漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

病める心の記録

2009年01月05日 | 読書録

 昨日の記事を書いて、ふと隣の書棚を見たとき、眼についた本があった。

 「病める心の記録」 西丸四方著 中公新書 中央公論社刊

である。
 この本は、僕がこれまで読んできた本の中でも、とりわけ印象深い本の一冊だ。
 著者の西丸氏は精神科医であり、この本は、氏の担当した一人の19歳の分裂症患者の青年が自ら記した記録と、精神科医である西丸氏による分析によって成り立っている。
 この本のすごいのは、患者自身が記した生身の記録が読めるという点で、下手な幻想小説より遥かに読み手を引き込んでゆく。何といっても、感覚が鮮やかで、夢の中でのみ成立するような理論の飛躍が、ごく普通に納得されてゆく。それは五感全てに訴えかけてくる。異様な世界なのに、読み手にさえ共感できるほどの説得力なのだ。そして、なんとも言えず怖い。この怖さは、ちょっと凄い。異様な迫力を持つ文体なのだ。この語りの沸き立つような幻視力の前では、P.K.ディックの幻覚世界でさえ作為的に思えてくる。そしてそれを、第二部では西丸氏の分析によって解体してゆく。それはまるで、言葉は悪いかもしれないが、推理小説的でさえある。