つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

弥勒の世

2024-05-05 | Weblog
世の中が「噂」に翻弄されて、右往左往するも、その有様に愉快犯ほくそ笑む。
本当に世の中は悪い人がいるもので、人間性悪と言われる所以である。
世の中は正と負があり、存在となっている。拮抗しながら進み、シーソーゲームのように、どちらにも一喜一憂となっている。この世の中には同時にして別々があるが、あの世には、完全別々の存在である。一つの中に二つは無い。まったく分かれての存在である。その故、天国は極楽だけで、地獄は苦しみだけである。
意識がどちらに誘われるかによって、まったく違った世界となっている。
だから、地獄に仏はいなくて、天国に鬼はいない。意識が、物理に縛られている以上、地獄に仏として都合をつけるが、それは、苦しみにある中で耐えきれずに、一念に神仏に祈り願うために現れてくる意識の現象、意識の虚構に振り回されてしまう現象である。祈る行為は、ただじっとして佇み願う姿。そのため、エネルギーの転換が上手くされずに、そのエネルギーの熱に侵されてしまう現象。
人間は動物である。動く物として生きている。物理の道理にある。この道理に反して、動かずにいれば死んでしまう。人間の体(内臓)は意識に由らず、生命エネルギーの自由によって、勝手に動いている。片時も休むこよなく動いている。もしその動きが止まれば、人間は死んでしまうのである。生きていけ無くなれば、意識(魂)は体から離れる。
全て生命エネルギーの動きによって生かされている。生命エネルギーは、円運動の自由の法則である。この法則は無くなることの無い動きとなっているために、法則によって、エネルギー転換が上手くされていかなくなると、生命エネルギーは肉体を放置、離れる。生命エネルギーは肉体を作り上げ、その経験によって意識向上を図る。物理に宿して、その感覚、記憶を生命エネルギーに変えて成長していく。意識が物理に縛られて、誤った意識となってしまえば、
不自由にして成長は止まる。意識は必然身体から離れていくことになる。それは、これ以上この肉体では、意識成長がされていかないと判断されるためである。意識の誤りが人間を死に追いやると言っても過言ではない。僅か100年未満の人生寿命にあるのは、人間の生命エネルギーが、意識向上を促進させないようにするための、外宇宙からの生命エネルギーによる計らいである。
頻繁にれサイクル(生死)をすることによって、常に一から出直すことになり、記憶に積み重ねがされていかず、なかなか進化ができていかないためである。
外宇宙からの生命体にも低次元(3~5,6)までの生命体エネルギーであり、その悪さである。人類を奴隷として、過酷な労働力として使うためである。彼らのコンピューター技術に使用するレアメタルは、この地球という海の水には豊富にある。
スターウォーズという映画があるが、実際に宇宙で繰り広げられた戦いを模している。ほぼ100%世間は知らないでいるが、映像技術というもので模写して、これから先の時を示してはいるが、いまだエンターテインメントとして認識する。これからやってくる未来とする時の流れは、平行宇宙をそれぞれの魂(意識)に委ねて現象する。さて、その現象は2032年頃より分かれる。
進化は、今は未だとする荒唐無稽を覆す。魂は死なないとする意識が、自身を苦しみから救う事を知る人は、僅かである。
どんな魂でも、釈尊滅後、五億六千七百万年後の時と、五十六億七千万年後の時とを、経験するが、果たして、意識が完璧にゼロ(0)次元に達していれば、弥勒の世となっている。


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