漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

鳥―デュ・モーリア傑作集

2017年08月22日 | 読書録

「鳥―デュ・モーリア傑作集」 ダフネ・デュ・モーリア著 務台夏子訳
創元推理文庫 東京創元社刊

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 「デュ・モーリアは短編が凄い」と聞かされていたので、読んでみたが、なるほどこれは凄い。これほどまでにバリエーションに富んでいるのに、ひとつとして「これはちょっとなあ」というようなものがない。短編集にはたいてい一つくらい印象の薄いものが混ざっているものだが、この短編集にはそれは当たらないようだ。どれひとつとっても、読み応えは満点で、まるで短編のお手本のようである。けれども、職人業という言葉は使いたくない。そう言ってしまうと、そつのない作品を量産する作家のようなイメージになってしまいそうだ。モーリアの場合、それどころではない。そつは、ちゃんとある。それが、すごい。だから、名人であり、天才であると思う。
 この短編集に収録されているモーリアの作品を読んでいて感じるのは、バランスの良さだ。かなりエキセントリックな話を書いているのに、不思議と安定感が良いという印象がある。つまり、小説の舵がきちんと取れているような印象を受けるのだ。その点で、同じような奇妙な味を得意とする女流作家シャーリー・ジャクスンとはやや異なる。ジャクスンは、どこか危なっかしいのだ。そして、その危うさこそがシャーリー・ジャクスンの魅力になっているのもまた確かなことだ。同じ奇妙な味の作家というカテゴリーに入れられてはいるが、その資質は随分と違うように思える。
 以下、ざっと収録作品について。
 文学的で、悲しい余韻を残す「恋人」。ヒッチコックの映画の原作にもなった、破滅SFの名編といえる表題作の「鳥」。空想と現実のギャップを描く、人間喜劇的な「写真家」。神秘文学的な題材を扱いながら、リーダビリティが高く、名作とされる「モンテ・ヴェリタ」。ちなみに、この物語は史実にインスピレーションを受けて書かれたものと思われる。というのは、20世紀初頭に、スイス南部のアスコーナという村と、その背後にそびえるモンテ・ヴェリタという山に、自然へ回帰を目的とした、菜食主義者たちのコロニーが作られたことがあったからだ。このコロニーは、当時かなり有名だったようで、この場所に一時的に滞在した人々の中には、ヘルマン・ヘッセ、カール・ユング、ゲアハルト・ハウプトマン、イサドラ・ダンカン、パウル・クレー、ルドルフ・シュタイナーなど、錚々としたビッグネームが名を連ねている。次の「林檎の木」は、何とも不気味な怪奇譚で、怪奇小説のアンソロジーにあまり採られていないのが不思議なくらい完成度が高い。「番」は、ごく短い話だが、気の利いた叙述トリックというか、叙述による遊戯のようなもの。「裂けた時間」は一種のタイムスリップものだが、ちょっとディック的な要素もある。「動機」は、推理小説の枠組みを借りて、一人の女性の人生と精神の深淵に潜ってゆく物語。すべてを知った探偵が、依頼者に報告するときの台詞も、とてもいい。

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