漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

ベスト怪奇幻想小説

2017年12月09日 | 読書録

 先日twitterを眺めていたら(ぼく自身はあまりtwitterを効果的に使っていなくて、社会的、政治的なツイートでもっともだなと思ったツイートを少しでも拡散しようとリツイートしてみたり、本当に個人的に気になるツイートを「いいね」してみたりするだけで、基本的にはほとんど何も呟きません)、奇妙な世界さんのツイートで、怪奇小説の個人的ベストについてのツイートがあって、リンクを辿ったところ、翻訳家の西崎憲さんの選んだ「怪奇小説ベスト10+4」と、ブログ「奇妙な世界の片隅で」のkazuouさんの選んだベストが挙げられていました。西崎さんのベストは、なるほど、いろいろと考えた挙句のこのタイトルなんだなあという感じだったし、kazuouさんのベストは、本当によく読んでるなあという感じでした。それに、kazuouさんの「好きな怪奇小説を公にするということは、ミステリやSFなどのジャンル以上に、自らの審美感を試される…ような気がします」という言葉は、確かにそうかもしれないと、頷いたりもしました。なので、ぼくもちょっと翻訳ものの怪奇幻想小説のベスト短編を選んでみたいと思います。
 選ぶ際に意識したことは、まずは西崎さんやkazuouさんが選んだ作品は除外するということと、出来る限り、初読から二十年以上経っていて、なおかつ心に棘のように刺さって残っている作品を選ぶということ。それも、なるだけアンソロジーの常連ではない作品を選ぶこと。つまり、短編としての完成度よりも、心に引っかかっている作品を優先して選ぶこと。そうして、試行錯誤した結果が、以下のタイトルになります。


「失われた時の海」 ガルシア・マルケス
   「エレンディラ」(サンリオ文庫/サンリオ刊)他、収録

「<帰り船>シャムラーケン号」 ウイリアム・ホープ・ホジスン
   「海ふかく」(アーカムハウス叢書/国書刊行会刊)収録

「浜辺のキャビン」 ジーン・ウルフ
   「SFマガジン」1986年2月号(早川書房)収録

「地上の大火」 マルセル・シュオブ
   「黄金仮面の王」(フランス世紀末文学叢書/国書刊行会刊)他、収録

「エミリーに薔薇を」 ウィリアム・フォークナー
   「エミリーに薔薇を」(福武文庫/福武書店刊)他、 収録

「優しく雨ぞ降りしきる」 レイ・ブラッドベリ
   「火星年代記」(ハヤカワ文庫NV/早川書房刊)収録

「ひとりともうひとり」 シルヴィア・タウンゼント・ウォーナー
   「妖精たちの王国」(妖精文庫/月刊ペン社刊)収録

「夜の終わりに」 ジャン・レー
   「新カンタベリー物語」(創元推理文庫/東京創元社刊)収録

「去りにし日々の光」 ボブ・ショウ
   「去りにし日々、いまひとたびの幻」(サンリオSF文庫/サンリオ刊)他、収録

「アウラ」 カルロス・フェンテス
   「アウラ・純な心」(岩波文庫/岩波書店刊)他、収録 

「塔」 マーガニタ・ラスキ
   「怪奇礼讃」(創元推理文庫/東京創元社刊)収録

「母斑」 アンナ・カヴァン
   「アサイラム・ピース」(国書刊行会刊)他、収録

「ホーニヒベルガー博士の秘密」 ミルチャ・エリアーデ
   「ホーニヒベルガー博士の秘密」(福武文庫/福武書店刊)他、収録

「占拠された屋敷」 フリオ・コルタサル
   「悪魔の涎・追い求める男」(岩波文庫/岩波書店刊)他、収録 


 西崎さんとkazuouさんに倣って、14作品に絞りました。複数の翻訳があるものもありますが、書誌情報は、現在自分の持っている本を挙げました。
 怪奇色は薄いという自覚はあります。しかし、怖い作品ばかりだとも思います。選んだ作品に共通しているのは、悲しさ、あるいは寂しさです。自分にとって、恐怖というのは、何より悲しみや寂しさ、もっと曖昧な言い方をするなら、心の中に何か空間がぽっかりと空いてしまうような感覚なのです。
 それぞれの作品について、一言ずつコメントをしておこうと思います。

