漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

最もサンリオSF文庫らしい一冊はどれか?

2014年01月05日 | 読書録

 去年の九月、明治大学で行われていた展示「SFと未来展」を覗いたとき、サンリオSF文庫が全点、展示品として積み上げられているのを見た。それ以来、サンリオSF文庫がまたちょっと気になるようになった。具体的には、家で四半世紀以上も埃を被っている未読のサンリオSF文庫を読んでやらないと、という気分になったわけだった。けれども、それがなかなか捗らない。時間が有り余っていて、頭も柔らかかった若い時でさえ読まなかったのだから、時間も思うように取れず、頭も固くなってきていて、その上そろそろ老眼が始まっているような兆しもある今では、なかなか読み進められないのだ。
 マニアックなラインナップと独自の存在感で、今なお伝説のように語られているサンリオSF文庫。古書価の高い文庫としても知られ、ほとんどの本にプレミアがついており、わかりやすいので、セドリが狙う文庫の定番ともされている。
 だがその反面、サンリオSF文庫が熱心に読まれているという話はあまり聞かない。その理由として、もちろん現在では入手が困難であるということはあるものの、それ以上に、翻訳があまりよくないものもあるということと、一見魅力的な顔をしているものの、内容が決して面白いものばかりではないということが挙げられるように思う。その結果、全部で200冊弱(正確には197冊)という手頃な数も手伝って、読むというより、最終的にはコンプリートを目標とするコレクションの対象とされることが多いようだ。実際、僕もその三分の一ほどは持っているけれども、読んだのは半分くらいじゃないかと思う。現在持っているのは、ほとんどがリアルタイムで買ったものだが、並べて見ていると、何だか美しく見えて、残りをもっと集めたくなってくるから不思議だ(読むかどうかは別問題)。実際には、プレミア価格がきついので、これまではほとんど古書では買ってこなかったが、最近は値段も随分と落ち着いたので、買っても読まない可能性も高いのに、ちょっと買い足してもいいかなという気になっている。そういう魔力がサンリオSF文庫にはあって、そこがセドリの定番として長く定着している理由でもあるのだろう。
 それでは、サンリオ文庫のどこにそうした魅力があるのだろう。
 確かに名作と呼ばれる作品も含まれているし、この文庫でしか読むことのできない作品も数多い。だがその反面、駄作も少なくないし、さらには、翻訳がひどいというのも定説になっている。そもそも、名作SFと呼ばれる作品の大半は、ハヤカワ文庫や創元SF文庫に収録されているのだ。それなら、なぜ?
 それは、「マニア心をくすぐる要素があるから」としか言えない。「サンリオSF文庫」という、独自の奇妙な価値観を持って刊行されたひと続きのシリーズとして、一つの世界を形成しているのだ。「サンリオSF文庫ワールド」である。それぞれの本は、その世界を構成するアイテムのようなものなのだ。
 それなら、その「サンリオSF文庫ワールド」の中で、「これこそはまさにサンリオSF文庫を代表する一冊」と呼べるものは何だろうと、並んでいる背表紙を眺めながら、ふと思った。「おお!サンリオっぽい!サンリオSF文庫といったら、やっぱりそれは外せないよね」というやつである。サンリオSF文庫の中にも、何となく欲しくなるものと、別にどうでもいいやつとがあるし、それは内容の面白さとは別の問題であるように思う。僕がつい欲しくなるのは、そして人気があるのは、いかにもサンリオらしいやつである。
 僕の思う、サンリオSF文庫らしさとは、以下のようなものだ。

1 背表紙が白であること
2 タイトルが変わっていること
3 表紙絵が独特のシュールさを持っていること
4 作品、あるいは作家がニューウェーブの影響を受けている(ように感じる)こと
5 比較的マイナーな作家、作品であること

 1番については、やや説明が必要かもしれない。サンリオSF文庫の背表紙には、白と緑があって、初期から中期にかけては白背だったが(初期は白背に黄ラベル、中期は白背に青ラベル)、後期には緑背に変わったのだ。もちろん、緑背にも「サンディアゴ・ライトフット・スー」や「パヴァーヌ」など、名作も数多くあるけれども、そういった「実」の点は度外視して、個人的には、「サンリオ文庫らしさ」という点ではやはり白背に限るように思える。初めてサンリオSF文庫が並んでいるのを書店で見た時、その白背にウェルズの宇宙人ロゴというデザインが、「めっちゃ綺麗でかっこええ本やなあ」と感動したのを覚えているからだ。他の文庫とは、明らかに違って見えた。あの驚きは、一種の「センス・オブ・ワンダー」だったと勝手に思ってる。従って、ここは潔く「白背のみ」としたい。
 また、2番と3番に関しては、サンリオSF文庫といえば、タイトルが凝っているものが多く、カバー絵も独特のインパクトを持ったものが多かった。特に表紙絵は、それなくしてはコレクターズアイテムになどならなかったかもしれないという点で、絶対に外せない。
 4番に関しては、サンリオSF文庫の監修をやっていたのが、NW-SFという雑誌の発行も行なっていた山野浩一氏であるということから、もともとニューウェーブの紹介という一面を持った叢書であるということが作品の選定に大きく影響しているという点で、やはり外せない(「ように感じる」と括弧を入れたのは、ジャリやカルペンティエールなどのように、ニューウェーブを拡大解釈して、ラインナップに含めたようなものも結構あるからである)。
 それらを踏まえて、リストを眺めて、ざっと「サンリオSF文庫らしいと思う本」を絞り込んでみた。それが、以下のリスト。

