってきました。
こちらはベラスケスのプラド美術館展とは違った意味で素晴らしい展覧会でした。

それというのも、横山大観という人……わたしなどが言うのもおこがましいのですが、お世辞にも上手な画家というわけではありません。
夜桜とか生々流転、屈原像のように気合いの入った絵はもちろん素晴らしいのですが、けっこう駄作も多く、大酒飲みだったのでお酒を飲みながら描いた絵もけっこう多い。

同時代の下村観山のように正確に筆が走るというタイプではありませんが、だからといって速水御舟のように慎重に筆を置いていくタイプでもありません。
線が甘かろうと不均衡だろうと、迷いなく線がグイグイ走る画家と言えます。

ただ、線の甘い駄作もそれなりの味があって、かえって大観先生の人となりがわかる作品となっているのが、この画家の魅力と言えましょうか。

大観という雅号も、お坊さんとお酒を飲んでいたら、その時に見た経文から「大」と「観」の字が目に入ってきたからという、何ともこの人らしい大らかな理由です♪

横山大観は水戸藩士・酒井捨彦の長男だそうで、姓名からすると徳川家臣だったあの酒井家と何か縁があるのかもしれません。後年、母方の縁戚である横山家の養子になったため、横山姓になったそうです。

水戸藩は尊王の気風が高い土地柄で、彼の富士山シリーズなどはそのあらわれだと言われています。

この土地の気風として、もうひとつ言えるのが、良く言えば「大らか」。わるく言うと「節操がない」ところがあって、それが絵にもよく出てると思いました。

若い頃の絵でびっくりしたのが、ブッダとキリスト、孔子に老子が四聖として描かれている作品です。

なんだ、こりゃ! マンガ、「聖(セイント)☆ おにいさん」じゃないの!
西洋人が見たらぶったまげるような絵であります(笑)

それから金箔をほどこした二双屏風に、それぞれナイヤガラの滝と万里の長城が描かれているものや、ハレー彗星を描いた掛け軸など、大観先生のイマジネーション豊かな意匠が何とも面白い♪

圧巻はやはり55歳の時に描いたという「生々流転」でしょうか。

50mに及ぶ日本最大級の絵巻物は、まさにこの人でないと描けない大作です。
川の流れをひたすら追い続ける絵巻は、まるでブルックナーの交響曲のように、霧の中からまるでブルックナーの交響曲のようにはじまり、文字通り生々流転します。

それは禅の世界で言う十牛図さながら。



▲すみません。
僭越ながら、拙著「中学生にもわかる仏教」から十牛図を引用いたしました。

十牛図と違うのは、最後は霧の空白で終わるところでしょうか。
最後が空白で終わる絵巻物は、ほかにもあるのですが、もっと無常観漂うもの。
大観先生の「生々流転」は空しさで終わるのではなく、静かにシンフォニーが終わるような清々しさがあるのが、この人らしいところでしょう。

長い大きな絵なのに、見ていて少しも疲れないのも横山大観の大らかさでしょうか。

横山大観は生まれた場所柄もあってか、大変な愛国者だったそうです。
戦時中は「海に因む十題」を売ったお金で戦闘機4機を購入して寄付したと言いますから、左翼系の平和主義者の方が聞いたら、目をむきそうな(笑)。

そういえば、来週の日曜美術館は横山大観が取り上げられますが、コメンテーターは左翼系統の作家・高橋源一郎氏だそうです。いやはや、なんとも(呆)。
以前、宮崎進先生のインタビュアーに姜尚中氏を当てていた日曜美術館ですから、大観先生についてもどれだけねじ曲げられてオンエアされるかわかったものではありません。(長州出身で志願兵で参戦し、戦後4年もシベリアに拘留されていた宮崎先生に姜尚中を当ててくる日曜美術館っていったい何? ですね。学生時代には一度も見たことのない、宮崎先生の不愉快そうなお顔を見て本当に気の毒になりました)。

来週の日曜美術館……横山大観の戦時中の絵には戦没者を悼む作品が数多くあるので、高橋氏に「戦争反対のメッセージ」とか作者の意図とは違った、自分の意見が勝手に作品に投影されるのではないかと思います。

見たくないですが、見てしまうだろうな。
日曜美術館に限らずアート関連の番組は、作者が意図していないだろうことを、コメンテーターが勝手に自分の思いを語るものが多過ぎて、辟易することがあります。もちろん、そうでないものもあるのですが。

ともかくも横山大観展、5月8日から27日まではあの「夜桜」と「紅葉」が展示されます。多分、もう一度見に行くでしょう。

もう一度ブログUPしますので、お楽しみに!

 
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