 「失われた時の海」は、名作の多いマルケスの作品中では地味だと思いますが、深海を歩む死者たちというイメージが、この作品を初めて読んだ十代の終わりの頃から、瞼の裏にずっと焼き付いていて、印象に残り続けています。この作品が収録されている本は「エレンディラ」ですが、表題作を始め、名作揃いの一冊でした。
 「<帰り船>シャムラーケン号」は、「海ふかく」に収録されているホジスンの短編です。余り話題になることもない作品ですが、こういう作品は、様々な海洋怪奇譚を眺めても、ちょっと珍しいのではないかと思います。ホジスンの作品は絶対にひとつ入れたかったのですが、「夜の声」や「石の船」、あるいは「妖豚」を外してこれを選んだのは、何とも言いようのない黄昏感、もっと言えば、消失感があるからです。
 「浜辺のキャビン」は、ぼくが初めて読んだジーン・ウルフの作品です。当時(1986年)、SFマガジンでこの掌編を読んだ時には、まだジーン・ウルフの名前さえよく知りませんでした。ネビュラ賞候補作だったのですが、何気なく読んだこの作品が、いかにも80年代といったイラストとともに、ずっと頭の隅にこびりついています。いまだに単行本には収められていませんが、ちょっとした佳作だと思っています。ジーン・ウルフの作品にしては、分り易い作品です。
 「地上の大火」は、シュオブの掌編です。「眠った都」とどちらにしようかと迷いましたが、こちらの方がよりマイナーだと思うので、こちらを。ホラーとは、ちょっと言えないんですけどね。しかし、シュオブの作品にはほぼハズレがありません。短編という縛りでは、多分、ちょっと似た作風のシュペルヴィエルより達者だと思います。ぼくが読んだのは、フランス世紀末文学叢書版ですが、月報に山尾悠子さんが紹介文を書かれていました。
 「エミリーに薔薇を」は、このリストの中ではおそらく一番有名な作品だと思います。こうしたアンソロジーにも、常連のように採られています。けれどもあえてこれを入れたのは、やっぱり外せないからです。初めて読んだとき、心底ぞっとしました。これほど哀しくて怖い作品もあまりないのではないでしょうか。
 「優しく雨ぞ降りしきる」は、「火星年代記」に収録された一編です。忘れがたい「100万年ピクニック」の手前で、実に見事な効果を果たす短編です。この一作だけを取り出すのもどうかとも思いますが、漂う寂寞とした感じは他に代えがたいものがあります。まあ、やはりホラーとは言えないんですけどね。
 「ひとりともうひとり」は、今はなき妖精文庫の「妖精たちの王国」の冒頭を飾る作品です。この本で初めてウォーナー女史の作品を読んだのですが、こんな妖精譚がありうるのかと、衝撃を受けました。この短編集には、他にも印象的な短編があるのですが、やはり冒頭からガツンとやられたということで、これを選びました。残酷さも、申し分ないと思います。
 「夜の終わりに」は、ジャン・レーの連作短編集「新カンタベリー物語」の結びに当たる部分で、正直言うと、これを選ぶのはちょっとおかしいと、自分でも思います。なぜなら、短編物語とは言えないからです。大好きな短編集なので、ここから選ぶことは最初から決めてましたが、はじめは、「ミスター・ガラハーのオデュッセイア」か「バラ色の恐怖」を選ぼうと思っていました。しかし、結局これを選んだのは、やっぱり一番好きなのがこれだからです。どうせ遊びのリストアップなのだから、ひとつくらいこういうのもいいでしょう。ぼくには、この本の結びとなる最後の一文が、ずっと忘れられません。こういう文章です。「道端のひと握りの砂の中に、わたしは輝く太陽の光と、吹きくる風のつぶやきと、流れる小川の水のしずくと、わたしの魂の戦きとを注いだ。それをこねて、物語を作るようにと。」
 「去りにし日々の光」は、ボブ・ショウの長編「去りにし日々、いまひとたびの幻」のプロトタイプとなった短編で、後に長編に統合されました。痛切な名品だと思います。吾妻ひでおの「不条理日記」にも出てくる、結構有名なSFガジェットのひとつスローガラスが登場する作品ですが、サンリオ文庫が品切れになってから、なぜか一度も再刊されてません。再刊する価値は、十分にあったと思うのですが。
 「アウラ」は、同短編集の中の、後味が最悪で残酷な物語「女王人形」とどちらを選ぶか少し迷ったのですが、怪奇幻想という点で、こちらを。
 「塔」はショートショートと言ってよい作品ですが、見事だとしか言いようがありません。ラスキは、「ヴィクトリア朝の寝椅子」という名品もあるのですが、ほとんど名前が俎上に乗せられることもない作家なのが残念です。他にどんな作品があるのか、気になります。
 「母斑」はいかにもカヴァンらしい掌編です。不条理で、ほとんど何の説明もなく、小説だというのに、なぜか肉体的な痛みをひしひしと感じます。しかし、これほど寒々しい気分になる作品も珍しいと思います。
 「ホーニヒベルガー博士の秘密」はエリアーデの神秘小説。比較的長めですが、まあ短編のうちでしょう。エリアーデの多くの作品と同じく、どこかすっきりとしない、謎の残る小説ですが、そこが魅力なのだと思います。そこにいないはずの人物の存在感が、じわじわと濃くなってゆく過程が、すばらしいです。
 「占拠された屋敷」はコルタサルの奇想小説。いったい何が起こっているのか、読者にも、おそらくは登場人物にも、最後までよくわかりません。ただ、濃厚な悖徳の気配が漂い、登場人物たちは諦念を受け入れています。この先にあるものは、決して明るくはなさそうです。未来が閉ざされてゆく感じが、非常に哀しい。

 というわけで、全部で14作品。個人的な趣味に走り過ぎていて、ホラーアンソロジーとしてはまるで失格でしょうが、自分らしいなとは思います。逆に、怪奇小説のアンソロジーといえば、たいてい似たような作品ばかりが並ぶ傾向にあるので、このくらい手前味噌なものもあっていいんじゃないかなとも思います。


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2 コメント

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Unknown (kazuou)
2017-12-10 00:45:26
これはすごくユニークなベストですね。怪奇らしい怪奇作品が少ないところが逆に新鮮です。
「優しく雨ぞ降りしきる」や「去りにし日々の光」は、確かに考えたら「こわい」作品かもしれません。
ジャン・レーの連作からのセレクションもなるほどという感じです。
ウォーナー作品は時折すごく「残酷」というか「酷薄」なことがありますよね。
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kazuouさんへ (shigeyuki)
2017-12-10 10:02:15
二つも連作という文脈の中で光る作品が入っているのはどうかと思いますが(笑)、あまりホラーの短編をたくさん読んでいるわけではないので、ご愛嬌ということにしておいてください。
しかし、こうして定番という作品を外してリストアップするという作業をすると、自分の趣味が改めてよく見えてきますね。
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