暗闇のスキャナー ディック★
ノヴァ急報 バロウズ★
爆発した切符 バロウズ
鳥の歌いまは絶え ウイルヘルム
旅に出る時ほほえみを ソコローワ★
口に出せない習慣、奇妙な行為 バーセルミ★
馬的思考 ジャリ
歌の翼に ディッシュ★
時は準宝石の螺旋のように ディレーニ★
生ける屍 ディキンスン★
伝授者 プリースト
大洪水伝説 カウパー
猿とエッセンス ハックスリイ
妖精物語からSF カイヨワ★
浴槽で発見された手記 レム★
バロック協奏曲 カルペンティエール
ラーオ博士のサーカス フィニー★
愛しき人類 キュルヴァル
バドディーズ大先生のラブ・コーラス コッツウィンクル
憑かれた女 リンゼイ★
ハローサマー、グッドバイ コニイ★
蛾 アッシュ
猫城記 老舎★
不安定な時間 ジャリ
熱い太陽、深海魚 ジュリ
飛行する少年 マルタン
ビアドのローマの女たち バージェス
どこからなりとも月にひとつの卵 セントクレア
この狂乱するサーカス プロ
世界Aの報告書 オールディス
深き森は悪魔のにおい ボンフィリオリ
愛の渇き カヴァン★
ジュリアとバズーカ カヴァン★
氷 カヴァン★
去りにし日々、今ひとたびの幻 ショウ
フィメール・マン ラス
マイロン ヴィダル
パステル都市 ハリスン
着飾った捕食家たち クリスタン
2018年キング・コング・ブルース ルンドヴァル
はざまの世界 スピンラッド

 異論もあるだろうけれど、まあ、だいたいこんなもんじゃないかと。念の為に言っておくが、決して作品の面白さを基準に選んだわけではない。ちなみに、★がついている作品は、他の出版社から何らかの形で出ているもの。
 サンリオSF文庫といえば、ディックとル=グインがたくさん刊行されていたという印象が強いけれども、かつて僕が本を処分したときに、サンリオ版のル=グインやディックはまとめて処分してしまったということがあったので、本に対する思い入れという点で弱いと(勝手に)判断し、敢えてル=グインは外した。ディックも外そうと思ったのだが、サンリオが最も力を入れていた作家だけにさすがにそれはできず、唯一、印象的なカバー絵を持ち、解説を作家の川上弘美氏(山田弘美)が書いている「暗闇のスキャナー」だけは入れてみた(翻訳が独自な「ブラッドマネー博士」か、まだ再刊されていない「シミュラクラ」、あるいはサンリオ最後の刊行本となった「アルベマス」というのも考えてみたけれど、どれも緑背なので、却下した)。ニューウェーブの代表的作家であるバラードは、サンリオSF文庫に入っている作品はとても代表作とは呼べないものなので、外すしかなかった。シリーズものは、僕には全く興味がないし、実際にコレクションの対象外とされるものがほとんどなので、そっくり外したが(「ステンレス・スチール・ラット」とか「グレンジャー」とか「バトルフィールドアース」とか、色々)、それだけでもリストは相当すっきりした。
 結果、フランスをはじめとする、英語圏以外の作品が自然と多くなった。非英語圏の作品を積極的に取り入れたのも、サンリオSF文庫の特徴である。「蛾」は、有名な誤植が大好きなので、つい入れてしまった。同じ作者の作品は、基本的には一つだけにしたが、絞りきれず、例外もいくつかある。
 さらにこのリストをじっと眺める。ここから先は、吟味という名の個人的見解や好みを混じえながら絞るしかない。そうして、なんとか10作品に絞り込んでみた。それが以下のリスト。

ノヴァ急報 バロウズ
鳥の歌いまは絶え ウイルヘルム
生ける屍 ディキンスン
ハローサマー、グッドバイ コニイ
猫城記 老舎
熱い太陽、深海魚 ジュリ
どこからなりとも月にひとつの卵 セントクレア
深き森は悪魔のにおい ボンフィリオリ
ジュリアとバズーカ カヴァン
去りにし日々、いまひとたびの幻 ショウ

 基本的に再刊されているものは外そうと思ったが、そうすると何かが欠けてしまうように思えて、外しきれなかった。特別に意識したわけではないものの、結果として、古書価の高いものが多く残ったように思うが、それはつまり、それだけ「サンリオSF文庫」度が高いから高価になった、ということだろう。だからといって、古書価がいちばん高いものが、いちばんサンリオSF文庫らしいとは限らないとも思う。ちなみに、「ノヴァ急報」はペヨトル工房から山形浩生訳で、サンリオSF文庫で最もプレミアがついている「生ける屍」はちくま文庫から、「ハローサマー、グッドバイ」は河出文庫から新訳で出ており(続編も河出文庫から出ている)、「ジュリアとバズーカ」は文遊社から訳はそのままだが形を変えて再刊され、「猫城記」は老舎の全集で読むことができる。その五冊は、読むだけなら別にサンリオSF文庫にこだわる必要はない。というか、むしろこだわらないほうがいいくらいだ。それにも関わらず、値段が大きく値崩れすることもないのは(さすがに少しは下がったが)、サンリオSF文庫の特性を表している。
 それでは、この中で一冊だけ選ぶとしたら、どれだろう。
 それこそ、再刊されているのは外せばよさそうなのだが、そうすると

「熱い太陽、深海魚」 ミシェル・ジュリ

あたりが、訳者がなんと松浦寿輝氏であるということや、フランスのSFであるということ、それにあまりに売れなかったのでほとんどが断裁処分されたという伝説があることなどからも、一番手の候補になりそうだ。邦題もインパクトがあるし、カバー絵も味がある。文句のつけようはないのだが、正直、なんとなくしっくりこない気もする(だいたい、僕は持ってはいるけれど四半世紀以上も積読のままなのだ)。とりあえず保留ということにして、他を見てみる。
 「鳥の歌いまは絶え」は、カバーやタイトルはいいし、内容もそこそこ面白いけれども、なんとなく毒気が足りなくて物足りない気もする。「どこからなりとも月にひとつの卵」は、タイトルの不思議さやカバー絵の気味悪さなどはパーフェクトなのだが、セントクレア自体がちょっと微妙な作家だし、タイトルの意味が実は生理のことであると分かってしまうと拍子抜けして、やはり少し違う気がしてしまう。「深き森は悪魔のにおい」は、「憑かれた女」とどっちを入れようか最後まで迷ったくらいなので、このリストの中ではやや小粒な印象。「去りにし日々、今ひとたびの幻」は間違いなく名作なのだが、カバー絵が「はっきり言って手抜きだと思う」という点で(装丁に味がないわけでもないのだけれど)、やはり少し物足りない。
 じゃあどれが、と言われれば、やっぱり僕は結局これを選んでしまう。

「ジュリアとバズーカ」 アンナ・カヴァン

 まるで出来レースのようだけど、タイトルも、カバー絵も、内容も、パーフェクトの一冊といえば、これに尽きるんじゃないか。ニューウェーブの伝道師、ブライアン・オールディスの有名なSFの通史「十億年の宴」が、アンナ・カヴァンの「氷」で締めくくられているというのは有名な話だし、そもそもサンリオSF文庫がニューウェーブを紹介しようという意図を持ちながら発刊されたことを考えると、カヴァンをここで選ぶことは妥当なように思える。まあ、それなら「氷」を選ぶべきだと言われそうだが、カバー絵の良さが違いすぎるので、仕方がない(個人的には、「氷」の表紙に「ジュリアとバズーカ」の表紙絵を使っても良かったんじゃないかという気もするが、それはまあ置いておいて)。訳者が無名というのもポイント。また、最近では「ビブリア古書堂」でも取り上げられたりして、後への影響が大きい点も見逃せない。ただしもちろん、サンリオSF文庫の中で最も面白い小説という意味ではない。内容的に優れた本なら、他にたくさんあると思う(それこそ、カヴァンなら「氷」の方が上)。
 残りも一応見てみる。「ノヴァ急報」は翻訳の評判が悪い上にカバー絵が嫌いだし、「生ける屍」は僕には古書価が高いだけという印象で、それほど魅力を感じない。「猫城記」は、中国のSF(正確には風刺文学だが)を文庫で出したというだけで画期的だが、果たしてこれをサンリオSF文庫代表としていいのかという疑問も残るようなカバー絵の強烈さだし(笑)、「ハローサマー・グッドバイ」はファンが多いのでは悪くないのだが、カバー絵の魅力でも、個人的には「ジュリアとバズーカ」に軍配が上がる。
 というわけで、暇にあかせてたらたらと考えて来たが、「ザ・ベスト・オブ・サンリオSF文庫」は、僕としてはアンナ・カヴァンの「ジュリアとバズーカ」ということにしたいのだが、どうだろうか?
 
 

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1 コメント

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Unknown (横隔膜)
2023-01-06 02:36:25
すごくおもしろいブログ記事をありがとうございました
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